青木理(ジャーナリスト) 「世界」(岩波書店 7月号) を読んで

「警察国家に向かわぬために いま、その芽を摘め」

 6月15日、「強行採決から5年、共謀罪の廃止を求める市民の集い─共謀罪と組織的犯罪処罰法─」(共催  「秘密保護法」廃止へ!実行委員会/共謀罪NO!実行委員会)が文京区男女平等センターで行われた。
 2017年6月15日、安倍政権は、グローバル戦争国家づくりの一環として共謀罪(「テロ等準備罪」を新設する「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律」)を強行裁決した。
 共謀罪は、既遂処罰が原則の法体系を破壊し、未遂でも罰することを可能にしてしまった。共謀罪と称していつでもどこでも窃盗罪、組織的な封印等破棄罪、組織的な強制執行妨害目的財産損壊等罪、組織的な強制執行行為妨害等罪、組織的な逮捕監禁罪、組織的な強要罪などを適用し、準備行為を立証するために盗聴法などを駆使しなければならない悪法だ。
 ところが共謀罪対策弁護団結成(2017年9月7日)をはじめ全国にわたる粘り強い反対運動によって共謀罪適用事件は発生していない。この闘いの地平を確認し、今後も警戒を解かないスクラムを強化していくために集いが行われた。

 集いは岸田郁さん(日本国民救援会)の司会ではじまり、林立彦さん(実行委員会)から開会挨拶が行われ、「5年前の強行裁決の悔しさを忘れず、共謀罪の廃止に向けて、さらに闘っていこう」とアピールした。
 小池振一郎弁護士(「共謀罪コメンタール」編著者)は、「共謀罪と組織的犯罪処罰法」というテーマで講演した。
 小池さんは、冒頭、「共謀罪コメンタール」(現代人文社)を使って共謀罪に対して反論していただきたいと呼びかけた。
 本書は、「組織的犯罪処罰法の一部改正が制定され、刑法などに規定される犯罪の大多数について共謀罪が創設された。その処罰範囲は極めて広範である。犯罪の『計画』段階を処罰するもので、内心の自由や表現の自由を侵害するおそれがある。改正条文はたった数条であるが、政府答弁が迷走したように、その条文は複雑で理解するのは簡単ではない。本書は、共謀罪が適用されるおそれがある事例などを紹介しながら、国会議事録などを踏まえて、弁護実務の視点に立って徹底的に共謀罪を批判している
」と強調した。
 さらに小池さんは、①共謀罪法とは②市民団体も「組織的犯罪集団」とされる恐れ③日本の法体系の変容④監視社会の強化⑤共謀罪と組織的犯罪処罰法─団体規制法の流れ⑥監視社会を阻止するためについて問題提起し、「現在まで、共謀罪適用例は聞かない。反対運動の持続などによって、この5年間はせめぎあいとなっている。共謀罪の死文化に向けて、これまでの取り組みを共有化していこう。権力は、共謀罪の適用が困難だと感じているはずだ。だから組織的犯罪処罰法の対象犯罪が15だから、ここに共謀罪の対象犯罪(200以上)を加える改正の恐れも警戒しなければならない」と述べた。
 宮崎俊郎さん(共通番号はいらないネット)、柏木美恵子さん(東京・地域ネットワーク)からこの間の取り組みなどが報告された。 最後の提起として前田能成さん(実行委、出版労連)は、「今後の運動の方向性について」、①二法(情報公開法と公文書管理法)の改正②個人情報保護と監視社会化への取り組み③表現の自由を守るとりくみを提起した。
 さらに「政治・社会情勢の展開は、『人権』侵害するような状況が生まれている。特定秘密保護法と共謀罪の廃止を主軸としつつ、人権を軽視したり制限したり侵害したりする行為や法律に反対する取り組みを進めていこう」と訴えた。
      (Y)
 青木は、冒頭、「岐阜県警大垣署─個人情報漏洩事件」①と「北海道警─ヤジ排除事件」②を取り上げ、2つの裁判結果(①県に対して原告に220万円の支払いを命じたが公安政治警察の合法非合法捜査を認めた。②県に対して原告に88万円の支払いを命じたが、謝罪もなく控訴)を紹介しながら、「岐阜県警の警備公安部門による市民監視活動にせよ、北海道警による市民排除にせよ、今回はいずれも司法権の砦たる裁判所がそれなりの見識を示し、警察の不当な、あるいは行きすぎた活動に一定の警告を発する役割を担ったといえるだろう」と評価している。

