「社会主義化」するアメリカ
瀬能繁 著/日本経済新聞 出版 2021/2640円(税込み)
書評
西島志朗
ジェネレーション・レフト
「社会主義」についてのアメリカの青年層を対象にした世論調査の結果(2018年)によると、18歳~24歳で、好意的が52%、否定的が44%、25歳~34歳で好意的が50%、否定的が43%だった。アメリカでは長い間、「社会主義」はダーティーワード」(禁句)だったが、現在では若者の半分が「好意的」と答えるほどに変貌した(註1)。
この世代は「Z世代」「ミレニアル世代」と呼ばれている。この世代が、キア・ミルバーンのいう「ジェネレーション・レフト」(註2)であり、大統領選挙でのバイデン勝利の原動力となった。アメリカでは、高齢者ほど共和党支持が多く、若い世代ほど民主党支持が多い。
世代的な特徴
この世代の特徴について著者は、①人種的多様性、②民主党支持、③アクティビスト、④デジタルネイティブの4点を挙げる。
[人種的多様性]
「ベビーブーマー世代やそれ以前の沈黙の世代などでは、白人の占める比率は70%を超えていた。しかし、ミレニアル世代では白人比率は55%に低下。Z世代では51%まで下がり、2013年以降に生まれたポストZ世代では5割未満になる。米国史上初めて白人という多数派が少数派に転じる世代が生まれる」。
[民主党支持]
「米調査会社ターゲットスマートによると、18~29歳の有権者のうち2020年の大統領選挙、上下両院議員選挙で民主党に登録したのは52%、共和党に登録したのは35%だった。30~39歳では民主党登録は53%、共和党登録は34%とほぼ同じ傾向だった」。
この世代(18~39歳)は、2028年には有権者の半分になる。「極論すれば、共和党は人口動態上の逆風を受け、大統領を出すのが難しくなるのはもちろん、上下両院ともに永遠に少数党に甘んじるリスクと隣り合わせになることを意味する」。
[アクティビスト]
「米ビジネスニュースのビジネスインサイダーが2020年6月、13歳~25歳の主にZ世代を対象にSNS(交流サイト)のYuboなどと共同で実施した世論調査によると、実に77%の若者が黒人の白人などとの平等を求めるBLM(Black Lives Matter)などの抗議行動に参加したことがあると回答した。また、62%は人種間の平等を求める平和的な抗議行動の最中に逮捕される覚悟があるとも答えた。86%が大きな変化を作り出すためには平和的な抗議行動や政治的なデモは必要だと回答する一方で、43%は変化を作り出すためには暴力的な抗議行動も必要になるとさえ答えている」。
[デジタルネイティブ]
「・・・SNSを日常生活の一部として使い、ネット上で不特定多数の個人とつながる術を熟知している。デモやストといった抗議行動はこうしたSNSを通じて呼びかけられ、瞬時に賛同者を集めて大量の人員を動員できるようになっている」。
左傾化の背景
この世代の左傾化の背景には、まず「オキュパイウォールストリート(2011)」がある。スローガンは、「我々は99%だ」。2008年のリーマンショックの後、青年層の失業が増加し、16~24歳でピーク時19・5%にのぼった。リーマンブラザーズは破綻したが、大手金融機関は公的資金の注入で救済された。著者は、「運動そのものは短命に終わった。・・・が、実はこの時のミレニアム世代を中心とした運動参加者がその後の米国の民主社会主義や社会主義のある種の基盤となっていく」と指摘している。
さらに著者によれば「この世代の70%弱が、最低賃金の15ドルへの引き上げに賛成」している。生活賃金を求める草の根の運動(註3)が、この世代の左傾化の背景にある。
BLM運動もこの世代の左傾化の大きな背景である。2013年にはじまった「ブラックライブズマター」は、2020年には全米的なデモ・暴動へと発展した。大統領選挙では人種差別が選挙の重大争点となった。
銃犯罪も深刻だ。2018年3月24日の「マーチ・フォー・アワー・ライブズ」には、全米で120万人が参加。同日、全世界で800以上のデモ。著者によれば、これは「若い世代による運動としてはおそらく世界レベルで最大規模・・・Z世代による初めての本格的な連邦政府・議会への異議申し立て」だった。
学生ローンもまた、極めて深刻な問題だ。「学生ローンを抱える個人は約4000万人・・・卒業時に一人当たり平均2万9000ドルの借金」を抱えているという。
著者によれば、この世代は、気候変動への危機感が特に強いことも左傾化の背景の一つである。「グリーンニューディール構想」(註4)の「生みの親」はミレニアル世代のリアナ・ガンライト(ルーズベルト研究所)だ。
また、アメリカは主要先進国で唯一「国民皆保険」のない国であり、医療費は突出して高い。個人の自己破産の66・5%は医療費の支出と関係しているという。「オバマケア」の後も約10%、3000万人以上が無保険者である。この世代は「メディケア・フォア・オール」を強く支持している。
