バイデン政権の半年(下)
「アメリカの100年」は終幕へ
新たな世界の創出を全世界の民衆の力で
最小のコストで米国の利益を守る
トランプ政権の対中東戦略は、同盟国としてのイスラエル優先政策と、シーア派(イラン・イラク・シリアのアサド政権)孤立化政策を柱とするものであった。18年に「イラン核合意」から離脱したトランプ政権はイランに対する経済制裁を再開するのと同時に、湾岸地域での対イランの軍事的な緊張関係をエスカレートさせた時期があった。しかしそれは、互いに本格的な対決を望んでいないことは了承済みであったし、周辺諸国もそれを望んではいないことをよく理解した上での抑制的な軍事行動であった。
そしてトランプの「成果」は、米大統領選挙を前にしてあたかもトランプを後押しするかのように表面化した。昨年8月からアラブの4カ国がイスラエルとの国交を正常化させたのである(8月UAE、9月バーレーン、10月スーダン、12月モロッコ)。79年にエジプトが、94年にはヨルダンがイスラエルとの国交を正常化しているので、これで計6カ国ということになった。そしてサウジが次の焦点となっている。そしてこれらの国々はイスラエルも含めて、米国の「イラン核合意」への復帰に強く反対しているのである。
ユダヤ人の国際組織である「世界ユダヤ人会議」のロナルド・ローダー議長は、3月1日付のサウジの英字新聞で、「イランの脅威に対抗して中東の安全を確保するための、アラブ・イスラエル版NATO結成の時期」だとして、イスラエル+国交のある6カ国+サウジによる構想を打ち出した。こうした動きは、バイデン政権による中東外交の変化に対応しようとするものだ。バイデン政権は世界的な「持続可能なエネルギー」政策への転換と、米国がシェールガス・石油の産出によってサウジ・ロシアと共に世界のトップに肩を並べただけでなく、現在は輸出国になっているということもあり、米国にとって中東の石油がその「戦略性」を相対的に低下させたということを背景として、最小のコストで中東における米国の利益を守ろうとしている。
こうしたバイデンの動きは、アラブ地域で一番の親米とみられてきたサウジに対する厳しい政策として打ち出されてもいる。これまでトランプは無視してきたが、バイデンは人権外交の立場から、サウジによるイエメンへの空爆に対する支援の打ち切り、イエメン「フーシ派」へのテロ組織指定の解除、サウジ人記者(ジャマル・カシュギ)殺害の関与をめぐる報告書の公開を実施している。
「イラン核合意」は崩壊している
バイデン政権発足後にEUを仲介にイランとの間接協議が行われていたが、それはいま中断している。その最大の理由は米国議会で合意復帰に対して共和・民主党の双方から反発が出ているからだ。バイデンは核合意に復帰した上で、合意にない「イランのミサイル開発への規制・シーア派民兵への支援停止」につなげたいとする思惑があった。しかしこの内容はトランプがイランに突きつけていたことであり、すでにイランから一蹴されているのである。
一方でイランは、昨年の12月に核合意を超えて「核開発を進める法律」を国会で通過させている。ウラン濃縮は核合意では3・67%とされていたものが、恒常的に20%にまで引き上げられているし、今年の4月には濃縮度60%(核兵器級)の引き上げにも成功している。対米強硬派であるイラン最高指導者のハメネイは、いまも続いている米国による経済制裁の「即時全面解除」の先行実施を要求している。
また世界最大の石油輸入国である中国は、イラン核合意に見切りをつけて、独自の中東外交に乗り出している。3月27日にはイランとの25年間にわたる「包括的戦略パートナーシップ協定」を成立させた。これはイランが中国に対して原油を安値で安定供給する代わりに、中国がイランに対して総額4000億ドル(44兆円)の巨額投資を実施するという内容だ。一帯一路の一環として、金融・情報・通信・空港・港湾・鉄道・医療などの他にも、軍事分野でも協力を強化するとしている。さらに中国は、バイデンの「人権外交」に反発するサウジとの関係も狙っているとされる。
イラン国内では米国による経済制裁とコロナ感染拡大によって経済が完全に疲弊してしまっている。通貨下落の影響で物価が上昇し、若者を中心に失業問題も深刻化している。そして不満の噴出に対しては、革命防衛隊による容赦のない弾圧が浴びせられる。「この国には自由も正義もない」と、人々の不満は間違いなく高まっている。6月に実施された大統領選挙は、そうした人々の不満を間接的に明らかにするものとなった。
