破綻した電力危機キャンペーン

以下の文章は

 2003年4月15日、東京電力は昨年の事故隠し、データ隠しなどにより、原発運転を停止せざるを得なくなり、ついに17基の全原発を停止させたが、停電は起こらなかった。脱原発に向けて、政府、東電は政策転換すべきであった。高島義一の論文を掲載する。

かけはし2003.8.11号より
破綻した電力危機キャンペーン
原発の不要性は実証された!
–すべての原発を止めよう 未来を食いつぶす有害無益な遺物の一掃を
高島義一

 かけはし2003.4.28号より
原発なしでも停電にならない―脱原発はいますぐ可能だ!
事実上の「脱原発」状況に
高島義一

原発の不要性は実証された!
–すべての原発を止めよう

未来を食いつぶす有害無益な遺物の一掃を

 梅雨が明け、いよいよ電力需要のピークを迎える真夏となった。小泉政権と東京電力はマスコミを総力動員して「関東大停電」キャンペーンをあおりたて、他の原発で多数のヒビ割れ隠しが発覚した重要個所の点検をほとんど行わないまま、柏崎刈羽原発6・7号機と福島第一原発6号機の運転再開を強行した。七月二十二日には、新潟県平山知事が平沼経済産業相に柏崎刈羽原発4号機の再開容認を伝え、これを受けて東京電力は運転を再開した。
 しかし四基の原発の運転が再開されても、関東の電力供給の四〇%を担っていたはずの東京電力の原発十七基のうち十三基、すなわち三分の二以上が停止したままである。にもかかわらず、自ら「停電危機キャンペーン」をあおりたててきたマスコミも、早くも「東電、電力危機回避へ」(朝日新聞7月11日)、「今回の原発停止は、皮肉にも東電が主張する『八~十基』もの原発が再稼働しなくても、大停電とはならない現実を対外的に証明することになりそうだ」(『エコノミスト』7月8日号)と言わざるを得なくなるという状態になっている。
 東電の原発だけでなく、全国の商業原発五十二基のうち、半数以上の二十七基が停まったままである。しかし東電以外の電力会社は「電力危機キャンペーン」を行うことさえできない。供給能力と需要予測の具体的な数字を出せば、いま停まっている原発が停まったままでも、さらに残りの原発が全部停まっても、電力供給に何の支障もないことが、かえってはっきりしてしまうからである。
 電力自由化による自家発電の購入契約分なども含む電力十社の最大供給能力は二億三千三十万キロワット(01年度)。原発の発電能力四千五百七十四万キロワットをすべて除いても、一億八千四百五十六万キロワットに達している。これに対して同年度の最大電力(実績)は一億七千四百九十九万キロワットである。全国の原発五十二基がすべて停まっても、なお一千万キロワットも余裕があるのだ。
 東電の原発十七基の停止を契機にして、これまで反原発運動が主張し続けてきた「原発なしでも停電にならない―脱原発は今すぐ可能だ」(本紙4月28日号)ということが、動かし難い現実として実証されつつある。
 政府と東電は、「今年の東電管内の最大需要予測は六千四百五十万キロワットであり、原発なしで供給できるのは五千八百万キロワットしかないから、原発六~八基分の電力が足りない。原発を動かさなければ停電の恐れがある」、とキャンペーンしていた。この需要予測がそもそも極めて過大な、電力会社主導で作られた浪費に浪費を重ねることを前提としたものだったことを、まず最初に確認しておかなければならない。
 電力各社は、設備投資額を料金に自動的に上乗せできる特異な料金システムによる世界一高い電気料金と地域独占にあぐらをかき、「国策」としての原発を中心にした過大な設備投資を続けてきた。そのため、出力調整の困難な原発以外の火力や水力をほとんど停めても電気が余るほどの過剰設備を抱え込んでしまった。たとえば関西電力では、今年度は十三基もの火力発電所が全面休止中である。〇二年度の全国の石油火力発電所の設備利用率は、たったの二〇%であった。
 九〇年代を通じて東京電力管内では、七~八月に瞬間的なピークを迎える電力消費量が六千万キロワットを超えたことは、ただの一秒もなかった。バブル最盛期の八九年の最大電力消費量は、四千三百七十万キロワット。今年の「最大電力需要予測」の三分の二程度にすぎず、百万キロワット級原発二十一基分に当たる二千百万キロワットも、今年の「需要予測」より少なかったのである。
