マルクス=エンゲルスの労働組合論と階級的労働組合運動

酒井与七

目 次
 はじめに
 Ⅰ マルクス=エンゲルスの「共産党宜言」と労働組合
 Ⅱ 第一インターナショナルとマルクス=エンゲルスの階級的労働組合運動の立場
 Ⅲ 労働者階級の国際的統一のための闘い――労働者階級の独立的な国際政治闘争
 Ⅳ 第一インターナショナルのマルクス=エンゲルスとイギリス労働組合運動
 V 第一インターナショナルの終焉とイギリス労働組合運動の職業的労働組合主義

はじめに

 日本労働者運動の現実として、一九五〇年代―六〇年代―七〇年代の歴史的一時期全体が、今日、ほぼ終わった。日本というこの国のあり方が、同じく一九五〇年代~七〇年代の一時期全体をこえて、あらゆる側面で新しい段階にはいっている。日本労働者運動の情勢の八○年代前半をつうじた転換もまた、その一部としてあった。
 われわれは、今日もはや五〇年代~七〇年代の直接的な延長上で自らの闘いと運動の展望をたてることはできない。われわれがそこで闘いと運動を展開してきた総評労働組合運動と総評・社・共の戦後労働者「革新」の構造は、もはや全面的に内部分解し、変質し、崩れさっている。今日、われわれにつきつけられているのは、八○年代とともにはじまった新たな階級情勢、新しい歴史的時期全体にたちむかうわれわれの闘いと運動の出発点をきずくことである。
 五〇年代から七〇年代にかけた総評労働者運動が歴史的に敗北したという現実のうえで、その改良主義的な限界、また非常にふかく「日本国民」的であったその一国的な限界をこえるあらたな労働者運動、――真に階級的で、革命的な労働者運動のための闘いがわれわれの現在的な課題としてつきつけられている。
 この闘いと運動の展望をかっての総評労働者運動の延長線上でたてることができないように、あらたな闘いのための理論と方法もまた、そのまま過去の延長上ではありえない。闘いの理論と方法についても、その批判的再検討が必要であり、理論と方法のところでも、われわれの全面的な再武装の課題がつきつけられている。
 こうして、われわれは、マルクスとエンゲルスのところに、レーニンやトロツキーのところに、――われわれのマルクス主義の原点のと頃に立ち戻って、自己の理論的・方法的再武装を行わねばならない。
 以上のような観点から、ここではマルクスとエンゲルスの労働組合とその運動についての基本的な考えと立場をとらえなおしてみることにする。
一九八七年二月

I マルクス=エンゲルスの『共産党宣言』と労働組合

1 プロレタリア階級闘争―プロレタリア革命と労働組合

 自己の国家権力のもとで階級として結集する資本家(ブルジョアジー)にたいする賃金労働者の階級として結集・団結した闘い(プロレタリアートの階級闘争)とその闘いの発展、その結論としてのプロレタリアートによる政治権力の奪取(プロレタリア革命)とプロレタリア権力(プロレタリア独裁)による共産主義社会実現のための闘い――マルクスとエンゲルスは、以上のようなプロレタリア階級闘争―プロレタリア革命の観点から、労働組合の問題を意識的にとりあげたし、またプロレタリア階級闘争を積極的に構成するものとしての階級的労働組合運動のために終始一貫して闘った。

2 マルクス=エンゲルスの『共産党宣言』

 ブルジョアジーの階級支配とその国家権力にたいするプロレタリア階級闘争の発展とプロレタリア革命の実現、そのうえでの共産主義社会のための闘いというマルクス=エンゲルスの根本思想は、『共産党宣言』(一八四八年)において全面的にあきらかにされている。
 『共産党宣言』は次のようにのべている。
 「ブルジョアジーは、彼らの百年たらずの階級支配のあいだに、過去の全時代をあわせたよりもいっそう大量で、いっそう巨大な生産力をつくりだした。」(国民文庫版二三頁)「ブルジョアジーは農村を都市の支配下に従属させた。彼らは巨大な都市をつくりだし、都市人口の数を農村人口にくらべていちじるしく増加させた。」(三三頁)「ブルジョアジーは……人口をよせあつめ、生産手段を集中し、所有を少数者の手中に集積した。その必然的結果は、政治上の中央集権であった。それぞれ利害をことにし、法律や政府や税制の異なる、ほとんどただ連合していただけの独立の諸州が、一つの国民、一つの政府、一つの法律、一つの全国的な階級的利害、一つの関税線のもとに結集された。」(三三頁)「ブルジョアジーは……大工業と世界市場とが形成されてからは、近代代議制国家のなかで排他的な政治的支配をかちとった。近代の国家権力は、全ブルジョア階級の共同事務を処理する委員会にすぎない。」(二九頁)
 「だが、ブルジョアジーは、自分に死をもたらす武器……をとるべき人々をもつくりだした――すなわち近代労働者、プロレタリアを。ブルジョアジーすなわち資本が発達するに比例して、プロレタリアートすなわち近代労働者の階級も発達する。」(三五頁) 「ブルジョアジーにたいする彼らの闘争は、その存在とともにはじまる。最初は個々の労働者が、ついで一工場の労働者が、ついで一地区の一労働部門の労働者が、彼らを直接に搾取する個々のブルジョアと闘う。……この段階では、労働者は、全国に分散し、競争のためにぱらばらになっている大衆である。」(三七頁)「だが、工業の発展とともに、プロレタリアートは……ますます大きな集団に結集され、その力は増大し、ますます自分の力を感じるようになる。……個々の労働者と個々のブルジョアとの衝突は、ますます二つの階級の衝突の性質をおびてくる。労働者は、ブルジョアに対抗する結合をつくりはじめる。彼らは、その賃金を維持するために同盟する。彼らは、このようなときおりの反抗にそなえるために、永続的な結社(=組織)さえつくる。ところどころで、闘争は暴動となって爆発する。」(三八頁)
 『共産党宣言』がいう「このようなときおりの反抗にそなえるため」の「永続的な結社」とは、労働組合のことである。「宜言」は、プロレタリア階級闘争のなかで労働組合をとらえている。
 「労働者はときどき勝利をえるが、それはほんの一時的にすぎない。彼らの闘争の真の成果は、直接の結果にはなく、労働者の団結がますます拡大することにある。大工業によってつくりだされた交通機関の発達は、さまざまな地方の労働者をたがいに連絡させ、労働者の団結を促進する。だか、いたるところで同じ性質をもつ多くの地方的闘争を一つの全国的闘争に、すなわち階級闘争に結集するには、ただこのような連絡さえあれば足りるのである。ところで、階級闘争はすべて政治闘争である。……このような階級への、それとともに政党へのプロレタリアの組織化は、労働者自身のあいだの競争によって、たえず繰り返しうち砕かれれる。だが、それはいつもいっそう強力な、いっそう強固な、いっそう有力なものとして復活する。」(三九頁)
 『宣言』はさらに次のようにのべている。
 「今日、ブルジョアジーに対立しているすべての階級のなかで、ただプロレタリアートだけが真に革命的な階級である。」(四〇頁)「これまでの運動はすべて少数者の運動か、もしくは少数者の利益のための運動であった。プロレタリア運動は、圧倒的多数者の利益のための圧倒的多数者の自主的な運動である。現代社会の最下層であるプロレタリアートは、公的社会を構成する諸層の全上部構造を空中にふきとばさなければ、起き上がることも、体を伸ばすこともできない。ブルジョアジーにたいするプロレタリアートの闘争は、その内容上ではなく、その形式上において最初は民族的である。いずれの国のプロレタリアートも、当然、まず自国のブルジョアジーを片づけなければならない。」(四二頁)「プロレタリアートの発達のもっとも一般的な諸段階をのべながら、現在社会の内部の多かれ少なかれ隠れた内乱をあとづけ、ついにそれが公然たる革命となって爆発し、そしてプロレタリアートがブルジョアジーを暴力的に転覆し、自己の支配権をうちたてるところまで到達した。」(四二頁)
 『共産党宣言』はそこで次のように結諭づける―― すなわち、「共産主義者の当面の目的は、……プロレタリアートの階級への形成、ブルジョアジーの支配の転覆、プロレタリアートによる政治権力の獲得である」と(四四一四五頁)。
 『宣言』は、プロレタリア革命とそれにもとづく共産主義の展望について次のようにのべている。
 「労働者革命の第一歩は、プロレタリアートを支配階級にたかめること、民主主義をたたかいとることである(――当時、民主主義というとき、それは被抑圧人民の政治的主権の実現を意味していた)。プロレタリアートは、ブルジョアジーからしだいに資本をうぱいとり、いっさいの生産用具を国家すなわち支配階級として組織されたプロレタリアートの手中に集中し、生産力の量をできるかぎり急速に増大させるために、その政治的支配を利用するだろう。」(五四~五五頁)「本来の意味の政治権力は、一つの階級が他の階級を抑圧するために組織された暴力である。プロレタリアートは、プルジョアジーとの闘争において必然的にみずからを階級として結成し、革命によってみずから支配階級となり、そして支配階級として旧生産関係を廃止する。だが、他方、この生産関係の廃止とともに、階級対立の存在条件、一般に階級の存在条件を廃止し、それによってまた階級としての自分自身の支配をも廃止するのである。階級と階級対立をともなう旧ブルジョア社会にかわって、各人の自由な発展が万人の自由な発展の条件となるような一つの協同社会があらわれる。」(五六頁)
 以上によって明白なように、ブルジョアジーの階級支配とその国家権力にたいするプロレタリアートの階級闘争、その政治的勝利としてのプロレタリア革命というマルクス=エンゲルスの根本思想が、『共産党宜言』において基本的にうちたてられ、結論的に定式化されている。

