国際革命文庫『過渡的綱領』(1977年)まえがき

酒井与七

“過渡的綱領”について

 第四インターナショナル創設国際会議(一九三八年九月三日)は、「戦争の危険についての宣言」、「極東における戦争についての決議」、「アメリカ帝国主義の世界的役割についての決議」、「インターナショナルの規約」とともに、「資本主義の死の苦悶と第四インターナショナルの任務(過渡的綱領)」を採択した。この国際会議て採択された「資本主義の死の苦悶と第四インターナショナルの任務」は、一般に「過渡的綱領」として呼ひならわされており、その後の第四インターナショナルの歴史において最も基本的な綱領的文書とみなされてきた。

 「過渡的綱領」について、トロツキー自身次のように述へている。
 「綱領草案は完全な綱領ではない。この綱領草案には欠けているものがあり、またその性格からいって綱領には属さないものが含まれていると言うことができる。綱領に属さないものとは、註釈的説明のことである。この綱領にはスローガンだけでなく、註釈的説明と敵対者への論争も含まれている。しかし、これは完全な綱領ではない。完全な綱領は、帝国主義段階における近代資本主義社会とその危機の理由、失業者の増大などの理論的記述を含んでいなければならない。この草案ではこのような分析は第一章で簡単に概括されているだけなのだが、それはこれらのことについてわれわれはすでに論文や本などで書いているからである。われわれはもっと多く、もっと立派に書きたいと思っている。しかし、実践的目的のためには、ここで述へられていることで十分である。というのは、われわれはみな同じ意見を持っているからである。綱領の初めの部分は完全でない。第一章はただの暗示にすぎす、完全な記述でない。綱領の終わりの部分も完全でない。なぜなら、そこでは社会革命、蜂起による権力奪取、資本主義社会の独裁への転化、独裁の社会主義社会への転化について語られていないからである。これは読者を戸口に連れてゆくものにすぎない。それは今日から社会主義革命の開始点までの行動のための綱領である。そして実践的観点から、現在、最も重要なのは、プロレタリアートの様々な層をわれわれがいかにして社会革命の方向ヘと導いていくかということである。」(「過渡的綱領についてのもう一つの討論」、本書収録)
 さらにまた、トロツキーは次のように述べでいる。
 「様々な国におけるわれわれの支部の発展段階は、もちろん時間的に一致してはいない。にもかかわらず、アメリカ社会主義労働者党の創設を第二期の終了として認めることかできる。それ以降、第四インターナショナルは大衆運動の諸任務と直面している。過渡期の綱領はこの重要な転換の反映である。第四インターナショナルは、いまや帝国主義時代の原動力を明確に考慮に入れているばかりでなく、権力を目指す革命闘争に向けて大衆を団結させることのできる過渡的諸要求の体系によって武装された唯一の国際組織である。」(『トロツキー著作集一九三八~一九三九』上巻、柘植書房、一九五~六頁)
 以上によって、帝国主義の危機と衰退の時代における革命的インターナショナルの“完全な綱領”が含まねばならない内容について、トロツキーがどのように考えていたかが明らかとなる。それは、少なくとも(一)帝国主義段階における現代資本主義社会とその危機の諸要因に関する理論的定式化、(二)革命前の情勢から社会主義革命の始まりにいたるまでの大衆的諸闘争を導くための過渡的戦略、(三)権力獲得のための蜂起、(四)資本主義社会からプロレタリア独裁への移行、(五)独裁の社会主義への転化等を含まねはならない、と。

