バイデン政権の半年(上)
対中強硬政策と中東からの米軍撤退
トランプ政権と何が違うのか
混迷不可避のグローバル戦略
世界制覇を賭けた米中抗争
「トランプの欠陥は、同盟国を疎外して単独で実施したことであり、対中政策は同盟国を結集させる必要がある」。「トランプの中国に対する厳しいアプローチは正しかった」「中国を打ち負かすことができる」。
以上の発言は、現在バイデン政権で国務長官を務めるブリンケンの就任直前のものだ。バイデン政権はトランプ政権が実施してきた中国に対する制裁関税措置を、維持することを決めた。そうした政策設定の背景にあるのは、トランプ政権の下で実施されてきた対中制裁措置が、米議会で超党派的に支持されてきたことと、米国の金融・産業界も同様に支持してきたからである。
対中国の強硬政策はトランプからバイデンにバトンタッチされた。米国は共和・民主党を貫いて、中国が政治・軍事、経済戦略の柱として推し進める「一帯一路」政策を粉砕しようとしている。それは2030年代以降の世界覇権を賭けた全世界を舞台とする米中の闘争・抗争に他ならない。
トランプ政権の「米国第一主義」は、米国による世界支配の終焉を刻印するものだった。そして台頭する中国を最大の脅威として認識し、それを本気で粉砕しようとする最初の政権であった。中国が技術的な2流国家であり続ける限り米国にとっては脅威たり得なかったが、ファーウェイなど中国最先端企業の技術能力と開発施設・人材育成など、また最新鋭の弾道ミサイル開発など軍事分野での技術力の躍進を目の当たりにして衝撃を受けたに違いない。
「米国第一主義」を掲げたトランプ政権の支持基盤となったのは、米国人口の4分の1を占めるといわれるキリスト教福音派と、地方で不安と不満を抱える白人労働者層、そして人種的宗教的な排外主義右翼集団であった。トランプ政権が行ってきた主な政策を列挙してみよう。
①地球温暖化防止のためのパリ協定からの離脱 ②環太平洋の経済協力機構であるTPPからの離脱 ③多国間協調から2国間交渉への転換 ④米朝首脳会談などの独特な揺さぶり外交 ⑤イラン核合意からの離脱 ⑥親イスラエル中心主義的な中東戦略(パレスチナ支援の中止、米大使館のエルサレムへの移転など) ⑦中東からの米軍撤収と縮小の加速(アフガン・イラクなど) ⑧米中貿易戦争に象徴される保護主義的な通商政策の全面化 ⑨反キューバ・ベネズエラ政策 ⑩コロナパンデミックでの反中国キャンペーンとWHOからの脱退
内政について
①シェールガス・石油の増産と農業支援を重視して、環境保護規制を撤廃 ②中米からの不法移民対策の強化・メキシコとの国境に壁の建設 ③イスラム圏からの入国禁止措置 ④皆保険制度(オバマケア)の阻止 ⑤反左傾化キャンペーン(民主党は社会主義者) ⑥差別と格差に抗議するBLM運動への弾圧
経済政策は
①大型減税(17年12月に成立して10年間で1・5兆ドル規模) ②3年間のGDP成長率は平均2・5% ③失業率は20年2月に3・5%(50年ぶりの低水準) ④株価の5割上昇 ⑤連邦政府の財政赤字拡大(19会計年度で9843億ドル―3年間で48%拡大
トランプ政権の最初の3年間は、個人消費に支えられた安定的な経済成長と歴史的な低水準の失業率など、格差問題は根深くあるものの経済政策は比較的評価されてきた。中東における戦争も「イスラム教徒のために血を流す必要はない」と主張して、米軍の犠牲者を極力出さない戦闘方法(空爆中心など)を採用してきたし、アフガン・イラクからの米軍撤収計画も着々と進められていた。
しかし20年の初頭から中国の武漢で爆発的に拡大した新型コロナウイルス感染は、対岸の火としてとどまることなく瞬く間にパンデミックとなった。世界を取り巻く状況は一気に変わってしまったのである。米国でも20年3月以降、全国的に拡大して大量の犠牲者を出すことになる。こうしてトランプ政権が3年間かけて積み上げてきた経済政策の成果は、その根元から崩れ落ちるのであった。
20年4月の失業率は統計以降最悪の14・7%、20年4~6月のGDPは31・4%のマイナスを記録した。またトランプ自身もコロナに感染するなど、感染リスク軽視の政策運営への批判も拡大し、さらには5月の警察官による黒人へのリンチ殺人事件を契機として、差別と格差に抗議するBLMの波が全米を覆った。