反米保守強硬派のライシ司法府代表が新大統領に当選したが、そもそも穏健派や改革派候補は立候補すら許されなかったのである。これと同様なことが国会議員選挙でも行われている。投票率はこれまでの最低の48・8%で、その内のライシ票は62%だった。有権者の3割ほどの支持しか受けられなかったのである。しかも白票が第2位を上回ったのだ。
ネタニヤフは退陣したが…
イスラエルでは、通算15年にわたって首相を務めてきたリクード率いるネタニヤフが退陣した。過去2年間で4度の総選挙を実施してきたが、今年3月の総選挙でもリクードによる組閣が失敗し、結局7月に入ってから反ネタニヤフの8党による連立政権が成立することになった。ネタニヤフはコロナワクチン接種やアラブ諸国との国交正常化といった「成果」を上げてはいたが、自身の汚職問題(収賄・背任で19年11月に起訴)で、政権内部からも「政治を私物化してきた」と批判が上がっていた。また5月のガザ地区のハマスとの戦闘も、バイデンから停戦圧力を受けていたのである。
8党連立政権は計62議席で議会過半数を2議席上回っているにすぎない。新首相になったベネットはネタニヤフ政権の前国防相であり、政治的にはパレスチナ強硬派の極右である。ネタニヤフに反発して、極右政党のヤミナ(7議席)を旗揚げしている。連立政権での最大勢力はラピドが率いる中道派のイェシュアテイド(17議席)で、ラピドは政権後半の2年を担当することになっている。その他連立政権には左派の労働党(7議席)、アラブ系のイスラム政党であるラムア(4議席)も加わっている。イスラエルの人口の20%を占めるアラブ人の政党が政権入りするのは、イスラエル建国以来初のことだ。パレスチナ問題をめぐる対立などで、8党連立はいつ崩壊しても不思議ではない。ネタニヤフが去った後のリクード(30議席)と、8党内の極右と右派政党との再連立が最もありうるシナリオとなるだろう。
またパレスチナ側は、5月に予定されていた15年ぶりの評議会選挙が延期になっている。07年からの主流派であるファタハと、ガザ地区を実効支配するハマスとの分裂が尾を引いているからだ。ネタニヤフはこの分裂に付け込み、ファタハと連携する形でパレスチナ対策を進めてきたのだ。5月のハマスによるイスラエルとの戦闘もこうした対立構造と深く関係している。困難な局面にある、パレスチナ民衆の闘いを孤立させてはならない。
米軍のアフガン撤収と内戦再開
トランプ政権がイラク駐留米軍を2500人(最大15万人)まで削減したのに続いて、21年4月までと合意されていたアフガンからの米軍の撤収は、バイデン政権になってから8月末へと変更された。現在アフガンに駐留する米軍は2500人(最大2万人)で、同時にNATO主導の9600人(米軍を含む)も同時期に完全撤退することになった。しかし6月17日の米政府の発表によると、NATOに所属するトルコ軍が留まり、カブール国際空港の警備を担当するようだが、タリバンは反発している。バイデン政権はアフガン近隣国に対テロの作戦拠点を設置しようとしているが、パキスタン等からは拒絶されている。
こうした動きに対して米国の専門家からは「タリバン側には妥協する理由がない。米軍は空爆を続けるのか。予算支援を止めればアフガン軍は自壊する。内戦に突入する。ロシア・イランも介入する。これではトランプと同じだ」といった批判が飛び交っている。国土の半分を実効支配し、女性活動家らを殺害してきたタリバン(約6万人)と政府軍(約30万人)との本格的な内戦突入は避けられない。
現在、中東地域に駐留している米軍は、バーレーン・UAE・クウェート・サウジなど1万数千人規模である。オースティン国防長官は、アフガンからの撤収に続いて規模は明らかにされていないが、サウジなどからの米軍の撤収を今夏から実施することを表明している。しかしアフガンに留まるトルコ軍の動きが、これと連動しているのかどうかは分からない。
米軍の完全撤収を前にして、中国はアフガンに対する外交攻勢をしかけている。7月16日に習近平がガニ政府大統領と電話協議する一方で、7月28日には中国の天津で王毅国外相がタリバン幹部と会談している。
中国の中東政策とウイグル自治区
現在中国にとってイスラム・ウイグル自治区政策は、極めてデリケートな問題になっている。ウイグル族に対する抑圧と弾圧が、トランプ政権で国務大臣を務めたポンペオによって「ジェノサイド」だと指摘され、香港弾圧も含めてその後、中国たたきの好材料にされているからだ。中国共産党支配体制にとってウイグル族問題は、「国内植民地」政策として考えられてきた。