3  マルクスと労働組合―『哲学の貧困』より

 『共産党宣言』は、前項でみたように、労働組合の発生とその役割ならびにに意味について、次のようにのべている。
 「個々の労働者と個々のプルジョアとの衝突は、ますます二つの階級の衝突の性質をおぴてくる。労働者は、ブルジョアに対抗する結合をつくりはじめる。彼らは、その賃金を維持するために同盟する。彼らは、このようなときおりの反抗にそなえるために、永続的な結社(=組織)さえつくる。」「労働者はときどき勝利をえるが、それはほんの一時的にすぎない。彼らの闘争の真の成果は、直接の結果にはなく、労働者の団結がますます拡大することにある。……いたるところで同じ性質をもつ多くの地方的闘争を一つの全国的闘争に、すなわち階級闘争に結集する……ところで、階級闘争はすべて政治闘争である」と。
 マルクスとエンゲルスは、政治権力の獲得をめざすプロレタリアートの階級闘争のなかで労働組合をとらえ、位置づけている。労働組合のこのようなとらえ方は、一八四七年に発表されたマルクスの「哲学の貧困」においてすでに明白にしめされている。
 『哲学の貧困』は、プロレタリアートの階級闘争という立場を否定するプルードンにたいする批判の書である。マルクスは、そこで、ストライキと労働組合に反対するプルードンを批判しつつ、プロレタリア階級闘争の立場から同盟罷業(ストライキ)と労働組合、労働者の階級的団結を積極的に防衛している。
 『哲学の貧困』は次のようにのべている。
 「イギリスでは、一時的な同盟罷業だけを目的とし、それとともに消滅する部分的団結だけではすまさなかった。労働者たちと企業家たちとの闘争において、労働者の城砦の用をなす恒久的団結、すなわち労働組合が結成された。そして現在では、これらの地方的労働組合のすべてが全国労働組合協議会のなかに一つの結合点を見いだし、協議会の中央委員会がロンドンにあり、協議会所属員数は八万にたっしている。これらの同盟罷業、団結、労働組合の形成は、いまやチャーチストという名のもとに一大政党を構成している労働者たちの政治闘争と同時に進行している。」(『マルクス=エンゲルス全集』四巻一八八頁)
 「仲間同志で結合するための労働者たちの最初のこころみは、つねに団結というかたちでおこなわれた。大工業がたがいに一面識もない多数の人間を一か所にあつめた。競争が彼らの利害関係をまちまちにする。しかし、賃金の維持――主人たちに対抗して彼らがもつこの共通の利害関係が、反抗という同一の考えで彼らを結合させる。これが団結である。だから、団結はつねに二重の目的、すなわち仲間向志の競争を中止させ、もって資本家にたいする全般的闘争をなしうるようにするという目的をもつ。たとえ、最初の抗争目的が賃金の維持にすぎなっかたとしても、次に資本家の方が抑圧という同一の考えで結合するにつれて、最初は孤立していた諸々の団結が集団を形成する。そして、つねに結合している資本に直面して、組合の椎持の方が彼らにとって賃金の維持よりも重要になる。このことはまったく真実であって、(ブルジョア)経済学者からみれぱ、賃金のために設立されているにすぎない組合のために、労働者たちがその賃金のかなりの部分を犠牲にするのをみて驚いているほどなのである。この闘争――これこそ正真正銘の内乱である――においてこそ、きたるべき戦闘に必要な一切の要素が結合し、発展する。ひとたびこの程度にたっするや否や、組合は政治的性格をおびる。」(同上、一八八~九頁)
 「経済的諸条件が、まず第一に、国民大衆を労働者に転化させた。資本の支配が、この大衆のために共通の一地位、共通の利害関係をつくりだした。かくして、この大衆は資本にたいしてすでに一個の階級である。しかし、まだ大衆自身のための階級ではない。われわれがその若干の局面を指摘したところの闘争において、この大衆は結合する。大衆自身のための階級に自己を構成する。大衆の防衛する利害が階級の利害となる。しかし、階級対階級の闘争は一つの政治闘争である。」(同上、一八九頁)
 マルクスは、ここで、それ自体としての一つの客観的な社会経済的階級としての労働者のあり方――「この大衆は、資本にたいしてすでに一個の階級である。しかし、まだ大衆自身のための階級ではない」――と、ブルジョアジーと対立して、一つの主体的な階級として自ら結集し、組織された労働者のあり方――「闘争においてこの大衆は結合する。大衆自身のための階級に自己を構成する」――についてのべ、政治闘争の本質が階級と階級との闘争にあると指摘している。
 『哲学の貧困』はさらに次のようにのべている。
 「プロレタリアートとプルジョアジーとのあいだの敵対関係は、階級対階級の闘争、すなわち、その最高の表現にたっすれば全面的革命となるところの闘争である。ところで、諸階級の対立に立脚する一つの社会が、最後の解決として荒々しい矛盾、肉弾あいうつ接戦に到達するということは、驚くべきことであろうか。社会運動は政治運動を拒否するなどと考えてはならない。政治運動であって、同時に社会運動でないものは、だんじて存在しない。階級ならびにその敵対関係がもはや存在しないような事態においてのみ、社会的進化は政治的革命であることをやめる。それまでは、社会のあらゆる全般的変革の前夜にあっては、社会科学の最後の言葉はつねに次のようであるだろう。“戦いか、しからずんば死、血なまぐさき闘争か、しからずんぱ無――このように問題は厳として提起されている”(ジョルジューサンド)」(同上、一九〇頁) こうして、『共産党宣言』のプロレタリア階級闘争―プロレタリア革命についての主張は、前年の『哲学の貧困』において基本的にまとめられていたのである。ここにしめされているマルクスの労働組合把握は、革命的プロレタリア階級闘争の観点からのものであり、それは、きわめて「過激」な革命的・階級的労働組合運動の立場という以外にない。

4 マルクス『労賃』より

 マルクスは、「労賃」と題されている手稿(一八四七年一二月)のなかで、まったく同一の考えをあきらかにしている。
 「労働組合は、労働者間の競争を揚棄し、これにかえるに労働者間の団結をもってするという目的をもっている。……もし組合で現実に問題となることが、ただそれが表面上問題にしていること、すなわち労賃の決定だけであるならば、そして労働と資本との関係が永久的なものであるならば、このような団結は、ものごとの必然性によって、いたずらに挫折することになるだろう。しかし、組合は、労働者階級の団結の手段であり、階級対立をともなう旧社会全体の転覆のための準備の手段である。」(大月書店版『マルクス=エンゲルス一八巻選集」第二巻、二一九~二○頁)
 「このような見地からして、この内乱で戦死者や負傷者をだしたり、金銭をついやしたりして、どれくらい犠牲をはらうかを労働者たちに計算してみせてくれるブルジョア的学校教師たちを、労働者があざ笑うのは当然である。敵を打ち倒そうとするものは、敵と闘う費用をとやかくいわないであろう。……ブルジョア諸公や彼らの経済学者たちにには、・・・労働者たちが(労賃の最低限、すなわち生活の)最低限のなかにブルジョアジーにたいする戦費を若干算入し、彼らがその革命的運動をこともあろうに彼らの生活亨受の最大ものたらしめているということは、破廉恥なこととも、また合点のいかないこととも思われるにちがいない。」(同上、ニニ○~二一頁)
 労働組合とその運動を革命的プロレタリア階級闘争のなかで積極的に位置づけるという以上のような立場は、マルクス=エンゲルスのその後も一貫してかわらない基本的な立場であった。
 マルクス=エンゲルスは、以上のような立場から、一八六〇年代中頃がら一八七〇年代はじめにかけた第一インターナショナルの活動において、労働組合問題をふたたび積極的にとりあげ、階級的労働組合運動のために闘ったのである。

