相次ぐケアの現場での事故・虐待

ケア労働者の組織化へ
大軍拡ではなく社会保障の充実を

矢野 薫

ケア労働の現場で虐待事件

 9月5日、静岡県牧之原市の認定こども園で送迎バスに3歳の園児が取り残され命を落とす痛ましい事件が起きた。同様の事件は以前から繰り返し発生しており、21年7月にも福岡県で同様な事故で5歳児がバスに取り残され熱中症で命を落としていた。
 9月16日。東京都北区の特別養護老人ホームで入所者の92歳の女性が、男性職員から暴行を受け殺された。女性は職員から胸椎や腕などを何カ所も骨折し、熱湯をかけられ顔面から胸、背中にかけて火傷も負わされていた。容疑者の職員は、「反抗されカッとなり殴った」と供述している。老人ホームで入所者が職員から暴行を受けて殺される事件も全国で繰り返し起きている。21年8月にも山梨県南アルプス市の老人ホームで80歳の女性が男性職員から首を絞められ殺されている。
 園児の送迎バスへの置き去り、職員から入所者への暴力。いずれも報道されたのは重大な結果になった事件だけであり、背景には報道されていない死亡までには至らなかった多くの虐待事例等があるはずだ。12月になってから、それを示すかのように富山県や静岡県で保育園での園児への虐待が報道され明るみになった。保育士が1歳児を逆さ吊りにした、カッターの刃を向けて威嚇したなどいう信じがたい内容だった。これらの事件は保育や介護といった日本の社会保障提供体制、つまりはケア労働の現場が、まるで悲鳴をあげているかのようだ。ケア労働の現場で起きている弱者への虐待はその兆候だ。岸田政権は防衛費を5年間で17兆円増額しようとしている。財源は歳出改革や税制措置で賄うとされている。歳出改革とは社会保障費用の切り捨てであり、税制措置とは増税のことだ。このままでは保育や介護は営利企業が提供する高額なサービスになり果ててしまうだろう。23年は、私たちの生存をかけて大軍拡を阻止し、社会保障を守るための闘いを大きく広げる年にしなければならない。

ケアの現場にかかる圧力

 暴行や虐待を行った個人の責任を問うだけでは、これらの痛ましい事件の本質は見えてこない。事件の原因が個人にのみ帰せられるのであれば、冒頭に述べたように同様の事件が繰り返されるはずがない。個人の問題だけでなく、ケアを志した労働者を加害者に変えてしまう圧力がケア労働者にかけられている。しかし多くの労働者は加害者になる前に、ある者は身体を壊され、心を壊され(これを燃え尽き症候群という)職場を辞めていく。
 相次ぐ退職者に介護・保育の現場は常に人手不足となっている。この人手不足は医師のように資格を持つ者の絶対数が不足しているわけではない。資格を持っているが働いていない人、潜在介護士・保育士が多数いるためだ。それぞれの勤続年数について厚労省等のデータによると、ホームヘルパーは男3・2年、女5・5年、福祉施設職員男5・2年、女5・5年、保育士男4・7年、女8・0年。専門職にもかかわらず最も勤続年数の長い女性保育士でも8・0年でしかない。これは、専門職として長期にわたって労働者を育てるのではなく、使い捨てが事実上の方針となっていることを意味する。
 介護士では離職者の73%が勤続3年未満。「労働条件等悩み・不安・不満等」では「人手が足りない」45・0%、「仕事内容のわりに賃金が低い」43・6%、「有給休暇が取りにくい」34・5%となっている。
 保育士の調査結果も同様の傾向を示している。保育士資格を持つ求職者のうち実に48・5%が保育士職を希望していない。その理由は「賃金が希望と合わない」47・5%、「責任の重さ・事故への不安」40・5%、「休暇が少ない・取りにくい」37・0%となっている。これらが解消すれば63・6%が保育士として働いても良いと回答している。
 重い責任を問われる仕事に見合う給料が支払われず、長時間労働、現場は常に人手不足で年次有給休暇も取れない劣悪な労働環境。これが介護・保育、そしてケア労働者にかけられている圧力だ。そして、この圧力に個人的に抗うことは困難だ。だから退職が相次ぎ潜在介護士、保育士が増えていく。この圧力の元凶は社会保障のリストラだ。

