読書案内「統一教会 何が問題なのか」
文藝春秋編 文春新書1394 850円+税
週刊誌が追い続けた統一教会の実態とは
事件第一報
に触れた瞬間
2022年7月8日金曜日。この日の昼前、私は自宅で何気なくNHK総合テレビを見ていた。午前11時半前後、画面上部に衝撃的なテロップが流れた。安倍晋三元首相が選挙遊説中の奈良市で銃撃されたというのだ。一瞬目を疑ったが、すぐにチャンネルを切り替え、民放各局を回して見た。しかしどの局にもこのニュースがなかった。NHKに続いて他のメディアが報道するには、この時からさらに時間を要した。
私服の警察官数人が実行犯の山上徹也にとびかかって取り押さえ、連行した。事件発生から数時間後、山上が「特定の宗教団体に恨みを持っていたという旨の供述をした」との警察発表が流れた。私はこの時、自民党と連立を組む公明党すなわち創価学会の存在が頭に浮かんだ。加害者の恨みの対象が旧「統一教会」のことだとは、夢にも考えが及ばなかった。
ところがこの時点で「統一教会」を疑う言説があった。「山上徹也容疑者の供述の第一報に触れ、おそらく統一教会だろうと予想がつきました。なぜなら日本の数ある宗教のなかでも、統一教会の高額献金や霊感商法の悪質さは群を抜いているからです」(小川寛大・183頁座談会)。
職場帰りのターミナル駅の出入り口で「手相を見させてください」、「手相の勉強をしています」などと、若者――特に女性を狙って声をかける一団を、私は過去、毎日のように見かけていた。当時私は本紙にも宗教問題に関する拙文を書いていたので、もちろんその正体を知っており、介入しようとする衝動に何度も駆られた。その後彼ら彼女らは街頭から消えていった。
中核行為3点
を違法認定
本書は『文藝春秋』2022年9月号および10月号に掲載された特集記事を軸に、事件後に発売された『週刊文春』の記事なども加えて、新書版として発売したものである。長年にわたって統一教会の問題を追い続けてきた石井謙一郎氏が、本書第一章で検証する。
霊感商法などでメディアの批判を浴びたものの、2009年の「コンプライアンス宣言」以降、「違法な活動は一切していない」と教団側はシラを切る。被害者の救済に取り組む「全国霊感商法対策弁護士連絡会」は、以下の3点についての違法判決を基に、教団の悪質性を指摘する。
① 正体を隠した伝道
統一教会は、相手の悩みや弱みにつけ込み、あらゆる狡猾な手段を駆使して勧誘し、「神やメシア、サタン」などの存在を刷り込んで洗脳していく。正体を明かすのは、すでに後戻りができなくなった状態に陥ってからである。
② 組織的な献金強要
信者には女性が多く、家庭では家計を任されていることが多い。統一教会はこれを利用して家族の財産までを献金させている。被害者の損賠訴訟では、多額の献金強要を教会の組織的行為と認定し、本人ではなく家族からの返金請求を認める判決を勝ちとっている。
③ 合同結婚式への勧誘
信者が脱会した後に提起される、「婚姻無効」を求める訴訟は、結婚相手個人に対して行なわれるのが一般的だが、2002年8月の東京地裁「青春を返せ訴訟」では、文鮮明の発言を引用し、結婚や相手を拒否できない精神状態に置かれ、無理やり式に参加させられたと認定した。
関連書がよう
やく店頭に
この銃撃事件については発生後半年をかけて、ようやく複数の文献が世に送り出された。それらの一部は本紙2023年新年号(※1)や1月30日号(※2)でも取り上げられている。
「文藝春秋は1992年8月の合同結婚式の前後から『週刊文春』を中心に、統一教会の実態を追及してきた」(3頁)。その記事に抗議して信者らが同社に押しかけ、「あなた方は宗教を弾圧して,信仰の自由を奪う、最悪のサタンである」とデモを展開した。
1990年代から文春のフリー記者として統一教会の取材を続けてきたのが、本書でも紙幅を割く石井謙一郎氏である。編集部が地道に取材して集めた記事の採録で、教団の犯罪行為の数々がリアルに報告されている。特に信者の生の声は非常に説得力のある内容になっている。
最終第9章では、「宗教はなぜ権力と結びつくのか」と題して、座談会が組まれている。出席者は、宮崎哲也(評論家)、島田裕巳(宗教学者)、仲正昌樹(金沢大学教授)、小川寛大(『宗教問題』編集長)の四人で、議論は実に興味深い。
原理研幹部は
左翼出身か
1980年を前後して、大学内では「原理研究会」が隆盛を極めた。統一教会の大学生向けサークルであり、メンバーの大部分が信者だった。仲正昌樹氏の証言によれば、彼は当時東大駒場寮に住んでいたが、駒場寮は左翼系学生のサークルに占拠されていた。ところが氏が統一教会に入信した頃の原理研は、左翼出身者ばかりだったという。しかも幹部を民青や「革共同系」などの元左翼らが占めていたという。「左翼の限界を感じて宗教に関心を持つようになったのかも知れません」(仲正・209頁)。
感受性が強く自身の生き方を常に意識する年齢の頃。イデオロギーを左右する変遷や動揺は、いつの時代にも良く聞く話である。特に現在の著名人に多いが、本書が保守系出版社の商品であることを差し引いても、このエピソードは理解に難くない。さしずめ当該「元左翼」の思想の内実が問われようというものだ。
