中国と日本の労働者民衆は「領土ナショナリズム」を 超えて搾取と抑圧に対決し共同の闘いに踏み出そう

日本帝国主義の「尖閣」領有反対東アジアの平和創出のために!
プロレタリア国際主義から「領土問題」を考える

読書案内 『尖閣諸島問題 領土ナショナリズムの魔力』
岡田充著 /蒼蒼社/1900円+税

日中台米の国際関係から

 書店の中国コーナーには、釣魚/尖閣諸島をめぐる領土ナショナリズムを煽る本がびっしりと並んでいるが、新刊『尖閣諸島問題 領土ナショナリズムの魔力』は、日本、中国、台湾、アメリカの国際関係を歴史と現状から紐解いた良書といえる。著者の「あとがき」が二〇一二年一一月三日付というできたてホヤホヤの本書の著者、岡田充氏は一九七二年に共同通信社に入り現在まで中国観察を続けている。
 岡田氏は「はじめに」で本書のテーマを「領土ナショナリズムの魔力」と紹介。「あの都知事をはじめ、各国のリーダーが国家主義の旗を振る姿にドンキホーテを見る滑稽さを感じる」「国家主権を相対化する想像力こそが、『魔力』から自由になる」と本書の狙いを明らかにしている。
 第一章は「最悪の日中関係」と題して、四月一六日の石原の尖閣購入発言から、九月中旬の中国における「反日デモ」による日系企業襲撃とその後の顛末に至る一〇月中ごろまでの経過、そして中国に進出する日本企業の対応や被害状況を詳しく追っている。
 第二章は「過去を振り返る」と題して、「固有領土論のいかがわしさ」(第一節)、米国の曖昧戦略(第二節)、「『棚上げ』の歴史と記憶」(第三節)として、日本政府の領有権の主張に関する批判的検証から戦後日米中の国際関係を振り返り、「棚上げ論」の有効性を説く。また日本政府が一九九六年に「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」による二〇〇カイリ排他的経済水域を設定してから二〇一〇年九月の中国漁船船長逮捕までの経過についても触れられている。昔から領土ナショナリズムを煽ってきた石原慎太郎が二〇〇九年には「主権棚上げ、共同開発の意見に賛成する。……それぞれの国の主権は尊重すべきだが、主権争いで戦争になるようなことは避けなくてはならない」と述べていたことも紹介しており、石原の極右ポピュリズム性も明らかにされている。
 第三章は「国際関係の中の尖閣諸島問題」として、現在の中国国内の問題、日中関係、米国の対中ポジションを紹介する。中国政府が「ペキン・コンセンサス」で自信を持ち始めていること、二〇〇七年の共産党一七回大会の第二期胡錦濤政権から国境をめぐる強硬路線が明確になっていること、国民統合としての「中華民族の復興」が前面にでていることなど、中国側の思惑に対する分析もうなずけるものが多い。
 たとえば、「対日政策に関していえば、中国共産党指導部内で『江沢民=強硬派』、『胡錦濤=親日派』の対立軸から分析する報道が多い。『太子党vs共青団』も同様の図式である。こうした二項対立の図式は分かりやすいが、中国の対外政策をこうした図式や対立軸から説明するのは理に適っているだろうか」と述べて、マスコミに持ち上げられる一部の中国ウォッチャーの見方に疑問を呈している。先日閉幕した中国共産党一八回大会の人事をめぐる「太子党vs共青団の権力闘争」というくだらない報道には辟易していたが、著者のこの指摘は一八回大会の分析についても敷衍することが可能だろう。
 第三章ではこのほかに、日本側、アメリカ側の思惑として「普天間基地問題で躓いた鳩山が、〔韓国〕哨戒船の沈没と中国海軍の活動を『抑止論』に利用した経緯は、日本外交の今後にとって記録にとどめる価値があろう」という、与那国への自衛隊配備と米軍再編との関係などにも触れられており、煽られる領土ナショナリズムの裏で進む日米軍事同盟の深化、そしてそれと対立・対決する沖縄の人々の犠牲と抵抗に思い至らざるを得ない。
 第四章は「領土と国家の相対化」と題して、「現状維持という『第三の道』によって改善した中台の両岸関係」などを紹介し、中国との経済的、文化的な交流の進む台湾という視点から領土問題の解を模索している。ヒートアップする日中両国の領有権争いのさなか、台湾の馬英九総統が九月七日に発表した「東シナ海平和イニシアチブ(原文は東海和平倡議)」を詳しく取り上げ、領土争いの棚上げと共同利益の追求を目指したものと紹介し、対立・緊張から協力関係に転換した台湾と中国の関係にも触れている。
 対中強硬派と一線を画す米カーター政権の国家安全問題担当補佐官だったブレジンスキーや「四〇年前の米中和解の立役者」ヘンリー・キッシンジャーの主張を日本の中国脅威論との対比として紹介するのにはやや閉口するが、最後に台湾と沖縄・与那国との歴史的、文化的つながりなどに触れた個所では「日本と中国が固有の領土論をふりかざすのは、はっきり言って迷惑。国家と国家の問題ではなくそこを生活圏としている地域住民のもの。尖閣でいえば、沖縄漁民と台湾漁民の生活の場だ」という新崎盛暉氏の発言など「国家と領土、主権を相対化する」いくつかの主張も紹介している。