公安警察の違法捜
査を認める判決
 ①「岐阜県警大垣署─個人情報漏洩事件」(2005年頃から中部電力の子会社であるシーテック社が岐阜県大垣市に風力発電施設計画を進めていたが、風力発電による低周波被害などの不安を感じて地元市民が勉強会を開始し、それを大垣警察署警備課の公安が監視し、反対運動つぶしのためにシーテック社に情報提供と弾圧のための誘導を強行していた事件)
 ②「北海道警─ヤジ排除事件」(参議院議員選挙期間中〈2019年7月15日〉、札幌駅前で演説した安倍首相に「安倍やめろ」とヤジを飛ばしたA、増税反対の声を上げたBが、多数の警察官により後方に排除された)

原告らに謝罪
すらしない警察
 そのうえで青木は、「両訴訟の一審判決を受けても岐阜県警、また北海道警も原告らに謝罪の意すら示しておらず、関係者が責任を取ることもなく、再発防止などに向けた措置も示されていない」ことを確認し、重大な人権侵害事件であるにもかかわらず「政治やメディアの問題意識が高いとはいえず、むしろ驚くほど希薄に見える」と批判する。
 このような状況を作ってしまった根拠として、「この国の政権と与党はそんな警察組織に強力無比な“武器”ばかりを次々と投げ与え、背後では警察官僚が政治の中枢に深々と突き刺さってそれを巧みに再配し、結果として警察組織と警察官僚はその権限と権益をかつてないほど肥大化させつづけてきた」ことを明らかにする。
 つまり、警察権力に対して民衆監視、人権弾圧の合法化のために特定秘密保護法、盗聴法、共謀罪を与え、日本国家の防衛と称して手前勝手な判断でやりたい放題の弾圧が可能なシステムを構築中だ。
 経済安保推進法の制定によって対中国、ロシア、北朝鮮シフトの観点から国家公務員、民間人、研究者などを含めた調査ができるようになった。同一の性格・情勢ではないが、まさに日本帝国主義がアジア・太平洋侵略戦争に向かう過程で「国家総動員法」(1938年/労務・資金・物資・物価・企業・動力・運輸・貿易・言論など民衆生活の全分野を統制する)を制定したように新たな戦争国家化にむけたステップとして加速しつつある。国家の暴力装置がレベルアップしていく手法を踏襲していることは間違いない。
 また、このプロセスとセットで岸田政権は、警察法改悪(3月30日、警察庁の内部部局としてサイバー警察局の設置、サイバー特別捜査隊の発足)を強行している。サイバー犯罪に対応するなどを口実にしながら生活安全局、警備局、情報通信局がそれぞれ対処していたが、サイバー警察局に一元化し、サイバー企画課(情報の収集・分析)、サイバー捜査課(捜査指揮、海外治安機関との連絡)、情報技術解析課(データ解析)を設置する。サイバー特捜隊も発足させている。
 これまで警察庁には捜査の指揮監督権限もなかったが、警察法改悪によってその権限を取り戻してしまった。戦後の自治体警察制度の大改悪であり、中央集権に貫かれた国家警察の復活だ。

