米国連邦議会中間選挙について

民主党の「善戦」─トランプ「復権」の筋書きは実現されなかった!
「文化戦争」扇動政治は今後?

トランプの終わりの始まりとなるのか

 11月8日、米国連邦議会の中間選挙が実施された。中間選挙は任期が4年の大統領選挙のちょうど2年目に実施される選挙で、投票日も11月の第2週の火曜日と決められている。改選されるのは、任期が2年の下院(定数435、過半数218)と、任期が6年の上院(各州から2人選出され定数100)の約3分の1(今回は35議席)である。同時に今回は、36の州知事選も実施された。
 現在、開票作業が始まってから3日目になるが、当選が確定しているのは下院で民主党が203、共和党が211(残り21)であり、上院は民主党が50、共和党が49(残りは得票率50%以上の候補者がおらず、12月6日に上位2名による決選投票が実施されることになったジョージア)。CNNによる事前調査では、下院で当選が確実視されるのは民主党199、共和党216で、20選挙区では激戦になるだろうと予想していた。当初予想されていた以上に民主党は善戦しているが、与党・民主党苦戦の最大の理由は、昨年の4月以降から上昇し始めていたインフレが、今年の3月以降、40年ぶりに8%を超える上昇となったことでの逆風である。
 CNNが実施した出口調査によると、今回の選挙の争点として「インフレ」を指摘したのは31%であり、選挙前の世論調査から相当減っている。「中絶問題」が27%と続きその他、銃規制・犯罪、移民問題などがあげられている。また投票行為に関連した調査では、男性の42%が民主党で56%が共和党、女性の53%が民主党で45%が共和党に投票している。人種別では、黒人の86%が、中南米系の60%が、アジア系の58%がそれぞれ民主党に投票している。白人は58%が共和党に投票している。年齢別では、18~29歳の63%が、30~44歳の51%が民主党に、45~65歳以上では約55%が共和党に投票している。
 また、そもそも中間選挙は野党有利と言われてきた。過去の民主党政権でも、クリントン政権で52議席減らし、オバマ政権でも62議席減らしている。共和党政権も00年の9・11テロという特別な状況を背景にしてブッシュ(子)政権で6議席増やしているが、トランプ政権でも36議席減らしている。

出口の見えない高インフレ


 「超インフレ庶民直撃」という見出しで、『毎日新聞』(9月15日)に掲載されたルポは、現在の米国の深刻なインフレ状況を明らかにしている。それはボランティア団体が運営する無料食品配布所を訪れた女性(40)へのインタビューから始まる。女性は実母と夫に子ども2人の5人暮らしで共働き。この日は3~4日分の食糧など(スーパーで買えば約300ドル分)を受け取っている。同じ配布所は月2回までしか利用できない決まりのため、他にも3~4カ所利用しているという。
 最も重荷になっているのが家賃だという。米国都市部周辺の家賃高騰問題は数年前から報道されていたので知ってはいたが、この女性の家賃も10%値上げされて、現在36万4000円で、6割ほど増えた月々のガソリン代4万5000円を支払うと、収入がほぼすべて消えるという。妹家族は生活ができなくなり、6月に米国自治領のプエルトリコに引っ越したので、そのうち同居するかもしれないと言って、力なく笑ったというのだ。
 米国最大の飢餓支援ネットワーク「フィーディング・アメリカ」によると、21年には米国在住者の6分の1に当たる約5300万人が無料の食品配布サービスを受けたが、今年はそれをはるかに上回る見通しだとしている。「インフレがぎりぎりの生活をしてきた家族に強烈な打撃を与え、大勢の人を食品配布所に追い込んでいる」と指摘している。
 米国のインフレの最大要因は、米国内市場で膨らんだベースマネーの増加である。トランプ前政権はコロナ対策として、現金給付や失業対策として3兆ドルを財政出動させた。さらにバイデン政権も21年3月に、コロナ対策として1・9兆ドル(米国民1人当たり最大1400ドル給付)の米国救済計画を実施した。都市のロックダウンなどのコロナ規制の続く間、消費控えされてきたマネーは、規制緩和と解除による経済活動の再開と合わせて、爆発的に市場に流出し始めたのである。さらに0・25%の政策金利下での低金利と、株価の上昇や不動産価値などの上昇もインフレを加速させた。こうして21年4月に前年同月比で4・2%の物価上昇が始まり、22年2月のロシアによるウクライナ軍事侵略以降のエネルギー、食料、原材料費などの急激な上昇によって、22年3月から9月まで前年同月比で8~9%台の40年ぶりの高インフレを記録するのである。
 こうした状況に加えて、労働力不足による供給制約と賃金の上昇がさらなるインフレを推し進めることになった。港にはコンテナを山積みにした何隻もの船が停泊し、陸上には船に積まれたり国内市場に運ばれる予定のコンテナの山々がそびえ立つ。世界的なコンテナ不足と、油価や賃金の上昇で輸送費もうなぎ上りになる。
 米国では21年に約4800万人が自発的に離職している。11~12月の離職率は3%を超え、これは調査開始以来の記録となった。コロナもひとつのきっかけにはなっているようだが、最大の要因はベビーブーム世代の退職である。一方、9月の失業率は3・5%で、雇用環境は良好である。
 FRB(米連邦準備制度理事会)は、今年の3月で超低金利政策を終了し、11月2日までに4会合連続で政策金利0・75%の引き上げを実施した。これによって政策金利は3・75~4%まで急上昇している。10月の消費者物価指数は前年同月比で7・7%の上昇と、上昇率を若干下げてはいるが、FRBが当初から目標としてきた2~3%からは程遠い数字だ。FRBはなりふり構わず、現在の深刻な物価上昇を抑え込もうとしているが、果たして金利政策だけでどこまで高インフレに対応できるのだろうか。またやり過ぎれば、国内の企業倒産と失業問題や、世界的な通貨下落と国際金融危機到来の引き金にもなりかねない。

