わけあり荘
コラム「架橋」
今年のGWの最終日。部屋のどこからか水が滴る音が聞こえた。節電節水を心掛けているから、蛇口の締め忘れなど考えられない。音源を探ると中央の柱が濡れていることに気づいた。天井から水漏れを起こしていたのだ。連れ合いとここに越してきて丸19年。初めての出来事だった。
築50年超の3階建鉄筋マンションには約20世帯が住む。生活様式を強いる間取りは古く、隣家の大家は店子が出ていく度にリフォームする。住人たちはその騒音で引っ越しに気がつくのだ。
これまでも床や水回りのトラブルが起こると、都度業者が修繕にきた。今回もすぐに大家に電話した。彼女は近隣に複数の賃貸物件を所有する大地主である。
翌日職人らしき男が手ぶらでやってきて、天井に大きな穴をあけた。調べると上の階の浴室の配管が古くなったせいだという。応急処置で漏水は止めたが、破片やら塗料やらを散らかしたまま帰って行った。
この瞬間から大家そして仲介した不動産屋との闘いのゴングが鳴った。「できるだけ早く直しますから、段ボールでも貼っておいて」などと、危機感のない逃げを打つのは彼女の常とう手段。上の階もユニットバスに変える必要があるという。彼女が説明したのではなく、私が集めた情報だ。
上階の夫婦が後刻「謝罪」に来た。聞けば24年もここに住み、朽ちた浴室も当時のままというから驚いた。私は数年前、建物の管理業者を煽って、自室に居ながら取り替えさせていた。お互い、何の落ち度もない。
シングルマザーや一人暮らしの高齢女性、新婚カップルなど様々な住人がいるが、言葉を交わすのはそのごく一部。挨拶を交わし、立ち話をするようになって初めて、自分たちよりも劣悪な状態に置かれている実態を知る。そこに共通するのは、修繕のための一時的な「部屋移動」にすら、増収のチャンスを狙う強欲な家主への憤慨だ。
私たちの共同生活が、この地で予想外に長く続いたのは、当地の「交通至便」に尽きる。だが今回の事件で、連れ合いには完全に引っ越しモードにスイッチが入ってしまった。私は年休を取って、空しい工事の立ち合いを続けている。 (隆)