 巻末の資料として日本、中国、台湾のそれぞれの政府の見解を掲載しており、比較する上で便利である。

「棚上げ」論の問題点


 二〇一二年一一月三日付けの「あとがき」では、「『領土問題』の悪循環を止めよう!」の市民アピールと中国国内から発せられた「中日関係に理性を取り戻そう」という呼応声明が好意的に紹介されている。このように、本書は尖閣をめぐり、日本で吹き荒れる「領土ナショナリズム」に対する警鐘を鳴らすものとして、広く読まれるべきだろう。
 しかし、われわれの思考はそこにとどまっていてはならない。
 著者は「領有権争いで強い立場にあるのは『実効支配』している側である。尖閣問題でわれわれが共有できる認識は『実効支配の維持』であり、石原が言うような『強化』ではないはずだ」として、石原やそれに引きずられた野田内閣を批判し、中国側も「棚上げ」の黙約に日本を戻そうとしていると分析し、「領土問題を解決するには、(1)譲渡、(2)棚上げ、(3)戦争の三つの選択肢しかない。……出口は『棚上げ』しかない」(一八〇頁)と断定している。別な個所でも「領土や主権問題に棚上げ以外の解決策はない。棚上げしながら、共通利益を追求することが、日中関係悪化から学んだ教訓ではないか」(一五六頁)とも述べている。
 本書だけではなく、広く日本の良心派に受け入れられている言説のひとつがこの「棚上げ」論である。本書第二章第三節でも、日中国交回復の際の周恩来と田中角栄らによるやり取りなどが詳しく紹介されている。それは尖閣諸島については「争いはない」という日本政府の手前勝手な主張に対する外交交渉の事実を突きつけた批判であり、著者自身、そして日本の多くの良心派の人びとの「『出口』は棚上げしかない」という考えも反映したものだろう。
 だが「棚上げ」という「出口」の先に、少なくともわれわれが思い描くような日本と中国、あるいは東アジア規模での労働者民衆の団結の道を明確に指し示すことがなければ、それは米国との軍事同盟下の帝国主義日本、そして労働者農民の犠牲のうえに資本主義的に膨張した一党独裁の中国という二つの国家による秘密外交の延長に他ならないのではないか。
 著者は、台湾の馬英九総統の「東シナ海平和イニシアチブ」で、行動の自制、争議の棚上げ、平和手段とともに提起されている「東シナ海の資源を共同開発するためのメカニズムを構築する」という提案を高く評価し、日中が二〇〇八年にガス田の共同開発で東シナ海を「平和・協力・友好の海」とすることに合意できたのも紛争を棚上げしたからだと評価している(その後、二〇一〇年九月に中国漁船船長逮捕でこの合意は凍結)。

資源共同開発
は間違いだ
 私は二〇〇五年春に国連常任理事国入りを画策する小泉政権に対して中国で拡大した反日デモに寄せて次のように書いた。
 「ブルジョアジーの経済的利権という問題が、『領土問題』という没階級的なスパイスで味付けをされている。その意味で独島や魚釣島など領土・資源問題における関係各国の共同管理・開発という主張はオルタナティブたり得ないだけでなく、反動的である。それはブルジョアジーによる共同開発が前提となっていること、そしてそれが大量生産・大量浪費という人類と地球の未来を閉ざす資本主義システムの延長を前提としているからである。」(「かけはし」二〇〇五年四月一八日号)
 この立場は、中国の資本主義的台頭が全面化したいまではさらに強調されなければならないし、日本―沖縄―台湾―中国―韓国―朝鮮に広がるこの海域を「反資本主義、反独裁、反軍事基地をたたかう労働者民衆の平和・協力・友好の海」にすべきだと考える。

