読書案内「LGBTとハラスメント」を読む

神谷悠一(「LGBT法連合会」事務局長)、松岡 宗嗣(LGBT関連情報を発信する一般社団法人fair代表理事)著/集英社新書

SOGIハラNO!

 改正労働施策総合推進法(20年6月施行)は、パワーハラスメント防止義務の指針(20年1月)の中にSOGIハラ〈(性的指向Sexual Orientation)と性自認(Gender Identity)の観点からみた一人一人の持つ属性で、SOGIを理由とする不当な差別的言動・嫌がらせ)〉とアウティング(性的指向・性自認等の個人情報を本人の同意なく暴露する)もパワーハラスメントであることを明記し、大企業・団体・地方自治体は20年6月、中小企業は22年4月から防止を義務付けた。
 指針は、パワーハラスメントの言動の類型(身体的な攻撃/精神的な攻撃/人間関係からの切り離し/過大な要求/過小な要求/個の侵害)を明示し、性的指向・性自認に対するハラスメントに関しては、①「精神的な攻撃」(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)―人格を否定するような言動を行うことを含む。②個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)―労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること―と明記した。
 厚労省は、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第8章の規定等の運用について」の通達を発出し、「相手の性的指向・性自認の如何は問わないものであること」と明記している。
 さらに性的指向・性自認に関連する差別禁止規定を置く条例は、東京都(東京都性自認及び性的指向に関する基本計画)、茨城県、豊島区で定めている。また、カミングアウトの強制や禁止を設けているのが、国立市、豊島区、港区、三重県だ。
 このようなSOGIハラとアウティング防止の流れの中で、本書が「誰もがSOGIハラとアウティングの加害者にも被害者にもならないよう、本書が『性のあり方』についての視点や、セクシュアルマイノリティを取り巻く現状、ハラスメントが起きてしまう背景について認識するための処方箋」であると述べている。 本書は(「序章「性の多様性」についての基礎知識/第一章「LGBT」へのよくある勘違い―ネガティブ編/第二章「LGBT」へのよくある勘違い―一見ポジティブ編/第三章「LGBT」に限らないよくある勘違い/第四章「SOGIハラ・アウティング防止」法とは/第五章 LGBTをめぐる「人事・労務制度」/巻末付録「パワハラ防止指針」という構成になっている。

共に生きる社
会をめざして

 NHK・関西 NEWS WEB(12月10日)は、「心と体の性不一致 トイレ利用で通報のトラブル」という見出しで以下のように報じた。
 「捜査関係者によりますと、ことし5月、大阪市内の商業施設で戸籍上の性別は男性で性自認は女性の40代の利用客が女性用トイレに入り、施設から警察に通報されるトラブルがありました。
 ……その後の捜査でも、心と体の性が一致しないトランスジェンダーであることが確認されたということで、警察は刑事事件として扱うべきかどうか慎重に検討しています。
 商業施設にはほかの客から、『週末のたびに女性の服を着た男性がトイレを使っていて、怖くて利用できない』という苦情が寄せられていたということです。」
 ところがNHKは、一方通行のベタ記事報道ではなく、「当事者の説明」として「『いくら話しても自分の気持ちはわからないでしょう』とも話しているということです」と紹介。
 また、セットでジェンダーの問題に詳しい中京大学の風間孝教授のコメントとして、「性自認に合ったトイレを使いたいというトランスジェンダーの思いと、トイレを使っている女性の不安が衝突した出来事だと思う。性自認に合った生活をしたいという思いは尊重されるべきだ。学校や職場など限られた人が利用する場所なら、どういう性自認を持っているか周囲の人たちも認識でき、理解がある状態で性自認にあったトイレを使えると思うが、性自認は目に見えないため、公衆トイレなど不特定多数の人が使う場所では、周囲の人たちは外見などで判断するしかないのが現状だ。性別を分けないトイレで、どんな性の人でも利用できるという環境が整備されれば理想だ。本来は、性自認に即して生活したいという思いと、安心して生活したいという思いは決して対立するものではない。いまの社会ではトランスジェンダーも女性もジェンダーの問題によって生きづらさを感じていることを認識したうえで、どうすれば共に生きていけるか社会全体で考えていく必要がある」と解説入りの丁寧な報道を行いながら人々に問題を投げかけた。
 やはり改正労働施策総合推進法施行による大企業・団体・地方自治体・中小企業に対するSOGIハラ・アウティング防止の義務付け、各自治体ににおける条例制定の流れの反映なのかもしれない。とりわけトイレ問題は、トランスジェンダーにとって切実な問題だ。トイレ・アクセス権が制約されているなか、人権問題としても浮上している。

トランスジェンダー
とトイレについて

 本書も「『だれでもトイレ』は万能の解決策?」というタイトルで、「人目に付く場所に『だれでもトイレ』があると、それを利用することでかえって当事者と疑われるから使いづらいという声や、確かに職場に一つあるんだけど、私の席からは遠くてそう簡単には使えないなど、さまざまな声が聞かれます。結局お昼休みに駅やコンビニのお手洗いを使う、水分をひかえて脱水症状になりやすい、あるいは我慢しすぎて排泄傷害となる人もすくないというデータも出ています」と述べている。
 さらに問題はこれだけにとどまらず、「『トランスジェンダーがトイレに入ることを認めれば、不審者の男性が女性トイレに入ってしまうのではないか』ということもよく言われます」と述べ、「性自認に基づく施設の利用を原則に置いて、多目的に使える施設、個室などを組み合わせた工夫など、環境調整する努力が、周囲、特に企業等の組織には求められる傾向にあるとはいえそうです」と指摘している。
 この問題に対して法的判断が現在争われている。本書で紹介されている経産省職員が性自認に基づくトイレを自由に使用させなかったことに対する訴訟で東京地裁は「女性用トイレの自由な使用を認めなかった人事院の判定を取り消し、国に132万円の賠償」(2019年12月12日)を命じた。控訴審で東京高裁は、「使用制限は適法」とする逆転敗訴の判決(21年5月27日)が出されている。最高裁はどのような判断をするか注目されている。
 いずれにしてもトイレ問題などはトランスジェンダーの人々にとって重大な人権問題としてあり、共に生きる社会を少しでも推し進めていくためにどのように協力しあえるのかという課題だ。また、LGBT差別禁止法の制定も含めて長期にわたる協議のうえで、いかに合意へと到達できるかとしてあり、過渡的調整プロセスであるということを自覚し、取り組んでいかなければならない。本書をテキストに論議を深めていこう。
       (遠山裕樹)

news/20211210/2000054932.html)

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