投書 「アベノミクス」の検証を進めよう(上)(10月18日発行)

新自由主義批判のために

林 一朗

 本紙読者から安倍長期政権の「看板政策」だった「アベノミクス」の検証・批判の論稿が寄せられました。アベノミクスとは何だったのかの批判的検証を進めていきましょう。(編集部)

1 はじめに

 2012年9月に誕生した安倍政権から、短期政権で終わる菅政権を含めて、すでに9年が経過しようとしている。日本資本主義社会にとって戦後最長といわれた安倍政権の経済政策、いわゆる「アベノミクス」が野党勢力を含めて、各方面から検証されようとしている。私たちも労働者、庶民の生活を根本的に破壊しつくした、新自由主義的経済政策「アベノミクス」の検証をできるところから進めていく必要がある。   それでは現在の資本主義世界を席巻する強欲的な「新自由主義経済政策」は一体いつから始まり、そのきっかけは何だったのであろうか。
 第2次大戦以後の資本主義的世界の中で、最も大きな歴史的な政治経済の節目の一つは資本主義に対抗するもう一方の世界を形成してきたソ連を中心とする東側諸国「社会主義」の崩壊であるということができるであろう。それは1989~90年のベルリンの壁崩壊以後の東西ドイツ統一であり、91年のソ連邦の崩壊である。また革命中国が資本主義的市場経済に向かう「改革・開放政策」の本格的起動が92年であり、世界の資本主義経済社会のグローバル化が一挙に進行したのが90年前後である。
 この時期に「規制緩和と小さな政府」路線に欧米資本主義が大きく舵を切ることができたのは、明らかにソ連「社会主義」圏の崩壊により「世界の社会主義化」、資本主義社会の労働者が自らの解放を「社会主義」への希望としていた「夢」を資本主義国が恐れる必要がなくなったことが最大の原因ではないのであろうか。
 こうして資本主義国家は「社会主義」に対抗した修正型資本主義といわれた「ケインズ主義的福祉国家」のベールを脱ぎ棄てる条件ができた。そして資本主義社会は、今まで労働者との妥協により作られてきた、あらゆる福祉政策を切り崩し、労働者保護のためのあらゆる規制を緩和した強欲資本主義路線が常態化してきたのである。現在ヨーロッパを中心に、ドイツ、フランス、ギリシャ、イタリアで労働者、市民の社会運動の課題はバラバラではあるがいずれも過去の「既得権益」が破壊されていくことへの抵抗運動であった。
 日本においても90年代前半のバブル崩壊により、90年代後半からの「構造改革の時代」に橋本龍太郎政権の下で大きく転換することになる。それらを大きく進行させたのが、中曽根康弘、小泉純一郎であり、安倍晋三政権である。
 われわれはこうした時代の中で、規制緩和、超財政緊縮、福祉切り捨て、消費税増税などによりますます困窮化する労働者、庶民と共に「反・新自由主義」「反・グローバリズム」を掲げて反撃するための共通の情勢と課題を認識する必要があるのだ。
 私はその反撃の提案者の一人が日本に誕生した「左派ポピュリズム」といわれる、れいわ新撰組と山本太郎であると理解している。彼の政策を検証しながら少しでも「現代日本の新自由主義的資本主義」またはその典型である「アベノミクス」に迫りたい。
 そして生活苦にあえぐ99%の労働者、庶民が今後、強欲資本主義社会の中で、生き延びる道を共に探していきたい。
 私たちがここで検証すべきは、 
2:貧困格差社会と若者の意識。何故貧困にあえぐ若者が安倍政権を支持してきたのか。
3:日本における新自由主義の経済政策経過と自民党政権
4:安倍晋三時代の経済と政治
5:資本主義の限界と崩壊
6:終わりに
 参考文献。「『宿命』を生きる若者たち~土井隆義」「日本経済30年史~山家悠紀夫」「新自由主義の自滅~菊池英博」「資本主義と民主主義の終焉~水野和夫・山口二郎」「未来への大分岐~マルクス・ガブリエル他」「資本主義の預言者たち~中野剛志」「隠された奴隷制~植村邦彦」「人新世の資本論~斎藤幸平」等  