ウイグル自治区は広大な地域である。日本の面積(38万㎢)の4倍強(160万㎢)であり、中国全体の6分の1を占めている。自治区内にあるロプノール核実験場では、1964~96年に46回の核実験が実施されている。人口は約2500万人で、中国の資本主義化と並行して大量入植を続けてきた漢族が、ウイグル族を上回っていると言われている。ウイグル自治区は石油・鉱物資源・宝石などが豊富で、中国最大の天然ガス産出地であり、国内最大級のカラマイ油田があり、自治区内の埋蔵量は中国全体の石油の28%、天然ガスの33%を占めている。またウイグル産の綿は世界3大高級綿とされ、高値で取引されてきた。
ウイグル自治区の資本主義的な発展によって漢民族への富の集中が進み、ウイグル族の多くは社会の底辺に取り残されることになった。不満が爆発したのは09年の自治区全土での反漢族暴動だった。そしてその後もウイグルの分離・独立を主張する「東トルキスタン・イスラム運動」によるテロが発生している。これに対して中国政府はテロ・分離・原理主義を「3毒」として、ウイグル族への監視と弾圧を強化し「再教育収容所」まで作り出して、愛国と中国共産党への忠誠という「中国化」を強要しているのである。
「一帯一路」政策にとってもウイグル自治区は「西の玄関」に位置しており、中国政府にとっては治安は欠かせないのである。旧シルクロードでは天山山脈の北と南のルートと、タクラマカン砂漠の南ルートの3つが記されているが、中央アジアをぬけてアフガニスタン北部で合流し、テヘランからバグダッド、チグリス川を北上してトルコから地中海までつながっている。アフガン―イラン―イラク―トルコとの安定的な外交関係を樹立することは、中国にとって不可欠なのである。
バイデン政権は「パリ協定」に復帰し、「50年までに温室効果ガス排出のネットゼロを実現する」として、「インフラ・クリーンエネルギー投資計画」を打ち出して4年間で2兆ドル(220兆円)の投資を公約とした。その目玉となるのは、乗用車の電気自動車(EV)への転換と、電力部門での脱CO2である。電化することが困難な産業(鉄鋼・化学分野、航空機など)はとりあえず棚上げした上で、風力や太陽光発電などの拡大を推進させて、電化できる部門はとことん進めようとしている。
しかし共和党のトランプ派に限らず、米国内の石油・天然ガス産業などからの抵抗や、産業転換にともなった労働者の雇用問題などの難題も浮上してくるのであり、一筋縄で進められるというものではない。
また難民・移民政策では、トランプがメキシコ国境に建設してきた「壁」の建設は中断され、国家非常事態宣言も解除された。しかしバイデン政権が打ち出した「寛容」な難民・移民政策によって、メキシコ国境に多くの人々が押し寄せるというパニックを作り出したのであった。こうして難民・移民政策は、その受け入れ枠すら確定できずにいる。主要流出国はグァテマラ・ホンジュラス・エルサルバドルの3カ国で、これらの国は貧困・ギャング・コロナ・ハリケーンなどの自然災害によって完全に疲弊している。生活基盤の再建と治安の回復、そしてまともなコロナ感染症対策が確立されない限り、「移民爆発」の波は止められない。
内政に閉じこもるバイデン政権
バイデン政権はトランプの遺産である中国・イラン・ロシア・朝鮮・キューバに対する制裁を維持しながら、米国を中心とした外交に同盟国を結集させようとしている。しかしそれを強制しようとする米国の政治的な力の相対的な弱体化と、同盟国それぞれの利害関係を考えると、決して成功することはないだろう。冷戦下で戦われたベトナム戦争での米国の敗北に続く、テロとの戦争として開始されたアフガニスタンでの20年戦争の米国の敗北は、世界の警察としての米帝国主義の終焉を決定づけることになったのである。
そして経済的・軍事的技術力の分野においても、米国が優位に立つものはもはや皆無だと言ってもいいだろう。ただ世界一の軍事力保有国だということだけだ。コマーシャル的商業主義で稼ぎまくっている多国籍企業のGAFAも、独占主義的に世界をかき回す存在となっており、各国から規制がかけられつつある。
結局、バイデン政権は内政に閉じこもらざるを得なくなるだろう。しかもその政策はトランプ共和党の抵抗や、人種的・社会的な差別構造が生み出す不信と対立の渦の中で遂行されることになる。今、第1次世界大戦によってヨーロッパががれきの山と化してから始まった「アメリカの100年」が幕を下ろそうとしている。全世界の労働者階級・被抑圧民衆が共に、自由で平等で公正で平和な世の中を作り出していくために立ち上がり、誰もが明日のことを心配しなくてもよい世の中を実現しようではないか。 (高松竜二)
THE YOUTH FRONT(青年戦線)
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