未完のメキシコ革命とカルデナス体制

〔『トロツキー著作集 1938~39 下』1972年 解説より〕

酒井与七

未完のメキシコ革命(一九一〇~一七年)

 メキシコにおける大土地所有制(アシエンダ、一種の私的荘園制)の擁護者であり、メキシコの徹底的な植民地化の推進者である一八七一年以来の独裁者ディアス打倒の闘いとともに、一九一〇年にメキシコ革命が始まった。
 この革命の主要な勢力は以下の三つであった。
(一)アシエンダ制の解体と徹底的な農業改革を要求するエミリアーノ・サパタとパンチョ・ビリヤのそれぞれの革命軍によって代表される急進的農民革命派。
(二)外国資本とこれに結びついたアシエンダ勢力の買弁的独裁制に反対するが、アシエンダ制の全面解体を要求する急進的農民革命の運動とも対決し、全運動を植民地ブルジョア改良主義の枠内にとじ込めようと企図するフラシスコ・マデーロとベヌスティアーノ・カランサの勢力――彼らは自ら大土地所有に基づく農園経営者であったし、旧植民地支配階級の自由主義的改革派でしかなかった。
(三)最後に、もちろん帝国主義的外国資本と深く結びつく反動的アシエンダ制大地主勢力の反革命派。
 一九一一年五月、独裁者ディアスは打倒され、翌六月、フラシスコ・マデーロか政権についた。いっさいの自由主義的改革の約束にもかかわらす、マデーロの政権は完全に無力であり、たた旧植民地体制の政治的危機を暴露し、旧独裁体制を弱めることによってより全般的なメキシコ革命をおしひらいただけてあった。
 一九一三年二月、マデーロはビクトリア・ウエルタのターデターによって倒され、軍を中心とする反革命派か権力についた。メキシコの真の革命は、この反革命軍事政権に対する全国的武装闘争をつうじて発展しはじめた。メキシコ市における軍を中心とする反革命政権の成立と同時に、メキシコは全国的内乱の状態にはいった。メキシコ北部ならびにメキシコ市の南のモレーロス州において革命軍が首都を中心とする反革命軍事政権に武装闘争をいどんでいった。
 一九一四年七月、ビクトリア・ウエルタは大統領を辞職した。そして、反革命の軍事勢力をうちやぶった革命軍の主要な戦闘力を構成したのは、大土地所有のアシエンダ制の解体を要求する急進的農民勢力であった。旧植民地支配階級の自由主義的改革派たるベヌスティアーノ・カランサは北部の革命軍を革命の第一統領として代表し、農民の急進的勢力を自由主義的ブルジョア地主の統制のもとにおしとどめようとしたが、これに成功せず、一九一四年一二月から翌年一月にかけて首都のメキソコ市は急進的農民革命派たるサパタとビリヤの革命軍によっておさえられた。
 帝国主義的外国資本、そしてこれと結びつく反動的な大地主勢力ならびに買弁勢力は、彼らの伝統的な軍隊が農民的革命軍に打ち破られ、自己の反革命を全国的に結集すべき政治軸を失わざるをえなかった。帝国主義的利権と大地主制度は社会経済的にただちに解体されはしなかったが、彼らは全国的政治権力に対する直接的な統制力を失った。メキシコにおける植民地反革命勢力は、一九一三~一四年の全国的内乱によって全国的政治権力から追放されたのである。
 かわって、全国的政治権力の基礎をになったのは、内乱をつうじて形成された新しい軍事勢力であった。大衆的には植民地的メキシコ社会の中・下層によって構成されていた新しい軍事勢力は、その内部にサパタとビリヤの急進的農民革命派とアルバロ・オブレゴンのボナパルチスト派を持っていた。反革命軍事政権に対する革命軍の勝利後、ボナパルチストのオブレゴン軍は、旧支配勢力の自由主義的改革派たるベヌステイアーノ・カランサと結んで、サパタとビリヤの農民革命派との内戦にはいった。この新しい軍事勢力内部の戦闘は、一九一四年末から翌一五年六月まで続き、ボナパルチスト派たるオブレゴン軍の勝利に終わった。
 一九一七年、カランサによって召集された制憲会議は、当時において全世界で最も急進的な憲法を採択した。そして、一九二〇年一二月、オブレゴンが大統領となり、ここにメキシコにおける新しいボナパルチスト体制か確立された。
 かくして、一九一三~一四年の内乱を頂点とするメキシコ革命は、植民地的旧支配階級を全国的政治権力から追放することに成功したが、革命軍内部におけるボナパルチスト派たるアルバロ・オブレゴン軍の勝利によって、大土地所有のアシエンダ制をはじめとする植民地社会経済構造の決定的な解体を課題とする全面的な社会革命に向って永久的につき進むことに失敗した。そこには、メキシコ革命を真に永久的な社会革命として貫徹しうる主導的な階級とその全国的に組織された政治勢力がなかったのである(トロツキー『永続革命論』現代思潮社、三八六~八七頁参照)。
 だが、帝国主義と公然と結びつく支配階級もまた、決定的な反革命によってオブレゴンの中間的なボナパルチスト体制を打ち倒すことができなかった。オブレゴンのボナパルチスト体制は、反動勢力に対抗して労働者と農民の支持を中間的に組織した。しかし、農村における大土地所有制の解体をめざす攻撃的処置はとられず、全体としての経済は私有財産制に基礎づけられたままてあった。
 メキシコ革命と外国帝国主義勢力との関係については、メキシコにおけるイギリスとアメリカとの帝国主義的利害の対立、そして一九一四~一八年の第一次世界戦争によるヨーロッパ帝国主義の危機と階級闘争の激化が重要な国際的要因としてあったといわなければならない。

