総選挙の結果について
「別個に進んで共に撃て」
社会的弱者による大衆運動と労働運動を復権させよう
今回の総選挙の結果は、単独で「絶対安定多数」の261議席を獲得した自民党の勝利であり、9の小選挙区で全勝して議席を伸ばした公明党の勝利であり、14年に実施された前々回の総選挙の議席を取り戻した日本維新の会の勝利である。一方、4野党共闘は小選挙区で自民党に競り勝つという成果を上げながらも、比例区でそれぞれの政党票を伸ばすことができずに惨敗したと言わなければならない。その中でも例外だったのが、東京・南関東・近畿比例区で3議席を獲得した、れいわ新選組である。前回の参院選で重度障がい者2人を当選させた実績と、「消費税廃止と時給1500円」をアピールしてきた山本人気の成果である。
コロナは岸田自公政権に味方した
今回の選挙の最大のポイントは、新型コロナウイルス感染症状況を見計らって、選挙の投票日をどこに設定するのかということだった。衆院議員の任期切れは10月21日と決まっていたので、どれだけ引き延ばしても11月28日までには実施しなければならなかった。自公政権として心配したのは、コロナ感染拡大基調のなかで実施されて惨敗した東京都議選と横浜市長選の再来であった。
しかしコロナウイルスは自公政権に味方したのであった。ワクチン接種の効果も幾分はあるのだろうが、原因が良くわからないまま、8月中旬の2万5000人をピークに感染者数は増加ペースとほぼ同様の曲線を描きながら減少し続けたのであった。そんな中で実施されたのが菅義偉首相の辞任と自民党総裁選パフォーマンスであった。総裁選は河野太郎を推す大衆人気の高い「小石河連合」と、3A(安倍、麻生、甘利)が率いる派閥連合との醜い争いとなった。そうして誕生した岸田政権ではあったが、世論調査で内閣支持率は49%、不支持は40%(毎日新聞)という惨たんたる船出となったのであった。
当初は11月7日か14日と予想されていた総選挙の日程だったが、それが急きょ10月31日に繰り上げられた。そうさせた最大の理由は、コロナ感染者数が増加に転ずる前に、できるだけ「底」で実施すべきだと考えたからである。そしてもうひとつは、何やら頼りなさそうな挙動の岸田新首相へのご祝儀が逃げる前に、スキャンダルなどのボロが出る前に、都民ファーストの会の邪魔が入る前にという思惑があったからであった。
「命とくらしを守るのは自民党だ」
選挙運動期間中もコロナ感染者数は減り続けた。自公政権の側は「ワクチン接種効果」だと大々的にアピールすることで、それまでの医療崩壊などを引き起こしたコロナ感染症対策の失態を覆い隠し、逆に政権がもたらした成果だと主張したのである。「命とくらしを守るのは自民党だ」と声を張り上げた。投票日の1週間前に飲食店への制限完全解除のパフォーマンスは、これまた絶妙のタイミングだった。飲ませる側も飲む側も解放感はヒートアップする。
こうして自公政権側は「コロナの晴れ間」選挙を実現し、デルタ株による第5波の感染拡大を作り出した東京オリ・パラの強行や、医療崩壊と行政のサボタージュによって引き起こされた数万人の「自宅療養」で苦しめられ、命を落とした人々のことや、長期間にわたって後遺症に苦しむ人たちのことなど、そのすべてを後景に押しやろうとしたのであった。投票日の前日からハロウィン仮装した解放気分の多くの若者が繁華街に繰り出した。投票日のコロナ新規感染者数は、全国で229人。完全にコロナ感染の「底」で選挙が実施されたのであった。
維新の会も自公政権と同様の手法で大阪府の票をかき集めようとした。大阪も感染者の拡大に苦しめられてきたわけだが、公務員削減を口実として保健衛生や公的医療機関を散々なまでに切り捨ててきたことを棚上げにして、あたかも「大阪を救ったのは維新行政」だと言わんばかりのストーリーをデッチ上げるのであった。今回の選挙を通して維新の会は、大阪を再制圧すると共に、自民党に対抗する右翼ポピュリスト政党として全国進出するための足掛かりを築いたと言えるのかもしれない。
ぐらぐらに動揺する立憲民主党
投票日までにワクチン接種率が人口の70%を超えたということもあって、人々の「安心感」が広がり、また「コロナの晴れ間」に実施された選挙でコロナ感染症対策は十分な争点となることはなかった。「命とくらしを守る」という漠然とした主張を超えて、人類滅亡の危機に対応できる持続可能なエコ社会の実現に向けて、気候危機や自然と生態系の保存、脱原発などの課題が積極的に提起されるべきだったのではないだろうか。
また格差社会の克服に関連して、どの政党も「富の分配」を言ってはいたが、そのほとんどが税金のバラマキの域を出ていなかった。「消費税を廃止して最低賃金を大幅アップする」こと、そして「カネ持ちの個人と企業から高額税金をむしり取る」ことが大胆に主張されるべきだったろう。岸田首相は思いついたかのように「新しい資本主義」などと言い出しているが、そのためには1997年以降、経済成長も賃金も下がり続けて、その対処に失敗してさらに傷口を広げて後戻りもできなくなってしまったアベノミクスの「アリ地獄」から、どうすれば抜け出せるのかという難題の荒治療が必要なのである。もっとも安易で愚かな方法は「消費税の倍増・3倍増」と、徹底的な緊縮財政による「社会保障制度の破壊」である。大衆からの大収奪と完全な自己責任社会という「生き地獄」を作らせてはならない。
本来私たちは上記のような主張をもって選挙を戦うのでなければならないはずだ。今回の選挙では市民連合と4野党の間で「6項目の政策合意」に基づいて野党共闘が作られてきた。しかし、野党共闘はそもそも安倍政権の「改憲阻止」の1点共闘として作られたものであり、保守政党である立憲民主党といわゆる革新政党である共産党が、多くの政策で合意するのは不可能なのである。その意味から小選挙区対策のための「野合」だという批判が出てくるのは当然である。
今回の選挙の敗北を受けて、すでに立憲民主はぐらぐらに動揺している。今回の選挙でも国民民主と4野党共闘の「二股」だったわけだが、国民民主と「連合」へのすり寄りを強めることになるだろう。「立憲共産党」という与野党双方からのレッテル張りは、立憲民主党にとって相当なカウンターパンチになっているはずだ。
そうなると問題は共産党はどうするのかということになる。共産党が献身的に野党共闘を支えてきたわけだが、保守政党との共闘は政治組織的に妥協して組まれるべきではない。反ファシズム闘争のなかでレオン・トロツキーが「人民戦線」の階級的で正しい考え方として提起していたのは、「別個に進んで共に撃て」ということであった。共産党ががっちりと手を組まなければならないのは、「保守の人たち」ではなく、生存権を脅かされて未来への希望の光も見いだせない労働者・女性・若者たちなのではないだろうか。そうした人々と共にスクラムを組んで、弱肉強食と自己責任の鎧で武装した社会に立ち向かっていくことなのではないだろうか。
来年の7月には参院選が予定されている。どのような戦いになるにせよ、社会的な弱者の側に立った政策と大衆運動・労働運動の力の復権が不可欠である。コロナ事態という困難を乗り越えて前に進もう。
(高松竜二)
The KAKEHASHI
《開封》1部:3ヶ月5,064円、6ヶ月 10,128円 ※3部以上は送料当社負担
《密封》1部:3ヶ月6,088円
《手渡》1部:1ヶ月 1,520円、3ヶ月 4,560円
《購読料・新時代社直送》
振替口座 00860-4-156009 新時代社