日本共産党の改定綱領が開いた「新たな視野」とはどういうものか(上)

変革への展望は開けたのか

樋口芳広(日本共産党員)

 さる一月、日本共産党は第二八回全国大会を開催した。日本共産党が、憲法改悪と「戦争国家」への道を直進する安倍政権に対決する「野党ろ国民の共闘」の軸として重要な役割を果してきたことは確かだ。しかし資本主義のグローバルな危機の深まりの中で、世界的な変革の闘いにどう挑戦するのか。本紙読者で日本共産党員の樋口芳広さんの分析を掲載する。(編集部)

はじめに――中国に対する規定の見直しから「全体の組み立ての根本的な見直し」へ

 日本共産党は二〇二〇年一月に開催された第二八回党大会において、綱領の一部改定を行った。これは、二〇〇四年一月に開催された第二三回党大会において、不破哲三議長(当時)の主導により大幅に改定された綱領(事実上の新綱領といってもよいものであったので、以下、二〇〇四年綱領と呼ぶ)に対してなされたものである。今回の一部改定について、志位和夫委員長は、中国に対する「社会主義をめざす新しい探究が開始」されている国という規定を見直すことが、世界情勢論や未来社会論など、綱領全体の組み立てを見直すことにつながり、「綱領全体の生命力を一段と豊かに発展させる画期的意義を持つものとなった」とした(第二八回党大会における、志位和夫委員長による綱領一部改定案についての中央委員会報告)。
 志位は三月一四日、「改定綱領が開いた『新たな視野』」と題した講義を行い、「中国に対する規定の削除は、二一世紀の世界の展望、未来社会の展望にかかわって三つの点で『新たな視野』を開くものとなった」として、次のように述べた。

 「第一は、二〇世紀に進行した『世界の構造変化』の最大のものが、植民地体制の崩壊と一〇〇を超える主権国家の誕生にあることを綱領第七節で綱領上も明確にするとともに、新たに綱領第九節を設け、この『構造変化』が、平和と社会進歩を促進する生きた力を発揮しはじめていることを、核兵器禁止条約、平和の地域協力、国際的人権保障などの諸点で具体的に明らかにしたことです。
第二は、資本主義と社会主義との比較論から解放されて、二一世紀の世界資本主義の矛盾そのものを正面から捉え、この体制をのりこえる本当の社会主義の展望を、よりすっきりした形で示すことができるようになったことであります。
第三は、綱領の未来社会論にかかわって、『発達した資本主義国での社会変革は、社会主義・共産主義への大道』という、マルクス、エンゲルスの本来の立場を、綱領で堂々とおしだすことができるようになったということであります。」

 改定綱領をこのような「新たな視野」を開いたものとして評価することは果たして妥当なのだろうか。本稿では、中国に対する綱領上の規定の見直しがどのようになされたのかを押さえた上で、志位のいう三つの「新たな視野」とはどのようなものか、また、それらがどの程度まで「綱領全体の生命力を一段と豊かに発展させる」ものとなりえているのか、検討することにしよう。