「中絶問題」が民主党の追い風に


 今年6月、連邦最高裁は「州による人工妊娠中絶の禁止を容認する」判断を下した。米国では「ロー対ウェイド判決」(1973年に連邦最高裁が出した判決で、人工妊娠中絶を犯罪だとするテキサス州法に対して違憲だと判断した)によって、人工妊娠中絶の権利が保障されてきた。今回の連邦最高裁の判断は、トランプ政権時にリベラル派判事2人が亡くなるなどで、9人の判事が保守派6人、リベラル派3人という勢力関係で出されたものである。
 しかし中間選挙を控えたこの時期に連邦最高裁がこのようなデリケートな問題に対して判断を下した政治的な背景は明らかにされていないが、トランプ政治が作動したとしか考えられない。トランプは「高インフレ下で中間選挙では共和党が楽勝するだろう」とたかをくくって、自身の岩盤支持層=トランプ信者であるキリスト教福音派やQアノン信者などに対するリップサービスをするつもりだったのかもしれない。だがこの軽率な判断によって大やけどするのはトランプ自身であった。
 今回の連邦最高裁の判断は、民主党にとって間違いなく強烈な追い風になった。すでに8月にはカンザス州の住民投票で連邦最高裁の「中絶規制強化にNO」の結果が出ている。今回の中間選挙と合わせて、全米の5州で中絶に関する住民投票が実施された。
 ミシガン、カリフォルニア、バーモントの3州では、中絶の権利を保証する州憲法の改正案が賛成多数で支持された。また保守派の強いケンタッキー州では、「州憲法で中絶の権利が保障されると解釈してはならない」と明文化する案が拒否された。モンタナ州では「中絶を希望した母親から取り出した後も生存している胎児を法的に『人』とみなし、医療ケアを義務付ける」という、グロテスクな案が拒否された。
 人工中絶問題に限らず、米国では「文化戦争」といわれるイデオロギー対立が激化している。移民、人種、LGBT、中絶の権利などの人権問題や、歴史認識や性教育など教育政策に関する対立である。今年の3月には、フロリダ州で「人種差別や性差別、環境など社会問題について『意識を高める』ことを禁じる」法律が成立した。連邦裁判所は8月にこの法律の執行を一時的に差し止めてはいるが。しかし、こうした対立は南北対立(戦争)以来だとされていて、今後10年以内に内戦がおこると指摘している人も少なくない。
 最後に、保守的で熱心な福音派信者の父と、それに反発する急進派の娘を取材した「中絶・同性婚相いれず」と題した『毎日新聞』(10月28日)の記事を紹介しておきたい。
 父親は「3人の娘が年ごろになっても、デートさえ許さなかった。『神が結婚相手が誰かを教えてくれるからだ』」と。「彼(トランプ)は教会に行かないのかもしれないし、聖書も理解していないかもしれない。本当にキリスト教徒なのか確信もない」と言いながらも、「ただ、彼は私たちの立場を支持すると言ってくれることが大事なのだ」。父親は「収入の多くを福音派の教会にいつも寄付していた」「両親は子どもを学校に行かせるのではなく、家庭学習をさせた」。「両親の意思に背けば、壁にかけられた木製のパドル(カヌーの)で『自分の意志が壊れるまで』尻を叩かれた。血が出ることもあった」父親は最近になって「神がそうしろと言った」と答えたという。
 これが熱心な福音派信者の現実だとすると、日本の統一教会とほとんど変わりばえしないのではないだろうか。安倍と統一教会との関係と、トランプと福音派との似たような関係性が見えてくる。
 共和党支持者に対する調査によると、「党よりもトランプを支持する」と回答したのは、過去最低の30%に止まった。ピークは20年10月の54%である。トランプは今回の中間選挙での共和党の圧勝を見込んで、15日にも24年の大統領選挙への出馬表明するのではないかとされている。今回の中間選挙が、共和党の脱トランプの始まりとなるのかどうか。ただしトランプ人気で当選した議員が多数派であり、トランプ以上の「悪役」もうようよしているのも確かである。        (高松竜二)
 
 

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