Ⅱ 第一インターナショナルとマルクス=エンゲルスの階級的労働組合運動の立場

5 第一インターナショナル創立宜言とマルクス

 第一インターナショナルは一八六四年に創設され、その創立宜言はマルクスによって起草された。
 「この創立宣言は、『共産党宣言』がだされてから一七年後にかかれた。これら二つの宣言文書がかかれた歴史的時代および組織は、まったく異なるものであった。……一八六四年には、労働者運動は成長し、大衆に浸透していた。だが階級意識の発達にかんするかぎり、それは一八四八年の革命的前衛よりもはるかに遅れていた。同様の後退が指導者のあいだにもみられた。新しい宣言は、大衆および指導者のあいだのプロレタリア階級意議の低い水準を考慮にいれて、しかも同時に『共産党宣言』で主張された基本原則を防衛するような方法でかかれねばならなかった。マルクスは、創立宜言において“統一戦線”戦術の古典的な例をしめしている。彼は、統一戦線戦術にもとづいて労働者階級が結合しうるし、また結合しなけれぱならないところの、それにもとづいて労働者運動のよりいっそうの発展が期待されるところの諸要求およびあらゆる点を表明し、かつ力説した。」(リャザノフ『マルクス=エンゲルス伝』戦前版岩波文庫一五六頁)

6 第一インターナショナル創立宜言

 「マルクスは、(創立宜言において)機械の完成も、科学の産業への応用も、新しい交通手段の開始も、新植民地の発見も、移民も、新市場の創出も、自由貿易も、おそらく労働者階級の窮乏を軽減することはないだろうという必然的結論をのべている。彼は、さらに、『共産党宜言』におけると同じように、社会秩序が旧来の基礎にもとづいているかぎり、労働の生産力の何らかの新発展はただ両階級をわかつ深淵をますます広げ、深めるだけであり、すでに存在している敵対をますます激成するであろうという結論をのべている。」(同上『マルクス=エンゲルス伝』一五八頁)
 「一八四八年の労働者階級の敗北、―一八四九年から一八五九年にいたる十年間の特徴をなす無感動をもたらしたあの敗北の諸原因を指摘してから、マルクスは、この期間に労働者がかちえたいくつかの勝利に注意をむけた。第一に、(イギリスにおける)十時間労働法、……その次の成功は、労働者自身の発議により当時建設されつつあった協同組合的工場であった。……彼は、この協同組合をば、大規模な科学的生産は労働者を搾取する資本家階級なしに進行し、発展しうること、賃労働は奴隷労働と同じようにけっして永久的なものではないこと、実際において、賃労働は、結局、社会化された生産の制度にとってかわらるべき過渡的な劣った労働形態であることを労働者階級に例証するための手段として利用した。……マルクスは、これらの協同組合がただ少数の労働者をふくんでいるにすぎない以上、協同組合はちっとも労働者階級の状態を改善しうるものではないことを指摘した。」(同上『マルクス=エンゲルス伝』一五九頁)
 「なるほど、協同組合的生産の網の目が全国にひろげられれぱ、資本主義的生産は共産主義的生産によっておしのけられるであろう。問題をこのように提出した後、マルクスは、そのような転化は支配階級の必死の反対によって妨害されるだろうと注意した。地主や資本家たちは、彼らの経済的特権をまもるために政治権力を用いるであろう。それゆえ、労働者階級が第一にやらねぱならないことは政治権力の獲得である。これをなしとげるためには、労働者は世界のあらゆる国において労働者党を創設せねばならない。労働者は成功の要素をただ一つだけもっている。それは大衆であり、数である。しかし、この大衆は、団結によって結合され、知識によってみちびかれる場合にだけ、強力である。結集し、一致協同しなければ、解放闘争において相互に支持しあわなければ、国内的ならびに国際的な組織がなければ、労働者は失敗する以外にない。このような事情を考慮して、諸国の労働者は国際労働者協会を結成することを決めた、とマルクスはつけくわえた。」(同上『マルクス=エンゲルス伝』一五九~六〇頁)
 第一インターナショナルの創立宜言は、最後に、労働者階級の独立的な国際政策のための闘いの課題を提起している。
 「労働奢階級は国内政治の狭隘な範囲にとどまってはならない。……もし労働者階級が、国際外交をおこなっている支配階級をして民族的偏見を利用させ、一国の労働者を他国の労働者に対立させ、人民の血と富を浪費させるならば、労働者階級はその全使命をはたすことができない。労働者階級は、国際政治の秘密に精通し、それぞれ自国の政府の外交行為を監視し、必要な場合、その力のおよぶあらゆる手段をもって妨害し、またそれを阻止しえないとき、力をあわせていっせいに弾劾せねばならない。」(同上『マルクス=エンゲルス伝』一六〇頁)
 創立宣言は、「こうした対外政策のための闘争は、労働者階級の解放のための一般的闘争の一部をなしている。万国のプロレタリア、団結せよ!」と結ぱれている。

7 第一インターナショナル規約前文

 マルクスはまた、第一インターナショナルの規約をも起草した。その前文は次のようになっている。
 「労働者階級の解放は労働者階級自身の手によって闘いとられねばならないこと、――労働者階級の解放のための闘争は、階級的特権や独占のための闘争を意味するのではなく、諸権利および諸義務の平等とすべての階級支配の廃絶のための闘争を意味すること、
 「労働手段すなわち生活の源泉の独占者にたいする労働する人間の経済的従属があらゆる社会的悲惨、精神的堕落、政治的依存の根底にあること、
 「したがって、労働者階級の経済的解放はあらゆる政治運動が手段としてそれにしたがうべき大目的であること、
 「この大目的をめざしてなされたすべての努力は、これまでのところ、各国の労働の多様な部門のあいだにおける連帯の欠如から、そして、異なる国々の労働者階級のあいだにおける同志的団結のきずなの不在から失敗したこと、
 「労働の解放は、地方的問題でも国民的問題でもなく、近代社会が存在しているあらゆる国々を包摂する社会問題であり、その解決は最先進藷国の実践的および理論的な協力に依存していること、
 「ヨーロッパでもっとも工業的な国々における労働者階級の現在の復活は、新しい希望をよびおこすと同時に、ふるい誤謬にふたたびおちいらないようにと厳粛に警告し、依然としてぱらばらな諸運動をただちに結合すよう要求していること、
 「以上のことを考慮し、これらの理由にもとづいて、――ロンドンの聖マーチン公会堂で一八六四年九月二八日にひらかれた公開の会議の決議によって、権限を有する委員会の下記署名の構成員は労働者国際協会の設立のために必要な措置をとった.」(『マルクス=エンゲルス全集』一六巻一二頁)

8 第一インターナショナルとマルクス=エンゲルス

 第一インターナショナルの創立宜言と規約前文は、マルクスがプロレタリア統一戦線戦術の方法にもとづいて自ら積極的に活勤し、介入し、工作してゆくうえでの綱領的指針、すなわち第一インターナショナル活動におけるマルクスとエンゲルスの行動綱領としての位置と意味をもっていた。エンゲルスも、一八七〇年秋以降、第一インターナショナルの在ロンドン総務委員会の活動に参加していった。 マルクスは、『共産党宣言』において明らかにしたプロレタリア階級闘争とプロレタリア革命の立場を、第一インターナショナル創立宜言・規約前文という政治的に制約されたプロレタリア統一戦線的文書のなかで基本的に貫徹し、表明したのである。「プロレタリアートを階級的に組織すること、ブルジョアジーの支配を転覆すること、政治権力をプロレタリアートの手中に獲得すること、賃労働を廃止すること、あらゆる生産手段を社会の手に移すこと」(リャザノフ、前掲書一六〇頁)―『共産党宣言』のこの立場が、第一インターナショナルの創立宜言と規約前文において基本的につらぬかれている。
 マルクスは、第一インターナショナルの活動をつうじて、各国における労働組合運動の拡大と発展にっとめたが、その立場はプロレタリア階級闘争を積極的に構成し、プロレタリア革命を準備する階級的労働組合運動を推進しようとするものであった。

9 第一インターナショナル・ジュネープ大会と労働組合問題

 一八六六年の第一インターナショナル・ジュネーブ大会は、その議題の一つとして労働組合問題をとりあげた。
 「議事にはいると、大々的な闘争がフランスのプルードン主義者とロンドンの総務委員会代表とのあいだでおこった。……フランス人は、同盟罷業と雇主にたいする組織的抵抗に反対した。ロンドン総務委員会代表は、それに反対し、マルクスが準備した指示の労働組合にかんする部分を主張し、これが大会によって受けいれられた。」(リヤザノフ、前掲書一七九~八○頁)それは、「労働組合―その過去、現在、未来」という文書で、労働組合とその運動に関するマルクスによる最良の定式化であり、マルクスの労働組合諭としてあまりに有名である。
 同じくマルクスによって起草され、ジュネープ大会によって採択された協同組合労働にかんする決議には、次のようにのべている部分がある。すなわち、―「個々の賃金労働者がその結合によってこの運動にあたえうるような零細な形態にかぎられた協同組合運動は、それ自身の力で資本主義社会を改造することはけっしてできない。社会的生産を自由な協同組合の大規模で調和ある制度に転化するためには、全般的な社会的変化、社会の全般的な条件の変化が必要であるが、このことは、社会の組織された強力、すなわち国家権力を資本家・地主・の手中から労働者自身の手中に移すことなしには、けっして実現できない」と(マルクス=エンゲルス「労働組合論」国民文庫四四頁)。
 かくして、まず第一に、マルクスが労働組合問題をとりあげる基本的前提が、「社会の組織された強力、すなわち国家権力を資本家・地主の手中から労働者自身の手中に移す」というプロレタリア革命の立場だったことは明白である。

