自民党総裁選と総選挙情勢①(2021年9月6日発行)
コロナ対策の軽視で自滅する菅義偉政権
ついに「まな板の上の鯉」に
8月22日の横浜市長選挙で、菅義偉首相が肩入れしてきた小此木八郎候補の敗北は、ついに自民党内の「菅おろし」を大炎上させることになった。「菅では選挙は戦えない」という大合唱に押されて、自民党は9月29日の総裁選実施を決めた。こうして菅義偉は「まな板の上の鯉」となってしまったのである。
当初、自民党は東京オリ・パラ明けに解散・総選挙を行い、そして選挙後に自民党総裁選を実施するという政治日程を立てていた。ワクチン接種も医療従事者の先行から始まり、5月からは各自治体主導による重症化しやすい高齢者からのワクチン接種が順調に進んでいた。感染症対策にドタバタしながらも、当時の菅義偉政権は「1日100万回の接種で、7月末までに高齢者の接種を終えたい」「対象者の4割ほどが接種を完了すれば、感染状態も収まってくるだろう」…と、オリ・パラを成功させて、その余韻の中で総選挙を実施できるといった楽観主義のなかにあったのである。
しかしそうした空気を一変させたのが、インド由来の「デルタ株」の日本を含む世界的な感染拡大だった。それは従来株の2倍の感染力とされてきたが、最近の研究発表によると、感染者の体内ウイルス量は従来株と比較して平均1000倍以上だとされている。そしてこうした事態にもかかわらず楽観主義を装っていたのが、人命や人々の暮らしよりも、次期総選挙と総裁選を優先する菅義偉首相と、IOC・オリンピックマフィアのバッハ会長であった。
都議選とオリ・パラでの敗北
こうした事態に対して最初に大衆的な審判が下されたのが、7月4日の東京都議選であった。選挙の争点となったのは、コロナ感染症対策と差し迫った東京オリ・パラをどうするのかということだった。すでにこの時期、ワクチン在庫量を度外視した国・自治体・企業体・大学などによる「独自」のワクチン接種会場が雨後の竹の子のように拡大することによって、ワクチン供給のもたつきが露呈していたのである。勢力を一気に拡大する脅威のデルタ株、そして一方でのワクチン在庫切れの危機という事態は、「オリ・パラをやっている場合か」という世論に火をつけることになったのであった。東京オリ・パラ「中止と延期」が世論の6割を突破した。
こうした事態にもかかわらず、東京オリ・パラを予定通りに開催することを6月に開かれた英国でのG7で既成事実化させて、最後までできうる限り観客を動員しようと抵抗したのが菅義偉首相だった。6月21日の5者協議では、専門家の忠告を無視して、観客上限(定員の50%以内で最大1万人)を決定させて、さらに「学校連携観戦」とIOCなどの「関係者」も別枠とさせたのである。それは東京オリ・パラを「何としても盛り上げること」が、菅義偉にとって総選挙と自民党総裁再選を乗り切るための絶対条件だったからに他ならない。
これはもう党利党略を超えて「私利私欲」のための強行突破であった。そして有権者は菅義偉首相を拒絶したのである。投票率は42・39%と低かったが、自民党は定員127に対して33議席しか獲得できずに惨敗した。そしてこの敗北を受けて、自民党内からは「菅では選挙は戦えない」という声が公然と上がり始めるのであった。
そうこうしている間にもデルタ株感染者が日に日に増え続けて、「医療崩壊の危機」が叫ばれるなかで、五輪開催の直前になってようやく「無観客」を決めたが、ここでも最後まで抵抗したのが菅義偉だった。そして菅義偉はまたしても敗北したのであった。いま現在も拡大し続けているコロナ感染の第5波はすさまじいもので、1日当たりの国内感染者は7月29日に1万人を超えて、8月13日には2万人を超えた。そして当初は東京圏が感染者の6割強を占めていたのだが、夏休みやお盆休みなどによる人の移動の増加によって、瞬く間に全国的に拡大した。
五輪閉会の日に菅義偉首相は「五輪がテレビ観戦になったので人流減に貢献した」などと、負け惜しみを漏らしていたが、このフレーズは100%小池都知事からのパクリである。もはやこの時点で、菅義偉の思考能力は「ほぼゼロ」になっていたのかもしれない。
とどめとなった横浜市長選の敗北
「ワクチン一本勝負」で行くと決めていた菅義偉だったが、政府持ち分のワクチンが思うようにならなくなるなかで、「一発逆転勝負」に出たのが横浜市長選だった。とにかく自民党は菅政権になってから、主要な選挙で野党共闘候補に全敗してきたからだ(1月の山形知事選、3月の千葉知事選、4月の3つの国会議員補選、6月の静岡知事選)。菅首相は自身の地元でもある横浜で、東京都議選まで続いた連敗の流れを何としても止めなければならないところにまで追い込まれていたのだ。選挙に手を出さずにこれ以上、傷口を広げないという選択もあったのだろうが、それよりも喉から手が出るほど「成果」が欲しかったのだろう。