 当時、原発だけを動かしても電気が余る危機的状態に陥りつつあった電力会社は、原発での危険な出力調整(原子炉内が不安定化する)に踏み切ろうとした。しかしそれは、八八年の四国電力・伊方原発出力調整実験反対闘争の高揚をもたらして挫折した。
 その後、東電は政府・通産省・資源エネルギー庁と一体となって電力浪費政策を促進し、消費量を急増させたが、景気低迷の中で頭打ちになり、九〇年代を通じて五千七百万~五千九百万キロワット台が続いてきた。この水準であれば、すべての原発が停まっていても「停電になるぞ」というキャンペーンを行うことなどできないはずだった。
 深刻なデフレ・スパイラルのなかで、需要が急増する条件はなかった。ところが、〇一年度と〇二年度の二年連続して、東電の最大電力需要量が六千万キロワットを超えてしまった。なぜ増えたのか。「『過去二年の電力ピークは、〇〇年と〇二年に業務用の料金を大幅に下げて需要を伸ばしたため……略……』と非政府組織(NGO)『原子力資料情報室』の西尾漠さんは指摘する」(朝日新聞6月2日)。
 「電気を大切にね」などというわざとらしいコマーシャルとは裏腹に、各電力会社は何としても需要を拡大しなければならない必要に迫られていた。過大設備に加えて、電力自由化によるガスや鉄鋼など素材産業を中心に、自家発電能力の高い多数の企業の電力供給事業への参入、さらにコジェネレーション(熱電力併給)など熱効率の高い発電機器の開発による自家発電能力の一層の拡大が、電力経営を追いつめていたからである。
 その上、家庭用燃料電池が量産体制に入るなど、小規模分散型電源の本格的普及が始まり、各電力会社の先細りは動かし難い流れとなって、電力九社による地域独占体制の解体局面が進行しつつあった。たとえば東京電力は定款を変え、ガスなどの供給も行う総合エネルギー会社に変身することによって生き延びようとするほどになっているのである。
 このような状況の中でなんとかして生き残るためにも、少しでも電力浪費を拡大し、設備利用率を高めなければならない。そのために業務用電力料金の連続的大幅引き下げなどで浪費をさらに拡大させた結果として、〇一年と〇二年の二年連続して、最大電力消費量が六千万キロワットを超えるようになったのである。すなわち、この二年間にわずか数日間ずつ記録した東電管内で六千万キロワットを超える最大電力は、東電が主導した徹底した電力浪費政策の結果にほかならなかった。
 ところで、〇二年度に六千万キロワットを超えたのは、七月三十一日、八月一日、八月六日、七日、八日、九日の、計六日間だけである。翌八月十日の土曜日には、五千百五十万キロワットに低下し、その後、八月二十五日の日曜日まで、三千万キロワット台から四千万キロワット台へとさらに低下し、六千万キロワットはもちろん、五千万キロワットを超えた日さえ一日もなかった。
 一日の電力消費がピークを迎えるのは、午後一時から四時の間だから、多めに見積もって一日三時間、六日間で十八時間。昨年一年間に六千万キロワットを超える電力消費が生じた可能性があるのは、わずかこの十八時間だけだったということになる。
 しかも当初、東京電力が発表していた今年度の最大電力見通し(送電端最大三日平均)は、五千九百五十万キロワットだった(東京電力発行『数字で見る東京電力』03年度版)。ところが一連の事故・損傷隠しが次々に発覚して原発が次々に停止を余儀なくされ、すべての原発が停止せざるを得ないという状態になると、この当初の見通しは消え、変わって「六千四百五十万キロワット」(発電端一日最大)という数字が押し出されるようになった。
 これは、一昨年にわずか一日、したがって時間数では一年間たった三時間あるかないかの、瞬間的な最大電力(発電端一日最大)の六千四百三十万キロワットを、さらに上回る数字である。そしてこの数字がひとり歩きして当然の前提とされ、政府やマスコミが一体となって「九百五十万キロワット足りない。停まっている十七基の原発のうち、少なくとも八基から十基を動かさなければ停電になる」という「電力危機キャンペーン」が大々的に繰り広げられてきたのである。
 確かに、この人為的に作られた過大な「需要予測」を前提にすれば、すべての原発が停まっていると真夏の最盛期の極めてわずかの時間、停電する可能性があるということはできる。しかしその対策は実に容易である。その数日間の電力消費の数時間のピークを、最大の電力使用者である工場や事業所などが調整して、ほんの数%カットすれば済んでしまうのである。