2 貧困格差と若者

         
若者の政治に関する意識を推し量る、参考となるのが国政選挙である。2019年参議院選挙の全体投票率は48・8%とかなり低い投票率であったが、最も低いのは18~19才で31・33%であった。そして20~30才の40%が自民党に投票しているのである。ちなみに2016年参議院選挙においては全体投票率54・7%であり、20~24才が33・21%で最低、最高は70~74才で73・67%であった。もちろん投票率が低ければ、地域の隅々まで組織化されている自民党が有利であり、創価学会の組織票のある公明党に有利である。
 こうした若者の選挙への無関心の原因を識者は、「若者は政治に無関心」「どうせ何も変わらないと考えている」「希望を見いだせないと考えている」との意見が多いのであるが、本当にこれが核心なのであろうか。
 参考までに2017年の英国選挙に於いては全体投票率68・7%の中で18~24才の若者層の投票率は66・4%であり、「反緊縮」を掲げ、大学授業料無料化、低賃金労働の廃止を掲げた労働党コービンに18~24才の若者層は60%が投票した。
 果たして日本に於いて、「消費税廃止」「奨学金徳政令」「最低賃金1500円」等の経済政策を掲げる山本太郎と「れいわ新選組」は日本の若者の心をつかむことが出来るのであろうか。生活破壊者自民党に何故若者が投票するのか、われわれは現在の若者意識状況にもう少し迫る必要がありそうだ。
 日本青少年研究所が実施した「高校生の生活意識と留学に関する意識調査」によると、「現状を変えるより、そのまま受け入れた方が楽に暮らせる」と答えた人は1980年に約25%、2011年には約57%へと倍増している。
 また、内閣府が2018年に実施した生活満足度調査である「国民生活に関する世論調査」に於いて「現在の生活に満足している、まあ満足しているとの合計は74・7%」を占め、過去最高となった。18才から29才では83・2%というのである。まさに「データ改ざん」と思われるような結果であるが貧困にあえぐ若者を見ると、経済的豊かさと生活満足度が連動していないのである。
 土井隆義氏は「『宿命』を生きる若者たち」の中で、この要因を、「第1に人間関係の心地よさによって生活が満たされている。第2にあまり高い希望を抱かなくなった」と分析し、第1の問題として、インターネットの普及により、友人との関係に於いて自己承認欲求が満たされやすい。第2には個々の人間関係で満足し、外部の人間と自分を比較する事をせずに、未来の事を考えず、現在の自分の生活だけを楽しむことで自己肯定に終始して、「上昇志向」という進歩主義的規範からも解放されている、と解説している。
 社会学者たちが共同での「社会階層と社会移動全国調査」や「階層と社会意識全国調査」によると1995年、2015年の調査を比較したデータにより、社会学者の松谷満氏の分析によると、「本人の社会的地位は、家庭の豊かさや親の社会的地位で決まっている」と答える若年層は1995年では31%、2015年では46%へと大幅に増えている。
 ここには自分の努力では乗り越えられない壁があることを認識させられ、貧困の中でも、現状を自己肯定せざるを得ない現実が語られているのである。
 「このようなデータから判断すると、宿命論的人生観は、現在の若者たちの人生に対する期待水準を押し上げているのではなく、逆に引き下げている」と土井隆義氏は指摘している。
 「そして現在の若者たちは自分と似通っている相手だけしか繋がろうとせず、自分と同質的な人の方が自分を認めてくれると望んでいる」のである。こうして自分の経済的には恵まれない状況の中でも人々は現代を生き抜かなければならない。現代の若者たちが「諦めと社会肯定、自己肯定」と未来に目を向けずに生きる事以外に、どうやって日々を生きてゆけば良いのであろうか。そして現代の大量の「非正規雇用」の若者は、あらゆる面に消極的であり、社会参加も政治関与も文化活動も不活発であり、自分の健康管理さえ無関心であると社会学者の吉川徹氏は指摘する。
 現代の20代から30代の、特に非大学卒の若者は職業も収入も結婚も健康さえも「非大学卒」「非正規雇用」の壁に阻まれ、前に進むことが出来ないのである。「彼等が抱く未来への期待水準の低さこそが、その生活満足度の高さを支えている」のである。本来ならば公平に生きられる社会制度を整備しなくてはならないのが政治の責任であるにも関わらず、社会的に不公平な環境の中で自己責任主義だけが蔓延し、彼らが満足に生きられる環境さえ奪われながら、彼らは貧困であることを抱えながらも自己肯定的に生きざるを得ないのである。
 ここでは当然政治に無関心な若者が増えるのであり、選挙への無関心、憲法問題も、原発問題、沖縄の基地問題も彼らにとっては自分の人生とは何ら関係ないものでしかない。
 彼等にとっては、今月の家賃、今月の光熱費、今月の生活費が、今日を生き抜くための問題なのである。しかし安倍政権の政治的な右傾化だけに目を奪われてきたわれわれは、彼らを責めることができるのであろうか。こうした若者達に「政治」だけを語る「政治主義」「政治主義の罠」からの脱却が今求められているのではないのだろうか。
 こうした状況に山本太郎が、「生活が苦しいのはあなたの責任ではありません!」「生きてください!」「すべてが自己責任にされていませんか!」と訴えることがどれほどの勇気を、若者を含めた民衆に与えることか計り知れないのである。山本太郎は貧困にあえぐ「下級国民」といわれる人々の現実から自己の主張を作り上げて行こうとする。それが「消費税廃止」であり、「奨学金徳政令」「全国一律最低賃金1500円」であるのだ。山本太郎は貧困層の底上げなくして若者を「政治世界」に獲得することは出来ないと考えているのである。