10 「労働組合―その過去、現在、未来」

 「労働組合―その過去」の部分は、一八四七年の『哲学の貧困』と手稿「労賃」でのべられている労働組合についての考えを堅持しつつ、それをより厳密にし、同時に実践的にしたものである。
 そこでは次のようにのべられている。
 「その過去。資本は集積された社会的な力であるのに、他方、労働者がもちあわせているのは自分の個人的な労働力だけである。だから、労資の契約が公正な条件でなされるようなことはけっしてありえない。一方の側に物質的な生活・労働条件をおき、その反対側に生きた生産的実行力をおく社会の見地からすれば、公正ではありえない。」
 「労働者側がもちあわせる唯一の社会的カは、彼らが多数なことである。しかし、多数の力は不一致によって分散させられる。労働者の分散状態は、まぬがれえない労働者の仲間同志の競争によってつくりだされ、維持される。労働組合は、はじめは資本の専制的命令と闘い、この仲間同志の競争を阻止するか、せめて抑制し、そうすることによって、せめてたんなる奴隷の地位よりましなものに労働者をひきあげるような契約条件をかちとろうとする労働者の自然的な企てから発生した。」
 「だから、労働組合の直接的な目標は、労資のあいだの必然的な日常の闘争に、資本のたえまない侵害を撃退する手段に、一言でいえば賃金と労働時間の問題にかぎられている。労働組合のこういう活動は、正当なばかりか、必要である。今日の生産様式が存続するあいだは、この活動を廃止することはできない。それどころか、あらゆる国々の労働組合の創設と結合によって、この活動を普遍化しなければならない。」
 「他方では、労働組合は意識せずして労働者階級の組織化の重点になった。それは、中世の都市や地方自治体が市民階級にとってそういう焦点となったのと同じである。労働組合は、第一の資格において、資本と労働のあいだの日常闘争――真のゲリラ戦闘――にとって欠くことのできないものであるが、その第二の資格においては、賃労働と資本の支配制度そのものの廃止を促進する組織された手段として、さらにはるかに重要である。」(以上、マルクス=エンゲルス「労働組合諭」四五~六頁)

 「労働組合――その現在」の部分では、以上の立場から、現実の労働組合運動の状況――とりわけイギリスの労働組合運動の状況――にたいする批判的な態度があきらかにされている。
 「その現在。労働組合は、これまで、あまりにももっぱら資本にたいする地方的な直接の闘争だけを念頭においてきた。労働組合は、賃金奴隷制と今日の生産制度に対抗する自分自身の行動力をまだ完全に理解していない。そのため、労働組合は一般的な社会運動や政治運動から遠ざかっていた。だが最近、すくなくともイギリスでは、労働組合は自分の偉大な歴史的任務の意識に目覚めているように見える。これは、たとえばイギリスで最近の政治運動に労働組合が参加していることや、合衆国において労働組合の機能について理解がたかまったことや、また最近のシェフィールドの労働組合代表者会議で採択された次の決議からして、認められることである――“本会議は、すべての国の労働者を一つの共同の兄弟的同盟に統合しようとする国際(労働者)協会の努力を完全に評価し、本会議に代表されている諸団体にたいして、右の機関が全労働者の進歩と幸福のために必要であることを確信し、その加盟会員になるよう切にすめする”と。」(同上、四六~七頁)

 つづいて「労働組合―その未来」の部分では次のように主張されている。
 「その未来。労働者が資本の直接の侵害に対抗することとはべつに、今後、労働組合は、労働者階級の完全なる解放という偉大な利益のために、労働者階級の組織化の焦点として意識的に行動することをまなぱねぱならない。労働組合は、この目標にむかって進むあらゆる社会的・政治的運動を支持し、自分を全階級の行動的闘士かつ代表者とみなさなければならない。それは、かならず組合外部の人々をも味方に引きつけねばならない。もっとも劣悪な賃金をとっている労働者層、たとえば異常に不利な状況のために、これまでごくわずかな組織的抵抗さえおこないえなかった農巣労働者の利益に注意ぶかく心をくぱらなければならない。労働組合は、その目標が狭量で利己的なものではけっしてなく、踏みにじられた幾百万人の全般的解放にむかってすすむものであるという確信を、労働者階級の広大な大衆にきざみつけねばならない。」(同上、四七頁)

11 労働組合と労働者階級による政治権力の獲得

 第一インターナショナル・ジュネープ大会のためにマルクスが準備した決議草案は、先にみたように、協同組合労働のところで、資本主義のくびきから労働者階級を解放することが、「社会の組織された強力、すなわち国家権力を、資本家・地主の手中から労働者自身の手中に移すこと」――労働者階級による政治権力の奪取としてのプロレタリア革命の政治的勝利――をもってからしかはじまりえないと主張した。
 そのうえで、労働組合は、その目標を「狭量で利己的なもの」「経済主義と職業的労働組合主義」として設定するのではなく、「労働者階級の完全な解放」という目的のために「労働者階級の組織化の焦点として意識的に行動する」方向にむかい、また「この目標にむかって進むあらゆる社会的・政治的運動を支持し」、みずから「全階級の行動的闘士かつ代表」とならねばならないと主張されている。
 マルクスは、一八六五年、第一インターナショナル総務委員会の会議で経済学の講演をおこない、彼の死後、それは「賃金、価格、利潤」として発表されているが、この講演の最後は次のように結ぱれている。すなわち、「労働組合は、資本の侵害にたする抵抗の中核としては十分に役にたつ。その力の使用に思慮分別を欠けば、それは部分的に失敗する。現存の(資本主義)制度の諸結果にたいするゲリラ戦にだけ専念し、それと同時に現存の制度をかえようとはせず、その組織された力を労働者階級の終局的解放、すなち賃金制度の最終的廃止のためのテコとして使うことをしないならば、それは全面的に失敗する」と(『マルクス=エンゲルス全集』一六巻一五四頁)。
 こうして、マルクスは、プロレタリア革命にむけた階級闘争へ労働者大衆を組織するという立場から労働組合の問題をとりあげ、労働者階級による政治権力の獲得――プロレタリア革命の政治的勝利――にむけた闘いを積極的に担うものとして労働組合運動を主張した。
 このことは、第一インターナショナル創設に参加し、その在ロンドン総務委員会の北アメリカ担当通信書記であったロバートーショーの死によせたマルクスの追悼の辞からも明らかである。マルクスはそこで次のようにのべている。
 「いくつかの労働組合がわれわれの周囲に結集したのは、主として彼のたゆまぬ努力のおかげです。しかし、この仕事ゆえに、彼には和解できぬ多くの敵ができました。イギリスの労働組合は、すべて発生は地方的なもので、もともとはひとえに賃金その他の維持という見地で創設され、そのすべてに同織組合を特徴づける偏狭さが多少ともまとわりついていた。どんなことがあっても組合の元来の枠を保持しようとする小さな保守的党派があった。インターナショナルの創設以来、ショーは、このみずから望んでつけた鉄鎖をうちやぷり、組合をプロレタリア革命の組織的中心に転化するのを生涯の目的にしたのです。彼の努力はほとんどいつも成功の栄冠でかざられたが、同時にまた、それ以来、彼の生活は恐ろしい闘争となり、彼の弱い健康はこの闘争でおしつぶされることになったのです」と(「マルクス=エンゲルス全集」一六巻、三八六頁)。