中国の資本主義的台頭


 さらに見過ごしてはならないことがある。中国の「棚上げ」論が、この資本主義的台頭と無関係ではない、ということである。それは他でもない世界革命の一環としての中国革命を一国内に制限し、労働者による度重なる民主化=政治革命の動きを弾圧し、日米帝国主義との「平和共存」を実現するための毛沢東・周恩来指導部によるスターリニズム外交の表れの一つである。一九七〇年代はじめに始まった香港における保釣防衛運動は、イギリス植民地下にあった香港における反植民地闘争という一面のほかに、帝国主義諸国との平和共存に揺れる中国官僚制を厳しく批判する一面を持っていた。
 なお、香港の活動家が現在の保釣防衛運動をどう考えているのかについては、「AERA」一一月二六日号のインタビューで香港立法院議員の梁国雄がこう述べている。「尖閣は一度中国に返還すべきだ。その後で共同管理、共同開発などの話し合いをすればいい。それから、日本は過去の戦争への謝罪が大事だ。河野談話は十分な謝罪となっていない。いま日本人が何を言っても中国人や香港人に信頼されないのは、そのためだ」。梁国雄氏はインタビューで「私は左派の活動家であり、自由主義者で、トロツキストだ。愛国主義者でも民族主義者でもない」と自己紹介しているように、かつて香港に存在したトロツキスト組織「革命的マルクス主義聯盟」の活動家で九〇年代から釣魚台防衛運動にもかかわっている。このインタビューはウェブ上でも見ることができる。
 一方、香港・先駆社の同志は「新たな情勢認識の上で釣魚台運動を考える」(「かけはし」二〇一二年九月一〇日号)において「中国の労働者人民の前途は、自国支配者の経済拡張主義を手助けするのではなく、各国の労働者人民と団結してそういった拡張主義を阻止することにある。釣魚台を巡る争いは、このような大局に立って考えなければならない」と結論づけており、情勢の転換から、尖閣諸島を巡る今後のプロレタリア国際主義の方向性を提起している。
 この香港の同志たちの現在の主張は、現在の日本と中国の関係をレーニンの民族自決論からとらえようとする誠実なマルクス主義者たちにとっては、受け入れがたいものに映るかもしれない。とりわけ、かつて中国をはじめアジア諸国に対する侵略の歴史をいまだに清算することができず、国内における民族差別を克服することが現在もできていない日本の労働者階級にとって、抑圧民族と被抑圧民族という関係性をつねに認識することは重要である。しかし現在の領土問題を被抑圧民族の民族自決の問題として提起することは不正確であると言わざるを得ない。レーニンは、つねにそこに住む抑圧民族と被抑圧民族の現在の関係を意識して、被抑圧民族の自決権を擁護していたのであり、現在の尖閣諸島の領有権を巡る争いにおいて同じように語ることはできないのではないか。この点については真摯な討論が必要となろう。