私生活に介入
する公安警察
 青木は「政権のための警察─私生活への介入」で第二次安倍政権の中枢に経産省官僚とともに警察官僚が配置されてきたことを浮彫りにしている。
 日本学術会議の任命拒否問題の主犯の杉田和博官房副長官(警察庁警備局長、内閣情報官)は、安倍政権発足時から官房副長官に就き、内閣人事局長まで上り詰めた。
 公安政治警察でなければ摘発できない事例として、前川喜平・元文部事務次官が加計学園問題(愛媛県今治市における加計学園グループの岡山理科大学獣医学部新設計画をめぐって安倍政権が認可を優先した)に対して批判し、退任に追い込まれたことをあげている(2017年1月20日)。
 前川の退任記者会見直前に読売新聞が「前川の出会い系バー通い」(17年5月22日)と報じた。青木は、「幹部官僚のこれほどの機微なプライベート情報を収集できる組織など、この国には警察の警備公安以外に存在しない」と述べる。「警察の警備公安部門は以前から中央省庁幹部らの政治思想や政治活動を監視し、左派的と目した官僚の私生活を調べあげて放逐する作業にまで密かに手を染め上げてきた」ことを列挙し、公安政治警察が与党政権を利用し、そのために情報を操作しながら警察権力を肥大化してきた。
 すでに青木は、杉田が警察庁警備局長(1994年~)に着任したころからこの手法を駆使してきたことを「驚愕の深層レポート 新たなる公安組織<Ⅰ・S>(インテリジェンス・サポート(Intelligence Support))の全貌」(「現代ビジネスフレミアム」/2010・8・6)で暴いている。「特定の政治家を名指しした調査指示が下されることもあります。例えば、警察組織にとって“主管官庁の長”にあたる国家公安委員長が、どのような思想、性癖を持っているのかについて、強い関心を持って調べる可能性がないとは言えません・・・」などと「I・Sに近いセクションで勤務する公安警察官」の発言を紹介している。
 続いて北村滋(警備公安警察、内閣情報官)が国家安全保障局(NSS/首相、外相、防衛相で構成)の局長に就任している(2019年9月)。この人事について青木は、「第二次安倍政権は各省庁間の総合調整から幹部官僚人事、さらには外交や防衛政策の企画立案に至るまでの実務を警察官僚出身者が、しかも警備公安部門の出身者が牛耳っていたことになる」と総括している。この流れは岸田政権でも引き継いでおり、栗生俊一(元警察庁長官)が官房副長官に就いていることに現れている。
 この公安政治警察人事に対して青木は、「にもかかわらず『一強』政権の横暴にすっかり麻痺してしまっていたのか、あるいは『暴力装置』たる警察の民主的統制といった原則への関心が薄いのか、ここでも野党やメディアなどはさほど問題視しなかった。だが、政権中枢に警察官僚出身者がこれほど重用されたのは戦後初めてであり、警察と政治が本来保つべき一線を完全に踏み越えた異常事態である」と警鐘乱打する。

警察官僚の天下
りとメディア
 同様な危機意識を持っているのが、「世界」本号において神保太郎(ジャーナリスト)が「メディア批評」で「読売グループに安倍首相側近だった北村滋・前国家安全保障局長が天下る」(ヤフー・ニュース5月17日)を紹介している文章だ。「官邸のアイヒマン」北村が「新聞・テレビで『最大』を誇る読売グループが、諜報機関との接点を持ち権力とのつながりを深めることに、他のメディアは沈黙しいる。これは事件でないのか」と神保はアピールしている。
 斉藤貴男(ジャーナリスト)も「世界」本号の「経済安保の人脈と文脈」で北村が読売グループの監査役に就いたことを取り上げている。北村の姿勢が反中国シフトであることを「(中国の習は)全盛期の清帝国の姿なのだと思います。我々と彼らは、同じゴールをめざしているわけではない」(公益産業調査研究会・講演)を紹介している。
 北村は、長年の諜報活動を集大成し、次に向けた指針として「情報と国家-憲政史上最長の政権を支えたインテリジェンスの原点」(中央公論新社)を出版している。
 一貫して政府与党寄りの報道を繰り返し、警察官僚が読売グループに天下っても驚きにはあたらないが、現在のロシアのウクライナ侵攻を通した戦争情勢下にあって、この情勢に便乗した岸田政権の戦争国家化に向けた動きと連動した策動が拡大しつつあることを示している。参院選後の憲法9条改悪に向けて読売、産経などのメディアがその先兵となって煽りたてるのであろう。
 青木は、最後に警察権力の暴走に対して民主的に統制するために国家公安委員会や公安委員会の民主的改革が必要だと主張している。やはり民衆の重層的な岸田政権打倒、反警察の運動によって包囲されなければならないことはいうまでもない。
 (遠山裕樹)
 

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