映画紹介 「МINAМATA」

監督アンドリュー・レビタス 2020年製作/115分/アメリカ
ユージン・スミスとアイリーンの3年間
企業の犯罪、国家・地域の責任

資本主義が
犯した犯罪
 1970年代初めに水俣を訪れて、水俣病の実態を取材した米国の写真ジャーナリスト、ユージン・スミスとアイリーンの水俣での3年間を描いている映画だ。今ちょうど上映が始まったばかりだ。タイムリーに、毎日新聞「斎藤幸平の分岐点ニッポン 資本主義の先へ」(10月3日付け)で水俣病を扱っていた。
 私は『苦海浄土』を通して水俣を知った。おそらく1970年代だったと思うが、テレビで報道された「ネコ狂い病」の映像や原因の工場廃液が排水路から水俣湾に流れている映像が水俣病の記憶として残っている程度で、地元の人々がどれほど辛い目をし、どのように闘ってきたのかはほとんど知らなかった。

警察・企業、
地域が一体化
 水俣に着いたユージン・スミスとアイリーンは地元の青年の案内で、チッソ水俣工場附属病院に潜入し、身体の変形やけいれんに苦しむ人々を撮影した。また、動物実験を行っている実験室で、チッソ側が15年も前から、廃液に含まれる有機水銀が中毒の原因であることを知っていたという証拠のレポートを見つけ、写真に撮った。ユージンは、いろいろの場所で撮った写真を、地元の人が作ってくれた暗室小屋で寝食を忘れて現像に専念する。ようやく作業を終えて眠りについてから、この現像小屋が爆発炎上する。この火災は本当の事件であったのだ。病院内に潜入する忍者のような行動も本当のことだったらしい。
 工場前で被害者側の活動家の演説を取材しているとき、ユージン・スミスは会社員の男性2人に拉致されるようにしてチッソ社長の前に連れて行かれた。チッソの社長はユージンに、「会社は人々の生活に必要なものをつくっている」ことを強調してから、ppmという単位を知っているかと聞く。ppmの話は、当時だけのことではなく、現代にもそのまま当てはまる。
 チッソは、プラスチックの原料となるオクタノールを石炭からつくる工程で、水銀を含む排水を海に垂れ流していたという。水銀は有毒でも、広い海の中に拡散すればほとんど無に等しいし、圧倒的多数の人々の利益になるのなら、わずかの人々の損害は取るに足りないという話なのだ。
 チッソは(前身は日本窒素肥料)、明治時代の後期に創業の、科学肥料や日常品から火薬までを製造している新興財閥系企業だ。社長は、5万ドルと引き換えに写真のネガを渡すように迫ったが、このときユージンは拒否する。

患者、家族た
ちの決断の時
 この映画で一番驚いたのは、ユージンが写真の現像に使っていた小屋が、深夜に爆発炎上する場面だった。ユージンたちが水俣に着いてから、陰に陽に警察の監視がついていたようなので、警察はやっぱり露骨に弾圧するのだなと、チッソ資本の暴力を感じた。
 現像小屋が炎上し、せっかくの苦労が水泡に帰し、何もかもやる気が失せて、帰国しようと思う。ユージンは第2次大戦の時も沖縄戦に報道カメラマンとして従軍したようだ。そのときの記憶が映画で再現され、「もう日本には行かない、懲りた」と愚痴を漏らす。それから間もないある日の夜、炎上してしまった小屋の前に14、15人の患者家族が集まっていた。この場面も印象的だった。これもおそらくほんとにあった出来事なのだろう。ユージンが遠慮がちに言うのである、「あなたたちの家族の大切な時間を少しだけ共有させてほしい」と。みんな黙ってうつむいていたが、やがて2人が手を上げ、それをきっかけにみんなが手を上げた。実は、それまでみんな写真にとられることを拒んでいたのだ。原因は、水俣病患者を嫌い差別する町の人々の態度だった。しかし、この夜の集まりをきっかけに、患者家族の姿勢が変わり、チッソ株主総会の日の門前集会へと闘いの波は拡大していく。ユージンはそのときの取材中に、暴行を受けて重傷を負って入院する羽目に。
 ベッドに寝ているときこっそりと青年が一人忍び込んできて、済まなかったと謝罪の言葉を口にし、仰向けに寝ているユージンの上に封筒を置いて出て行った。その封筒には、焼けたはずの写真のネガが入っていた。そして、映画では、水俣訴訟判決が出た直後の会社との交渉の場面が続く。映画の最後は、胎児の時に患った水俣病のために目が見えず体が変形した重度の症状の娘を浴槽の中で抱いている母の姿を撮影するユージン、そしてその写真が掲載されたタイムスの誌面が印刷される場面で終わる。

まだ責任を認
めていない!
 この映画は水俣の被害者や家族の闘いを中心に描いてはいないので、訴訟の経過などは描かれていないが、映画の場面が終わった後で、水俣問題はいまも解決しておらず、日本政府も責任をきちんと認めていないこと、そして現在もなお全世界で水俣病のような事件が後を絶たないとして、世界22カ所の公害事件の映像が流れて終わった。
 ユージン・スミスが映画の最後の頃に言った言葉で、「アメリアインディアンは、写真を撮られるとき、自分の魂が抜き取られるというが、そのときカメラマン自身の魂の一部も削りとられるのだ。だから真剣に撮らねばいけない」と言ったのが印象に残った。また、斎藤幸平が言っていたように、水俣病を考えるとき(資本や国家の横暴だけではなく)一人一人の人間の責任も問われているのであろう。衝撃を受けた映画だった。
       (津山時生)

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