ロットリング

コラム架橋

 現在、ロットリングという製図用筆記用具の存在を知っている人は決して多くはないだろう。ロットリングは、ドイツのハンブルグに本社を持つメーカーだが、CADやMACといったコンピュータ機器に押され、使用している関係者の姿を見ることは希だ。ロットリングとは製図用の精巧な万年筆だと言ってもいいが、その前身は烏口だった。工業高校のインテリア科出身で製図を引くことが当たり前だったボクは、そのきれいな線を引くためによく烏口の刃先を研いたものだ。
 また、引く線の太さを変えるために刃先を開閉するネジを自分の勘で調整し、コンマ1ミリ単位の直線を引いたりしたものだ。
 ところが烏口に替わって登場したのがロットリングである。ロットリングはペン先をコンマ1ミリ単位で交換するパーツが用意され、ましてペン先を研ぐということもなかった。逆に言えば、たいへん繊細な筆記用具で、少しでも変形すればインクは出ず、図面を削ることになった。
 しかし、そんなボクがロットリングを本格的に使い始めたのは、大学卒業後、印刷会社に入って版下を作るようになってからである。活版が消え手動写植機全盛の時代、1970年代にあたる。2ミリ方眼が製版時に反応しない薄水色で印刷されたレイアウト用紙に、写植で印字された印画紙をカッターで切り、それをピンセットでつまんでペーパーセメダインで貼り込む。そして、必要に応じてロットリングで装飾の線を引いたり、これも今や死語になった網目や模様が入ったスクリーントーンを貼ったりして、ひとつひとつ広告や新聞を仕上げていったものである。
 やがて手動写植機が電算写植に替わると、これらの作業は減っていったが、図面や地図の制作にはMACが登場するまで、えんえんと同じ作業が繰り返された。用途や文字組にあわせて作る原稿用紙や帳票類もロットリング様様の時代だった。思えば、当時の印刷業界にとってロットリングとカッター、方眼定規は三種の神器だったと言っても過言ではない。
 MACが主流になった今、インデザインやイラストレーター、フォトショップでいかなる罫線も自由自在に引け、写真の補正も思うがままとなった。文字組の修正もキーボードひとつであっというまにできる。この20年間で印刷業界は天と地ほどの変化が生じたといえるだろう。そんな中、ひっそりと消えていったのがフィルムを扱う製版会社だった。A全をスキャンするスキャナーは1台数百万円単位の高価な器機であったが、手動写植機のガラスの文字版同様、印刷博物館くらいでしかその姿を見ることはできなくなった。
 しかし、そんな中、未だロットリングを使っている人物がいる。年齢は80歳に近いと思うが、毎月お願いしているクロスワードパズルの原稿の文字がロットリングなのだ。万年筆やボールペンには絶対に醸し出せない独特の趣がある。もちろん彼には、パソコンなどに縁がない。携帯電話を持っているかも怪しい。
 毎月、その手書きの文字を見るたびにこれも技術の集積であり、財産だと思わずにはいられない。もしそれがボクの思い違いで、ロットリングでなかったとしたらなんだろうか。そうだこれも昔、事務でよく使っていたガラスペンに違いない。
 機会があれば、一度その有り様を聞いてみたいものだ。     (雨)

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