12 労働者の経済闘争と階級としての政治闘争

 マルクスは、この時期、労働者の経済闘争と階級としての政治闘争との相互関係について、次のような指摘をおこなっている。
 「労働者階級の政治運動は、もちろん自分たちの手中に政治権力を獲得することを終局目的としている。そして、そのためには、もちろん労働者階級の予備的組織化がある点まで発達していることが必要だが、これは彼らの経済闘争自体のなかからうまれてくる。」
 「だが、他方では、労働者階級が階級として支配階級にたちむかい、外部からの圧力によって支配階級に強要しようとする運動は、いずれも、政治運動である。たとえば、個々の工場で、また個々の職業でストライキなどをやって、個々の資本家から労働時間の短縮をもぎとろうとする企ては、純経済的な運動である。これに反して、八時間制などの法律をもぎとろうとする運動は政治運動である。そして、このようにして、いたるところで労働者の個々ぱらぱらの経済運動から政治運動が成長する。これは、普遍的な形、普遍的な社会的強制力をもつ形で自己の利益を貫徹するための階級の運動である。これらの運動はある程度の予備的組織化を前提とするが、またそれ自体この組織化を発展させる手段である。」
 「労働者階級が、その組織化の点でまだ支配階級の集合権カ――すなわち政治権カ――に決戦をくわだてるまで進んでいないところでは、とにかく、この権力に反対する不断の扇動と支配階級の政策にたいする敵対的態度とによって、彼らを決戦へと訓練しなければならない。さもなくぱ、彼らはいつまでも支配階級の掌中のもてあそばれることになる。」(以上、「ポルテヘの手紙―一八七一年一一月二日」、マルクス=エンゲルス「労働組合論」六四~五頁)
 労働者の様々なかたちでの個別的な経済闘争と労働者が階級として結集した様々な闘争としての政治闘争との相互関係について、マルクスは以上のようにのべていた。
 ところで、先にみたように、マルクスは『哲学の貧困』において次のようにのべていた。すなわち、――
 「仲間同志で結合するための労働者たちの最初のこころみは、つねに団結というかたちでおこなわれた。……団結は、つねに二重の目的、すなわち仲間同志の競争を中止させ、もって資本家にたいする全般的闘争をなしうるようにするという目的をもつ。たとえ最初の抗争目的が賃金の維持にすぎなかったとしても、次に資本家の方が抑圧という同一の考えで結合するにつれて、最初は孤立していた諸々の団結が集団を形成する。そして、つねに結合している資本に直面して、組合の維持の方が彼らにとって賃金の維持よりも重要になる。……この闘争――これこそ正真正銘の内乱である――においてこそ、きたるべき戦闘に必要な一切の要素が結合し、発展する。ひとたびこの程度にたっするや、組合は政治的性格をおびる。」
 「経済的諸条件が、まず第一に国民大衆を労働者に転化させた。資本の支配が、この大衆のために、共通の一地位、共通の利害関係をつくりだした。かくして、この大衆は資本にたいしてすでに一個の階級である。しかし、まだ大衆自身のための階級ではない。……この大衆は結合する。大衆自身のための階級に自己を構成する。大衆の防衛する利害が階級の利害になる。しかし、階級対階級の闘争は一つの政治闘争である。」
 「プロレタリアートとプルジョアジーとのあいだの敵対関係は、階級対階級の闘争、すなわち、その最高の表現にたっすれば全面的革命となるところの闘争である」と。
 マルクス=エンゲルスの『共産党宣言』はまた、以上と同一の立場から、次のようにのべていた。すなわち、―「労働者はときどき勝利をえるが、それはほんの一時的にすぎない。彼らの闘争の真の成果は、直接の結果にはなく、労働者の団結がますます拡大することにある。……いたるところで同じ性質をもつ多くの地方的闘争を一つの全国的闘争に、すなわち階級闘争に結集する……。ところで、階級闘争はすべて政治闘争である。」「プロレタリアートは、プルジョアジーとの闘争において必然的にみずからを階級として結成し、革命によってみずから支配階級となり、そして支配階級として旧生産関係を廃止する」と。
 かくして、労働者の様々なかたちでの個別的な経済闘争と労働者が階級として結集した闘争=“プロレタリアートの政治闘争”にかんするマルクスの一八七一年の主張は、一八四七―八年に『哲学の貧困』―「労賃」―『共産党宣言』で定式化されたプロレタリア階級闘争についての立場と方法を堅持するものだったのである。

Ⅲ 労働者階級の国際的統一のための闘い――労働者階級の独立的な国際政治闘争

13 第一インターナショナルと労働者階級の国際的統一のための闘い

 第一インターナショナルは、「同一の目的、すなわち労働者階級の保護、進歩および完全な解放をめざしている様々な国々の労働者諸組織の連絡と協力を媒介する中心として創立された」(第一インターナショナル規約第一条)。
 マルクスによって起草され、ジュネープ大会(一八六六年)で採択された「協会{第一インターナショナル}を媒介とする労資の闘争における国際的な努力の結合」では、次のようにのべられている。
 「これまで諸国の労働者によってぱらばらにおこなわれていた解放のための努力を結合し、一般化し、それに一様性をあたえることが協会の目的……である。……これまでも種々の機会に大きな成功をもって実行されてきた協会の特殊機能の一つは、罷業やロックアウトの場合、自国の労働者の要求を打破する道具として外国の労働者を悪用することをつねにはばからない資本家の陰謀に対抗することである。諸国の労働者が、兄弟としての感情をいだくだけではなく、解放軍の統合された諸部分として行動することこそ、協会の最大の目標の一つである。」(「マルクス=エンゲルス労働組合論」三七頁)。
 マルクスとエンゲルスは、こうして第一インターナショナルをつうじて西ヨーロッパ各国労働者運動の国際的結合と一つの「解放軍」としての国際的統一のために闘った。この闘いは、同時に、各国労働者運動の国際的な政治的統一のための闘いとしてあった。
 労働奢階級による政治権力獲得を目的とするプロレタリア階級闘争を積極的に構成し担うべきものとしての労働組合と労働組合運動――マルクス=エンゲルスのこのような階級的労働組合運動の主張においても、労働者階級の国際的統一という立場が貫徹されていた。
 この点で重要なのが、先にも見た第一インターナショナル創立宣言の最後の節である。それは次のようになっている。
 「労働者階級の解放にその兄弟的協力が必要であるなら、民族偏見に乗じ、強盗戦争に人民の血と財宝を浪費して犯罪的企図を追求する対外政策をもって、どうして労働者階級はその大使命を達成できるだろうか。……労働者階級は、国際政治の秘密に精通し、それぞれ自国の政府の外交行為を監視し、必要な場合、その力のおよぷあらゆる手段を用いてこれを妨害し、またそれを阻止できないときには、力をあわせていっせいに弾劾し」なければならないとし、「こうした対外政策のための闘争は、労働者階級の解放のための一般的闘争の一部をなしている。万国のプロレタリア、団結せよ!」と結ぱれている。
 マルクスは、ここで、労働者階級の闘いとその政治はそれぞれ一国的な国内政治の枠内にとどまるものとしてはありえないということ、――労働者階級は、自己の「解放のための一般的闘争の一部」として、外交・対外政策と国際政治の分野においても階級的に独立した立場から独自のプロレタリア的国際政策をもち、独自の国際政治闘争を展開しなければならないと主張しているのである。
 各国の労働者運動は、自国のブルジョアジーとその政府・国家の国際・外交政策からもまた独立して、自己独自の階級的な国際政策と国際的立場のために意識的に闘い、かくしてブルジョア的国境とブルジョア国家から独立したプロレタリアートの直接的な国際的団結・統一が実現され、プロレタリアートの統一した国際階級闘争が実現されねばならないのである。
 マルクス=エンゲルスの階級的労働組合運動の立場は、労働者の自己独自の階級的な国際的立場・政策のための闘い、プロレタリアートの統一した国際階級闘争――統一した国際プロレタリアート――の実現のための闘いもまた、労働組合とその運動において直接的に実践され、展開されねばならない、と主張するのである。
 第一インターナショナルは、マルクスの積極的なイニシアチプのもとで、西ヨーロッパ各国における労働組合の形成とその運動の発展のためにつとめたが、第一インターナショナルそれ自体が労働組合諸組織をその構成団体としてふくんでいた。そのような第一インターナショナルの在ロンドン総務委員会は、マルクスのイニシアチブによって、パリ・コミューンを公然と支持・防衛する立場をとった。マルクスの「フランスの内乱」は、当初、労働組合諸組織をふくむ第一インターナショナルの総務委員会声明文書として発表されたのである。
 第一インターナショナルは、マルクスとエンゲルスのイニシアチプのもとで、様々な国際的重要問題や諸事件にたいして独立的な階級的立場を積極的にとっていった。