情勢の変化を見据えて

 尖閣問題が浮上した一九七〇年代初頭当時、第四インターは、中国の官僚的歪曲化にかかわらず、日米軍事同盟の最前線の象徴となっていた尖閣諸島の日本への施政権返還に反対し、労働者国家中華人民共和国に領有権を返還することが、労働者国家防衛における実際の軍事のうえでも、そして侵略の歴史によって引き裂かれた日中労働者人民の真の団結を実現するという階級的道義の上でも重要であるという立場から、日本労働者階級が自国支配階級に対して断固として要求すべきだと考えていた。
 しかし、日本の労働者階級による社会革命、そして中国の労働者階級による政治革命のためのさまざまな試みは敗北し頓挫させられた。そのような状況の過程で提起された尖閣問題の「棚上げ」は、米中関係の転換に付随した日中国交回復という一時的な平和をもたらしたが、それは中国官僚と日本ブルジョアジーの平和であり、本当の意味で「棚上げ」されてしまったのは国際的階級闘争だったのではないか。
 この点でも、この著書とのスタンスの違いが明確である。本書では日系企業の被害を扱った第一章第三節の冒頭で、国交回復以前から「友好商社」で中国との貿易を続けてきた上海常駐の日本人からの手紙を紹介している。「多くの日本企業が日中双方の経済に良かれと中国に進出投資し、一生懸命技術を教えて、雇用を促進し、中国経済の発展に寄与してきたのに、これではチャイナリスクが増加し、今後更なる投資の拡大ができなくなる。四〇年の時代の変化を感じざるを得ない」。
 国際的階級闘争の「棚上げ」時期は、ほぼ上記の商社マンのいうところの「中国経済の発展に寄与してきた」時期と重なっている。改革開放による経済発展は労働者民衆の政治意識を高めた。一九七六年の第一次天安門事件による民主化運動弾圧を乗り越えた労働者の民主化運動は改革開放の「自由な空気」の中で前進したが、一九八九年六月四日の天安門事件とその後に続いた弾圧によって、中国の労働者階級は国内的階級闘争においてさえも最低限の抵抗の隊列を整えることもできず、九〇年代の大規模な民営化と資本主義的グローバル化に敗北した。改革開放によって農村を出身とする新たなプロレタリアートは、労働者自らの組織化を阻むさまざまな壁によってアトム化され、ほしいままに搾取されてきた。組織的な抵抗はやっと端緒についたばかりだが、世界経済の不況にともなう経済成長の減速がその前途に薄暗く立ちこめつつある。

日中労働者階級の団結

 著者の「国家」や「国家主権」の概念は、「地球が小さくなり隣国との相互依存関係が深まれば、国家主権だけが百数十年前と同じ絶対性を維持することはできない。境界を超えて文化と人がつながり、共有された意識が広がると、偏狭な国家主義は溶かされていく」というものである。著者が「領土ナショナリズムの魔力」から自由でありたいと随所で主張していることは、この時代の報道人としては賞賛すべきだろう。だが「国家」や「領土」を考える際には、マルクス主義の「キホンのキ」である「階級」を認識すべきだと、あえて強調したい。それは、マルクス主義の念仏を唱えるためではなく、グローバル資本主義の荒波のなかで団結すべき腕(かいな)をいまだかたく結ぶことに成功していない日中労働者民衆の未来を考えるところからの発想である。
 その際、「労働者は祖国を持たない」というマルクスとエンゲルスの言葉を無原則に拡大解釈し、労働者階級は領土や国境などに頓着してはならないというような「グローバル市民」的な時流にあわせた考えとも、逆の意味で無縁であることも合わせて記しておきたい。
 労働者国家において、領土や国境、そしてそれに伴う外国貿易の独占は、帝国主義との闘争において経済的にも軍事的にもきわめて重要であるという歴史的な総括を放棄するわけにはいかないからだ。労働者にとって、自らの国家ではないブルジョア国家においては失うものは何もないが、いったんそれが自らの国家となった場合は、階級なき社会へ至る過渡期においては、被抑圧民族の自決権を尊重しつつも、断固としてその主権を帝国主義から防衛しなければならない。
 国境をこえて膨張せざるを得ない資本のグローバル化(それはいまや帝国主義諸国だけでなく中国についても意識せざるを得ない)がもたらす国家間の摩擦のなかで、よりいっそうの激しさを増して衝突しているのは他でもない資本と労働者の階級衝突である。
 日本の労働者市民は、日本の侵略の歴史を反省し、戦後補償や真摯な謝罪を求めるアジアの人々の声に耳を傾け、その実現のためにいっそう奮闘し、領土問題で挑発する右翼政治家や右翼的言論の台頭を許さないネットワークを強化することと同時に、いまこの瞬間も日本資本と中国資本の搾取と抑圧下にある日系企業をはじめとする中国の労働者たちのさまざまな声や動きに注意を払い、可能な範囲でプロレタリア国際主義を発揮するための呼びかけを発するべきだろう。