 それは反原発運動だけの主張ではない。今年一月に、世界のエネルギー政策を調整する国際機関である「国際エネルギー機関」(IEA)が、日本のエネルギー政策を審査した。その報告書は、電力分野について「ピーク負荷を緩和する価格設定や他の需要対策を促進すること」と勧告していた。日本の電力需要の夏のピーク時における極端な突出は国際的にも際立っており、その瞬間的ピークに合わせて、通常は不必要な過大な発電設備を建設し維持することは、あまりにも無駄が多いからである。
 すでに何度も指摘しているように、多くの工場や事業所が停止する盆休みの集中する八月半ばの二週間と土曜日曜は、いくら猛烈な暑さになって各家庭でクーラーを全開しても、すべての原発が停まっていても一千万から二千万キロワットもの発電能力が過剰になっている。そしてその後、いくら厳しい残暑が続いても七月末から八月初めの瞬間的ピーク時に迫るような需要は生じたことはない。たとえば七月二十四日に史上最高の最大電力を記録した〇一年の、九月の最大電力は五千二百十三万キロワットにすぎなかった。
 われわれは、「国際的にも異常な働き過ぎをやめてヨーロッパ並みの夏季休暇を取れば、すべての原発を停めても大丈夫」と主張し、「脱原発は今すぐ可能だ」と繰り返し訴えてきた。過労死労働をやめさせたくない大企業は、操業を夜間や土日にシフトすることで、「原発なしでも電気は足りている」ということを実証しつつある。
 新聞に報じられているだけでも、東芝、日立製作所、大同特殊鋼、サッポロビール、キリンビール、味の素などがこの七月と八月の約一カ月半、平日昼間の操業を減らして夜間や休日に生産を振り替えるなどの対策を行っている。ダイエーやイトーヨーカ堂などの小売り業界も空調温度の引き上げなどの対策を始めた。その上、東電の側も大口需要者との需給調整契約の拡大で、約二百四十万キロワットのピークカットをすでに実現している。
 六月二十三日に東電が発表した七~八月の「電力需給見通し」によれば、供給力は原発二基(柏崎刈羽6、7号機。計二百七十万キロワット)の運転再開や他電力会社の電力購入(三十万キロワット)で、五月時点に比べ三百万キロワット増の五千九百万キロワット。これにJR東日本などの自家発電所の余剰電力購入などの追加対策を合わせると、六千二百二十万キロワットになっていた。再稼働した柏崎刈羽原発二基がなくても、五千九百五十万キロワット、ほぼ六千万キロワットに近い供給力である。
 この上にさらに二基の原発を強引に再稼働させてしまったのだから、過大に想定された瞬間的ピーク時でも大量の発電能力が余る状態になってしまい、十三基もの原発が停まったままでも「東電、電力危機回避へ」(朝日新聞)と言わざるを得ない状況になったのである。
 国際エネルギー機関(IEA)の勧告では、企業にピーク時の節電をうながす多様な料金メニューや支援策が足りない、と指摘している。たとえば、ピーク時に大口需要の料金をほんの少し引き上げるだけで、企業は経費削減のためにさらに節電に努めるようになるだろう。政府・電力会社がIEAの勧告に従ったピークカット政策を推し進めれば、「原発なしでも電気は足りている」という現実が、ますますはっきりしてこざるを得ないのである。
 全国で、東電の全原発十七基を含む三十基以上の原発が次々に停止したのは、東電が自主点検で発見していたシュラウド(原子炉圧力隔壁)の多数のヒビ割れを隠ぺいし、さらに記録の改ざんまで行っていたことが内部告発で発覚し、他の電力各社でも同様の不正が発覚したことだった。
 原子力安全・保安院は当初、「停める必要はない」と主張していたが、結局、東電の全原発を停めざるを得なくなった。昨年八月にヒビ割れや記録改ざんの隠ぺいを発表せざるを得なくなった時、東電は「隠したのは悪かったが安全性に問題はない」と主張していたが、ヒビ割れたシュラウドの修理を行っている。九月に再循環系配管のヒビ割れを発表した時も同様に、「隠したのは悪かったが、安全性に問題はない」と述べていたが、ヒビ割れた配管の交換を行っている。本当に「安全」ならば、なぜ修理するのだろうか。
 その一方で、たとえば再稼働を強行した柏崎刈羽6号機と7号機は、シュラウド以外は従来通りの検査しかしていない。他の原発でヒビ割れの見つかった炉内構造物や配管、不具合や内部告発があった制御棒駆動装置や、溶接焼きなましデータ捏造疑惑部位などの点検を行っていない。
