映画紹介 「夜明けまでバス停で」

高橋伴明監督作品

想いは対国家暴力抵抗のあり方にも

 私は本紙10月17日号掲載の『誰のための排除アート?』読書案内でこの映画について触れた経過があったので、今月8日に「劇場公開された高橋伴明監督の劇映画『夜明けまでバス停で』を県境を越えてさっそく観にいった。
 読書案内と繰り返しになるが、この映画は「女性ホームレス殴打殺人事件」をモチーフにした作品だ。―2020年11月16日早朝、東京渋谷区のバス停でホームレス女性が近隣に住む男性に殴り殺される事件が起きた。亡くなった時の所持金は8円。女性はこの年の2月までスーパーの試食コーナーで働いていたがコロナ禍で失職、4月ごろからバス停のベンチで夜を明かすようになったという。終バスが出た2時ごろにやってきて、始発が走る5時にはその場を離れていたという―。
 「ふぇみん」へのインタビューで脚本家の梶原阿貴さんは次のように話す。「今の世の中、政治を含めて想像力が欠如しています。起きてしまったことは変えられないにしても、貧困は拡大し、暴力が起きる中、映画をつくる人間として想像力を駆使して、被害者も加害者も作りたくないというメッセージを込めました」(10月5日号)。梶原さんが「シスターフッドも描きたかった」と話したとおり、女性同士の心の通い合いを伝えた作品になっていたと考える。

 映画の設定で主人公は居酒屋で住み込みで働くアルバイト(アクセサリー制作で自活を目指していた)であった。事件と映画の違いは他に、①バス停の椅子が事件現場の排除椅子とは違う、②主人公に爆弾づくりの地下出版物『腹腹時計』を持たせることなどであった。
 ①については、主人公の北林三知子を演じた板谷由夏はインタビューで次のように答えていた。「実際のバス停はあまりにも狭く、撮影には使えませんでした。ベンチに腰掛けてみて『彼女は一体どんな気持ちで座っていたのだろう?』と感じました」(10月7日の朝日新聞)。幡ケ谷のバス停にも行ってみたそうだ。②について「本作には受容し難い描写があった。ホームレスの柄本明は、『腹腹時計』に基づいて三知子を爆弾作りに誘う。「腹腹時計」とは半世紀前に、極左集団が爆弾の製造方法を記した冊子だ。国への憤りはわかるし、本作では冗談じみた表現ではあったが、テロ行為の安直な利用に憤りを覚えた。この映画は、せめて創作の中だけでも、ひとりの女性が救われることを願い、物語の力による別の人生を信じる物語だ。だからこそ『腹腹時計』は持ち込んでほしくなかった」と映画評論家の真魚八重子は朝日新聞(10月14日) の映評に書いている。違いは、私には「テロ行為の安直な利用」とは感じなかったこと。
 柄本明の役名は「バクダン」で、三里塚で機動隊の袋叩きにあって新品のサングラスが滑走路の下に埋まったまま、そして新宿伊勢丹先の交番に〝バクダン〟をしかけたという経歴をもつというホームレスの古参役だ。柄本はアクセサリー制作で習得した器用さで三知子が〝バクダン〟づくりに意図をもって参与させる。三知子はそれを指示された東京都庁に仕掛け、木陰で柄本と根岸季衣が演ずる「派手婆」とその時刻を待つ。
 その時刻の直前、警備員が〝バクダン〟に気付くと、三知子は〝危険〟を知らせようとするが柄本と派手婆はそれを抑止する。結果は、アルミのコーヒー飲料らしいボトルに取り付けた目覚まし時計が鳴るだけ。あ然とする三知子をよそに柄本と派手婆は大笑いする。
 三知子はこの体験後に全身が脱力感がしみ込んだようになっているが、居酒屋の元店長の一声で実際の事件とはちがって命が救われる。映画を観ているとハラハラしながら三知子の気持ちに近づいていく。映画を観る前は真魚の怒りに近い違和感をもっていたし、その気持ちを理解するが、国家暴力に抵抗するには民衆はどんな手段までを用いることをあなたはゆるすのか(朝日新聞社の編集権の乱用~指示かもしれないが)。

 『誰のための排除アート?』の著者・五十嵐太郎は、「芸術は爆発だ」の岡本太郎の「坐ることを拒否する椅子」(1963年)について次のように書いている。
 「(岡本は)公共空間に設置され、誰も所有しないアートを推進(略)。これは他者の排除を狙ったわけではない。生ぬるく快適に生きると人間が飼いならされてダメになるから、山の中の切り株のような椅子をつくり、大衆社会に送り込んだものだ。いわば反語的なメッセージである。座るな、ではなく、それでも果敢に座ってみろ、と訴えるものだ。(略)都市の不寛容を知ることから、意識を変えていく必要がある」。
 朝日新聞の2つの記事をみたが、幡ヶ谷のバス停を筆者自身が訪れたという記述はない。映画館や新聞社の社屋といった不寛容な都市の構造物内だけで通じる視点しか読者に伝えていないのではないか。
 最終盤、エンドロールが分断され国会議事堂内から閃光が放出(バクハ)される場面が一瞬流れる。日本映画では、権力の象徴としての国会議事堂映像の利用が伝統化しており、キングコングなど多くの仮想の生き物の実力行動の標的とした。派手婆は接客業での上客に「ナカソネ」や「ササガワ」がいたといい、「ウノ」首相が辞任したスキャンダルをリークした本人というように権力を揶揄する愉快な設定だった。「封切りが安倍の国葬の前だったら、議事堂前にもっと多くのひとが集まったろうな。映画も話題になっていただろな」などと観ながら考えていた。
(向井/10月17日記)

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