新しい変革主体
の登場に注目を
 「万国の労働者、団結せよ」のスローガンは決して、他国の労働者との友好や現状維持を言うのではない。資本家が労働者階級の血によって描き続けている国境線は、労働者階級の国境を超えた団結でしか拭い去ることはできない。日本と中国は生産体制の国際化によって結び付けられている運命共同体である一方で、グローバルマーケットで合い争う関係でもある。領土をめぐる争いにおいても市場をめぐる争いにおいても、資本家同士の争いのために日中両国の労働者人民が、一滴の血も流す必要はない。「労働者には平和を!資本家には戦争を!」(レーニン)である。
 中国の新たな社会革命の主体の形成は、今後もグローバルな資本主義のなかで模索が続けられるだろう。その主体の形成と発展のための闘争は、一時期たりとも「棚上げ」されてはならない。広東省珠海市では、九月二一日にキャノン工場の数千人の労働者が日本による釣魚島(尖閣諸島)占領への抗議と賃上げを要求してストライキに突入。九月二三日にはミツミ電機の労働者二千人余りがストライキで賃上げ要求と日系企業への不満を提起。九月二四日にはフジクラとミネベアで数千人の労働者がストライキで日本による釣魚島の「国有化」に抗議し賃上げを要求。広東省東莞市では九月二一日に昭和電子の現地工場で労働者六〇〇〇人全員がストライキを行い、日本による釣魚島の占領に抗議したなどの情報がある。実際にはもっと多かったはずである。残念なことに『尖閣諸島問題 領土ナショナリズムの魔力』では、これら労働者のストライキの詳細についてはまったく触れられていない。
 尖閣/釣魚をめぐる領土ナショナリズムの衝突について、中国国内からもさまざまな主張が提起されている。九月一四日、反日デモが盛り上がりを見せる中、中国国内から「戦争は日本軍国主義を利するだけだ!中日民衆はともに反戦を掲げて対話による解決を促そう!」という長文の論文が発表された。以下に、見出しと冒頭および結論部分のみを日本語に訳したものを紹介して、この時代におけるプロレタリア国際主義のヒントのひとつとしたい。

二〇一二年一一月三〇日

早野 一

資料

戦争は日本軍国主義を利するだけだ!

中日民衆はともに反戦を掲げ、対話による解決を促そう!

二〇一二年九月一四日

(1)

 今年に入って、四月に日本の右翼による島購入のドタバタ劇から八月一五日の香港人の島上陸まで、釣魚島事件は過熱してきた。九月初め、日本政府は「釣魚島の国有化」の歩調を速め、九月一〇日、釣魚島および付属する二つの小島の購入を正式に公表し「国有化」を宣言した。その後、中国の主流メディアの高度の注目とインターネットでの盛り上がりが続く中、中国共産党、政府、軍はますます強硬姿勢を示しつづけ、戦争準備状態は政府部門や世論には強硬論が蔓延し、九月一三日には外交部が「中国は挙国一致で日本の誤った行為に憤慨しないものはいない」と公言するまでに至った。
 中国人民解放軍の四大軍区は集中実弾演習を実施し、第二砲兵部隊(戦略ミサイル部隊)までも動員演習する「解放軍による対日示威行動」という状況において、強硬派の『環球時報』は憤懣やるかたない論調で「日本に平手打ちを喰らわせてやれ」と吹聴し、中国の経済規模と拡大し続ける軍事的実力が「負けることを許さない」とぶち上げた。戦略問題を研究する解放軍タカ派の羅援少将はもう少し知的な言い回しをした。「いま日中双方は釣魚島という隘路であいまみえている。隘路での対峙では、勇敢な者、知恵のある者が勝利する。いまはまだ武力解決の時機は熟していない」。しかしまた疑問を挟む余地のない強い口調でこうも語った。「(釣魚島の)奪還は絶対的な道理である。事態を浮き彫りにさせるために積極的に動かなければならない」。民衆に至っては、少なくとも時事問題に関心を持つインターネットユーザーらの愛国的気分はどんどんと高揚していった。

(2)