1、中国が「社会主義をめざす」国か否かを「対外路線」のみで判断


二〇〇四年綱領において、世界情勢について論じた第三章は、次のような構成のものとして組み立てられていた。すなわち、第七節で二〇世紀の変化と到達点、第八節で社会主義の流れの総括と現状、第九節で世界資本主義の現状への見方、第一〇節で国際連帯の諸課題を扱う、という構成である。不破議長(当時)による綱領改定案についての報告(二〇〇三年七月の第二二回党大会第七回中央委員会総会)を踏まえてより詳しくいうならば、第七節で、植民地体制が崩壊したこと、民主主義の国家体制が主流となったこと、平和の国際秩序が構築されてきたことを、二〇世紀に人類がなしとげた巨大な進歩として総括的に論じた上で、第八節で社会主義への流れについて、第九節では世界資本主義の現状について、各論的な特徴づけに進む、というものであった。
二〇〇四年綱領は、この第八節に「今日、重要なことは、資本主義から離脱したいくつかの国ぐにで、政治上・経済上の未解決の問題を残しながらも、『市場経済を通じて社会主義へ』という取り組みなど、社会主義をめざす新しい探究が開始され、人口が一三億を超える大きな地域での発展として、二一世紀の世界史の重要な流れの一つとなろうとしていることである」という文章を挿入したのである。不破は改訂案報告の中で、この記述が中国やベトナムを念頭に置いたものであることを説明しつつ、「これは、一九一七年に始まった、資本主義を離脱して社会主義へという世界的な流れは、ソ連・東欧の崩壊によって終わったわけではない、ということです」と力説した。要するに不破は、中国の取り組みを、ロシア革命から連続的に連なるところの「社会主義への流れ」として評価する、超楽観的な議論を展開していたわけである。筆者は、本紙二〇〇三年八月二五日号に掲載された綱領改定案批判の論稿において、中国社会の現実はとても「社会主義をめざすあたらしい探究」とはいえないものであり、資本主義による搾取と抑圧に苦しむ世界中の人々の心に、資本主義を乗り越えた新しい社会がありうるのだという希望をいささかも与えるものではないことを指摘し、こうした不破の捉え方を厳しく批判した。
二〇二〇年の綱領改定は、この規定を削除することが最大の狙いであった。中国について「社会主義をめざす新しい探究が開始された」などといえないことは、二〇〇四年当時から明らかだったことであり、この規定を削除すること自体は当然である。問題なのは、こうした判断が、中国の経済・社会の現状を深く分析することによって得られたものではない、ということである。志位は二八回党大会への報告で、中国やベトナムなどの現状を評価するには、指導勢力の社会主義の事業に対する真剣さ・誠実さが重要であり、それは対外的にどのような路線をとっているかを基準に判断するしかないという理屈を立て、二〇〇四年当時はこの判断は合理的だったと強弁するとともに、中国がこの一〇年余、国際政治において「大国主義・覇権主義」を強めてきているという動向を見きわめて結論をくだしたのだ、と力説する。
ここでとりわけ重視されているのが、中国共産党が日本共産党に対してどのような態度で接してきたか、という問題なのである。一九九八年の両党関係の正常化のときは誠実な態度だったのに、二〇一六年のアジア政党会議のときには横暴な態度をとられた、といった具合である。自身の実体験にもとづいて……といえば聞こえはいいが、これではあまりに視野が狭すぎると言わざるを得ない。何よりも驚かされるのは、志位報告が、「中国はどういう経済体制とみているか」という全党討論の中で出された質問に対し、「どんな経済体制をとるかは、その国の自主的権利に属する問題であり、基本的に内政問題……政党として特定の判断を表明すれば、内政問題への干渉になりうる」として回答を拒んでいることである。中国共産党の支配の下、劣悪きわまりない労働条件や自主的労働運動への過酷な弾圧に苦しみながら闘いを続けている中国の人々への連帯の意識を欠いたものといわざるを得ない。
志位は、これまで日本共産党が、中国の「市場経済を通じて社会主義へ」という取り組みについて、レーニンの新経済政策(ネップ)とも結びつけて肯定的に語ってきた(例えば、二〇〇二年八月二七日、中国社会科学院での不破哲三の学術講演)ことについて、厳しく自己批判すべきだったのではないだろうか。

2、世界情勢の捉え方の一層の平板化


さて、こうした中国に対する規定の見直しが開いたとされる「新たな視野」の第一は、植民地体制の崩壊を「構造変化」の中心にすえ二一世紀の希望ある流れを明記した、ということである。志位は、綱領改定についての討論の結語で、改定前の綱領の世界論について、次のように説明している。

