投書ドストエフスキー誕生200年

SM

 ロシアの小説家ドストエフスキー(フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー)は1821年11月11日に生まれた。2021年11月11日が誕生200年に当たる。11月11日・木曜日の『神奈川新聞』が「照明灯」(1面)と「論説・特報」欄(15面)で関連する記事を掲載した。新聞では、私の見間違いでなければ、他に11月22日・月曜日の『産経新聞』が9面に、11月28日・日曜日の『日本経済新聞』が28面に、11月30日・火曜日の『東京新聞』が10面に関連する記事を掲載した。
 
神のもとの不幸
をどう考えるか
  「人気作家の村上春樹さんが、人生で巡り合った最も重要な一冊として「カラマーゾフの兄弟」を挙げている」(「照明灯」)。「哲学者のヴィトゲンシュタインは死ぬまでに30回読んだっていいますから」(「100分de名著」、亀山郁夫さん)。(ドストエフスキーは)「農奴らによって父を殺害された。社会主義者の集会に出入りした罪で逮捕され、死刑宣告を受けた。恩赦が下ったもののシベリアの流刑地に送られた。浪費癖があり、ギャンブルに溺れた」(「照明灯」)。
 私はNHK Eテレでアンコール放送された「100分de名著『カラマーゾフの兄弟』」(全4回)の録画を見た。司会は安部みちこさんと伊集院光さん、語りは加藤有生子さん、朗読は津田寛治さん(俳優)、指南役は亀山郁夫さん(ロシア文学者・名古屋外国語大学学長)、アニメーション制作はケシュ#203、音楽は椎名邦仁さんだ。私は第2回(「神は存在するのか」)と第4回(「父殺しの深層」)が特に面白いと思った。
 なお、「照明灯」ではカラマーゾフの父(ミハイル)は「農奴らによって殺害された」としているが、「100分de名著」では「農奴たちによる殺害説が濃厚」としている。『カラマーゾフの兄弟』のイワンは「神がいるならなぜ世界に悪がはびこっているのか」と問う。「神のもとでなおかつ不幸が存在する」というキリスト教の矛盾を指摘する。私もこの点はイワンに同感だ。だがイワンとは違って「神がいなければすべては許される」とは考えない。そこで神に代わるものとして、私が考えるのは人権だ。ロシア文学者の亀山郁夫さんは、ドストエフスキーが「他者の死を願望すること」を最も重大な罪と考えていたと指摘している。無差別殺人や親の命を奪う事件が後を絶たない現代において、作品は色あせない」(「照明灯」)。
 
皇帝と革命で
引き裂かれて
  私は「君の誕生日」(監督 イ・ジョンオン、2019年製作、韓国映画、原題 생일)が好きだ。とても人間的だからだ。ヘイトクライムやヘイトスピーチがキライだ。他者の死を願望し・存在を否定するヘイトクライムやヘイトスピーチは人権のものさしから考えて最も非人間的であり重大な罪の1つだと私は考える。
 ドストエフスキーは「28歳のとき反逆罪で死刑判決を受ける(のちに恩赦)。釈放後は皇帝権力寄りの作家に」なる(「100分de名著」)。「ロシア革命を指導したレーニンが「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」を「読むに値しない」としたため、ソ連時代には1960年代までドストエフスキーは正当に評価されなかった」(リュドミラ・サラスキナさん、「論説・特報」)。レーニンにはドストエフスキーの政治姿勢(皇帝権力寄り)が気にいらなかったのだろうか。1866年4月4日にアレクサンドル二世暗殺未遂事件がおきる。犯人の名前はドミートリー・カラコーゾフという。『カラマーゾフの兄弟』には「カラマーゾフ万歳!」という言葉が出て来る。
 亀山郁夫さんは語る。「ドストエフスキーは右(皇帝権力)に対しても左(革命勢力)に対しても目配りをきかせて「カラマーゾフ万歳!」っていう言葉をいっている可能性があるんです。「カラ コ ーゾフ万歳!」というふうにいわしめている可能性があるということなんですね」。「実際に同時代の読者はこれを読むわけです。当然革命家たちもテロリストたちもこの小説を読むわけですよ。そうすると「カラマーゾフ万歳!」って子供たちがシュプレヒコールをあげるのを自分たちに対するエールととる可能性だってあるわけです。ドストエフスキーはそこまで計算して書いていると思います」(「100分de名著」)。
 「私たちが読むことのできる「カラマーゾフ―」は「第一の小説」であり、より重要と位置づけられた「第二の小説」は作者の死で書かれなかった」(「照明灯)。「ドストエフスキー自身は熱烈な皇帝派のシンパであるけれども、でも同時に革命派に対するシンパシーっていうもの、若いころの情念はまだ生きているので、彼自身引き裂かれているわけですよね。そういう引き裂かれた自分を統合する、引き裂かれたロシアを統合するというビジョンをもって第一の小説を終えたというふうにいえると思うんですね」。「「第二の小説」で目指すのは帝政ロシアと革命ロシアの融合・和解ということだと思うんですね」(「100分de名著」)。
 亀山郁夫さんは大胆に推理する。「「第二の小説」ではコーリャ(コーリャ・クラソートキン、「自ら社会主義者と名乗る優しさと残酷な側面を合わせ持つ少年」)とアリョーシャが小説を率いていく原動力になると思うんですね」。「アリョーシャの犠牲の結果皇帝権力と革命勢力の和解が実現」するのではないか(「100分de名著」)。私は文学を否定するわけではない。ドストエフスキーを全否定するわけではない。レーニンを何でも支持するわけでもない。だが帝政と革命の和解などという考えはナンセンスであると思う。よみがえりの思想も支持しない。
 
各紙は別にして
多数の取り上げ
  私は緊急事態宣言で多数の新聞に目を通していない時期があったので、最近の『神奈川新聞』『産経新聞』『日本経済新聞』『東京新聞』以外の新聞(『朝日新聞』『毎日新聞』『読売新聞』『日刊スポーツ』)が違う時期にドストエフスキー誕生200年に関する記事をまったく載せていないかどうか自信がない(この文章は11月30日・火曜日までの新聞にざっと目を通してから書いた)。

【ドストエフスキーに関する出版物の1部】
『罪と罰』、フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー 著、亀山郁夫 訳、光文社(光文社古典新訳文庫)、全3巻
『カラマーゾフの兄弟』、フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー 著、亀山郁夫 訳、光文社(光文社古典新訳文庫)、全5巻
『100分de名著 2021年11月 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』』、NHK出版
『現代思想』2021年12月臨時増刊号・第49巻第14号、総特集 ドストエフスキー ―― 生誕二〇〇年、青土社
『[ミステリー・カット版]カラマーゾフの兄弟』、フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー 著、頭木弘樹 編訳、春秋社
『カラマーゾフの妹』、高野史緒 著、講談社(講談社文庫)
『『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する』、亀山郁夫 著、光文社(光文社新書)、出版社品切れ
『江古田文学』第107号、特集・ドストエフスキー生誕二〇〇周年、江古田文学会
(2021年12月1日)

The KAKEHASHI

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