3 自民党政権と日本での新自由主義経済政策経過

 「新自由主義」の基本理念を再確認してみると、主なものでも「市場万能主義~自由な市場は、価格機能によって、資源の最適配分ができるようになるので、冨を最も効果的に配分できる。市場に任せれば失業問題は自然に解決する。これが新自由主義者のいう【供給サイドの経済学】である」「小さい政府~市場万能主義を実現すれば政府機能を縮小し、社会保障制度を否定し、冨の集中を自由にすればよい。そうすれば経済が成長する。これを合理化する思想が悪名高き『トリクルダウン』である」「健全財政(緊縮財政)」「フラット税制~所得の高低に関係なく税率を一定にする、日本では消費税に当たる」「累進課税の否定」「福祉国家の否定」「金融万能主義~景気対策は金融政策だけでよく、庶民の生活向上の財政出動などの財政政策は必要ないという考え方」「規制緩和~戦後型福祉型資本主義の否定と中小企業保護の否定、労働者のあらゆる権利の否定」等があげられる。 
 先にも述べたが1917年に起きたロシア革命は、世界に「社会主義」を名乗る国家群を作り出した。これは資本主義国家群には脅威であり、当然資本主義国家群の労働者対策は「社会主義」に対抗する政策となった。それが戦後の資本主義国家の「福祉国家」的社会保障政策の展開であった。ところが1980年代後半以降「社会主義群」の崩壊が始まると、「福祉国家」政策は撤回されていくのである。
 この過程をイギリスのデヴィッド・ハーヴェイは「新自由主義的反革命」と呼んだ。日本においては1982年に首相となった中曽根泰弘政権以降、新自由主義路線が強化されるのである。企業の営利活動がすべてに優先され、行政改革と公共企業の民営化が進行する。1947年以来職業安定法により禁止されていた人材派遣ビジネスが解禁され、労働者の職場における地位は一挙に転落する。こうして賃金上昇の停止、社会的不平等の拡大、格差の拡大、労働条件の悪化、等々が進行した。
 ここでは「規制緩和」「構造改革」が叫ばれ、個人の権利は抑制され、「自己責任原則に基づく自由競争社会」が叫ばれ、自立と自助努力にすべてが還元される「市民社会」が理想的「新自由主義社会」とされてきたのである。こうして「新自由主義的反革命」は完成していくのであった。
 経済政策を振りかえれば、1982年に証券取引員会が規則改定により、企業の自社株買いを容易にする。また、1991年の証券法の規制緩和により、対象証券を最低6カ月間の保有義務を撤廃する。
 この時の第一次中曽根政権は、1982年に国鉄、電電公社、専売公社、日本航空の民営化を行い、現業公務員の解体を推し進め、官公労労働運動を解体し、その後の郵政民営化につながる、日本の社会体制を根本的に新自由主義に変容する道筋を作り上げた。           1991年、移民法の改正により外国人労働者に対するビザ発給の規制緩和により安価な労働力が流入する。1994年、北米自由貿易協定が発効、翌年世界貿易機関(WTO)発足、2001年、中国が WTOに加盟し、中国の安い商品、低賃金労働者がアメリカに流入し、労働コストを引きさげる。
 日本においては1990年代初頭の株価の暴落、地価の暴落という「バブルの破裂」が始まった。これにより日本的経営の評価は一変する。バブルの発生は、低金利を放置し続けた金融政策の失敗であった。日本におけるマクロ経済政策の失敗がバブル崩壊による平成不況をもたらしたのであるが、日本的企業経営の在り方というミクロの問題とされ、労働者収奪強化の「ムチ型成長戦略」に舵を切る事になる。この時期、日銀は公定歩合を5回切り下げ、大蔵省は90年3月、「不動産融資の総量規制」を行い不動産融資の伸び率を大幅に抑えた。こうして経済の下降は91年前期から93年10月まで32カ月続くことになったが、93年10月に日銀の金融引き締め政策が解除され、この下降局面は終わりを告げる。
