読書案内『リニア新幹線と南海トラフ巨大地震』
―「超広域大震災」にどう備えるか
石橋克彦著/集英社新書/924円
〝圏外〟サポーターとして運動に関わるため
沿線都県の知人から誘われて異議申立をし、2016年5月提訴のストップ・リニア!訴訟に加わった。提訴の半年前、国はJR東海の計画を全国新幹線鉄道整備法に基づき認可、異議申立は認められなかったので、国を被告に行政訴訟に踏み切った。
昨年12月、東京地裁は原告782人のうち532人の原告適格を認めない中間判決をだした。国は「全員を認めるな」と主張していたので、完敗ではない。早い時期から原告団事務局の控訴準備の便りが届いていたが、諸事情から手続きを逃した。いらいサポーターである。
本稿は、この時期以降に出版されたリニア中央新幹線に関連する出版物をはじめ、複数のメディアの伝え方と内容から、沿線各地で闘う住民らをサポートしようと書きはじめたものだ。「読書案内」は1点だが、著者も勧める2点の評価もある。6月発売の新書『リニア新幹線と南海トラフ巨大地震』を案内するため、12月発売の『超電導リニアの不都合な真実』と4月発売の『リニア中央新幹線をめぐって』も紹介した。
メディアからは7月5日に「リニア建設・中断し説明と再検証」という見出しの社説をだした朝日新聞を主に取り上げた。そしてこれらに関係するWebサイトなどについても論評した。
まず、現況を知っておくために朝日新聞を利用する。
曲がり角にきたリニア新幹線建設計画
朝日新聞は6月28日から5回にわたり沿線住民を取材した記事「リニア工事の周りで」を夕刊に掲載した。週明けの7月5日の社説では、「まだ遅くはない。JR東海と国交省はいったん立ち止まって事業の是非を再検討し、地元と真摯に対話することが求められている」と主張した。後述するが、これは立憲民主党幹部の認識よりはるかに沿線住民の思いに近い。論説室が企てたのか、それとも現場が持ち込んだのか。私はJR東日本管内で朝日新聞を定期購読しているため、JR東海が広告費をどれだけばらまいているかは承知しないが、経営的にも見通しをたてたのだろう。
6月20日の静岡県知事選、「水の問題」として静岡工区(8・9キロ)の認可を拒んできた川勝平太知事が、自民推薦の岩井茂樹元国交副大臣を大差で破って4選をはたした。川勝知事は22日の記者会見で国と事業者を次の発言のように挑発した。「国政での自民党の公約はリニアの早期実現。争点になると思ったがならなかった。返す返すも残念」「岩井候補は立場からすれば不思議な発言をした。ルートの変更と工事の中止。地元の要請があればJR東海にしっかり言うと何度も繰り返した」と。
JR東海は株主総会で「ルート変更はありえない」との答弁に追われた。赤羽国交大臣は記者の質問に、「地元の要請がない段階での仮定の話」と回答を回避した。岩井元副大臣は準大手ゼネコンの前田工業を経て参院議員の父・國臣の秘書から政界入りした二世議員。
JR東海はコロナ禍での乗客減少で3月期決算は創業いらいの赤字2015億円を計上。4月、品川・名古屋間の総工事費が見込み額に比べ約1兆5000億円増加の7兆400億円になると発表、27年の開業については「見通せない状況だが、静岡県との問題が決着してから国土交通省と相談する」とした。静岡での膠着が続く。
さらに難題が起こった。
昨年10月、調布市の住宅地で道路が陥没、原因は東日本高速道路が進める外環道トンネル工事だ。直径16メートルのシールドマシンで「大深度地下」を掘り進んでいた。大深度地下使用法は、首都、近畿、中部の三大都市圏の40メートル以深では、国などの認可さえあれば、地権者の同意や用地買収せずに〝公共性のある事業〟ならば利用できるという稀代の悪法。施工できる数社のゼネコンと巨大開発だけに利益が集中する。区間が決まっている品川・名古屋間286キロのうち246キロが地下、大深度地下は品川区・町田市間の33キロと春日井市・名古屋市中区間の17キロ。東京ではこの沿線の住民が差止訴訟の準備を進めている。7月6日発売のサンデー毎日の〝スクープ〟(注1)によれば、7月19日に提訴するという。
「現代の成田闘争」と報じた「日経ビジネス」
