出会いと別れ

コラム「架橋」

 4月7日あたりからお尻に違和感があった。日曜日に風呂に入り、その場所を触ってみて「あー、また起きた」と理解した。塗り薬ですめばよいが。たかが痔だとほっておくと、悪化して肛門全体を人工肛門にしなければならないような大変な事態に陥ることもあるようだ。
 この間、様々なストレスの貯まることが続いて神経の休まる時がなかった。アルコール飲量も増えていた。恥ずかしいなんて言ってられない。少し力むと痛みが走る。早速、月曜日に病院を受診した。
 病院の先生の話。肛門に向けて上から太い血管が降りているが、その血管はそこから逃げれない。血液が貯まってしまう。そうするとうっ血が起こる。あなたのものはいぼ痔でステージ3。ステージ4だと、血液が固まり、とても痛くて座っていることもできない。そうなると手術で除去しなければならない。あなたはぎりぎりで薬で治るだろう。
 食べ物で気をつけるのはキムチなど辛いもの。後は何を食べても大丈夫。私は恐る恐るアルコールはどうですかと聞いた。アルコールは便通にも影響するので、すべてやめなくても飲みすぎないようにすればよいと、うれしい話しであった。
 その後、毎日朝夕の飲み薬と注入軟膏の処置をしている。数日で膨らみや痛みが取れると高をくくっていたが、痛みはそれほどでもないが膨らみは全然縮小することなく、どーんと居座っている。取り合えず2週間分の処方をしてくれたが、そんな簡単に治りそうもない。あせらずに付き合うしかない。痔は人間が二足歩行した結果起きた人間特有のものという。

 昨年1年前から毎朝、地下鉄のエレベーターでドラマが待っていた。
 数カ月前のこと。駅に電車が着くともうダッシュで、エレベーターに乗り込み、そして駆け出して行く人がいる。
 それが毎回のこと。私は時間に余裕があるので、その人の降りる電車を待ち、エレベーター操作をしてあげるようになった。朝早くから、がんばっている姿に「がんばるぞ」とエネルギーをもらったのだ。
 朝早いので乗降客は少ないのだが、それでも上から降りてくる人、上がる人。うまく、その人の到着をみはらかって、エレベーターのボタンを押すのが大変だがそれがスリリング。間に合って、ニコッとする笑顔がとても素敵だ。今日は、「熱中症に注意して下さい」と優しく声をかけられた。
 たった、数十秒間のこと会話は天候のこと、月が綺麗だというような差しさわりのないものだった。名前も知らない。そして、3月に入った時、「3月末に、ホテルに入っている店が別の所に移動になりお別れだ」と告げられた。1年間の感謝を込めてハンドタオルを送った。相手からは「ありがとうございました」とのメッセージとともに、GODIVAのチョコレートをもらった。最後の日、手を握り「ありがとうございました。今度は6月から〇〇」と言って駆け足で去って行った。二度とない出会いであり別れだった。      (滝)

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