左傾化したこの世代の運動の継続性は、アメリカ社会民主主義者(DSA)(註5)によって支えられている。この世代は民主党の最左派DSAに大量に加入した。著者は、「DSAの会員数は結成からしばらくの間、6000人程度にとどまっていたものの、2016年の大統領選挙での〈サンダース旋風〉を機に急増していく。・・・21年6月時点で9万5000人まで増えた。・・・目立つのは若者の増加である。会員の年齢の中央値は2013年の68歳から足元では30歳過ぎまで若返りしているもようだ」と報告している。
2018年の中間選挙の予備選(ニューヨーク14選挙区)で、DSAのメンバーであるアレクサンドリア・オカシオ・コルテス(AOC)が、民主党の現職重鎮(ペロシの後継者)に勝利した。AOCは、連邦議会選挙でも勝利し下院議員となっている。選挙公約は「国民皆保険、最低賃金引上げ、大学の無償化、銃規制の強化、・・・気候変動対策など民主社会主義者の看板政策を並べた」。現在、DSA系の民主党国会議員は6人(註6)。
日本の現状を考えるヒント
左傾化し「社会主義」に好意的な世代が、アメリカの社会的運動の中軸となっている。その「社会主義」は、新自由主義への対案として、ヨーロッパの「社会民主主義」的諸政党の政策を支持するレベルであろう。しかし、「ダーティーワード」であった、つまり口にすることもはばかられた「社会主義」が、半数以上の若者の間で「市民権」を得たことの意義は大きい。この世代の「86%が大きな変化を作り出すためには平和的な抗議行動や政治的なデモは必要だと回答する一方で、43%は変化を作り出すためには暴力的な抗議行動も必要になるとさえ答えている」という著者の報告には、日本の現状との落差が大きすぎて、驚きを感じざるをえない。
本書は、新自由主義の諸政策に抗議し抵抗するアメリカの青年層と社会の地殻変動についての詳細な報告である。この世代に関するマルクス主義的な分析であるキア・ミルバーンの「ジェネレーション・レフト」を合わせて読むことをお勧めする。両書とも、日本における階級形成の展望、その出発点について考察する重要なヒントを与えてくれる。
【註】
1 イプソスの調査(2018年)によると、社会主義支持(全世代)は、アメリカ39%。インド、マレーシア、トルコ、南アフリカ、ブラジル、スペイン、スウェーデンでは50%超。日本は、調査した28カ国中最低で21%。(設問は、「社会主義者の政策は、社会の発展にとって重要な価値がある」に賛成か反対か)
2 「ジェネレーション・レフト」(キア・ミルバーン 堀之内出版2021)参照
3 最初に「最低賃金15ドル」を法制化したのはシアトル市(2014年)で、先頭に立って闘ったのは社会主義オルタナティブ」(トロツキストの組織)。2014年のシアトル市議会議員選挙で、クサマ・サワント(社会主義オルタナティブの公的代表)が当選。選挙勝利後「15 Nowキャンペーン」を開始。「時給15ドルの最低賃金」は法制化され、シアトルは当時の国内で最も高い最低賃金の都市となった。
4 著者によれば、そのグリーンニューディール構想は「①すべての地域と労働者にとって公正な転換を通じて温暖化ガス排出ゼロを達成する②すべての米国民に良質で高い賃金の雇用を創出するとともに繫栄や経済安全保障を確保する③21世紀の課題に持続可能なかたちで応えるように米国のインフラと産業に投資する④きれいな水と空気、地域社会の耐久性、健康に良い食事、水へのアクセス、持続可能な開発を確保する⑤有色人種、移民、脱産業化した地域社会、貧困層、低所得者、女性、高齢者、家のない人、障がい者、若者を含めて公正と平等をうながす」
5 旧アメリカ社会党の分派のひとつが源流。法的な政党ではなく、メンバーは民主党にも加盟。「15ドル闘争」を含めた複数の最低賃金引上げを求める運動に積極的に参加。バーニーサンダースの選挙運動を積極的に支援。綱領的には資本が集中するエネルギー産業や鉄鋼業に対しては完全国有化が必要な可能性を示唆しているが、大部分の産業は協同組合による労働者の自主的な管理が最善であるとしている。DSAはアメリカの資本主義経済を直ちに社会主義化することは非現実的と考えており、当面は労働運動や政府の規制を通じて民間企業の公益上の責任を高める事が重要としている(Wikipediaより)
6 AOCら民主党左派は、昨年の鉄道労働者のストライキに反対した。社会主義オルタナティブのクサマ・サワントは厳しく批判している。「1人を除くスクワッド(DSAの国会議員)のメンバーは議会で、民主、共和両党の多数派とともにピケットラインを越え、鉄道労働者のストライキを阻止する法案―合法的に労働から離脱する権利を削減するーに投票した。そうすることで彼女らは、数十年間にわたって耐えがたい労働条件に苦しめられてきた労働者に反対して、億万長者の鉄道経営者の側に立つことを明確にした」(Rail Workers Betrayed By Biden & The “Squad” Kshama Sawant 2022/12/2)
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