 現在、再循環系配管で行われている一斉点検では、過去五年間に点検した個所は点検対象からはずされている。地元の反原発運動団体は、これらの個所を点検対象からはずすなと主張している。なぜなら、この五年間にヒビ割れ隠しが行われていたからだ。
 「例えば、ひび割れが激しい柏崎刈羽1号機では、過去五年間の検査では三十四個所中、四個所のひび割れが発見されています。それを『異常なし』と報告していました。それが、不正事件後の一斉点検では、六割!(四十五個所中二十六個所)もの溶接部でひび割れが見つかったのです。過去五年間でゼロだったものが、急に六割になるわけは絶対にありません。過去五年間の検査記録をそのまま信用すべきでないのです」(柏崎刈羽原発に反対する地元三団体とプルサーマルを考える柏崎刈羽市民ネットワークのビラから)。
 しかも、ヒビ割れの現在の唯一の検査方法である超音波探傷検査(UT)の精度が全く信頼に値しないことがわかっている。たとえば昨年十一月で女川原発の検査では、UT検査で二・〇ミリだったヒビ割れが、実測したら一二・二ミリだったり、測定不能とされた個所が九・〇ミリの深さのヒビ割れだったりするなどの結果となった。柏崎刈羽原発でも福島原発でも、同様の結果が確認されている。
 不正発覚時に根拠もなく「安全宣言」をしていた政府・原子力安全保安院や電力資本が、極めて不十分な検査で行っている新たな「安全宣言」が信用できるはずがないのだ。
 さらに、新たな情報隠しと事故が次々に発覚している。六ケ所村・日本原燃の再処理工場の使用済み核燃料貯蔵プールで続いていた冷却水漏れの調査で、二百五十カ所にのぼる不正溶接による強度不足が発覚した。福島原発では、制御棒を挿入せずに核燃料集合体を装填するという核暴走事故につながりかねない重大ミスや、安全装置をはずしたまま制御棒検査を行っていたこと、原子炉圧力容器内に重さ六十キロもあるアルミのふたを落下させて、圧力容器の内壁や配管を損傷させたことなどが発覚している。
 このような深刻な現実があるにもかかわらず、政府・電力資本は、動かす必要のない原発を地元の反原発運動などが求める十分な検査もしないまま、次々に再稼働させているのである。
 「原発がなくても電気は足りる」ということをすべての労働者人民が実感し、脱原発への流れが押し止めがたくなってしまうことを避けるという、極めて政治的な目的のためだけに、傷つき原発を動かさせてはならない。
 東北で連続して発生した大地震は、阪神淡路大地震以来、日本列島が大地震活動期に入っていることを改めて示した。マグニチュード8クラスの東海大地震、中南海大地震が日程にのぼり、巨大地震がヒビ割れた原発を直撃し、人類未曾有の原発大震災が発生する可能性がますます高まっていることを、多くの地震学者が切迫感を込めて警告している。
 労働者人民は、原発と心中することを拒否する。原発が有害無益で不必要な過去の技術であることは、すでに議論の余地なくはっきりした。幸運にも、重大事故による原発大震災が起きなかったとしても、原発を動かせば処理不能の核廃棄物を大量に作り出し、天文学的な税金を飲み込んで未来を食いつぶし続ける続けるだけだ。
 昨年には、電力会社自らが使用済み核燃料の処分や廃炉などのバックエンド費用に二〇四五年までに三十兆円の費用がかかるという試算を発表した。そして電力会社は、この巨額のバックエンド費用の国による肩代わり、すなわち税金による後始末を要求している。
 今年五月二十三日には、原研と核燃機構の統合問題を検討する文部科学省の会議で、二法人の高速増殖炉「もんじゅ」や新型転換炉「ふげん」の廃炉など核廃棄物処理費用に二兆円かかるという試算をまとめている。
 エネルギー技術としての原子力は、世界的にすでに前世紀の遺物となっている。原子力産業は、もはや軍需との関連でしか存続することができない時代が始まりつつある。そしてまさにそのためにこそ日本帝国主義は、いかに不合理であることが実証されても原発推進政策を放棄しようとしないのである。
 原発は労働者人民の未来を閉ざしつつあり、未来を食いつぶしつつある。脱原発は今すぐ可能だし、今すぐ必要だ。ヒビ割れ原発を動かすな。すべての原発を停めよう。
(7月28日高島義一)


