富士山と雪形
コラム「架橋」
5月3日、朝から太陽が照りつけ、真夏のように暑かった。起き抜けにテレビをつけるとゴールデンウイークの後半初日とあって、中央道の下り車線は小仏峠から甲府方面に向かって40キロにも及ぶ渋滞が始まっていた。突然、交通渋滞を実況していたキャスターが「富士山の七~八合目に鳥が羽を広げた雪形が見えます」と叫んだ。その声に連れられ私もテレビを凝視し雪形を追った。残念なことにどうみても私には「羽を広げた鳥に見えない」「私にはアルハベットのLの字」である。「乱視が進んだのか」と一瞬考えたが「今まで富士山に鳥の雪形が見える」といった話は聞いたことがないから、叫んだキャスターの間違いと勝手に納得した。
話は変わるが、南アルプスの真ん中に東西二つのピークを持つ「農鳥岳」という三千メートルを超す山がある。その東側斜面に鳥の形をした雪形が現われる。山名が表現するように農鳥岳の「鳥」は誰が見ても「とり」で、地元の早川町や身延線の人々は田植えの時季を知らせる「農鳥・のうとり」と呼んで親しんでいる。
「農鳥岳」は、日本第二の高峰・北岳を出発点として第三位の「間ノ岳(あいのたけ)」を通り、山梨県の身延町まで繋がる高度三千メートルの稜線を歩く「天空のプロムナード」と呼ばれる登山道の一部をなしている。その上最初から最後まで近くに富士山が見える。
習性というのは恐ろしいし、悲しいものだ。「富士山に雪形」と聞いた途端テレビを凝視したのは、「田植え」を連想したからである。
雪国では「田植え」と無関係な雪形はない。確かに「田植え」の前に「田起こし」や「苗代づくり」という農作業もあるが、社会的には「田植え」こそ大事な米作りの一番最初の作業である。
大事な作業を示す例として、「花見」をあげることができる。雪国の人はとりわけ花見が好きであるが、一番大きい規模の花見は「田植え」をともに作業する人たちでやる宴席だ。名目は懇親であっても、全員が揃うことが大事なのだ。そして「花見」から10日から2週間後、「田植え」が行われる。桜の花が散らないと雪国では「霜が降りる」といって絶対に「田植え」をしない。花見は「田植え」の日程も決めるものでもある。
調べてみると全国で一番多い雪形は、鳥形ではなく「うさぎ」だという。「うさぎ」は飛ぼうが跳ねようが誰もが認めるらしい。「月のうさぎ」に餅をつかせる民族だからしかたないのかもしれない。今年は全国的に雪形が現われるのがやはり例年より10日も早いという。(武)