 「過渡的綱領」そのものについて、トロツキーは「今日の時点から社会主義革命の始まりにいたる行動のための綱領」、「権力に向かう革命的闘争に向けて大衆を統一することができる過渡的諸要求の体系」と述べている。
 この点について、「過渡的綱領」自身は次のように述べている。
 「歴史的諸条件は社会主義のためにいまだ“成熟”していないというような一切のおしゃべりは、無知もしくは意識的な欺瞞の産物である。プロレタリア革命のための客観的前提条件は“成熟”しているだけではない――それはいささか腐りはじめている。社会主義革命なしには、それも次の歴史的時期に起きないとすれは、人類の全文化は破滅によって脅かされる。いまやプロレタリアートの出番なのであり、それも主としてその革命的前衛の出番なのである。人類の歴史的危機は革命的指導部の危機に還元される。……ブルジョアジーの経済、国家、政治、そして国際関係は、社会の革命前的状態の特徴たる社会的危機によって完全に萎縮させられている。革命前的状態を革命的状態に転化させる途上にある主要な障害はプロレタリア指導部の日和見主義的性格にある。……次の時期――煽動、宣伝、組織の革命前的時期――の戦略的任務は、客観的な革命的諸条件の成熟とプロレタリアートとその前衛の未成熟……との間にある矛盾を克服することにある。大衆が日常の闘争の過程において当面する諸要求と革命の社会主義的綱領との間の架け橋を発見するのを助けることが必要である。この架け橋は、今日の諸条件と労働者階級の広汎な層の今日の意識がらはじめて、一つの究極的結論、つまりプロレタリアートによる権力の獲得に不可避的に導く過渡的諸要求の体系をふくまねばならない。……この過渡的諸要求の体系の本質は、それがブルジョア体制の根底そのものに対してますます公然と決定的に向けられるという事実のうちにある。古い“最小限”綱領は、プロレタリア革命に向けて大衆を系統的に動員することを任務とする過渡的綱領によってとってかわられる。」

 “過渡的諸要求の体系に基づく戦略・戦術”としての過渡的綱領は、帝国主義の危機と衰退の時代に対応するものであり、プロレタリアートを中心とする諸大衆を政治権力奪取の闘いに向けて動員し、組織し、指導するための戦略・戦術の方法としての体系なのである。それは、革命前的情勢にある現実の大衆運動とその経験的諸闘争から出発し、「ブルジョア体制の根底そのものに対してますます公然と決定的に向けられる」過渡的諸要求の体系に基づいて諸大衆を全般的な政治闘争に動員し、かくして大衆的政治闘争の全般的展開そのものをつうじて革命前的情勢を革命的情勢(つまり、権力をめぐる最後的な闘争を直接に問題にし、権力のための闘争を直接的課題として日程にあげる情勢)に転化し、プロレタリアートを中心とする諸大衆を支配的政治権力とファシスト反革命との最後的な決戦(つまり、プロレタリアートの臨時革命政府樹立をめざす蜂起)の直前にまで導き組織しようとする革命の方法の体系である。つまり、革命前的情勢から出発して権力奪取に向けてプロレタリア諸大衆を組織し導くための過渡的戦略の一般的な体系なのである。

 トロツキーが主張する“革命的指導部の危機”(「人類の歴史的危機は革命的指導部の危機に還元される」)とは、次のことを意味する。すなわち、帝国主義の危機と衰退の時代においてプロレタリアートを中心とする諸大衆が自らの自然発生的な大衆闘争をつうじて革命的情勢そのものに転化することはいく度となく繰り返されたし、これからもまた繰り返されるであろう、――しかし、大衆による革命前的情勢から革命的情勢そのものへの転化の過程に意識的に介人し、これを最大限に指導することによって革命的情勢を革命の勝利(つまり、反革命の粉砕と敵権力の打倒をとおして新しい革命的権力の樹立に向けた闘いの貫徹)に向けて意識的に指導し組織する革命的政治主体(革命的党)が圧倒的な立ち遅れ、欠如していることについての主張なのである。自然発生的にもしばしば革命的情勢をつくりだすプロレタリアートを中心とする諸大衆の闘争を革命の最後の勝利、新しいプロレタリア革命権力の樹立に向けて意識的に指導しぬこうとする終始一貫した意識的な革命的政治主体の建設――これこそトロツキーが第四インターナショナルに課した根本課題であったし、その方法が大衆を指導して勝利にいたる過渡的戦略の体系としての「過渡的綱領」なのである。トロツキーは、第四インターナショナルに「過渡的綱領」を採択させることによって、第二次世界戦争をつうじて発展する情勢において第四インターナショナルの各国支部が大衆を導いて新しい革命的権力の樹立に向けて直接に闘いぬくことを要求したのである。