カルデナス体制の急進化

 一九三〇年代の世界経済の深刻な危機と帝国主義の植民地支配力の弱まりという条件のもとで、“未完のメキシコ革命”を体現するボナパルチスト植民地ブルジョア民族主義体制にふたたび政治的エネルギーをあたえ、よりいっそう急進化したのがラサロ・カルデナス大統領(在任期間一九三四~四〇年)であった。
 オブレゴンは、「メキシコ最初の全国的労働組合であるメキシコ地域労働者連合(CROM)」(増田義郎『メキシコ革命』中公新書、二六五頁)と農民国民連合(CNC)を軍隊とともに自己の体制のボナパルチスト的基礎とした。だが、この体制は官僚化し、腐敗し、政治的堕落をふかめていった。この大統領のもとで(一九二〇~二四年)「解放された土地は一一五万ヘクタールて、アシエンダはまだ一億二〇〇〇万ヘクタールの土地を握っていた」(前掲『メキシコ革命』一六六頁)。彼につづくカリェス大統領(一九二四~二八年)のもとでは、三〇〇万ヘクタールが“解放”されただけであった。このボナパルチスムは決定的に衰退しつつあった。
 一九二九年に始まる世界経済恐慌が腐敗し衰退するボナパルチスト体制にとって重大な打撃となり、労働者と農民の不満が急速に拡大していった。かくして、このポナパルチスト体制の単一政党たる国民革命党(PNR)は、一九三三年に“社会主義にむかう共同経済体制”をめざす六ヵ年計画を採択しなければならかった。一九三四年、この公約をもって大統領に就任したラサロ・カルデナスは、労働者と農民の新たな闘争と軍に依拠することによって、オブレゴン以来の旧支配グループを追放し、労働者・農民の大衆運動とボナパルチスト体制の政治的接近にのりだした。
 一九三六年、官僚化し堕落したメキシコ地域労働者連合(CROM)にかわって、メキシコ労働連合(CTM)が新たに組織された(その議長はスターリニストのビセンテ・ロンバルド・トレダーノだった)。労働者のストライキ闘争は拡大し、外国資本の企業に対してとりわけ激しく集中した。この闘争の圧力のもとで、一九三七年に外国資本のもとにあった鉄道が国有化され、一九三八年には同じく石油産業も国有化された。
 農地解放も以前よりも大幅にすすみ、「メキシコの全耕地の半分にあたる一八○○万ヘクタールが解放されて、農民のエヒート(共有地)となった。」(前掲、一七〇~七一頁)とはいえ、「土地革命の最終結果として、農地の二八・五%が封建的地主から解放されたが、これは革命の“恩恵”に浴すべき農民三人のうち一人が“解放”されたことを意味する。一九四〇年の国勢調査によれば、農業人口は就業人口の六八・六%を占めて三八三万人になっていだが、このうち一八九万人は大地主の小作人か農業労働者であった。」(山本進『中南米』岩波新書、一二二頁)。
 またカルデナスは、「公共投資を行なうために各種の公社や公団をつくり、金融・貿易の統制などをつうじて公共的・国家的見地から産業の発達をうながした」(前掲『メキシコ革命』一七二頁)。彼は国家資本主義的方法によって民族資本の育成につとめた。また、国有化企業において労働組合をつうじた“共同経営”方式の導入も試みられた。だが、メキシコにおけるボナパルチスト植民地ブルジョア民族主義体制の急進化は、一九四〇年代にはいると直ちに停止してしまった。
 このようなカルデナス政府の性格を批判的に特徴づけ、とくにその国有化産業との関係における労働者階級の戦術を検討したのが、本書[『トロツキー著作集 1938~39』下巻]に収録されている「産業国有化と労働者管理」である。トロツキーは、また「帝国主義衰退期における労働組合」においても、カルデナス政府の性格に対する批判的な特微づけを行なっている(『トロツキー著作集 1939~40下』)。
 当時、全世界が反動におおわれ、トロツキーの政治的亡命を受けいれるブルジョア国家が一つもないとき、メキシコだけがトロツキーの亡命を受けいれたのは、以上のような労働者農民の政治的高揚を背景としたカルデナス政府のボナパルチスムの相対的急進化にささえられてのことであった。メキシコ労働者連合(CTM)議長トレダーノをはじめとするスターリニストの執拗な反トロツキー・キャンペーンにもかかわらず、カルデナス大統領は卜ロツキーの政治的亡命を擁護した。
(メキシコ革命については、増田義郎『メキシコ革命――近代化のたたかい』中公新書を参考にすることができた。)

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