しかし、共和党を完全に乗っ取ったトランプの人気は絶大であった。コロナパンデミックがなければ、トランプの再選は確実だったと言えるだろう。その意味で、バイデン政権がどのようなコロナ感染症対策を実施できるのかが、対中国政策や巨額のインフラ投資による経済政策よりも重要なのだということを見落としてはならないだろう。しかもパンデミック(世界的流行)というものは、世界的に止めなければ終わらないのである。
ワクチン接種が進まない理由は
現在、日本を含めて全世界で従来株の約2倍の感染力を持つと言われているインド株が拡大している。米国でも6月中旬に1日当たり1万人余りであった感染者数が、7月中旬には3万人余りにまで急拡大している。ニューヨーク市でのワクチン接種をめぐる状況をレポートした「毎日新聞」(7月21日付)によると、7月19日現在、ワクチン接種を完了したのは全人口の54%で、人種別ではアジア系が69%、白人が45%、中南米系が40%、黒人が30%だ。そしてワクチン接種率が上がらない最大の理由がデマと陰謀論だという。
「ワクチンを打つと数年後に体に異変が起こるとみんなが言っている」「政府は黒人やヒスパニックを殺そうとしている」「有色人種はモルモットにされている」「追跡のためにマイクロチップが埋め込まれる」…こうしたデマが口コミで伝染病のように広まっているという。宗教的な影響もあって、ダーウィンの「進化論」がいまだに市民権を持たない米国だからと言って苦笑するわけにもいかないが、無知が現実を支配する恐ろしさというものを思い知らされる感がある。米国では過去に黒人が梅毒研究のモルモットにされたという歴史的な事実がある。それにしても「何が真実なのか理解できる能力を獲得しなければならない」と「新実在主義」を唱えるドイツ人哲学者のマルクス・ガブリエルの想いは、どこまで通用するのであろうか。コロナパンデミックは、人類が滅亡の危機の本番に立ち向かうための予行演習の機会を私たちに与えてくれているのかもしれない。気候危機などを考えると、それはすでに始まっているのかもしれないが…。
日本でもそうだが、ワクチン接種をためらう理由としてニューヨークでも「副反応」への不安があげられている。しかし感染して入院や隔離されるリスクや人に感染させてしまうリスクと比べれば、副反応への不安はほとんど理由にならないはずだ。「注射が痛そうで怖い」と正直に言うべきだと思う。米国では収入の少ない人たちは無保険者が多いために、高額な費用がかかる病院診察を多くの人が受けていない。注射を経験したことのない人々が多数いるということだ。また米国では、政治党派的対立がワクチン接種にも影響を及ぼしている。「ワクチン拒否の傾向が最も強いのは保守派の白人」で、そうした傾向は民主党支持と共和党支持の強弱によって各州ごとにも表れているようだ。
現在接種されているワクチンが、インド株に対して「万能ではない」とみられる事例も上がってくるなか、バイデン政権に限らず、世界的なレベルでのコロナウイルス感染症対策は終わりの見えない長期戦になりそうだ。アフリカのワクチン接種率は2%に過ぎない。
台湾の半導体を守れ
米国議会では「台湾の重視」は超党派的に支持されてきた。それは単純に政治・軍事的な理由からではない。現在、半導体製造で世界シェアの約半分を占めるTSMCをはじめとする企業の存在が重要なのである。産業の「コメ」と言われてきた半導体は、IT・AI・IoTなどの技術革新と並行して、産業と軍事の両面から「戦略物資」となった。しかもTSMCは世界最小の半導体を安定的に量産できる、世界で唯一の企業である。そして台湾政府も米国の狙いがTSMCにあることは十分に理解しているのだ。
米中対立が深まりを見せるなかで、米国は地理的に中国に近すぎる台湾に最先端半導体製造が集中していること、そしてあまりにも台湾への製造依存度が集中しすぎてしまっていることを懸念して、半導体製造のための新たなサプライチェーン構築に乗り出している。こうした中でTSMCは20年5月に米国のアリゾナ州に新工場の建設を発表した。バイデン政権もTSMCに対して様々な優遇措置を提供して、さらなる誘致を迫っている。またTSMCは21年2月に、茨城県つくば市に研究開発拠点を設置することを発表している。
「クアッド」を最重視
