鮎の塩焼き

コラム「架橋」

 私は病気で倒れる1年前まで横浜に住んでいた。その時代に知り合った友人が訪ねて来てくれた。「知り合い」と言えば聞こえはいいが、夏の暑い日横浜の沖堤で黒鯛釣りに興じた遊び仲間である。彼は新潟の育ちで信濃川の支流である魚野川で年中鮎を獲って遊んでいたという。
 その彼が昨秋に三重に住む兄の所に行き、2人で和歌山まで鮎釣りに遠出したらしい。その際、熊野川と古座川の河口で産卵直後のシラスのような稚鮎を餌に黒鯛を釣るのを見たのを知らせに来たのである。稚鮎を餌に黒鯛を釣るというのは全く初耳であった。彼も初めて見たという。つまり、めずらしい黒鯛釣りを知らせに来たのである。
 熊野川は和歌山県を北から南に流れ、新宮で太平洋に注ぐ大河である。古座川は熊野川の南側を流れ、本州最南端の潮岬付近で海に注ぐ。流域の紀伊半島は年間3000ミリもの降水量でもあり、どちらも鮎釣りでは知られた川らしい。
 鮎は1年魚で、秋に川の下流で生まれ冬を海で過ごし、翌春に川を上る。春先の稚鮎を釣るために人々は小さな昆虫に似せた毛針を使う。伊豆半島などではこの稚鮎を数匹串に刺して売っている。これはこれでおいしい。鮎は10センチくらいの成魚になると川の底の底にある岩や石についた川苔を食べる。この時期の鮎は餌場を守るため「縄張り(テオトリー)を主張する習性を持つ。人々はこの川苔を餌にする鮎を釣るために、「縄張り」をつくる習性を利用する。これが名高い鮎の「友釣り」である。
 鮎は餌場に侵入するものに体当たりをして追い出す。その力を利用し「友釣り」は、体当たりする鮎を引っ掛けるのである。
 秋になると鮎は、流されるように川を下る。その頃になると鮎はピンク色の婚姻色を帯び、丸々と太っておいしくなる。これを釣るのが「ガラ掛け」釣法である。「ガラ掛け」はハリスに数本のギャング針を結び、ただひたすら川の中を引きずるのである。それは釣るというより体力まかせに川の中を引っ張り、鮎を引っ掛けるのである。釣るというより引っ掛けるというのが正しいと思う。
 しかし不思議なことに日によっては、「友釣り」より獲れ、川の中にこんなにも鮎が泳いでいるのかとびっくりすることがある。そして鮎は河口に近い下流で産卵する。前に書いたように、生まれ稚鮎は海に至り冬を越し、産卵した鮎は、鮭と同様に死ぬ。
 このように「毛針釣り」に始まり「友釣り」「ガラ掛け」というユニークな釣り方を人々に広めた鮎は、それ程まで日本人に愛されている。
 しかし日本人にかくも愛され、古くから養殖されてきた鮎ほど、養殖と天然ものの味が違う魚はいない。それを知らなかった時は、母親が塩焼きしてくれると食べていたが、自分で釣るようになると養殖ものには手を出さなくなった。
 今年は何としても鮎の塩焼きが食べたい。友人が帰る時には「今年来る時には鮎を頼む」と声をかけたのは言うまでもない。この機会を逃したら、もう食べるチャンスはないかもしれない。  (武)

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