14 独立的なプロレタリア国際政策のための闘い――第一インターナショナルとアメリカ南北戦争

 第一インターナショナル創立宜言は、アメリカ南北戦争(一八六一~六五年)について、「大西洋の彼岸において奴隷制を永久化し、ひろめることを目的とするいまわしい十字軍に西ヨーロッパがまっしぐらにとびこまずにすんだのは、支配階級の賢明さのおかげではなく、イギリス労働者階級が支配階級の犯罪的愚行にたいして英雄的に抵抗したおかげである」とのべている。
 アメリカ大統領リンカンの再選にさいして、第一インターナショナル総務委員会は国際連帯のメッセージをおくり(一八六四年一一月)、リンカンから返書がよせられ(一八六五年一月)、それはロンドンのブルジョア日刊紙「タイムズ」に掲載された。「リンカンは、われわれに非常に丁重にこたえ、『ブルジョア解放協会』にはひどくぞんざいに、まったく形式的にこたえた。」(マルクス、『マルクス=エンゲルス全集』三一巻五五頁)
 第一インターナショナル総務委員会のリンカン宛て連帯メッセージーはマルクスによって起草されたものであり、そこでは次のようにのべられている。
 「奴隷所有者の権力にたいする抵抗ということが、あなたの最初の選挙のひかえめなスローガンであったとすれば、“奴隷制に死を”があなたの再選の勝利にかがやく標語です。アメリカの巨大な闘争の当初から、ヨーロッパの労働者たちは彼らの階級の運命が(アメリカ北部の)星条旗にたくされていることを本能的に感じていました。」
 「ヨーロッパの労働者階級は、……隷所有者の反乱が労働にたいする所有の全般的な神聖十字軍への早鐘をうちならすものであり、労働する人々にとっては、未来にたいする彼らの希望のほかに、彼らが過去にかちえたものまでが大西洋の彼岸でのこの巨大な闘争において危うくされているのだということを理解しました。だからこそ、彼らは、いたるところで、(アメリカ南北戦争がもたらした)綿業恐慌が彼らにおわせた困苦を辛抱づよく耐えしのび、彼らの目上の人々がしつこく迫った奴隷制支持の干渉にたいして熱狂的に反対し、またヨーロッパの大部分の地域からこのよき事業のために彼らに応分の血税をはらったのであります。」
 「北部における真の政治的権カ者である労働者たちは、奴隷制が彼ら自身の共和国をけがすのを許しているあいだは、また彼らが、自分の同意なしに主人に所有されたり、売られたりしていた黒人にくらべて、みずから売り、みずから自己の主人を選ぶことが白人労働者の最高の特権であると得意になっていたあいだは、彼らは真の労働の自由を獲得することもできなかったし、あるいは、ヨーロッパの兄弟たちの解放闘争を援助することもできなかったでのであります。しかし、進歩にたいするこの障害は、内戦の血の海によって押しながされてしまいました。」(『マルクス=エンゲルス全集』一六巻一六~七頁)
 一八六五年四月、リンカン大統領が暗殺されたときも、第一インターナショナル総務委員会は、マルクス起草のメッセージを後継大統領アンドルー・ジャクソンにおくった(『マルクス=エンゲルス全集』一六巻九三~五頁)。

15 第一インターナショナルとポーランド問題

 エンゲルスは、「労働者階級はポーランドについて何をすべきか」と題する一連の小論文(一八六六年)において、次のようにのべている。
 「労働者階級が政治運動に独自的に参加してきたところでは、どこでも、そもそもの初めから、その対外政策はポーランド再興という短い言葉で表現されてきた。(一八四〇年代イギリスの)チャーチスト運動がその存続期間をつうじてそうだった。一八四八年のずっと前から、またこの記念すべき年のフランス労働者の場合が、そうだった。この年、五月一五日、彼らは“ポーランド万歳”と叫びながら国民議会へと行進したのである。一八四八年と一八四九年に労働者階級の機関紙(当時、マルクスが編集した『新ライン新聞』)がポーランド再興のためにロシアとの戦争を要求したドイツの場合が、そうだった。それは、今もそうである。(フランスのプルードン派という)ただ一つの例外をのぞけぱ、ヨーロッパの労働者は、彼らの政治綱領の重要な構成部分として、彼らの対外政策のもっとも包括的な表現として、一致してポーランド再興を宜言している。……最近、国際労働者協会(第一インターナショナル)は、その旗に“ロシアのヨーロッパ侵略にたいする抵抗――ポーランド再興”とかきしるすことによって、この協会に代表されるグループのこの普遍的・本能的感情により完全な表現をあたえた。」(『マルクス=エンゲルス全集』一六巻一五五~六頁)
 マルクスは、第一インターナショナルにおいて、ポーランド問題にかんするヨーロッパ労働者運動の統一した国際的立場のために闘っている。第一インターナショナル・ジュネープ大会(一八六六年)のためにマルクスが準備した指示は、ロシア・ポーランド問題について次のようにのべている。
 「なぜヨーロッパの労働者はこの問題をとりあげるのか。それは、まず第一に、(ブルジョア)中間階級の著述者や扇動家が、大陸のあらゆる民族、いなアイルランドをさえ庇護しながら、この問題について黙殺の陰謀をめぐらしているからである。……貴族とブルジョアの双方は、背後にひそむ暗黒のアジア的強国(ロシア)こそ、潮のようにおしよせる労働者階級の台頭をふせぐ最後のよりどころだと考えている……この強国を現実に打破することは、ポーランドを民主主義的基礎のうえに再興することによってのみ可能である。」
 「現在の変化した中央ヨーロッパ、とくにドイツの状態のもとでは、民主主義的ポーランドをもつことは、これまでのいつにもまして必要となっている。民主主義的ポーランドがなければドイツは神聖同盟の前哨となり、民主主義的ポーランドが存在すれば、ドイツは共和主義的フランスの協力者となるであろう。ヨーロッパにおけるこの大問題が解決されないうちは、労働者階級の運動はたえず妨げられ、阻止され、その発展が遅らされるだろう。」
 「この問題でイニシアチブをとることは、とくにドイツの労働者階級の義務である。なぜなら、ドイツはポーランド分割の参加国の一つだからである。」(『マルクス=エンゲルス全集』一六巻一九七―八頁)
 同じくエンゲルスは、先にあげた小論文で次のようにのべている。 「(ドイツの)プロイセンは、どちらかといえば、同国のとり分となったポーランド領土はあまりにも小さく、とりたてて問題にするほどのことはない。しかし、……これはプロイセンをロシアの凱施車にしぱりつけ、そのためにプロイセン政府は、一八六三年と一八六四年にさえ、……プロイセン領ポーランドで……個人の自由、集会の権利、出版の自由を侵害するようなことをあえてやってのけたし、こういうやり方はその後まもなく同国の残りの部分にも適用されることになった。……(ブルジョア)中間階級は、東部国境の数平方マイルの領土を失うのをおそれ、政府がポーランド人をあらゆる法律の適用の外におくことを許した。プロイセンだけでなく、全ドイツの労働者は、他のどの国の労働者よりも、ポーランド再興に大きな利益をもっており、あらゆる革命運動のさいに彼らがそれを自覚していることを示してきた。ポーランドの再興は、彼らにとっては彼ら自身の国をロシアヘの従属から解放することなのである。」(『マルクス=エンゲルス全集』一六巻一五七頁)
 一八六七年一一月に、第一インターナショナル総務委員会とポーランド亡命者連盟ロンドン支部の共催でポーランド連帯集会がもたれ、そこでマルクスも演説をおこなっている(『マルクス=エンゲルス全集』一六巻一九九~二○四頁)。

16 アイルランド問題とイギリス労働者運動

 マルクスは、第一インターナショナルにおいて、ことにイギリス労働者運動との関連においてアイルランド問題をとりあげた。
 一八六七年二月、アイルランドの革命的民族主義者フェニアン党の武装蜂起があり、敗北し、多くの指導者が逮捕された。同年九月、フェニアン党指導者二人の奪取を目的として刑務所の護送車にたいするアイルランド人の襲撃があり、その奪取は成功したが、五人があらたに逮捕され、警官殺害ということで死刑判決がだされた。この死刑判決にたいして広範な抗議運動が展開され、第一インターナショナル総務委員会メンバーもその運動に積極的に参加した。だが、フェニアン党員救援運動は総務委員会のイギリス人メンバーから支持をえられなかった。
 そこで、マルクスの提案にもとづいて、アイルランド問題にかんする総務委員会の公開討論がもたれ、マルクスの演説がなされた(『マルクス=エンゲルス全集』一六巻四三~一五〇頁)。そのうえで、第一インターナショナル総務委員会は、フェニアン党員の減刑を要求する請願書を採択した。だが、それは、イギリス労働組合指導者たちの抵抗のために英語では発表されなかった(同上、二一七頁)。
 一八六九年夏~秋、フェニアン党囚人の大赦を要求する運動がアイルランドで展開され、イギリス政府はこれを拒否し、労働者が参加した抗議デモがロンドンでもおこなわれた。このような背景のもとで、マルクスの提案にもとづき、第一インターナショナル総務委員会は、アイルランド問題にかんするイギリス労働者階級の態度をめぐる討論をおこない(マルクスの発言―『マルクス=エンゲルス全集』一六巻五六九~七四頁)、そのうえで総務委員会はアイルランド人大赦問題について決議を採択した(同上、三七七頁)。

