読書案内『誰のための排除アート?―不寛容と自己責任論』

五十嵐太郎 著、岩波ブックレット、2022年6月、520円+税

不寛容な時代
と排除アート
 この本を入手するきっかけは今年5月に放送されたNHKのドキュメンタリー番組「〝排除アート〟?をたどって」を観たこと。本書「あとがき」によれば、著者は2020年12月にウェブ版『美術手帖』に「排除アートと過防備都市の誕生。不寛容をめぐるアートとデザイン」(*1)を寄稿、予想を上回る反響があったという。この反響が番組制作と本書につながったという。NHKの番組は20分と短く、疑問を呈するだけで、社会問題として告発には至っていない。番組を観たことで背景や歴史を知りたくなった。そうしているうちに本書の出版を知った。
 五十嵐太郎は、建築史家、建築批評家で現在は東北大学大学院工学研究科教授。『過防備都市』(中公新書ラクレ/2004年)などの著書があり、あいちトリエンナーレ2013の芸術監督も務めた。五十嵐は「路上、あるいは公共空間において、特定の機能を持たない、作品らしきものが、その場所を占拠することによって、ホームレスが滞在できないようにするもの」を排除アートと規定する。「1990年代後半から、他者への不寛容とセキュリティ意識の増大に伴い、監視カメラが普及するのと平行しながら、こうした排除アートは出現」し、過防備都市となっていくとも論じる。

印象操作として
「アート」の呼称
 本書ではまず「1.女性ホームレス殴打殺人事件の現場と周辺を歩く」の章で排除アートを可視化させた事件の背景を探り、この現場以外でも巧妙に設置が続いたことを「2.ホームレスを不可視にする排除アート」で告発する。次に「3.一九九六年の新宿西口通路で何が起きたのか」で最初期の事例を見出し、公共の空間に侵食していくようすを「4.進化する排除ベンチ」で示す。
 続く「5.アートとデザインのあいだ」では、ホームレスを排除するためという用途に応えるのが狭義のデザインで、『ビッグイシュー』のように路上での雑誌販売のシステムをつくり自立を支援する試みを広義の意味で社会デザインと位置づける。狭義のデザインであるにもかかわらず「アート」と表示することで、ホームレス排除という目的を隠そうとする。それは、家族に対する「殺人」を無理心中と呼べば軽微なように感じさせる印象操作と同類だと指弾する。
 さらに「6.パブリックアートと排除アートの違い」「7.コロナ禍がもたらした行動の制限」「8.公共空間の変容と危機」「9.街は誰のためにあるのか」と続き、公共空間づくりの問題点が浮き彫りになっていく。

女性ホームレス
殴打殺人事件
 さて、「女性ホームレス殴打殺人事件」について考えたい。
 2020年11月16日早朝、東京渋谷区のバス停でホームレス女性が近隣に住む男性に殴り殺される事件が起きた。亡くなった時の所持金は8円。女性はこの年の2月までスーパーの試食コーナーで働いていたがコロナ禍で失職、4月ごろからバス停のベンチで夜を明かすようになったという。終バスが出た2時ごろにやってきて、始発が走る5時にはその場を離れていたという。五十嵐は本書に「現物を見て驚いたのだが、想像以上にベンチが小さいことである。奥行きはわずか二〇センチ程度、長さは九〇センチ以下だ」と書いている。この大きさに加え、ひじ掛けを模した数センチの金属板が人が横たわることを完ぺきに排除している。この「排除ベンチ」はバス停と一体となっており、京王電鉄(*2)の規格品となっているようだ。
 この年の12月6日、女性を追悼する集会とデモが渋谷に拠点のあるNGOやホームレス当事者組織など4団体により行われ、「彼女は私だ」と書いたプラカードを掲げた参加者がいたという。これが合言葉にもなった。オリパラを挟んだ昨年11月21日には新宿アルタ前で1周年のスタンディングが行われた。これらの行動はよびかけ団体からの情報で知っていたが、県境を超えて山手線を半周する場所の行動には個人的に参加しにくかった。本書には事件現場の「幡ヶ谷原町2番のりば」バス停周辺の地図があり、読後にたずねた。最寄りの駅は京王新線の新宿駅から3つめの笹塚駅だった。本紙を発行する新時代社の最寄り駅「初台」から2つ先だった。
 このバス停殺人事件、今年5月17日の初公判を前に傷害致死で逮捕・起訴され保釈中だった被告が4月8日に死体で発見、自殺とみられるという。「11月16日」を忘れないためにスマホのスケジュールに記録した。部屋にかけている移住連のカレンダーには皮肉なことに「国際寛容デー」と記されていた。1995年のこの日、のユネスコ総会で「寛容の原則に関する覚書」が採択された記念で国際デーの一つになったという。

自治体選挙での
問題提起も必要
 この事件をモチーフにした劇映画『夜明けまでバス停で』(高橋伴明監督)が10月8日から公開されることも知った。作品のホームページ(*3)にあるバス停の椅子は、事件現場の「排除ベンチ」とは大きく型が異なるものだ。「パンドラ映画館」というウェブ版コラム(*4)でこの作品のクライマックスの筋書きが紹介されていた。次の内容だ。エンドロールが流れ始めてからもサプライズ映像があるらしい。
 …伴明監督は、劇中の三知子(主人公)に『腹腹時計』を持たせたが、『腹腹時計』は全共闘世代ならではの心を鼓舞するための一種のシンボルだろう。「心の爆弾」を持つことで、従順だった三知子の人生は大きく変わっていく。社会的弱者を次々と排除しようとする不条理な世の中に対する怒りや悲しみを「心の爆弾」に変えて、三知子は強く生きようとする…。
 映画のテーマは「排除アート」という視点からは離れているようだ。映画は映画として、事件からの教訓は別の次元のものとして考えたい。五十嵐は本書を通して公共としての社会デザインの視点の重要性を伝えている。来春の統一自治体選挙、翌年7月に予想される東京都知事選挙などへの政策提案としてつなげていきたい。(向井/10月2日記)

*1ウェブ版『美術手帖』
https://bijutsutecho.com/magazine/insight/23127
*2、京王電鉄は関係する自治体に事前の相談もなく、新宿、渋谷、下北沢など駅ビルなどで複数の改札のある17駅の21改札をこれまでに無人化した。これを「インターホン対応窓口」と称している。障害者をはじめ、利用者から抗議や改善の要求が続いている。
*3『夜明けまでバス停で』
https://yoakemademovie.com/
*4「パンドラ映画館」
https://www.cyzo.com/2022/09/post_322512_entry.html

京王電鉄の規格ベンチ(渋谷区内)

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