資料
原発震災:日本列島で懸念される、地震と地震による核事故とが複合する破局的災害
                    石橋克彦(神戸大学理学部教授)

 六月二十七日に宮城県北部で三回連続して発生した震度6の大地震は、日本列島が大地震活動期に突入していることを改めて印象づけた。その最大の焦点は、言うまでもなくマグニチュード8クラスの巨大地震になるとされる東海地震である。すでに昨年十一月二十六日の記者会見で気象庁長官が、東海地震の想定震源域で一昨年七月から続いている「ゆっくり地震」について、「東海地震がいつ起きてもおかしくない状況になりつつある」と述べている。以下はこの七月に札幌で開かれた国際測地学・地球物理学連合総会で報告されたもの。

 日本の地震への脆弱性を最大にしている最も深刻な文明的社会基盤の要素は、世界で最も地震の起こりやすい群島の海岸線全域に分布する原子力発電所群である。現在、人口が密集するちっぽけな列島に、五十二基の大型原子炉を持つ十六の商業用原子力発電所が稼働している。
 最も危険な原子力発電所は、中部日本の太平洋岸の、迫り来るM8級東海地震の巨大な想定断層面の直上に位置する浜岡である。もし、全国的な関心事で特別の法律の対象でもあるこの地震が発生すれば、地震災害は、東京~名古屋間で確実に壊滅的となり、公式に推定された全壊建物は二十万棟以上にのぼって巨大な津波を生ずる。
 もし、この地震が浜岡原発に重大事故を引き起こして、大量の放射能漏れが生ずれば、震災地における救助復旧活動は不可能になり、同時に、原発事故の処理と住民の放射能からの避難も、地震被害のために極度に困難となる。そのために、核事故は最大規模になるがままに放置され、被曝と通常震災による犠牲者は無数になるだろう。浜岡から二百キロ近く離れた東京周辺の二~三千万人の住民さえも避難を余儀なくされる。
 私は、この地震―核複合災害を「原発震災」と呼ぶが、それは人類がまだ遭遇したことのない、全く新しいタイプの自然・人為災害である。その最終的な結果は、日本にとって致命的であるとともに地球的規模のものとなり、未来世代にも深く影響を与える。
 関係当局は、日本の原子力発電所の地震対策は完璧であり、すべての発電所と核施設はいかなる種類の地震に対しても安全だと主張する。しかし、日本の原子力発電所の建設は一九六〇年代初期に始められ、それは、現代地震学の二つの基礎理論―地震の断層模型論とプレートテクトニクス―の誕生・普及の前夜であった。したがって、核施設の耐震設計の公式基準は、現代地震科学から見ると古めかしくて不十分である。
 浜岡だけではなくて、日本の他の大部分の原発が、大地震によって事故を生じやすいと思われる。なぜならば、多くが地震空白域に立地し、そこには明白な活断層があったり、スラブ内大地震が起こり得る沈降海洋プレートの真上だったりするからである。これらの科学的知見は、原発の計画と設計の段階で考慮されていない。
 原発震災を回避するためには、われわれはまずこの問題に真っ正面から取り組み、そのリスクをできるだけ客観的に評価しなければならない。私は、現代社会のこの深刻な弱点は、日本に限られるものではなく、全世界的な関心事であるべきだと考える。
(03年7月7日 国際測地学・地球物理学連合総会)