『超電導リニアの不都合な真実』(草思社/1700円+税/368頁)は、交通ライターの川辺謙一さんが取材を元に書き下ろした。「国民的な議論を進めるための情報提供」を目的に、「一般に知られていないこと」が書かれている。たとえば「リニア中央新幹線は在来方式でも開業できる」が見出しの第8章で、JR東海関係者が「それ」を示唆する発言をし、土木構造物が両方の「規格」に対応したサイズだと図示で説明。超電導リニアが失敗したら在来方式で開業させることもできると、複数の選択肢に導く。それは、①超電導リニア方式で開業、②在来方式で開業、③中止の3つ。川辺さんは「中止は失敗ではない」「アメリカでの開花をめざす」ことができると中止を推奨。そして「私は禍根なくきれいに終わらせることを提案する」とまとめている。リニア中央新幹線は「技術として成立してはいない」と言い切った本。
『リニア中央新幹線をめぐって―原発事故とコロナ・パンデミックから見直す』(みすず書房/1800円+税/200頁)は、科学史家の山本義隆さんの本。「10・8山﨑博昭プロジェクト」ウェブサイトに掲載した文章をまとめた。山本さんは『日経ビジネス』(18年8月20日)に書かれた事例を紹介。「この記事の『現代の成田闘争』との見出しがつけられているのは決して過大ではありません」と山本は評する。続いては、「リニアから住環境を守る田園調布住民の会」代表の新聞インタビューを引用、プロジェクトのサイトでは、この新聞記事も画像で閲覧できる。
『日経ビジネス』実物が手元にある。〝現代の成田闘争〟は確かに見出しだが、〝早ければいいのか―陸のコンコルド〟という大見出しの記事の中見出しだ。小見出しが〝役人をカネで味方にする〟の文章のさいごに大手ゼネコン幹部の次の発言があった。「もしかしたら、成田闘争を超えるかもしれない」と。単行本だけを読んだら、ゼネコンの評価であることは知らないままだ。私の手元にある本は初刷り、中日新聞や河北新報などの書評で取り上げられているようなので増刷される(た?)だろうから、その際には正確を期してほしい。
「原発震災」提唱者による4つの文章から
『リニア新幹線と南海トラフ巨大地震―「超広域大震災」にどう備えるか』(840円+税/240頁)は、歴史地震学の石橋克彦さんの単著。文字が大きい集英社新書のなかで、図表や注が最多クラスの正確さを期した本。昨年に発表した岩波「世界」(3月号)、「静岡新聞」(7月2日朝刊)、7月に共同通信配信の地方各紙、岩波「科学」(10月号電子版)の4つの文章を元にした本。あとがきによれば、本書の校正に入ってから川辺さんと山本さんの新刊を知ったという。「前者は技術的課題を丁寧に説明し、後者は著者一流の科学技術観からリニア中央新幹線を厳しく批判している。ともに良書」と薦める。
まずは石橋さんの紹介から。
毎日新聞は5月27日、「『東海地震説』後悔なき理由」(東京朝刊)で石橋さんの業績を報じた。76年5月、地震予知連絡会の会合で17ページの手書きのリポートが配られた。興味深く読んだ出席者らが極秘に内容の妥当性の検討を開始。共同通信がこれをスクープ、NHKは3日連続でこの話題を放送したという。これらがきっかけで地震予知が国家事業となる。このリポートの作成者は東大助手だった石橋さん。後に本人はこれを「アジビラ」とよぶようになったそうだ。17年、地震予知のための国の体制はなくなる。
77年11月、石橋さんは建設省建築研究所に着任。Web論座(12年9月22日)に「石橋さん自身は、研究所があった茨城県つくば市でのいい環境で子育てができたこともあり、全く気にはしていませんでしたが、周囲からは〝飛ばされた〟という声もあがったそうです」と大久保真紀編集委員は書いている。研究学園都市で研究所が業務を開始したのは79年4月、石橋さんは96年2月まで在籍する。
94年8月、石橋さんは「近未来の小田原地震、東海地震、首都直下地震」に言及した『大地動乱の時代―地震学者は警告する』(岩波新書)を世に問う。あとがきには「東京一極集中の是正にまで言及したのは地震研究者の守備範囲を越えているようでもあるが、そこまで言わなければ首都圏を襲う地震の深刻さが伝わらないのではないかと思う。将来の大地震についても敢えてストーリーをはっきり書いた本書が、首都圏の地震問題に関する国民的議論に少しでも役立てば幸いである」と書く。
