劇場鑑賞の勧め

コラム「架橋」

 「映画を観ること」とは、意中の相手と二人だけの時間を過ごすための、格好の口実である。誰しも経験があるだろう。誘われた方も、目的は「鑑賞」なのだから拒絶へのハードルが低い。衛星放送やネットでの動画配信の普及で手軽に作品に触れることができる(わが家は無縁であるが)昨今。それでもこの「誘い」と「合意」には、特別な意味やときめきがある。
 銀座で見た前作『PLAN75』からちょうど一年ぶりのお出かけである。自宅からバスで20分。高崎線の踏切を超えるとすぐ。商店街の一角に目的の小さな映画館がある。「シネマチュプキ タバタ」。「日本一やさしい映画館」と謳う。
 客席は20で予約制。当日に受付で希望の椅子を選ぶ。館内は森をイメージした緑色で装飾され、完全防音の「親子専用鑑賞室」まである。目の見えない人にはイヤホンによる音声ガイドが、耳の聞こえない人には画面に日本語字幕と解説字幕が表示される。上映開始の一時間も前に着き先頭に並んだ。シニア割でこの日連れ合いと見たのは、『マイスモールランド』(2022年製作・日仏合作)である。
 埼玉県にすむ17歳のクルド人サーリャは、在留資格を失うことでこれまでの生活が一変する。担任からは希望大学進学への太鼓判を押されていたが、その夢も壊れる。淡い初恋の相手や同級生の仲良しグループとの厚い壁が生まれる。彼女の苦悩とその理由に、周囲の日本人たちは気がつかない。「不法就労」の容疑で入管に収容された父親は、自身の帰国との引き換えに子供たちを日本に残そうとする。
 「国家を持たない世界最大の民族」と呼ばれるクルド人。埼玉県には2000人ほどのコミュニティが 存在する。本作でサーリャ家族の支援にあたるのは、たった一人の弁護士のみ。平泉成が好演している。
 日本の入管法とその制度の酷さは今さら言うまでもないが、それをあぶりだすのが本作である。何気ない日常を送りながらも、難民申請が認められなければこれまでの生活が根底から覆る現実に、多くの当事者が声をあげ始めている。
 「ユニバーサルシアター」を掲げる本劇場。鑑賞に際して不安がなかったわけではない。館内の広さや座席の快適さ、さらに音響設備などなど。腰痛持ちの私が、2時間の上映に肉体的に耐えられるかという心配があった。だがそれは杞憂だった。劇場のスタッフはハンディを持つ観客にも丁寧に対応、サウンドや空調もまったく問題がなかった。作品じたいは昨年公開。すでに見た人も多いだろう。当劇場では再上映で、私たちは最終日に訪れた。
 一日4、5本のプログラムが組まれている。「○○さんて固い映画ばかり見てるの? 半休を取れば平日でも行けそうね」。職場での雑談ネタが増えそうだ。       (隆)

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