 少なくとも中国、日本、アメリカの三カ国に関係する国際問題である釣魚島問題の歴史と現代政治への影響は極めて複雑である。しかし私は早急に次の簡明な立場をはっきりとさせるべきだと考える。つまり、釣魚島の主権に関する紛争を回避して日中は対話を行うべきであり、日本とその後ろ盾であるアメリカは一切の政治的軍事的挑発を停止すべきであり、日中の対話に基づき、釣魚島の主権という争点は棚上げし、現在の両国人民の平和共存から出発すべきであり、いずれの一方による戦争発動にも明確に反対しなければならない。なぜなら戦争は結局のところ日本の軍国主義を利するだけであり、両国から遠く離れた小島のために労働者民衆を動員するとともにその資源を浪費すること、あるいは戦争を準備することは、日中両国のそれぞれの人民に対する経済搾取と政府の高圧政治支配が強化されるからである。
 もし戦争が勃発した場合、短い歓喜のあとには軍需産業の大儲けが待っているが、民衆は深刻な経済負担を背負わされるだけでなく、いま以上の政治経済的抑圧を受けることになるだろう。まずこのことを日中両国の民衆にはっきりと示さなければならない。それにも関わらず民衆が戦争への誘惑にとらわれ、ひいては本当に戦争が勃発してしまった場合には、対話を主張し戦争に反対する者は厳しい状況のなかで、その存在を維持することを考慮しなければならないが(反戦活動家への厳しい弾圧が予想される)、自らの主張は断固堅持すべきである。なぜなら資本主義国家間の戦争では問題を何ら解決することはできないどころか、問題はさらに悪化するだけであることが、現実の推移によって証明されるからである。
(以下、見出しのみ)
?釣魚台をめぐる領土論争はすべてお決まりの論調
 日米による軍事包囲こそが現実の脅威
?反戦こそ中国民衆の利益 政府も開戦で意志一致してはいない
?戦争はどのような結果になろうとも日本軍国主義を利するだけ
?「釣魚台を防衛せよ」ではなく「日本による釣魚台強奪反対」をスローガンに
?多数の日本市民も軍国主義に反対している
?「協議だなんて楽天的だ!日本政府が交渉に応じるとでも?」との問いに答えて

(3)

?日本企業の労働者は、釣魚台に命をかけるよりもストライキと結社の権利を勝ち取ろう

 民族主義思想にとり憑かれている労働者に対して、資本主義国家の戦争に反対する左翼労働者と左翼青年はなにをなすべきか? われわれはかれらに対して無視を決め込んではならないし、嘲笑の対象とすることはなおのことあってはならない。当面、かれらが最も興味を持つ民族主義問題については語ることを避けつつ、切実な利害問題を切り口にして、現実の利害に合致するような分析と行動に導かなければならないだろう。
 国内の先鋭的な社会矛盾に窮する支配階級は、われわれの関心を国境外での衝突に振り向けようとしている。そうであるならば、われわれはその関心をふたたび国内に振り向ける策を講じなければならない。少なくともわれわれが領土問題について人々に語る際には、そのようにしなければならない。


(4)

 二〇一一年一二月四日、深?南山区の日系企業の海量存儲公司で四〇〇〇人が参加するストライキが発生した、ストライキは長期間にわたり(一二月一杯)、労働者と資本および警察は何度も衝突し、左派右派を問わず政治勢力の高い関心を引き起こした。しかしもっとも関心を呼んだのは反日の民族主義の影響である。かれらは海量ストライキを偉大な民族主義的な大衆的行動と見なした。
 当時、中国政府べったりのウェブサイト「汚油之郷」(烏有之郷)の旗手で、風向きを見ることに長けた毛沢東主義右派の政客である張宏良は、海量ストライキで提起されたスローガン「漢奸を打倒せよ!」を「労働者階級が発した偉大な政治宣言である」と誇張して語った。張宏良はストライキ労働者の利益と闘争過程について真面目に理解しようとはせず、ごく短いスローガンだけを取り上げ、「労働者階級」を民族主義政治の大宣伝に拉致した。
 だが、海量ストライキ発生から一週間もたたないうちに、深?当局は機動隊と警察の部隊を出動させ、ストライキ労働者に暴行を振るい逮捕した。ストライキ労働者の苦境は、あらためて中国の労働者階級がストライキの権利を保障されていないことを示した。官製の御用労組はこの問題を解決しないどころか、ストライキ労働者に対して警告、威圧、恫喝を行う始末であった(深?市総工会副主席の王同信が一二月二三日に行った海量ストライキ労働者に対する「素晴らしい演説」を参照せよ)。
 今年の上半期、深?龍崗坂田の日系企業、欧姆電子の労働組合による、「労組執行部の改選」は、結局のところ欧姆電子の労働者からみれば「お芝居」に過ぎなかったようだ。新たに選出された執行部がまだ大した活動すらしていないにもかかわらず、上部団体の深?市総工会は組合費や積み立て基金などはちゃっかり上納させた。ハッキリとものをいう欧姆電子の労働者からは「お金にだけは誰よりも鼻が利くハイエナだ」と批判され、広東省当局と労働組合官僚の化けの皮は引きはがされた。
 広東省当局による労組改選のお芝居が上演された欧姆電子は、海量存儲公司とおなじく日本企業である。反日を叫ぶ労働者諸君、どうして最初に、労働者のストライキ権と真の労組役員改選の実現によって労働組合の権力を掌握することに力を注がないのか? 労働者が生産を中止し、日本経営者の財源を断ち切ることは、日本からも遠くはなれた孤島に向けてその怒りの感情をぶちまけることよりも、何百倍も現実的なのだ!


