東京都議選

コロナ・パンデミックの災禍から労働者・市民の生活と権利を守れ
オリンピック・パラリンピックは中止だ

弱者を守る立場
こそが大切だ!


 7月4日投開票の東京都議会議員選挙が迫っている(6月25日告示)。新型コロナパンデミックの下で実施される今回の都議選は、昨年から実施されてきた自公政府と小池都政によるコロナ感染症対策が、真に都民の命とくらしを守るに値するものだったのかどうかということを、都民ひとりひとりにその回答表明を突きつけるものとなる。特に私たちが最重視すべきことは、社会的・経済的な弱者にとってそれはどうだったのかということである。ひとり親家庭や職を失った非正規職労働者、アルバイト学生や女性、帰国することもできずに契約を切られた外国人移住労働者たちなど、生きるためのぎりぎりのところまで追いやられてしまった人々の所にまで、政府と都の支援の手が届いていたのだろうかということである。
 家賃が払えなくなったり、解雇によって住居を追い出されてホームレスを強制される人たち、交通費もなくなり連日「炊き出し」現場を転々と歩き続けなければならなくなった人たち。こうした人々の命をつないだのは政府や都の支援策ではなかった。NPOや子ども食堂やボランティアや宗教団体による慈善活動などの涙ぐましい草の根の支援活動が、社会的弱者の最後の砦となったのであった。税金はこうした人々の「生存権と人間らしい生活」のためにこそ使われなければならない。しかし「公助」としての税金は大・小資本家には流れたが、その資本家が労働者を無慈悲にも解雇するのである。結局「自助」で生きられなくなった人々は、善意ある人たちによる涙ぐましい社会的な活動によって辛うじて救われてきたのであった。
 こうした現実こそが、菅自公政府と小池都政の真実の姿なのである。菅義偉首相は今国会で念仏のように「国民の命とくらしを守る」と発言してきたが、彼の言う「国民」の中には「命とくらし」が崖っぷちにまで追い込まれてしまった人々が含まれているのだろうか。また小池百合子東京都知事は「3密」から始まって、記憶にすら残らない様々な標語を連発してきたが結局、彼女が言ってきたことはそのほとんどすべてが「自己責任」なのである。まじめに働いて、細々と生活をつないできて、コロナパンデミックを理由に解雇された労働者のどこに「自己責任」があるというのだろうか。
 本当に困っている社会的な弱者こそ、真っ先に救済されなければならないのである。そうした人々に目を向けることもなく、すべてを「自己責任」として片付けようとする政府も都政も失格だといわなければならない。コロナパンデミックという状況は今の政府と都政の真の姿を暴き出したのである。

オリ・パラは
絶対に中止だ


 今回の都議会議員選挙で最大の焦点になっているのが、7月23日からの開催が予定されている東京オリ・パラ(9月5日まで)をどうするのかという問題である。すでに外国からの観戦客を受け入れないことや、入国する大会関係者の数を極力減らすことなどが決められているようだが、この間の国内スポーツ試合への観客入場制限を見ていると、菅政権はできうる限り国内のチケット保有者を入場させようとしているのは確かだ。そしてそれにプラスして東京圏の小中学生数10万人を観戦のために動員しようとしている。小池都知事は政府のこうした舵取りに対して「ノーコメント」で、傍観するという態度を続けている。
 菅義偉首相を強気にさせているのはワクチン接種の「本格化」である。現在も東京オリ・パラ中止・延期の世論は過半数を占めている。また開催賛成でも「無観客」が多数を占めている。それでも菅義偉首相は「世論は変わる」と見越しているのである。5月に入ってから65歳以上の高齢者へのワクチン接種が本格化しているが、6月半ばで1回目の接種を受けた数は対象者3600万人の3割ほどである。高齢者に限っても東京五輪開始までに終了できないことは、誰が考えても明らかなのである。それにもかかわらず「世論は変わる」と考える菅義偉は、絵に描いたような恥ずべき「愚民政治家」だといわなければならない。
 政府や一部の自治体・企業体・大学などでは64歳以下も対象にした接種会場をやみくもに増やそうとしているが、問題はワクチンの打ち手の数は限られているということだ。大学でも医学部のない大学での接種はほぼ不可能となっている。菅首相が「1日100万回」とラッパを吹いても、それは現実的には不可能なのである。そして12歳以上の希望者(70%とした場合約8000万人)への2回接種の完了は、どんなに早くても年度内ということになるだろう。従来株の1・78倍の感染力があるとされるインド株(L452R)の感染拡大が広がるなかで、東京オリ・パラの開催強行は愚民政治による「自殺行為」以外の何物でもない。そして東京オリ・パラをIOCと契約した東京都が大会の中止を主張しないのは、愚民政権=菅政権と同罪である。

「カネの亡者」
IOCいらぬ


 東京オリ・パラを「無観客」にすれば900億円のチケット代金を補償しなければならなくなるのではないか。日本側から中止を申し入れれば、東京都がIOCに数千億円の賠償金を支払わなければならなくなるのではないか。そんなことを心配する声も聞こえてくる。しかしIOCと契約している放送局やスポンサー企業も保険に入っているので、IOC側からの「ぼったくり」がない限り、賠償金のことなど心配する必要はないだろう。何よりも優先しなければならないことは、コロナパンデミックから「日本と世界の人々の命」を守ることだ。オリ・パラを強行させようとしているIOCには、1円の賠償金も支払うべきではない。
 先日のワシントン・ポストは、IOCのバッハ会長のことを「ぼったくり男爵」だと批判した。それはIOCの契約条項の中に災害や戦争も含めて、開催都市による契約解除の権利が盛り込まれておらず、開催都市が中止を申し入れた場合、IOCへ賠償しなければならないことになっている。しかしその一方で、IOCが中止を決定した場合は、開催都市はIOCに対していかなる補償も賠償もできないとなっているのである。だから「アルマゲドンでもない限り五輪は可能だ」というIOC幹部の発言も飛び出すのである。IOCは国際的な公的機関でもなんでもない。1984年のロス五輪以降、商業主義による五輪ビジネスでカネ太りした国際的なスポーツマフィアの巣窟にすぎないのである。
 スポーツを商業的な利益と国家的な政治のために利用してきたオリ・パラはいらない。東京オリ・パラを、その終わりの始まりとしなければならない。コロナパンデミックは五輪が誰のために、何のために必要とされているのかということを浮き彫りにした。もうすっかり日本のための五輪となってしまっている東京オリ・パラを中止させて、24年のパリ、28年のロス、32年のブリスベンのすべてを中止させよう。

共産党・市民派
候補に投票を


 東京都議会議員選挙の最大の焦点は、コロナパンデミックに対する政策と東京オリ・パラ開催に対する態度表明である。社会的・経済的な弱者を「自己責任」で切り捨てる小池都政など「弱肉強食」の新自由主義勢力に反対しよう。人々の命と生活よりも「政治日程」を優先させる東京オリ・パラ開催強行勢力に反対しよう。そうした観点から、都議選では共産党と市民派候補(小金井・緑の党/漢人あきこ 練馬・市民の声ねりま/池尻成二)への投票を呼びかける。
 目の前の利益のために自然と環境を破壊する資本主義が続く限り、人類は気候危機とコロナパンデミックを克服することは不可能である。人類をmRNAワクチン依存から解放する道は、資本主義を終わらせて、利益優先ではなく自然環境を守り共存できる社会を実現する以外にない。7月4日投開票の東京都議会選挙をそうした社会実現のための第一歩としよう。
       (高松竜二)
 
 

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