映画『MINAMATA』をめぐって(10月25日発行)
本紙10月18日号に映画紹介「MINAMATA」が掲載された。かけはしのHPには、休日などを挟まなければ発行日前週の水曜日にはアップされる。
私は、史実をモチーフにした劇映画がどのように創作されているか、という関心から12日に鑑賞した。映画監督である森達也が、実際に1923年9月6日に起こった福田村事件をモチーフにした自身はじめての劇映画を100周年に向けて準備中だ。私の生まれ育った地域で起きた事件で無関係を装えない。
鑑賞翌日の13日にHPの映画紹介を読んだ。津山さんは水俣病をめぐる問題と課題について、今の課題として的確に指摘している。いっぽう、映画の内容については印象的な場面を紹介しているが、読み手によっては史実と勘違いさせそうな記述であった。この件を本紙編集部に問い合わせると、「映画紹介の第二弾という手もある」と促され、本稿を書いてみた。
(10月18日KJ)
アメリカ公開
がなぜ白紙か
2018年10月、ジョニー・デップを主役とするハリウッド映画『MINAMATA』の制作発表が行われた。監督のアンドリュー・レヴィタスらは18年に水俣を訪れ、患者や家族らと交流している。撮影は水俣では行われず、セルビアの倉庫内のセットと、モンテネグロの海岸沿いの街で行われた。現在の水俣では、ユージン・スミスとアイリーン・美緒子・スミスが水俣で撮影した71年からの3年間を再現できなかった。また、撮影による喧騒が住民分断の記憶を呼び覚ますことを避けたとも言われている。
作品は、20年2月にベルリン国際映画祭で初公開、お披露目された。北米の配給権はMGM社が取得し、他の地域と同時期の今年2月に劇場と動画配信サービスで同日公開する計画だった。しかし公開は延期され、アメリカ公開は白紙のままだ。
デップは元妻アンバー・ハードとの間でDV問題の法的争いが継続している。デップ、自身を「妻を殴る男」と書いた英タブロイド紙のThe Sunを名誉棄損でを訴えたが敗訴。デップ自身が白紙の理由を「個人生活における裁判騒動」だと他紙に語っている。
今年5月、動画配信サービス事業に力を入れるAmazon.comがMGMの買収を発表した。7月、シネマトゥデイは、アンドリュー・レヴィタス監督が映画の後援者らに次の内容の手紙を送ったことを報じている。
「MGMは、最悪の産業公害事件の一つである水俣病の何千人もの犠牲者の苦しみを明るみに出したいと熱意を持っていました。長い間、社会から疎外されてきたこのコミュニティーが望んでいたのはただ一つ、罪のない人々が自分たちと同じように苦しむことのないよう、歴史を影から出すということ。―中略―この映画に出ている俳優の個人的問題が、MGMの評判を悪くする可能性を懸念したのです。彼らの視点では、被害者やその家族のことなど二の次だったのです」。
化学産業による公害事件を、こんどはIT産業が握りつぶした。アメリカ公開が白紙なのは、ハリウッドが震源となった#metoo運動による影響ではなく、資本主義をけん引する巨大IT企業とその配下が、映画を葬ろうとしているためだ。
水俣病の今
と出会うため
公開が近づくと、国内メディアでは関連した報道をはじめた。たとえばテレビ朝日は昨年12月、深夜放送のドキュメンタリー番組・テレメンタリーで「MINAMATA~ユージン・スミスの意思~」を放送。局内で補完する報道資料や、ゆかりの患者や家族の現在、そして未認定者らの現在の闘いを描きだし、ユージン帰国後の水俣病の状況と今後の課題を描き出した。NHKも同様の手法を、複数の媒体で駆使した。
朝日新聞はWebに特集コーナーを設け、記事のアップデートを続けた。映画が公開されると、水俣病は過去のものではないことを強調した。10月3日には1・2面と社会面を埋めつくすような記事を紙面で展開、13日夕刊では原田正純さんの改版―デジタルで再組版された岩波新書『水俣病』を紹介、16日のオピニオン面ではユージンの元妻、アイリーンさんのインタビューを掲載した。
出版物でも、『女帝―小池百合子』で知られるノンフィクション作家の石井妙子が『魂を撮ろう―ユージン・スミスとアイリーンの水俣』を書きあげ、田口ランディは『水俣天地への祈り』を書きあげた。石井は07年からアイリーンを取材してきたという。
映画では、15年制作の米作品『ジャズ・ロフト』が15日に公開されたばかり。ユージンの住居兼スタジオで行われていたジャムセッションの記録と、長男ら関係者のインタビューを構成した作品だ。国内では、『ゆきゆきて、神軍』の原一男監督最新作『水俣曼荼羅』が今秋公開予定。撮影15年、編集5年、上映時間は6時間を超える。
新たな記録の製作が続くのは、水俣病問題が解決しておらず、時間の経過とともに問題がより深刻になっていることを物語っているだろう。アイリーン自身も仲間らと〝「水俣病の今」と出会うサイト〟を開設し、記事の積み重ねを始めている。https://www.mwp2021.net/
史実をもと
にした創作
本紙10月18日号で紹介した中で、史実とは大きく違うエピソードに限って触れておく。
チッソ工場内で15年前の証拠を見つけた場面。これは、56年にチッソ附属病院の院長が水俣保健所に届けて公式確認された史実を脚色したものだろう。朝日読者には3日2面の比較年表で確認してほしい。岩波新書『水俣病』にはさらに詳しい記述がある。
現象小屋が爆発炎上する場面に類似する事件は史実にはない。ユージンは従軍記者時代、沖縄戦での日本軍の砲撃で負傷し、トラウマをもった。この史実を映画に反映させるための創作だろう。映画『ジャズ・ロフト』では、このトラウマを思い起こさせる場面で、ユージンの写真を使った。これは沖縄ではなく、硫黄島での撮影した砲撃の場面に見えた。
映画の舞台は一貫して水俣に限られていた。関連する実際のチッソ株主総会は大阪市内で行われた。ユージンがチッソ従業員に拉致されたのは千葉県市原市の五井工場で、第二組合が襲撃した。第一組合は患者らの支援を行っていた。キャストのチッソ社長は國村隼が演じた一人の人物だった。71年7月に就任した島田賢一をモデルにしたようだ。株主総会で患者と対立したのは06年に没した江頭豊が史実だ。患者らとの対決で批判されて会長職に〝退いた〟江頭豊は、皇后雅子の母方の祖父にあたる。
アメリカインディアンと写真と魂のエピソード。これは、石井妙子は『魂を撮ろう』に「ユージンの母ネティにはネイティブ・アメリカンの血が、四分の一ほど流れていた」という内容の記述が参考になるだろう。映画と史実を照らし合わせるには、『魂を撮ろう』を超えるものの入手が必要だろう。
個人的だが、水俣病の今に出会う本で最適なのが『みな、やっとの思いで坂をのぼる—水俣病患者相談のいま』(ころから刊)だ。できればAmazon.comを利用しないでほしい。著者の永野三智さんは水俣病センター相思社の常務理事、ここのショップでも入手できる。
https://www.soshisha.org/jp/shop
(KJ)
The KAKEHASHI
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