(5)

 再び釣魚台での衝突に話を戻すと、それがもたらす結果は、おそらく雷鳴大きいが小雨であり、戦争はすぐには発生しないだろう。利害損得を秤にかければ、中日の支配階級が大規模な衝突で相互に攻撃しあうという可能性はあまりない。それは日本がアメリカの意向に従順であるというだけでなく(アメリカは中国と衝突したくないというのは確かである。もし日中が衝突したら、アメリカは日本側につくことは間違いなく、それは中国との対立を意味する。中国は数兆ドルのアメリカ国債を購入しており、アメリカの輸入の半分は中国からのものである)、日中の間にも巨大な〔共同の〕経済利益があるからである。ある種の戦争状態を宣言するには重大なリスクが存在している。
 今日、中国でもっとも戦闘性と組織性を有する労使紛争、階級闘争の最前線である沿海地区の状況を考えると、もし戦争前夜の状況が支配することになれば、それは階級闘争にとって深く大きな打撃となることは疑いない。数日前、深?市宝安区石岩の労働NGOの「小小草」の事務所が襲撃されたが、その襲撃に抗議するため、市政府に陳情したNGOの活動家たちが多数の特殊警察部隊に包囲されてしまった。「小小草」の活動を支持する労働者はあきれて「庶民を弾圧するくらいなら釣魚島に行ってこい」と批判した。
 そのとおりだ。多数の労働者は、このような労働者組織に対する弾圧事件を教訓化している。それは、支配階級は自分たちの地位の確保に関心があるのであり、労働NGOへの弾圧にしても、外敵への威嚇にしても、すべて自分の利害を防衛するためだ、ということだ。主流メディアが垂れ流す戦争や戦争前夜の主張にだまされて「上から下まで挙国一致の抗日」だと勘違いするのは、愚か極まりないことである。
 労働NGOへの弾圧は、組合改選の権利を統制し独立した労働組合結成の権利に対する抑圧と同じく、結社の自由に対する抑圧である。今日のような情勢の重大な変化の歴史の入口において、労働者階級の進歩的分子は断固として結社の自由の権利を実現しなければならない。日本企業で働く愛国的労働者諸君にとっては、この方がより現実的ではないだろうか? 自らの階級的利害のための闘争し、具体的な生活の様々な教訓と結合した、真の共産主義者の勇敢で積極的な奮闘によってのみ、労働者は愛国主義と民族主義というブルジョアイデオロギーから抜け出すことができる。

以下は、総括およびスローガンである。

1、日米の政治的軍事的挑発に反対しよう。日本による釣魚台強奪反対。
2、日中は対話せよ。対話では争点である釣魚台の主権論争を避け、両国人民の平和共存に利するところから開始せよ。
3、どちらの側からの戦争挑発にも反対。戦争の結果いかんに関わらず、それは日本軍国主義を利するだけだ。
4、多くの日本市民が軍国主義に反対している。日中民衆は共同で、自国政府に対して対話による解決を迫るべきだ。
5、大衆運動で対話を実現しよう。
6、外部衝突を利用する支配階級に反対しよう。労働者階級(とりわけ日系企業の労働者)は、積極的にストライキと結社の自由の権利を勝ち取り、民衆自身の直接行動で「日本帝国主義と中国におけるその手先」に打撃を与えよう。
 (番号は編集部で付けました)

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