                          かけはし2003.4.28号より
東電の原発17基がすべて停止

「脱原発的状況」を本当の脱原発へ

「祝 ついに達成!原発ゼロ」
「このまま動かさないで」
東電前で「祝賀申し入れ」行動

 四月十五日、東京電力は昨年の事故隠し、データ隠しなどにより、原発運転を停止せざるを得なくなり、ついに十七基の全原発を停止させた。
 ストップ・ザ・もんじゅ東京や東京電力と共に脱原発をめざす会、ふくろうの会、たんぽぽ舎など反原発グループは、有楽町の東京電力本社の道路壁に紅白の幕を張り、正午に原発十七基の停止を祝うカウントダウンを行った。「祝 ついに達成!原発ゼロ このまま動かさないで!」という垂れ幕が切って落とされた。拍手の後、高木章次さん(ストップ・ザ・もんじゅ東京)は「原発ゼロから考え直すよい機会だ」と訴えた。ふぇみんの山口泰子さんは「原発が止まっても、停電は起こっていない。平穏な生活を過ごしたい」と語った。たんぽぽ舎の柳田真さんは「原発は放射能のゴミを生み、それが劣化ウラン弾を生む。脱原発をめざそう」と提起した。
 最後に、全原発を停止を祝って東京電力の代表に「感謝状」を送り、脱原発を求めた。                                    (M)
 かけはし2003.4.28号より

原発なしでも停電にならない―脱原発はいますぐ可能だ!

