書評「ルポ・収容所列島 ニッポンの精神医療を問う」

著:風間直樹・井艸恵美・辻麻梨子/東洋経済新報社/1760円

「新型コロナ」
ウイルス感染
 新型コロナウイルス感染症の拡大は、日本の医療体制の脆弱性を明らかにした。日本の医療の特徴を一言で表すとすれば、それは「安全」でも「患者第一」でもなく、残念ながら「安上がり」である。その「安上がり」な医療を象徴しているのが精神医療である。日本はOECD諸国に比べて病床当たりの医療従事者が少ない。だから「安上がり」に医療が提供できる。しかし精神科では、その少ない人員配置よりもさらに少ない人員配置が、医師は一般病棟の3分の1,看護師は3分の2で良いとする、「精神科特例」として認められている。
 少ない医療従事者では説明と同意にもとづいた丁寧な医療を提供することは困難だ。そのため精神医療では、患者の人権はないがしろにされている。患者の同意を必要としない「医療保護入院」が年間約18万件にも達している。何ら歯止めはない。精神病床の入院患者数は28万人なので半数以上が強制入院だ。本書では「DV夫の策略で長期入院させられた看護師」など信じられないようなケースが次々と出てくる。
 そのほか、「死にまで至る『身体拘束』」や「薬漬け」の実態が明らかにされる。「薬漬け」は「発達障害」の「診断」のもと精神病院ばかりでなく児童養護施設や学校でも広がっている。教育の場で不足するケアを身体拘束や薬剤で埋め合わせているのである。
 日本の社会は、ケアのために最も人手をかけなければいけないところに人手をかけない。そのために適切なケアを受ければ社会で暮らせるはずの人がはじき出されてしまう。そのような、例えば認知症の人たちが、人権を奪われ精神病院に無期限に収容される。そして福祉行政の貧困がそのような精神病院を必要悪としている実態がある。
 長期収容は入管ばかりの問題ではない。「日本の精神病床の平均在院日数は265日(2019年時点)」、「ドイツは242日。イタリアは139日」、医療の名のもとに、このような長期収容を行っているのは日本だけなのだ。

患者を主体と
した医療体制
 私がこの本で最も衝撃的だったのは、宇都宮病院事件で有罪判決を受けた石川文之進が現在も現役医師として何ら反省もせず、以前と同じように「犯罪」を再生産していることだ。
 これは、民間病院を主体とした日本の精神医療体制は解体されるべきだということを意味する。合法的に「人間が人間を閉じ込めることができる世の中」を終わりにし、患者中心の医療への転換が必要だ。さもなければ、社会に異議を唱えたことで、認知症や人格障害という診断での長期収容の次の被害者は私かも、あなたかもしれないのだから。             (矢野 薫)

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