つくられた人手不足が現場を追い込む

 社会保障のリストラは、給付の範囲を絞る、自己負担を拡大する、営利企業を参入させる等様々な方策がとられてきた。とりわけ介護・保育では、営利企業の参入により労働者の低賃金化が進行した。介護も保育もそれがもはや限界に達している。安上がりな介護や保育はもはや持続可能性がない。その結果、介護事業所の2割では離職率が30%に達している。これでは安定的なサービスの提供は困難だ。保育士の一斉退職により保育園の運営が困難になる事態も頻回に発生している。先に紹介した調査結果をみれば解決策は明らかである。賃金を上げ、現場の人員を増やせばいいということだ。ところが歴代の自公政権は、一貫して増員に背をむけてきた。少ない人員での安上がりの介護・保育による危機は、利用者の人権を守るどころか命を奪いかねないところまで来てしまっている。命を守るために必要な人員は確保されず。役に立つかどうかわからないAIの活用ばかりが喧伝されている。
 法令で定められた職員数を満たしていても、保育、介護の現場では圧倒的に人手が足りない。静岡県裾野市の保育園で園児が保育士から虐待を受けていた。虐待を受けていたのは1歳児だが、1歳児の保育士の配置基準は、保育士1人につき6人。1人で6人もの1歳児をケアしなければならない。送迎バスへの置き去りが発生している4~5歳児は保育士1人につき30人。4~5歳児の基準は48年から変わっておらず先進国の平均の約2倍だ。2012年に自民・公明・民主の3党は「社会保障と税の一体改革」に合意。この中で保育士の配置基準を見直すことが盛り込まれた。しかし、10年経過した現在も、配置基準は見直されていない。園児の置き去り事件の報道でも保育士の配置基準の低さに触れるものはわずかで、AIの活用などばかりが報道されている。
 介護の現場も圧倒的に人手が足りていない。労働条件が悪く働き手が集まらない状態が続いている。コロナ禍以降、一般の有効求人倍率が1・1程度で推移しているのに比べ、介護では常に3倍を超えており2022年4月は3・30倍だ。とりわけ夜勤は、ワンオペと言って1人の介護者が10人近い入居者のケアをする、入居者にも労働者にも過酷な状況が続いている。1人夜勤ということは、介護士が休憩を取った場合、その時間帯に入居者はケアを受けることができないことになり、入居者の安全と尊厳は守られない。入居者の安全と尊厳を守ろうとすれば、介護士は休憩を取ることができず、施設の経営者は労働基準法違反となる。北区の老人ホームで事件が発生したのも夜勤の時だ。ところが国は、現在3:1の配置基準をAIなどの活用により4:1に改悪しようとしている。まず労働基準法を守ることができないような人員配置基準を抜本的に見直す必要がある。人手の足りない現状が、現場をさらに荒廃させていく。

未来は運動のなかに


 保育士の経営者に対する抗議の一斉退職が、各地の保育園で事業の継続を困難にさせている。一斉退職で園側は一時的に危機に追い込まれるが、同じ労働条件で再び保育士を募集し事業を継続していく。そこには労働条件の改善はない。ストライキではなく一斉退職であるところに、ストライキのない国である日本の労働運動の致命的な弱さがある。ケアの現場に足りていないのは人であり金なのだけれど、それ以上に足りていないのは労働組合とその運動だ。
 ケアの現場ではただ働き残業が横行している。季節行事の飾りつけを自宅で作成することを強制される、記録の作成を超過勤務として認めない等。最も深刻なのが訪問介護で移動・待機時間が労働時間として認められていないことだ。これらの問題に対して、個人で解決しようとすれば、退職するという選択肢が一番現実的に思える。しかし、たどり着く次の職場が、退職前の職場よりも労働条件がいいとは限らない。そのため少しでも労働条件の良い職場を求めて転々とする労働者に追い込まれてしまう。その結果が離職者の73%が勤続3年未満という介護現場の実態であり、介護士よりも勤続年数が長い保育では、求職者の48・5%が保育士として働きたくないという実態だ。ケア労働の現場の改善、労働条件の改善が待ったなしに求められている。これを実現できるのはケア労働者自身の運動だ。しかし、ストライキのない国に育った労働者が、目の前の困難を解決するための方法として労働組合を自ら選択する可能性は極めて低い。
 だからこそ労働組合を外部からケア労働の現場に持ち込む必要がある。この際に一番に障害になるのは、この社会は変わらないという気分だ。冷笑主義的で、現場で奮闘しようとする者に経営者目線で批判する、刷り込まれた自己責任の価値観だ。これに対抗するのは千の言葉ではなく一つの実践であり、それを支える細やかな組織化の戦術だ。ただ働き残業の強制といった労働問題を最もよく解決できるのは裁判でも、一斉退職でもなく労働組合とその運動だ。
 大軍拡を阻止し社会保障を充実させるためには、多くが未組織であるケア労働者の運動が重要だ。現場で、ただ働きを拒否し残業代を請求する、ハラスメントをやめさせる。労働基準法違反のワンオペ夜勤をやめさせる、これら労働組合の運動がケア労働者の尊厳を守り、幼児や高齢者の人権を守ることになる。ケア労働者の組織化に取り組む2023年にしよう! 運動にこそ未来がある。

THE YOUTH FRONT(青年戦線)

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