95年1月、大都市直下の大地震は兵庫県南部で起こった。警告した関東や東海ではなかった。翌年、石橋さんは請われて新設される神戸大都市安全研究センター教授の職に就く。
阪神大震災をきっかけに、地震調査と研究を国が一括する体制がとられた。
都市直下地震の現実をみて、チェルノブイリ事故をきっかけに都市部で活発になった反原発運動でも「地震をきっかけとした事故」が課題となり、想定震源域にある浜岡原発を止めることが目標となった。地域で活動を続けてきた首都圏の女性たちが協力分担し、著名な地震学者へのオルグをはじめた。協力してくれる国会議員事務所との関係を語り、院内学習会の講師として誘うのである。石橋さんは神戸在住のため、会う機会が限られたが、前述の「Web論座」によれば97年6月、東京駅構内の喫茶店で、「PKO法雑則を広める会」の佐藤弓子さんらが約1時間、矢継ぎ早に質問。このとき石橋さんは、市民の大きな不安と危険性を知りたいという強い気持ちを知り、専門家としての存在価値を問われていることを強く意識したという。97年、石橋さんは「科学」10月号に「原発震災─破滅を避けるために」(岩波書店HPから自由にダウンロードできる)を投稿する。
石橋さんは原発震災を「大地震・津波で原発事故が起こり、放射能災害と通常地震が複合・増幅しあう破局的災害」と規定する。「福島原発震災」は、石橋さんが予測した最悪の様相ではなかった。「起こる可能性のあることは必ず起こる」と考えて、合理的に推測できる危険を社会に伝えたいと思っていたが、役に立たなかったと述懐。「リニア新幹線で同じことを繰り返したくない」とまえがきに記す。
石橋さんは06年4月、自身のブログ(注2)を開設している。このトップページには4つのテーマがならび、その1つ「リニア中央新幹線は地震に耐えられない」を開くと、本書の元となった4つの文章のファイルが公開され、閲覧・ダウンロードができる。版元サイトでは掲示していない「正誤表」ファイルもアップされている。
反対運動の積み重ねは、国にも耐震基準の再検討の必要性を認めさせた。再検討の審議会委員を任命されたのが石橋さんだった。06年8月、石橋さんは「委員として国民に対する責を果たせないと考えたので、会合途中で専門委員と分科会委員を辞する意を表明し、途中退席した」。
11年12月、石橋さんは民主党政権下の国会事故調委員となる。
リニア新幹線建設反対を 野党共同の全国政策に!
リニア中央新幹線は10年2月に鳩山首相と前原国交大臣のもとで交通審議会に諮問、小委員会などの審議を経て、11年5月に答申、建設が決定した。
石橋さんは小委員会の資料と議事録を読み、その批判を本書のため補足した。「かつての個々の原子力発電所が、まず電源開発調整審議会で国策民営の計画どおりに決定され、そのあとで耐震審査が行われるために、地震学的にみれば根本的に危険な場所にも建てられてしまったという構図と同じである」。
立憲民主党ホームページ内を「リニア」をキーワードに検索をしてみると、福山幹事長の記者会見では質問に「リニア計画は東京都連の課題」として答えず、さらに選挙区の京都もと問われると「政調に聞いてみる」と即答しない。枝野代表は国会では時期尚早と態度を保留、全国組織の政策とは考えていないようだ。元政権幹部は逃げ道を知っているようだ。
逃げ道を皆で知れば逃げ道ではなくなる。日本共産党は「建設反対、工事は中止して議論を!」と主張する。総選挙の政策協定に盛り込めるか。実現させる時間は少ない。
(7月10日 KJ)
(注1)サンデー毎日の〝スクープ〟の執筆はフリージャーナリストの樫田秀樹さん。樫田さんは自身のブログ「記事の裏だって伝えたい」(http://shuzaikoara.blog39.fc2.com/)で、リニアや入管問題取材の取材費カンパを呼びかけている。
(注2)「石橋克彦 私の考え― seismology.jp」
(https://historical.seismology.jp/ishibashi/opinion/)、
石橋さんが高木仁三郎さんの最晩年に共同研究をしていたことなどもわかる。
opinion/110523namazu_genpatsu.pdf
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