 その後、短期間ではあるが景気が上向きに見えたが、その後、橋本政権による「財政構造改革」路線による「財政健全化法」により「1997年度から5年間で、政府債務をGDPの3%以内に縮小する」という数値目標付き均衡財政路線を打ち出す。しかし消費税増税、公共事業の削減による、需要減少、それに加えアジア通貨危機等により景気の回復は見られなかった。また米国のITバブルの破裂の影響もあり、「失われた10年」といわれた時代であったが、その後政府は「景気は回復した」を叫ぶのであるが、庶民には「実感なき景気拡大」であった。
 1999年、労働者派遣事業が製造業等を除いて原則自由化され、2004年には製造業への労働者派遣も解禁され、人件費の抑制が進むことになる。
 2003年の改正商法により、自社株買いが機動的にできるようになり、米国的社外取締制度が導入され、外資の日本企業買収が容易になる。1990年代半ばまで日本企業の外国人持ち株比率は1割程度であったが2006年には全体の約4分の1を占めるようになり、資本のグローバル化が進む。海外投資家は自己の株主利益を最大化する為に人件費抑制をしていく。 
 そして庶民の生活が楽にならない中で、07年頃からの米国サブプライム危機の発生、08年9月の米国投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻に伴う「100年に一度の世界経済危機」により、日本の経済も下降を続ける事となった。
 2001年4月に登場した小泉純一郎政権は、「構造改革なくして成長なし」のスローガンの下、新自由主義、市場原理主義路線を推し進める。小泉政権は緊縮財政、不良債権処理、時価会計の導入、金融機関の自己資本比率規律とペイオフの導入、労働基準法改定による雇用規制緩和、等を推し進め1998年から始まったデフレをさらに推し進めることになった。これらの政策すべてがデフレ政策であり、「小さい政府」をさらに「小さい政府」を目指すことになった。こうしたデフレ政策により2009年度には税収が39兆円まで激減した。このデフレ政策は現在まで継続することになるのである。             また、2011年の東日本大震災と福島原発事故、ギリシャ危機と円高、そして消費税の値上げが日本経済を委縮させ、庶民の経済格差はさらに拡大していったのである。 
 「1995年から201
7年までの22年間の名目経済成長率は国連の統計によると世界平均が158%のプラスであるのに対して、マイナスを記録した国が世界に二か国だけあり、内戦の続くリビアと日本だけであった。同じ期間に、日本人の世帯平均所得は約650万円から約550万円程度に20年間で100万円も低下した。」「日本の名目GDPは1995年には世界の約18%も占めていたが2017年には約6%程度に急落した」(大石久和~雑誌「クライテリオン」2020年11月号)。
 これが現在の日本の姿であり、「財政再建至上主義」の為にあらゆる経済投資を削減した結果であり、「財政再建至上主義」とは日本国の凋落と国民の貧困化と同義語であるのだ。
        (つづく)

The KAKEHASHI

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