東京ドーム観戦記

コラム架橋

 右島一朗本紙編集長は生前、五輪の欺瞞や金権腐敗を厳しく批判していた。その論考の影響もあるか。私は元来、観るスポーツ特にプロスポーツには全く関心がなかった。
 再就職から2年目。職場の互助会からメールが届いた。「東京ドーム・巨人戦チケット」をプレゼントするという。私の母方は代々読売新聞。そのせいか弟が大の巨人ファンだった。寡黙でお人好しの彼へのプレゼントと思い、抽選に応募した。私の母校はドーム至近にあったが、野球を観たことは一度もなかった。
 試合の3日前、「当選」の電話があった。14組28名分は20倍近い倍率である。さっそく弟にラインで伝えると「仕事でだめだ」とあっさり。飲食産業では前月に勤務シフトが決まる。職場には熱烈な他球団ファンもいたが、結局連れ合いと行くことになった。指定席B券・1階1塁側。対ソフトバンクの公式戦である。
 下車後めざすは全水道会館ではない。ゲートがいくつもあり所持品を検査される。危険物ではなく飲食物の持ち込みをチェックしているようだ。「中では現金は一切使えないからね。カードにチャージを忘れないで」――同僚の助言通り、店の前には長蛇の列。高音質の重厚なアナウンスや音楽が常に流れ、いやが上にも気分が盛り上がる。
テレビと違い、打った球が肉眼で鮮明に見える。その角度から本塁打が瞬時に判断できる。声を枯らして狭い客席を回り、酒やジュースを売る女性との決済もカードである。この日は巨人が連敗にストップをかけた。一方的な試合を見限り5回終了でシティを後にした。
 プロ野球を現地で観るのは人生で2度目か。私の住む地元にはかつて「東京スタジアム」があった。ファンやマニアならその名をご存じだろう。商店街では「タダ券」が配られ出入りも自由。外野席から照明に浮かぶグランドを眺めた、遠いかすかな記憶がある。
 ただ勝ち負けにこだわるだけではない。「ドーム」という密閉空間に一歩足を踏み入れれば、その雰囲気にのまれてしまう。煌びやかな光、終わらない放送、身体を揺する大音響。ファンならずとも、そこでしか買えない関連グッズの山、山。
 試合途中から入場する客も少なくない。仕事の疲れやストレスが一気に吹き飛ぶ「仕掛け」が、これでもかと揃っている。様々な人生を背負った見ず知らずの他人たちを一体化させる演出。持ち金を絞り出させるシステム。そのダイナミズムが人々を酔わせるのである。
 かくして初めての「別世界」を体験したひとときであった。が、私のもっぱらの楽しみと言えば大相撲である。四つに組めない関取は張り手で勝機を狙う。ボクシングや空手、レスリング。何でもありの一番が、実に楽しい土俵である。   (隆)

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