ハマの奇跡

コラム架橋

 8月22日、スポーツ紙の1面を「ハマスタ17連勝」の見出しが躍った。これはプロ野球DeNA球団がホームタウンの横浜スタジアムで17連勝をかざったという記事である。新聞の解説記事によると、この記録はプロ野球史上42年目であり、史上3チーム目だそうだ。
 そしてこの勝利を実現した力は、横浜ベイスターズが優勝した1998年に生まれた選手であったのだ。一人は今年の2勝目を決めた京山投手であり、彼は79打席目で2本目の安打がホームランだったそうである。そしてもう一人が4番打者で今年すでに20本のホームランを打っている牧内野手である。
 私はベイスターズが優勝した1998年に横浜市内に住んでいたので、その当時の盛り上がり方を昨日のことのように覚えている。
 この年は9月になると横浜駅に隣接するそごうデパートの出入口に「大魔神神社」があらわれ、バスターミナルに向う人たちが列をつくっていた。私が横浜に住み始めた1970年代、大洋ホエールズと呼ばれ、ホームスタジオは川崎球場であった。その頃川崎球場は5月の連休を過ぎると閑古鳥が鳴き、いつも消化試合ムードであった。そして当時のベイスターズファンの中から、例年優勝争いをする巨人やヤクルトに代わる人も出た。最後まで川崎球場に通ったのは、越境社にいたH君と三里塚の現闘にいたSさんの3人であったように思う。
 忘れもしないベイスターズが優勝した1998年には、横浜駅前のデパートに売り出しのシャツを買いに行ったし、マルハ大洋の直営店があった日ノ出町の店に缶詰を買いに出掛けた。鯨の大和煮の缶詰が一番高くて1個百円で、サバの水煮缶や、さんまのかば焼きは3個で百円であった。当然にもザックを一杯にして帰って来た。調子に乗った私は弟に缶詰を段ボール箱いっぱいにし、送料の高さに驚いたことを記憶している。どれもこれも1998年の記憶は楽しいことばかり。
 私は現在東京に移ったが、横浜ベイスターズの試合をテレビで観れるのは、東京ドームの横浜―巨人戦だけである。8月中旬、巨人対横浜の3連戦が3日連続で4チャンネルで放映された。私はお盆の暇にまかせて、3日間毎日テレビ放送を観た。横浜の3連勝である。特に第3戦は佐野選手の1試合2本のホームランでの逆転勝ちである。いつもは巨人にやられるパターンで横浜が勝った。毎朝ブル新を開くのが楽しい。8月26日からは4差にせまった首位ヤクルトとの首位決戦である。これで勝ち越しでもするなら1998年の再来である。今日8月22日、甲子園の優勝旗も「白河の関を越えた!」。ベイスターズよ、甲子園に続け! 奇跡を信じている者が全国にいる。 (武)

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