バイデン政権はホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)に、対中政策を担当する「インド太平洋調整官」の新ポストを設置した。そしてそこにはオバマ政権で東アジア・太平洋担当だった、対中国強硬派のカート・キャンベルを起用した。キャンベルは「貿易・技術・供給網などでG7プラス韓国・インド・オーストラリアの民主主義10カ国(D10)を中心に対応し、軍事的抑圧については米日印豪の『クアッド』の枠組みの拡大」を主張している。
また4月8日には米上院が超党派で、対中国の「戦略的競争法」を取りまとめている。その中では「インド太平洋戦略として米国の戦略的経済、外交的手段を総動員する前例のない超党派的取り組み」だとして、「中国の攻撃的で独断的な行動をけん制し、インド太平洋の安全保障に対する支援を優先する」というもので、「クアッド」を最重視している。
さらにバイデン政権は人権外交の一環として、中国のウイグル自治区と香港での弾圧と抑圧を非難している。3月22日には米国とEUがウイグル族への弾圧と抑圧問題で、中国に対して同時制裁を発動している。日本は経済的影響を考慮して、制裁には慎重な態度を取っている。さらにEUは、昨年12月に中国と大筋合意していた投資協定交渉の審議凍結を決議している。またバイデン政権は6月3日に、中国企業への投資を禁止する措置を強化する大統領令に署名している(発行は8月2日)。その内容はトランプ政権の軍事関連企業への投資禁止令を引き継ぎつつ、ウイグル族への弾圧に関与する監視技術関連企業を制裁対象に追加するというものだ。米企業と個人は対象企業の株式・社債・投資ファンド購入を禁止(22年6月からは債券も追加)するとして、対象企業はファーウェイ・チャイナテレコム・チャイナモバイルなど59社にのぼる。
「新冷戦」には入りたくない
それではバイデン政権が実施する対中強硬政策には、米国の思惑通りに同盟国を結集させることができているのだろうか。6月11~13日に英国で開催されたG7では、①中国のワクチン外交(80カ国に3億5000万回分を供給)に対抗して、G7として途上国向けに10億回分のワクチンを寄付する。②香港・ウイグルの人権問題と台湾の平和・安定の「重要性」を確認している。
しかし欧州諸国は米中対立に巻き込まれることへの警戒感が強く、また一方では、地理的に中国に対して安全保障上の脅威を感じていないといった米国とのギャップが明らかになっている。フランスのメディアは「米国の意図は、同盟国を中国との地政学的な競争に引き込むこと」だと指摘している。ドイツは自動車の輸出をはじめ、中国への経済的な依存度が高いために、人権問題での成果を強調しながら「ルールに基づいた多国間協力を行うことで、民主主義が最も機能する」と、トランプから引き継いだ米国の対中強硬策への協力をかわしている。日本も最大の貿易相手国である中国との対立を避けたいのが本音だ。
英国は中国による香港弾圧に反発して、「クアッド」への参加も検討しているようだ。英国はEU離脱とセットで、英国として独自に国際協力関係を築くための「クローバルブリテン構想」を模索してきた。最新鋭の空母打撃群をインド太平洋に派遣する計画だったが、艦内でのコロナウイルスクラスターの発生によって、派遣計画の練り直しを迫られている。フランス軍は米日仏の合同軍事演習に初参加している。英国が抜けたEUのインド太平洋戦略の中心を担わなければならないと考えているのだろう。
コロナパンデミックの出口が見通せない状況と併せて、各国の利害関係や思惑が交差するなかで、バイデン政権の対中強硬政策はその出だしから困難なものとなっている。そうなっている最大の要因は、「中国との『新冷戦』に入りたくない」というバイデン政権の本音が見え隠れしているからだ。14億人の巨大市場の存在と、世界の工場となった中国を、世界の資本主義が敵に回すということは極めて困難なことなのである。共存してフェアに競い合えば、米国は間違いなく負ける。負けゲームに乗ってくる者はいないだろう。だからトランプは単独で中国との戦いに挑んだのである。「偉大なアメリカ」を守るために、反則技も場外乱闘もためらうことなくだ。(つづく)
(高松竜二)
THE YOUTH FRONT(青年戦線)
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