17 アイルランド問題

 マルクスは、みずから執筆した第一インターナショナルの一文書において、アイルランド問題とイギリス労働者階級の運動との関連についてとりあげ、次のようにのべている。
 「イギリスがヨーロッパの地主制度と資本主義の城砦であるとすれば、アイルランドこそは公的イギリスにたいして大きな打撃をくわえうるただ一つの地点である。」
 「第一に、アイルランドはイギリスの地主制度の城砦である。それがアイルランドで崩壊すれば、イギリスでも崩壊するだろう。アイルランドでは作戦は百倍も容易である。なぜなら、そこでは経済闘争がひとえに土地所有に集中しているからであり、この闘争がそこでは民族的な闘争でもあり、そこの人民がイギリスの人民よりも革命的であり、激怒しているからである。アイルランドの土地制度は、ひとえにイギリスの軍隊によって維持されている。この両国のあいだの強制された合併がなくなれば、遅れたかたちではあっても、すぐさま社会革命がアイルランドで爆発するだろう。イギリスの地主制度は、その富の大きな源泉をうしなうぱかりか、その最大の精神的カ、すなわちアイルランドにたいするイギリスの支配を代表している力をうしなうだろう。他方、イギリス人のプロレタリアートは、アイルランドにおけるイギリス人地主の権力を維持することによって、彼らをイギリスそのものにおいて難攻不落にしているのである。」
 「第二に、イギリスのブルジョアジーは、アイルランド人の貧困を利用し、貧しいアイルランド人の強制移住によってイギリスにおける労働者階級の状態を低下させたばかりか、プロレタリアートを敵対する二つの陣営にひき裂いた。ケルト系(アイルランド)労働者の革命的炎はアングロ・サクソン系(イギリス)労働者の堅実であるが鈍重な(立憲的形式主義になれた)性質とは結びつかず、逆に、イギリスのあらゆる大工業中心地ではアイルランドのプロレタリアとイギリスのプロレタリアのあいだに深刻な対立がある。イギリスの粗野な労働者は、アイルランド人労働者を賃金と生活水準を低下させる競争者として憎んでいる。また、これにたいして民族的反感と宗教上の反感をいだいている。イギリスの粗野な労働者は、アイルランド人の労働者を、大体のところ、北アメリカの南部諸州の貧乏白人が黒人奴隷を見ていたのと同様に見ている。イギリスそれ自体におけるプロレタリア間の対立は、ブルジョアジーによって人為的にはぐくまれ、維持されている。ブルジョアジーは、この分裂がその権力の維持の真の秘密であることを知っている。」
 「さらに、この対立は大西洋の彼岸でも繰りかえされている。牛と羊によって故国の土地から追い出されたアイルランド人は、北アメリカにあらわれ、そこで人口の大きな部分、たえず増大する部分をなしている。彼らの考えること、情熱をもやすことといえば、イギリス人にたいする憎悪だけである。イギリス政府とアメリカ政府――すなわち、それらが代表する階級――は、この感情をはぐくんで、合衆国とイギリスとのあいだの隠密の闘争を恒久化し、かくして大西洋の両岸の労働者階級のまともで真剣な同盟を、したがってこの階級の解放を妨げようとしている。」
 「さらに、アイルランドは、イギリス政府にとって大常備軍を維持するためのただ一つの口実である。この大常備軍は、すでに示されたように、アイルランドで軍人としての訓練をつんだ後、イギリスの労働者にたいしてさしむけられるのである。」
 「最後に、古代ローマが大々的な規模でしめしたことが、今日、イギリスで繰りかえさている。他の民族を隷属させる民族は、自分自身の鉄鎖を鍛えるのである。」
 「だから、アイルランド問題にたいする国際協会(インターナショナル)の立場はきわめて明確である。その第一になすべきことは、イギリスで社会革命をおしすすめることである。そのためには、アイルランドで大きな打撃をくわえねばならない(し、アイルランド人の経済的・民族的闘争をありとあらゆる方法で利用することである)。」
 「アイルランドの大赦にかんする総務委員会の決議は、別の諸決議――つまり、あらゆる国際正義を問題外としても、現在の強制された合併(つまりアイルランドの隷属)をできるなら自由で平等な連邦に、必要なら完全な分離に変えることが、イギリス労働者階級の解放の前提条件であることを主張する諸決議――をみちびきだす役割をはたすだけである。」(以上、マルクス「総務委員会からラテン系連合評議会への回状」一八七〇年、『マルクス=エンゲルス全集』一六巻三八一~三頁)
 アイルランドのイギリスからの自由のための闘いなしには、イギリス労働者のイギリス・プルジョアジーとその国家からの階級的独立はありえないし、イギリス労働者のプロレタリア革命のための闘いはありえない――したがって、イギリス・プロレタリア革命のための闘いは、政治的にはアイルランド解放の闘いを根幹とする。これは、イギリス労働者運動を階級的・政治的に再組織しようとするマルクスとエンゲルスの立場であったが、それは同時にイギリス労働組合運動の狭い同職的労働組合主義と深い経済主義的改良主義にたいする批判であった。

Ⅳ 第一インターナショナルのマルクス=エンゲルスとイギリス労働組合運動

18 イギリスの位置

 個々の資本家・個々の企業と一つの全国的階級としてのブルジョアジー総体、そして彼らのブルジョア国家権力――これら全体から階級的に独立し、これら全体にたいする階級的な対立と闘争にむけた労働者大衆の日常的で恒常的な結集と組織化としての労働組合と労働組合運動――したがって、労働者階級による政治権力獲得を戦略的課題とするプロレタリア階級闘争にむけた労働者大衆の組織化としての労働組合とその運動――マルクス=エンゲルスは、第一インターナショナルをつうっじて、そのような階級的労働組合運動のために闘った。
 マルクスとエンゲルスは、以上の立場から、第一インターナショナルの在ロンドン総務委員会をつうじて、とりわけイギリス労働組合運動にたいしてきわめて意識的に介入した。
 マルクスは、当時、ヨーロッパ・プロレタリア革命にしめるイギリスの位置、そして第一インターナショナル総務委員会をつうじたイギリス労働組合運動にたいする意識的介入について、次のようにのべている。
 「革命的イニシアチプはおそらくフランスによってとられるだろうが、本格的な経済的革命のテコとして役立ちうるのはイギリスだけである。イギリスは、もはや農民が存在せず、土地所有がほんの少数のものに集中しているただ一つの国である。また、資本主義的形態――すなわち、資本主義的企業家のもとに大規模に結合された労働――がほとんど全生産を支配しているただ一つの国である。また、人口の大多数が賃金労働者からなっているただ一つの国であり、階級闘争と労働組合による労働者階級の組織化とがある程度の成熟と普遍性を獲得しているただ一つの国である。さらに、世界市場にたいする支配によって、その経済関係におけるいかなる革命も、全世界にたいして直接に作用をおよぼさざるをえない唯一の国である。地主制度と資本主義がこの国にその古典的な本拠をもっているとすれば、他方、これを破壊する物質的諸条件がここでもっとも成熟しているのである。総務委員会が、現在、プロレタリア革命のこの大きなテコを直接に手中にしているとう幸運な地位にありながら、これをイギリス人だけの手にゆだねるのは何という愚かなことであろう。それは犯罪とさえ言ってよい!」
 「イギリス人は社会革命に必要なあらゆる物質的条件をもっている。彼らに欠けているのは、一般化する精神と革命的情熱である。それを補足し、そうすることによって、この国の、したがってあらゆるところの真に革命的な運動を促進することができるのは、総務委員会だけである。この方向でわれわれがすでになしとげた大きな成果は、支配階級のもっとも知的で、もっとも信用ある諸新聞によって立証されている。……彼らは、われわれが労働者階級のイギリス人精神を毒し、ほとんど消滅させ、革命的社会主義におしやったと公然と非難している。」
 「このような変化をうみだすただ一つのやり方は、国際(労働者)協会総務委員会として行動することである。われわれは、総務委員会として、諸方策……を発起することができ、それは、後にその実行の際、公衆の前にはイギリス労働者階級の自然発生的な運動としてあらわれる。……」
 「イギリスは、たんに他の諸国とならぷ国としてあつかわれてはならない.――イギリスは資本の本国としてあつかわるべきである。」(以上、『マルクス=エンゲルス全集』一六巻三八〇~一頁)