しかし横浜市長選はカジノリゾート(IR)誘致の是非をめぐって、10人が立候補(内8人がIR反対)する乱立選挙となり、しかもIR誘致の賛否で自民党の横浜市議団が30対6に分裂する。そして市議団のなかにいる菅の秘書出身者5人も、菅が推す小此木(IR反対)に3人、林(IR賛成)に2人と分裂してしまうのであった。小此木は公明党からの支援を受けながらも、立憲が推薦し、社民と共産が支援する山中竹春(元横浜市立大医学部教授)候補に大敗するのであった。
そもそもIRの誘致は、安倍政権が16年に推進法を成立させてきたものだ。しかし秋元(元副内閣相)議員がIR誘致をめぐる汚職事件で逮捕されたり、コロナの拡大で米国のカジノ企業が進出を辞退するなどで、IR事業自身がギャンブルとなっていたのである。一方では市民からの反対の声も高まっていた。そうした状況もあり自民党は林推薦を見送ったが、後継者不在の中で「横浜IRのとりやめ」という立場で手を上げたのが小此木八郎(国家公安委員長)だった。八郎は菅の恩師である小此木彦三郎(元通産相)の息子である。IRでまとまらない自民党は7月中旬に自主投票を決めていたが、菅首相は7月29日発行のタウン誌で「小此木をやる」と宣言したのである。菅が小此木から「出馬する」と告げられていたのは、その2カ月前の5月24日だった。最後の一手として残しておいたのだろう。しかし、その最後の一手を打ち間違えたのであった。
「ワクチン一本勝負」の破綻
菅義偉の政治手法を端的に示したのが、官房長官として昨年の夏から始めて11月まで実施した「GoToトラベル」である。これはコロナ感染の再拡大で中止に追い込まれたわけだが、「エサを撒いて経済を動かせば政治は回る」とする典型的な愚民政治である。菅義偉にとってその成功例は、総務庁時代の「東京湾横断道の料金値下げ」と「ふるさと納税」である。そして昨年の9月に首相に就任してから打ち出した「携帯料金の値下げ」や「5000円プレミア付きマイナンバーカード」も同様のやり方だ。
とにかく経済を止めたくない。できれば緊急事態宣言は出したくない。しかし、菅義偉の「エサ撒き政治」はことごとくコロナ感染症対策に逆抗するのである。東京オリ・パラも何とかして観客動員を実現して、経済効果につなげたいと当然のように考えたのであった。しかし、どれもこれもコロナが立ちはだかった。すべてがうまく回らなくなってしまった。そして最後に手元に残ったのが「ワクチン」だったわけだ。こうして菅義偉は「ワクチン一本勝負」に出たのである。
菅義偉はデルタ株の猛威を前にして「コロナ感染拡大を止めなければ経済も回せない」という、基本中の基本にようやくたどり着いたようだ。しかし、たどり着くのに時間をかけすぎてしまったようだ。菅義偉がここまで遠回りしてしまった原因は、コロナ感染症に対するあまりにも楽観主義的でご都合主義的な過小評価をしてきたためだ。昨年「GoToトラベル」開始を前にして「コロナで死ぬ人の数は、毎年のインフルエンザよりも少ない」と発言している。確かに昨年の国内の死亡者数は、一昨年を下回った。しかしこれは専門家が指摘しているように、コロナ感染対策として実施されてきたマスクの着用や衛生・消毒の強化によって、コロナに限らず様々な感染症対策になったという副次的効果によるものだ。だがデルタ株の感染拡大は東京圏を中心に医療崩壊(自宅療養はまさにそれ)をもたらしており、予断を許さない事態になっている。
コロナパンデミックを感染者数や死亡者数や、あるいは経済的な数値だけで憶測しようとするのは誤りだろう。様々な状況にある人々の心理に与える影響を無視するわけにはいかないからだ。ワクチン接種だけ取り上げてもそうだ。デマ情報をうのみにして接種しない人。接種が先行した医療従事者と高齢者を「特権階級」だとうらやむ人。副反応の悩みは「ぜいたく」な悩みだと一蹴する人。いつ順番が回ってくるのかもわからない若い人たちを中心に、イライラが募っている。東京都の始めた若者向けワクチン接種も「ガス抜き」どころか、残暑の熱にさらされて、逆にイライラ感を増幅させているだけだ。
とにかく分かっていることは、9月末までワクチンの大量入荷はないということである。菅義偉の「ワクチン一本勝負」は破綻してしまった。撒く「エサ」がないのである。空のエサ入れの前に犬を座らせて、ひたすら「待て」を繰り返している状況なのだ。これではどれだけ忠実な犬でも主人を見捨てるだろう。内閣支持率は30%を切った。こうして菅義偉は人々から見捨てられ、自民党からも見捨てられようとしているのだ。 (高松竜二)
The KAKEHASHI
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