映画紹介 『私のはなし 部落のはなし』(2022年/205分)
監督:満若勇咲/プロデューサー:大島新/配給:東風
天皇制を支えてきた社会とは
早送りで映画
を見る人びと
5月21日に封切られた満若勇咲さん(1986年生)が監督したドキュメンタリー映画『私のはなし 部落のはなし』は、休憩10分をはさむ205分の大作だ。満若さんは大阪芸術大学で映画監督の原一男さん指導する記録映像コースでドキュメンタリー制作を学んだ。昨年11月、原監督は本作よりさらに167分長いドキュメンタリー映画『水俣曼荼羅』(確か休憩は2回だった)を公開している。
この紹介を書こうとしたが難題に直面、5月28日の朝日新聞読者欄の〝売れている本〟で『映画を早送りで観る人たち/ファスト映画・ネタバレ―コンテンツ消費の現在形』 稲田豊史著/光文社新書)が紹介されていた。「映画などの動画を早送りで見る習慣が、若者の間に広まっている」「彼らはSNSで友人との話題についていくために数をこなす必要がある」「時間の無駄だったと思わないよう、あらすじを知った上で作品を選ぶ」といい、この記事を執筆した朝日新聞社GLOBE副編集長の同僚の小学校1年生の娘は「10秒飛ばしで動画を見ている」そうだ。
若者の間に広まる有料のネット動画はサブスクリプション(商品やサービスを所有・購入するのではなく、一定期間利用できる権利に対して料金を支払うしくみ)で、月額500円から2000円前後らしい。今回の本作はシニア料金でも2000円、原作品では一律3900円と上映時間比でみれば新作としては大勉強している。しかし、早送りなど「自己防衛策」をとる余裕のない若者を劇場に誘うための映画紹介は書けるのか。朝日をヒントに、ネタバレであらすじを紹介してみる。
パンフレット
を読んで
持病の関係で映画館を避けている友人のためにパンフレットを購入した。睡魔に襲われそうにもなったが「この場面をここに入れた意図は?」などと考えると次の場面に追いつかなくなり、鑑賞後にもやもやが残ったのでさっそく開いたが文字が小さい。それだけ詳しくあらすじが書かれていた。『水俣曼荼羅』はパンフレットをつくらず、シナリオが入った単行本を用意していた。
本作の編集は、限られた場面の限られた登場人物が交互に映し出され、なんども繰り返すのが基本パターンだ。作品冒頭場面は三重県伊賀市柘植町にある前川(まえがわ)という被差別部落で、「反差別・人権研究所みえ」の松村元樹事務局長を進行役に4人の座談会が行われ、結婚差別が話題の中心になる。松村は水平社宣言の原文の朗読役としても登場する。地域の〝古老〟廣岡善浩は前川と近隣地区の境界について考えてきたことをはなす。
『近代部落史―明治から現代まで』(平凡社新書)などの著書がある黒川みどりは、満若のインタビューで黒板にポイントを書きながらはなす。
京都の六条河原はかつての処刑場で、劇中劇で歴史を表現する。下京区にある崇仁地区は六条村が移転してできた京都最大の被差別部落。ここに滋賀県近江八幡市から18歳で結婚して移り住んだ高橋のぶ子が、バラック生活から市営住宅、市立芸術大学の移転地となるため転居するまでをカメラは追う。隣接する東九条には戦災難民の朝鮮人と混住していたために同和対策には指定されず、その現状を山内政夫が8ミリカメラで自主映画『東九条』を製作していた。山内は地域史を掘り起こし続けるが、満若はフィルムの痛んだ『東九条』の再生と保存のためか、リマスターしたフィルムの上映会の場面のはなしを映じる。
前作『にくのひと』
と部落解放同盟
封切り前の本作の紹介では必ず、「大阪芸大生だった2007年に撮った『にくのひと』は兵庫県の食肉処理場を描いた。10年に東京での一般公開が決まった直後、運動団体から内容について抗議を受けた。その対応の過程で関係者の間に不信感が生じ、結果的に作品を封印した」(毎日新聞5月3日)のように、前作『にくのひと』のエピソードに触れられる。
本作では、この『にくのひと』製作に全面協力した食肉センターの理事長、中野政国のはなしをノートパソコンのモニター画面から放映する。兵庫県の部落解放同盟から抗議を受けた当時、解放同盟として満若の対応をした橋本喜美男が当時の私のはなしをする。公開中止ではいくつもの理由をあげたが、橋本が許せなかったのは一つだけで、「穢多をより蔑む〝エッタ〟という表現を野球部のチーム名にしたということが酒席の〝笑い話〟になっている場面が許せなかった」とはなす。橋本は、出自を暴かれたことで最愛の娘を自死で亡くした経験を持つ。満若はこの映画を中野に捧げている。
満若は、「復刻版 全國部落調査」の販売とウェブサイトへの掲載をめぐって部落解放同盟と法廷で争う鳥取ループ/示現舎(じげんしゃ)代表の宮部龍彦の取材にも同行し、宮部の部落差別についての考えを聞き出す。被告の宮部は公判で「復刻版が出版されて、死者が出ましたか」といい、原告の一人である橋本は「復刻版は絶対に許せない」という。
被差別部落の
歴史と未来
映画撮影時に20歳になった大阪府箕面市出身の中嶋威(たける)は和太鼓奏者で「暮らしづくりネットワーク北芝」で地域教育推進・子育て支援室の一員として働く。北芝の地域活動は、Eテレの番組バリバラでも、水平社宣言100年がテーマの放送回で紹介されていた。中嶋は地域外から北芝にきた幼馴染らと3人で語り合う。思い出の曲なのだろう、1人がウクレレを持参し、その伴奏でブルーハーツの「青空」(作詞: 真島昌利/1989年)を合唱する。3人が生まれるはるか以前の曲で、地域で歌い継がれてきたのだろうか。「青空」の歌詞には次のような一節もある。「生まれた所や皮膚や目の色でいったいこの僕の何がわかるというのだろう」。
前川でも、地域外出身者との〝ママ友〟どうしの対話場面として映し出される。子らへと差別の烙印が受け継がれていく社会の問題が多く語られる一方で、社会の家父長的なあり方が依然として支配的であるということをにじませる。研究者の黒川は満若の問いに、「(天皇制と部落差別は)結びついているけれども、天皇制をなくせば部落差別がなくなるという問題ではない」「部落差別を温存している社会というのは、天皇制を支えてきた社会」だと説明する。
本作の最初のカットに「この映画には差別の現実を伝えるために差別的な表現が一部含まれています」と字幕がでて緊張させた。その緊張を適度に保てた編集だったというのがこの映画の第一印象で、鑑賞をすすめたい理由でもある。
部落解放同盟は水平社100年の記念事業で製作委員会を立ち上げ、島崎藤村の『破壊』を60年ぶりに映画化、7月公開が予定されている。
(5月30日 斉藤浩二)

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