 過渡的諸要求の体系に基づく権力獲得のための闘争の戦略・戦術は、トロツキーの“独創”的発明ではなかった。トロツキーによって起草された「過渡的綱領」は、何よりもまず一九一七年四月から一〇月の勝利にいたるレーニンを中心とするボリシェヴィキ党のロシア革命に対する指導と組織という政治的経験に基づくものだった。この点については、レーニンの一九一七年二月から一〇月にいたる政治的諸論文を参照していただきたい。また、一八四八~四九年のドイツにおけるマルクスとエンケルスの『新ライソ新聞』を中心とする革命的な政治的実践も「過渡的綱領」の正しさを確認している。この点については、『新ライン新聞』に発表されたマルクスとエンゲルスの諸論文を参照していただきたい。一八七一年のパリ・コミューンに対するマルクスのアプローチもまた根本的に「過渡的綱領」の方法に基づいていたということをここで強調しておきたい。つまり、「過渡的綱領」とは、大衆闘争が革命前的状態から出発していかに権力奪取にまで永久的な発展をたどるのかということについての意識的な戦略・戦術としての定式化なのである。

 「過渡的綱領」は、一九三八年に起草されたという具体的な時代的背景をもっているが、さきにものべたように帝国主義の危機と衰退の時代においてプロレタリアートの闘いを権力奪取にむけて指導し、組織するための過渡的戦略を一般的に定式化したものである。
 支配的政治権力にたいする直接的で非和解的な政治闘争にプロレタリアートを中心とする被抑圧諸大衆を組織するための過渡的諸要求は、今日の情勢と各国における国際的・国内的な特殊性におうして具体的に決定されなけれはならない。だが、支配的政治権力の資本主義的ならひに帝国主義的基礎そのものと非和解的に対立する過渡的諸要求のためのプロレタリアートを中心とする大衆的政治闘争という主張それ自体は絶対に正しい。工場における労働者管理や大衆闘争それ自体の自衛武装をはじめとする、既存のブルジョア政治支配の解体と大衆の武装という部分的ならひに全国的二重権力の情勢のための意識的な大衆闘争指導の正しさはいうまでもない。労働組合の性格と工場委員会・ソビエトの性格についての主張、都市ならひに農村の被抑圧下層小ブルジョアジーをプロレタリアートとの政治的同盟に獲得するための闘争、帝国主義自国政府にたいする革命的敗北主義の立場と労働者国家ならひに被抑圧植民地諸人民の民主主義的諸要求にたいする無条件的な防衛の立場――これらすへでは今日なお完全に正しい。この「過渡的綱領」の根本が、支配的政治権力の解体打倒と新しい政治権力の樹立にむげた全国的権力闘争にプロレタリアートを中心的な階級的勢力として被抑圧諸大衆を動員し組織するところにあり、したがって、「過渡的綱領」において政府スローガンは重要な政治的位置をしめる。政府スローガンは一切の過渡的人衆諸闘争を政治的に集約すべき宣伝・煽動のスローガンである。全国的二重権力の情勢として大衆闘争が自己を表現するのはプロレタリアートを中心とするソビエトの全国的形成である。ソビエトの全国的形成は、敵権力の解体打倒と新しい革命的権力樹立をもはや直接の課題とする最終的闘争への突入を意味する。

 本文庫に収録した「過渡的綱領」にかんするトロツキーの二つの討論は、第四インターナショナル創設の国際会議をまえにした国際討論の一環としてなされたものである。
 一九三八年に採択された「過渡的綱領」にさきだつものとして、一九三四年に発表されたフランス共産主義者同盟の行動綱領たる「フランスの行動綱領」がある。この「フランスの行動綱領」は、当時フランスに滞在していたトロツキーの積極的参加のもとに作成されたものである。「過渡的綱領」の一般的方法が当時のフランスにおいて革命的行動綱領としてどのように具体化されたかという点で、「フランスの行動綱領」にわれわれは多くまなふことができる。われわれは「フランスの行動綱領」を本文庫に収録した。
 本文庫には、他にトロツキーのものとして「産業国有化と労働者管理」(一九三八年五~六月)、「労働者と農民の政府”のスローガンについて」(一九三八年七月)、「帝国主義の衰退期における労働組合」(遺稿)を収録し、また第三インターナショナル第二回大会で採択された「共産主義インターナショナル加入の二一ヵ条の条件」(一九二〇年)と第四インターナショナルの現行国際規約を収録している。

一九七七年六月 〈国際革命文庫〉編集委員会

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