19 第一インターナショナルの総務委員会

 「一八六四年から一八七三年まで国際労働者運動を指導していた(第一インターナショナル)総務委員会が、同時にまたイギリス労働者運動の指導機関であった。」(リャザノフ、前掲書二一一頁)
 「ロンドン労働組合協議会は、一八六〇年五月、ロンドン労働組合代表者会議ではじめて選出された。この協議会は、首都の数万の労働組合員をその指導下に結合し、全イギリスの労働者階級に影響をおよぼしていた。一八六〇年代前半には、協議会は、アメリカ合衆国への干渉反対、ポーランドとイタリアの擁護のため、後には労働組合の合法化のために、イギリス労働者の示威行動を指導した。ロンドン労働組合協議会内で指導的役割をはたしたのは、もっとも強力な労働組合の指導者たち、―――大工組合(クリーマーと、ついでアップルガース)、靴工組合(オッジャー)、煉瓦積工組合(コールソンとハウエル)、機械工組合(アラン)であった。このうち、インターナショナルの総務委員会のメンバーにならなかったのはアランだけだった。」
 「マルクスは、労働組合指導者の改良主義とギルド的偏狭さに反対し……労働組合や、さらにロンドン労働組合協議会の下部組織を、イギリスの一支部の権利をもってインターナショナルに加入させるため努力した。インターナショナルへの加入問題は、総務委員会のイギリス人メンバーの提唱でロンドン労働組合協議会において討議された。一八六七年一月、ロンドン労働組合協議会は、国際労働者協会の原則を承認しながらも、組織的結合には反対する決議を採択した。その後も、ロンドン労働組合協議会とインターナショナルとの接触はロンドン労働組合協議会に所属する総務委員会メンバーによって維持された。」(以上、「マルクス=エンゲルス全集」一六巻、註解、六五四~五頁)

V 第一インターナショナルの終焉とイギリス労働組合運動の職業的労働組合主義

20 第一インターナショナルの終焉

  一八六四年に創設された第一インターナショナルの頂点は、一八七一年三月一八日~五月二九日のパリ・コミューンであった。パリ・コミューンの敗北の後、第一インターナショナルの活動は急速に後退にむかった。
 「もっとも不利益な情勢下でおこなわれたプロレタリア独裁のこの最初の実験――パリ・コミューン――は、三ヵ月にわたる勇壮な闘争ののちに敗北した。総務委員会は、フランス人に必要な援助をあたえることができない位置にあった。フランスとドイツの軍隊は、パリをフランスの他の部分と世界の他の部分から遮断した。……コミューンが存在しているあいだ、マルクスはパリのインターナショナル主義者と連絡をたもとうとした。コミューンの敗北ののち数日ならずして、マルクスは、総務委員会の求めにおうじ、今日有名な宜言――『フランスの内乱』――をかいた。……彼は、パリ・コミューンがプロレタリア運動の発展における巨大な前進であること、それが共産主義の実現をくわだてるプロレタリア国家の模範であることを証明した。」(リャザノフ前掲書、一九九~二〇〇頁)
 「コミューンの敗北は、インターナショナルそのものにきわめて不利な結果をもたらした。フランスの労働者運動は数年のあいだ停滞した。……ドイツの運動も重大なつまずきを余儀なくされた。ベーベルとリープクネヒトは、(ドイツによる)アルサス・ロレーヌの併合に反対し、パリーコミューンと協力することを宜言したため、捕らえられて、要砦禁固を宜告された。……インターナショナルは、かくしてヨーロッパ大陸における二つの最大の国からの支持を失ったのである。」(同上、二○一頁)
 「そのうえ、イギリスの労働者運動においても支障が生じた。大陸におけるもっとも工業化した二国間の戦争は、最近の戦争(第一次世界戦争)がアメリカ・プルジョアジーに利益をあたえたの同じように、イギリスのブルジョアジーに利益をあたえた。そこで、イギリス・プルジョアジーは、その巨大な利潤のいくらかの分け前を主要産業における多数の労働者にあたえることができた。労働組合はより大きな活動の自由をえた。労働組合の圧迫を目的とする旧い法律のいくつかは廃止された。これらはすべて、労働組合運動において重要な役割を果たしていた総務委員会の少数のメンバーたちに影響をおよぼした。インターナショナルが急進的になるのと反比例して、多くの労働組合は温和になっていった。彼らは、その地位を自己の利益のために利用する目的で、ひきつづき総務委員会のメンバーとなっていた。」「コミューンと、そのためにインターナショナルがこうむった激しい攻撃は、彼らを驚かせた。パリ・コミューンを論じた宣言をマルクスが書いたのは総務委員会の委託によるものであったが、これらのメンバーはそれと関係がないとあわてて声明した。このことは、インターナショナルのイギリス支部に分裂を生じせしめた。」(同上、二〇一~二頁)
 以上のような情勢を背景として、第一インターナショナルにおいてプロレタリア共産主義者マルクス派と無政府主義者バクーニン派との内部闘争が発展した。バクーニン派との内部闘争をともないつつ、一八七一年、第一インターナショナル・ロンドン協議会がひらかれ、翌七二年、ハーグ大会がもたれた。
 「ハーグ大会は、総務委員会の常置場所をニューヨークに移すというエンゲルスの提案をもって終わった。……当時、インターナショナルは(フランス――ここでは、一八七二年以来、インターナショナルに加入するだけで犯罪とされた――のみならず、またドイツのみならず、イギリスにおいても足場を失っていた。インターナショナルの移転は一時的なものであろうと考えられていた。しかし、ハーグ大会は、第一インターナショナルの歴史においてなんらかの意味をもつ最後の大会となった。一八七六年、在ニューヨークの総務委員会は、第一インターナショナルは終焉したという声明を発表した。」(同上、二〇八頁)

21 イギリス労働組合運動にたいするエンゲルスとマルクスの批判

 一八七九年、エンゲルスはイギリス労働組合運動について次のようにのべている。
 「イギリスの労働者運動は、ここ数年来、賃金と労働時間の短縮をめざすストライキという狭い範囲のなかであてどもなく動いている。しかも宣伝と組織のために必要な補助手段としてではなく、最後の目的としてのストライキを。そのうえ、労働組合は、原則的に、そして規約によって、政治活動をいずれも排除しており、こうして、労働者階級の階級としての一般的活動には、どのようなものであれ参加しない。労働者は、政治的に、保守党と急進自由党とに……わかれている。ここでは、勝つにせよ、勝たないにせよ、運動をけっしてさらに一歩すすめないストライキがおこっているかぎりでのみ、労働者運動が問題になる。……現在の瞬間、(ヨーロッパ)大陸の意味で、本来の労働者がここでは存在しないことを黙っている必要はない」と(マルクス=エンゲルス「労働組合論」国民文庫七〇頁)。
 一八八五年、マルクスはイギリスの“旧労働組合”について次のようにのべている。
 「結局、恐慌はやはり来るにちがいないし、そのとき、恐慌はおそらく旧労働組合にとどめおさすだろう。この組合は、初めからそれがもっていたギルド的性格をのんびりと保持しつづけてきたが、それは日ごとに耐えがたくなるだろう。」「君たちは、機械工、大工、煉瓦工、その他の場合、その部門の労働者はだれでもすぐ加入できると思っているに違いない。そんなことは問題にもならない。加入しようとするものは、労働組合に所属する一労働者に数年(たいていは七年)見習いとしてつかねぱならない。」「だが、……産業のすばらしい高揚は、トレードユニオン(職業組合―同職組合)の“熟練者”と同じほど多数の、あるいはもっと多数の……同じほど、あるいはもっと多く仕事をするが、けっして組合員となれない労働者の一階層を生みだしている。この人々は、トレードユニオンのギルド規定によって形式的にしつけられている。だが、君は、組合がこの愚かな不条理をやめようと考えていると信じるか。さらさら、そうではない。トレードユニオン大会でこの種の提案がかって読みあげられたことがあという記憶は、私にはない。……彼らは、がらくたを捨て、そうすることによって彼らの数と力を二倍にし、そして、今日、彼らが日々そうでなくなってゆくもの――資本家にたいする一職業の全労働者の団結に現実になるかわりに、彼ら自身を害するだけの伝統的迷信にしがみついている。このことが、君に、この特権的労働者について多くのことを説明すると私は信じている」と(マルクス=エンゲルス「労働組合論」一三七~八頁)。
 ここでエンゲルスとマルクスがとりあげ、批判しているのは、当時、のイギリスにおける特権的労働者層――全体としての労働者階級から分離し、イギリス資本主義のもとで特権的・貴族的な位置をしめた労働者層――とその極度に経済主義的な“旧労働組合”(同職的労働組合)である.当時、労働組合とは、そのような層の労働者の組織だったのであり、この層は総体としての労働者数の約一〇パーセントをしめていた。
 こうして、イギリスにおいては、資本主義の帝国主義的発展と労働者階級の分裂の問題がイギリス的に、先行的に提起されていた。この点について、レーニンの「帝国主義論」は次のように言及している。
 「労働者を分裂させ、労働者のあいだで日和見主義を強め、労働運動の一時的退廃をうみだすという帝国主義の傾向が、イギリスでは、一九世紀末および二〇世紀初めよりもはるか以前にあらわれた……。こうなったのは、帝国主義の二つの大きな特徴――膨大な植民地領有と世界市場における独占的地位――が、イギリスではすでに一九世紀のなかぱ以来存在していたからである。マルクスとエンゲルスは、労働運動における日和見主義とイギリス資本主義の帝国主義的特殊性とのこの関連を数十年にわたって系統的に研究した。」(岩波文庫版一七三頁)

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