事実上の「脱原発」状況に

 四月十五日、東京電力の十七基の原発のうち最後まで稼働していた福島第一原発6号機(出力百十万キロワット)がついに停止した。昨年八月末に、東電や中電や東北電力など各地の原発で、重要機器に発生していた数え切れないほどのヒビ割れなどの一連の損傷と損傷隠しが内部告発で発覚した。これによって次々に停止を余儀なくされてきた東電の原発の最後の一基が遂に停止するという、首都圏における事実上の「脱原発状況」が作り出されたのである。
 首都圏の電力供給を独占する東京電力の発電電力量の四四%(二〇〇一年度)を占める原発が、すべて停止したにもかかわらず、停電は全く起きていない。政府や電力会社など原発推進派はこれまで、反原発派に対して「原発がなければ停電になるぞ。クーラーもない生活で我慢する決意があるのか」と脅しつけてきた。しかし四月十九日には気温が三十度C近くまで上昇し、電車にもオフィスにもデパートにもクーラーが入ったにもかかわらず、停電の気配もない。首都圏では現在「原発の電気なしで」日常生活が何の支障もなく営まれているのである。
 JCO臨界事故や「もんじゅ」ナトリウム火災事故、東海再処理工場の爆発火災事故をはじめとする重大事故や、プルサーマル燃料データ改ざん、昨年の一連の重要機器損傷と損傷隠しなど、数え上げればきりがない不祥事で、原発の危険性への不安と原子力行政への不信感はますます増大し続けている。
 政府、電力会社など原発推進派は、これにいま出現している事実上の「脱原発状況」が重なることによって、本当の「脱原発」に向かってしまうのではないかという深刻な危機感を抱き、停止を余儀なくされているヒビ割れだらけの原発を再稼働させるための猛烈な策動を開始している。
 法的準備としては、損傷を修理しないままで運転できる「傷つき原発運転二法」の成立をほとんどまともな審議もなしに強行した。そしていま、新聞やテレビなどマスコミを使って「このままでは停電だ」という「電力危機」キャンペーンを大々的に展開している。
原発なしでも電気は足りる
 東電の訴えによれば、東電管内の今年の猛暑時の最大電力需要予測は六千四百五十万キロワット。これに対して、合計千八百万キロワットの原発がすべて停止した状態で供給できる電力は、五千五百万キロワット。新設の火力発電の試運転電力を使ったりすれば、さらに三百万キロワット追加されて五千八百万キロワットになるが、それでも一般家庭にすれば約二百万世帯分にあたる六百五十万キロワット、原発約六基分の電力が足りなくなり、停電のおそれが出てくるという。
 このような「電力危機」キャンペーンのまやかしを暴かなければならない。真夏の猛暑が最盛期になるほんの一時期のわずか十日間余りを除けば、一年を通して発電能力は大量に余っている。原発は東電の発電設備全体の二五%に過ぎないのに、発電電力量の四四%を占めている。通常は火力発電と水力発電の多くを止め、原発を最優先に動かしているからである。
 昨年、東電が原発なしで供給できる限界だという五千八百万キロワットを超える需要があったのは、七月から八月にかけた真夏の猛暑のわずか十二日間であった。すなわち、今年の電力需要が昨年と同程度であるとすれば、原発が全部止まっていても停電する可能性があるのはこの十二日間だけなのである。毎年のように、同様の電力受給状況が繰り返されている。したがって、このわずか十日間余りのピーク時消費電力を少し減らすことができれば、原発なしでも何も問題はないということになる。
 この時期の電力消費量を減らす簡単な方法を、真夏の電力受給状況そのものが教えている。昨年夏の東電管内では、八月六日の火曜日から九日の金曜日まで四日間連続して、電力消費量が六千万キロワットを超えていた。ところが、翌日の八月十日から八月二十七日までの十八日間にわたって連日、ほぼ四千万キロワット台から三千万キロワット台へ、一気に二〇%から四〇%も大幅に低下してしまったのである。五千万キロワットをわずかに超えた日も、たったの三日間だけだった。八月十八日の電力消費量は、三千六百八十八万キロワットであった。原発が全部止まっていたとしても、この日はさらに二千万キロワットもの発電余力があったのである。
 なぜこのような電力消費量の大幅低下が猛暑の最盛期に二週間以上にわたって生じるのか。答えは単純である。電力需要のうち、家庭用の割合を示す「電灯」は三〇%程度にすぎず、残りの七〇%前後は大口電力や業務用である。盆休みで、大量の電力を消費する工場や事業所の多くがこの時期に集中して止まるために、電力需要が大幅に低下するのである。同じ理由で、七月~八月の猛暑の中でも土曜と日曜はすべて、原発が全部止まっていても十分に足りるところまで電力需要は低下する。
夏の長期バカンスで脱原発
 あの巨大な東京都庁舎を冷やす冷房に使われる電力は、一般家庭のクーラー二万台分だという。もちろん使っている電力はクーラーだけではない。すなわち、次々に林立する巨大インテリジェントビルは、一棟で小都市一つ分と言っても過言ではないほどの、電力浪費の固まりなのである。野放図な都市再開発と、人間の生理を無視した一日中電気の輝く「二十四時間社会」化の進行が、電力浪費とエネルギー浪費を加速している。
 二十三区の区庁舎や首都圏の県庁所在地をはじめとする大きな都市の市庁舎も、二十階建、三十階建に大型化しつつある。霞が関の官庁も同様である。真夏の猛暑の一時期、大量の電力を飲み込むこれらの巨大な官公庁舎が、緊急時災害対策などの停止できない分野を除いて長期夏季休暇に入れば、民間の工場の休暇による停止が増えなかったとしても、それだけで原発が全部止まったままでも停電の可能性はなくなるだろう。
 フランスやドイツなどヨーロッパでは、二週間、三週間など長期の夏期休暇を、しかも連続して取るよう義務づけられているところが多い。日本でも同様に民間の大工場や事業所の多くが長期夏季休暇に入れば、ピーク時消費電力はさらに下がり、すべての原発を廃止した上にさらに多くの発電所の廃棄さえ必要になるだろう。それは地球温暖化防止のためのエネルギー消費量大幅削減を最も確実に実現する道でもある。
 サービス残業を加えれば、日本の労働者の労働時間は年間二千三百時間にも達しており、ほとんどが年間千五百時間を実現しているドイツやフランスなど西欧諸国の労働者の一・五倍もの超長時間、過労死労働を強制されている。
 このような超長時間労働を是正するために、ヨーロッパ並みに夏季の長期バカンスを制度化すれば、原発なしでも電力不足になる心配はたちまちなくなってしまうのである。
 たった十二日間、ピーク需要を少し削ればいい。しかしそのために、夏の暑い盛りに家庭でクーラーを我慢したりする必要は一切ない。夏季休暇を増やし、過労死労働をやめ、ゆとりある働き方を実現することによって、脱原発を実現することができるのである。
 それでも、長期バカンスなんてなかなか実現するわけはないから、やはり停電が心配だという人もいるだろう。そのような人も安心できるデータを一つ。改正電気事業法にもとづいて九六年から九九年に電力会社が行った、卸電力入札制度による入札募集に対して、自家発電の経験のある鉄鋼メーカーなどの素材産業を中心に、二千八百三十四万キロワット分の応募があった。百万キロワット級原発で二十八基分である。
 電力会社が落札したのはそのうちわずか六百七十万キロワット分にすぎない。発電能力を持っていて、それを売りたい企業の発電余力は、あと二千二百万キロワット分もあることになる。
 東電が、原発が全部止まっていると夏のピーク時に足りなくなる可能性があると主張している電力は、六百五十万キロワットである。この一般企業の残りの発電余力を使えば、一律に長期夏季休暇をとってピーク時の需要を減らす措置を全く取らなかったとしても、原発なしでも電気はあり余ってしまうのだ。
原発を作りすぎると停電に

