『絶望の自衛隊』
読書案内 三宅勝久著/花伝社/1700円+税
人間破壊の現場から
昨年12月16日、岸田政権は敵基地攻撃能力の保有や防衛予算の大幅な増額などを盛り込んだ安保関連3文書の改定を閣議決定した。「専守防衛」の建前すらかなぐり捨て、戦後日本の形を大きく変える大軍拡を進めようとしている。
隊内のセクハラ
まん延が明らかに
しかしその足元の自衛隊では今何が起きているのだろうか?。
昨年、8月31日、元陸上自衛官の五野井里奈さんが防衛省を訪れ、1年前のセクハラ事件に対する謝罪と調査、加害者の処分を求めた。さらにその後、防衛省ロビーで記者会見を行った。
21年8月、五野井さんが複数の男性自衛官からセクハラ行為を受けた後、警務隊は3人の3曹を書類送検するが福島地検郡山支部は証拠不十分で不起訴としてしまい、五野井さんは精神的ダメージのため退職へと追いやられてしまう。が、昨年6月、インターネットにおいて実名で被害を告発した。10万をこえる支援の署名が集まり、国会議員をも動かした。さらにインターネットで「自衛隊内におけるハラスメントのアンケート」も行い、「女性隊員のレントゲン写真をみんなで回して眺める」「宴会で野球拳に参加させられ、服を脱ぐのを拒否すると平手で頬を叩かれた」「酒の席で無理やり接吻され、挿入された。助けを求めても誰もいなかった」「(防衛大で)部屋に侵入され下着を盗まれた際には、盗まれるような思わせぶりな態度を取るのが悪いと言われた」「(演習中)3等陸尉から強制性交された。警務隊の事情聴取の内容を部隊内で漏らされ、誹謗中傷されるようになった」など、140件を超す現職あるいは元自衛官からの被害の報告が寄せられ、防衛省にはそれらも伝えられた。
この件に関しての防衛省の動きは早く、全隊員に対してパワハラや、セクハラに関する防衛特別監察を行い、1カ月後には公式に謝罪。さらに10月17日には五野井さんの要求に応じて強制わいせつ行為をした柔道部部長の1曹と実行犯の3人の隊員が直接謝罪を行った。検察審査会は不起訴不当を議決し。再調査が始まった。
そして五野井さんは1月30日、国と加害行為に関与した隊員(当時)5人に対し、計750万円の損害賠償を求める訴訟を横浜地裁に起こした。五ノ井さんは提訴後に日本記者クラブ(東京都)で会見し、国を相手に訴えを起こした意味について「(被害申告を受けた)調査をおろそかにした責任がある」と指摘した。
訴訟の対象となった5人は1等陸曹~3等陸曹で、2022年12月に懲戒免職とされている。
五野井さんの勇気が世論を、さらに防衛省をも動かしたといえるが、果たして事態は良い方向に向かっていると言って良いのか?
その問いに答えるのが本書「絶望の自衛隊 人間破壊の現場から 三宅勝久 花伝社」である。「良いことには違いない。しかし私は手放しで喜ぶ心境にはなれないでいる。防衛省が、あるいは日本政府が、この国の主権者のためにそれをやっているとはとても思えないからだ」(本書あとがき)。
いじめ被害
も常態化し
海上自衛隊護衛艦「さわぎり」いじめ自殺事件、福岡高裁判決(2008年8月)、航空自衛隊浜松基地いじめ自殺事件、静岡地裁浜松支部判決(2011年7月)など、隊内のいじめ体質をめぐって国の責任を全面的に認める判決が相次いだ後でも自衛隊内のいじめ、虐待、パワハラ、セクハラの体質は全く変わっておらず、多くの被害者を出し続けている。
本書は自殺してしまった隊員の遺族や、自殺寸前で自衛隊を辞めることができた元隊員などからの丁寧な取材を通してその実態を浮き彫りにしている。
ダンス好きの青年は高校卒業後、東京でダンスの修行をするか?、安定した仕事につくか?考えた末に地元北海道で陸上自衛隊に入隊するが過酷な訓練について行くことが出来ず、体を壊すといじめの対象となり、またフィリピン人の母親から生まれた容姿を中傷され、悩み抜いた末に自殺に追い込まれる。
防衛大では入学式の一週間ほど前に「着校」するが、2年生が3年生や4年生からいじめられている様子を見て、入学式までに多くの1年生が辞めて行くという。入学式が終わると「お客様」扱いが終わり、1年生が「指導」という名のいじめの対象になるのだという。乃山勇気さん(仮名)は2年生になって下級生いじめに加担しなかったために攻撃の対象となり、精神を病んで休校し、実家に帰った後には寮の部屋に「遺影」が飾られている嫌がらせのメールが送られてきたという。この人は裁判で闘っている。
海上自衛隊では長期の海外出航に行くと休みが取れない。帰港した時に代休を取る権利があるはずだがほとんど取らせてくれないという。
日本社会の問題
も照射する内容
自衛官(定員25万人、現員23万人)の年間採用者、約1万5000人の内、3分の1の5000人が5年以内に辞めて行くという。災害救助の際によくしてくれた自衛隊の姿に憧れて入隊したという人も、その思いとは裏腹な姿に夢破れて自衛隊を去っていく。
第1章から9章までが、自衛隊内のいじめやパワハラなどで自殺した隊員や、自衛隊を止めることを余儀なくされた元隊員の話、10章は2014年に起きた海自輸送艦「おおすみ」と釣り船との衝突事故に当てられている。
この間、自衛隊内でのいじめやパワハラ。セクハラなどの問題が明るみに出るようになったのは自衛隊が海外派兵を常態化させるなど「戦争のできる軍隊」へと生まれ変わりつつある中でその矛盾がそのような形で生み出されているのか?
それとも昔からある問題が表に出るようになってきているのかは本書を読んだ限りでは分からなかった。
ただ、あとがきの「自衛隊で起きているいじめやその対応をめぐる不正義の在りようが、自衛隊の外の様々な職場や学校、運動部などのそれとよく似ていることに気がつく。自衛隊のいじめ問題は日本社会の問題である。」という文章には合点が入った。そしてそれはかつて組織内女性差別問題を起こした私たちの組織にとっても決して他人事とは言えないはずである。
本書は、いま自衛隊の中で何が起きているのかを知るための貴重な資料であるとともに、そのような観点からも読むべき一冊であると思う。 (板)
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