等々力渓谷

コラム架橋

 まだ短い梅雨のさなか、「次の土曜日に等々力渓谷に行こうよ」と娘から誘いがかかった。等々力渓谷は東京23区内にある唯一の渓谷であることは知っていたが、丹沢などの沢登りを幾度も経験してきた私にとっては、これといった魅力を感じる所ではなかった。
 それでも何度眼に入れても痛くないような娘の誘いを、無下に断ることなどできるわけがない。しかも一昨年には私の誘いに乗ってもらい、目黒川源流の遊歩道歩きに付き合ってもらっているのだからなおさらである。
 等々力渓谷は世田谷区にある広大な砧(きぬた)公園(進駐米軍のゴルフ場跡地)を源流とする谷沢川が、多摩丘陵から多摩川に向かって下り落ちている所である。多摩川と並行して流れる小河川の丸子川との合流地点まで、全長1kmにも満たない小渓谷だ。世田谷区の区報によると、4月の上旬には親子で竹の子狩りも行われている。
 東急線の等々力駅改札で11時に待ち合わせて、駅からすぐの階段を下りて入渓する。梅雨の時期だというのに川の水量は情けないほど少なく、流れはチョロチョロである。水量が多ければ気温は5度くらいは下がるのだが、そんな効果も期待できずに蒸し暑い遊歩道を下っていく。遊歩道を行き来する人は思っていたよりも少なくまばらだ。
 環状8号線のガード下を潜り抜けると、左岸に小高いガレ山が表れて渓谷らしさを演出している。ガレ山の麓には茶屋があり、そのすぐ横の壁面には「不動の滝」があるはずなのだが滝らしきものは見あたらない。川同様に水不足なのだろう。龍の口から流れ落ちる「滝」は、龍のよだれ程度なのである。下流を見渡すと住宅が広がっているのが見えるし、右岸の土手の上にも住宅が目に入る。終点間近、ここまで来たらもうガレ山に登るしかない。
 ガレ山の頂上には比較的大きな寺がある。等々力不動だ。そしてここまで来て「なぜここに渓谷が残されたのか」という謎が解けた。寺の存在だったのである。多分このガレ山一帯は、等々力不動の所有地なのだろう。
 ガレ山を下ってから、丸子川との合流地点まで歩くことにした。娘が川底のコケを蝕むクサガメを見つける。甲長は20㎝ほどで、まだ子亀のようだ。丸子川は小川に毛の生えたような小さな河川だった。谷沢川とは川底の深さの差が大きいため、そのまま流れればここが丸子川の終着点になってしまう。下流には丸子橋や新丸子など丸子の名称がつく建造物や駅、地名などがある。そのためか谷沢川とは合流させずに、ポンプで丸子川の水を吸い上げて谷沢川をまたいで放水している。ここまで来た甲斐があったような気がした。
 等々力駅近くの和定食屋で遅い昼食となった。人気店なのか、ほぼ満席で注文したものが出てくるまで時間がかかりそうだった。それで私はビールを注文したのだが、娘が注文したのは日本酒だった。「私ビールは嫌いだから」と娘は言うのだが、毎週叔母さんの所で日本酒で乾杯してきたためか、すっかり日本酒を憶えさせてしまったようだ。        (星)
 

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