 ついでに言えば、「停電になるぞ」と騒いでいるのはなぜ東電だけなのだろうか。浜岡の四基の原発がすべて止まっていた中部電力は、どうして「停電になるぞ」と騒がなかったのだろうか。
 この答えも単純である。中電の電源構成に占める原発の比率は一二%と、東電の半分以下である。原発を最優先して動かすために休止していた火力や水力を動かせば、真夏のピーク時でも十分に足りてしまうために、「停電になる」などと言いようがなかったのだ。
 原発で重大事故が発生したり大きな欠陥が発覚したりした時、同形炉をすべて止めて総点検するなどの必要が生じる可能性が常にある。すなわち、原発を作れば作るほど、停電の可能性が高まってしまうのである。
 原発をなくすために、一般家庭がクーラーを我慢する必要は全くない。必要なのは、日本政府がスウェーデンやイタリアやドイツやベルギーなどに続いて脱原発を決断し、まず一般企業の発電した電気をすべて適正価格で購入することを、電力会社に義務づけることである。そして過労死を作り出す超長時間労働を根本的に是正し、夏の長期バカンスを法制化することである。そのためには、サービス残業を合法化する裁量労働制の拡大や休日には無収入になる可能性のある不安定雇用の拡大をねらう労基法大改悪を阻止しなければならない。
 原発がなくても停電にはならない。欠陥だらけのヒビ割れ原発再稼働強行を阻止しよう。原発のない社会はいますぐ可能だ!(4月20日 高島義一)
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The KAKEHASHI

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