 「現綱領を決定した二〇〇四年の第二三回党大会では、二〇世紀に起こった世界の構造の変化として、①植民地体制の崩壊が引き起こした変化とともに、②二つの体制──すなわち資本主義と社会主義が共存する時代への移行・変化をあげました。いわば“二つの構造変化が起こった”という見方にたっていたのが、これまでの綱領の世界論でした」

 志位は、植民地体制の崩壊が引き起こした変化は二一世紀に入って大きな力を発揮しているが、「二つの体制の共存」への移行・変化は二一世紀に入って「世界史に大きな意味をもつ流れ」をつくるものとはならなかった、とする。その上で、「二つの体制の共存」という世界論を削除することにより、植民地体制の崩壊が二〇世紀の「世界の構造変化」の中心に据えられ、世界の発展的展望がよく見えるようになった、と力説するのである。果たして、このような捉え方は妥当であろうか。
そもそも、二〇〇四年綱領における世界情勢論のひとつの大きな特徴は、「独占資本主義の国でも、帝国主義的でない政策や態度、つまり、非帝国主義的な政策や態度をとることは、ありえる」(不破議長による綱領改定案についての報告)として、資本輸出の侵略性を否定したことにあった。その結果、独占資本主義、帝国主義による搾取と抑圧に抗した世界の人民の闘いこそが、二〇世紀から二一世紀へ、歴史を一貫して動かしてきた根本的な力であったことが、非常に見えにくくなってしまったのである。植民地体制の崩壊は、確かに世界の大きな構造変化である。重要なのは、それは一体何によってもたらされたのかをつかむことである。植民地支配は決して自動的に崩壊したのではなく、人民の闘いを通じて崩壊したのである。
二〇〇四年綱領では「一九一七年に始まった、資本主義を離脱して社会主義へという世界的な流れ」(不破)が現在にまで続いていることが強調されることにより、媒介され大きく歪められた形ではあるものの、独占資本主義や帝国主義による搾取と抑圧に抗する世界の人民の闘いが連綿と続いてきたことを感じさせる要素が存在していた。ところが、二〇二〇年の綱領改定により、社会主義の流れについて論じた第八節が、あくまでも二〇世紀論の一部として、すなわち、現在とは断絶された過去の話として割り切られてしまうことで、こうした要素は綱領からほぼ一掃されることになってしまったのである。
志位は、二〇〇四年綱領が二〇世紀に起こった世界的な変化を、植民地体制の崩壊、国民主権の民主主義の発展、平和の国際秩序の三つの点から特徴づけていたことについて、この三つは並列のものでなく、植民地体制の崩壊こそが最大の変化であって他の二つの変化を促したのだと説明し、改定綱領が三つの変化を立体的に把握していると誇っている。その中で、国際的な人権保障の新たな潮流、とりわけジェンダー平等を求める国際的潮流について明記されたことを、改定綱領の大きな売りのひとつとして押し出している。
三つの関係の変化の捉え方に限れば、その通りといるかもしれないし、ジェンダー平等について明記され、一九七〇年代、「赤旗」に掲載された論文などで同性愛を性的退廃の一形態だと述べていたことについて自己批判したのは、歓迎すべきであろう。しかし、その一方で、独占資本主義、帝国主義の搾取と抑圧に対する人民の闘いという、世界の歴史を最も深いところで動かしている力が見えにくくなってしまったことは否定できない。改定綱領の世界情勢の捉え方は、極めて平板なものとなったというほかないのである。
その平板さを端的に現しているのが、「一握りの大国から、世界のすべての国ぐにと市民社会に、国際政治の主役が交代した」(二八回党大会への報告)という捉え方である。大小様々、複雑な支配・被支配関係を抱えた「世界のすべての国ぐに」と、その実態が如何なるものか不明確というほかない「市民社会」なるものを並列させて、等しく「国際政治」の主役としてしまうところに、改定綱領の世界情勢論の平板さが極まっているといえよう。

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