事件を機に、統一教会会員による自民党の選挙応援での活躍が広く知れ渡った。
「統一教会は創価学会に比べると規模は小さいですが、信者たちはみな従順で良く働きます。選挙応援ぐらい軽くこなしますよ」。「普段から従事している布教活動や徹夜祈祷、『万物復帰』と呼ばれる物品販売の方が、よっぽどきつい」。「信者たちにとっては選挙応援なんて、むしろ休みをもらったぐらいの感覚なんです」(仲正・185頁)。厳しく苦しい経験をした者は鍛え上げられ、それ以後の苦痛を苦痛とも思わなくなるのだろう。
記事が本に
まとまる意義
私はこれまで、社会を揺るがすような大きな事件や事故、国政選挙などがあった際の数日間は、必ず複数の大新聞を購入。さらに特集した週刊誌を買っては読み比べている。したがって本書のように過去の記事が一冊に集約され出版されることはとてもありがたい。一方で膨大な記録をコンパクトな新書にするには、どうしても取捨選択が避けられず、そのせいか物事の連続性の面では、読みにくさを感じなくもない。それだけ統一教会による世間を騒がせる悪事には暇がなく、各方面で問題を引き起こしてきたことの証でもあろう。
霊感商法を軸に、信者に過酷なノルマを課して法外なカネを集めさせ、本国韓国に送る。韓国へ渡った日本人信者の女性たちは、およそ信仰心などとは無縁の貧しい韓国人男性と強制結婚させられ、家庭の労働力として収奪され、あるいは夫の暴力に耐えながら暮らしている。そんな実例も本書では報告されている。
信者に起こる悪いことはすべて「過去の因縁」か「サタンが入っているから」であり、いいことはすべて「再臨の教祖文鮮明のおかげ」となる。教義がいかに荒唐無稽であっても、孤独な人々を囲い込む「純粋でいい人たち」が、市井に洗脳を広げていく。
地獄のような
信者の悲劇
私たちは統一教会をどう見るべきなのだろうか。その語感から軽薄な印象を与える「カルト集団」などと呼ぶべきではなく、「宗教」を利用して文鮮明とかつての妻・韓鶴子の野望を実現するために暗躍する反共謀略集団として、国際舞台で跋扈するファシスト組織として認識すべきではないかと考える。統一教会は、かつて朝鮮半島を植民地支配した日本人の「贖罪意識」をその教義において動員する。日本人信者に献金を強要して家計を破産させ、家族の関係を破壊し尽くす大規模な詐欺集団でもある。
安倍を襲った山上徹也もまた、実の母親が信者だったことで、悲惨な被害を受けた犠牲者の一人に過ぎない。エリートコースを歩んだ彼の人生を狂わせた象徴的な悲劇は、程度の差こそあれ教団幹部以外の信者に共通してもたらされ、教団側も実は多数の信者の破産や離散を把握している。孤立無援で絶望のどん底に落とされ、ひたすら教団への憎悪を蓄積させた加害者の心理状態は、もはや「どんな理由であれ、テロはいけない」とか、「暴力は絶対だめだ」などという第三者の空疎な説法や思考回路では、とうてい理解できないであろう。自民党の歴史的な長期政権を支えた張本人であり、主役である当事者の死は、一党支配の基盤を突き動かすことにもなろう。
自民党は、統一教会を利用して権力を維持してきた。歴代の権力の源泉は、ブルジョア選挙とブルジョア議会そのものであり、それを支配し続けることに尽きる。議員や閣僚、党幹部の汚職やスキャンダルがこれでもかと暴露されても、いざ選挙となれば連戦連勝を繰り返す無敗のカラクリが、今回の事件を通じて満天下に明らかになった。
今こそ教会の
完全解体を
週刊誌の「中吊り」はこれまで、通勤列車内の数多の乗客の目に触れ、市井の世論形成に大きな役割を果たしてきた。紙媒体の衰退や離反が進む昨今だが、大小の雑誌ジャーナリズムが「反権力」の姿勢を維持する限り、それが健全に機能する限り、長期政権による一強の牙城を揺さぶる契機となりうる。
被害者を支える「全国霊感商法対策弁護士連絡会」の活動も、訴訟を中心に精力的に展開され、成果を勝ちとってきた。ところがこうした献身的な営為をメディアは報道しない。それには様々な要因がある。紙幅の都合で今回は触れないが、事件はやがて人々の記憶から消えていく。
加害者の襲撃対象が安倍晋三ではなく、当初の予定通り教会の幹部の「誰か」であり、それが実行されたらどうなったか。統一教会の犯罪にはこれほどの注目が集まらず、事件報道は数日でフェードアウトしただろう。山上はすぐに起訴され裁判が始まっていたに違いない。
統一教会は世界中の反共団体、保守派に食い込み、ロビー活動と人脈を通じて組織を肥大化させてきた。「表現の自由」や「思想信条・宗教活動の自由」を口実に、教会を免罪することはあってはならない。組織を徹底的に解体に追い込む世論を後押しし運動を加速させよう。「反統一教会」の声があがる絶好の機会を逃してはならない。
(2月19日・佐藤隆)
※1 『統一教会との闘い 35年、そしてこれから』全国霊感商法対策弁護士連絡会編 旬報社
※2 『自民党の統一教会汚染 追跡3000日』鈴木エイト著 小学館

The KAKEHASHI
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