映画紹介「福田村事件」

関東大震災から100年、…

森達也監督作品 
集団心理の危うさ、加害の歴史を知ること

 ドキュメンタリー映画監督で著名な森達也さんが、関東大震災による混乱の中で起きた事件を、史実をもとにつくった初めての劇映画。今年9月1日に封切られた。福田村事件は、千葉県東葛飾郡福田村(現在の野田市)で1923年9月6日に起きた。香川県の被差別部落から薬の行商で来ていた15人(うち10歳未満の子ども3人、妊婦も1人いた)の一行が、自警団や村人に竹やり、日本刀、とび口などで虐殺された事件である。関東大震災時に朝鮮人や中国人、社会主義者たちが虐殺された。事件後、各地の市民による調査で真相の一部が解明されたものもあるが、福田村事件の場合はそうではなかった。知られるようになったのはつい最近である。

加害者を擁護
する村民の意識
 事件の被疑者8人は、情状酌量の余地なしとして、懲役15年から7年の刑で収監された。しかし、1926年12月の大正天皇の死去に伴う恩赦で全員無罪放免となっている。この事件を調べた辻野弥生さんが今年7月に出版した「福田村事件」(五月書房新社)によると、犯罪者の家族に村を挙げて見舞金を贈ったり、農繁期の手伝いをしたという。また、受刑者の1人は服役後村長をつとめ、市町村合併後は市議にまでなっている。村人には、犯罪者たちは国家を憂いてやったのだという感情があったのか、自らが事件について外部に語ることはなかったのだろう。
 大震災直後から広まった「朝鮮人が放火・井戸に毒・暴動を起こした」などの流言蜚語により判断能力を喪失して殺気立っている自警団や村人に冷静に対処し、「この人らは讃岐から来た日本人の行商団だ」と説得した警察官もいた。映画に出てくる巡査は、まさにこの人であろう。
 警視庁は朝鮮人暴動説が根拠のない流言に過ぎないことに気付き始め、9月2日、自警団の残虐行為を押さえる目的の命令を警視総監名で各警察署長に出している。ところが内務省は、朝鮮人の放火等に対し厳重に取り締まるよう、9月3日全国に警保局長名で打電している。9月1日大震災直後に軍が動いたという情報もある。いずれにせよ、国家権力が住民に不安をたきつけたことは否定できない。在郷軍人は非常に悪い働きをしている。映画ではこのあたりの事情がリアルに表現されている。
 また、辻野さんの本によると、大震災直後千葉県で発生した自警団・住民による虐殺事件は22件あり(福田村事件が最後)、その中で朝鮮人と誤認して日本人を殺した事件は10件ある。これをみると、扇動によって煽られる不安が人々を虐殺にまで向かわせることが分かる。昔の話ではないのだ。

映画のあらすじ

 映画は、シベリア出兵(?)、全国水平社の結成、日本の韓国併合などを織り込んだものになっている。早口の方言での会話には理解が追いつかなかった。9月6日の香取神社での出来事はとてもリアルで、日常的には朝鮮人に反感を持つ動機のなさそうな普通の村人たちが、東京方面からの避難民の話で不信を募らせ「朝鮮人殺せ!」と叫ぶようになる感情の変化がよく分かった。福田村(と田中村)事件は、警視庁の指示で自警団が解散し、野外の緊迫感がなくなってから発生している。半年前に故郷を出てきた行商団が、利根川を渡り茨城県を通って帰途につこうとする時、川の渡しの交渉が難航したという偶然をきっかけに、朝鮮人なのにウソをついているという不信が再燃し、不信に凝り固まった自警団の一人が、皆を集めるために半鐘をついたことが、事態を急変させた。
 現代のネット空間での炎上とよく似ている。行商団一行も朝鮮人と疑われて虐殺されている。彼らは被差別部落民であったが、朝鮮人に対しては、村人よりもはるかに理解を示す人たちで、むしろ「朝鮮人なら殺してもいいのか」と村人に言い返す場面もあった。
 村の風習や因習は複雑で、徴兵検査の甲種合格の祝いの宴の場となった若勢宿に集う在郷軍人や村の男たち、宿の炊事場で食事の準備をする女たちの中で交わされる会話は、映画を理解する上で大切な場面だが、なかなか真の意味を理解するのが難しかった。事件の中で、殺気立つ人の意識の奥と何かがつながっているような感じをもつにとどまった。

9人の行商人
が虐殺された
 利根川渡しの交渉を契機に村人の不信が再燃したとき、行商団の身分証を警察に持っていって確かめるように村長に指示された巡査が、返ってくるまで何もせずに待機しておくように言って神社を離れた。その後事件が起き9人が殺され、残りの6人は針金で手と胴体を縛られ、「10円50銭」や歴代天皇の名前を言っても疑いは拭えず、殺されかけているとき、1人がお経を唱えた。このことは辻野さんの集めた証言にもある。お経の次に水平社宣言を暗誦する場面が続くが、ここにはちょっと違和感を感じた。
 また、行商団の若い2人が朝鮮帰りの教師の妻に薬を売るとき、座敷に上がってお茶を差し出された。手を合わせてお茶をいただくのを見て妻が理由を聞くと、讃岐ではお茶を出されることはないと言った。そして直ぐ「お客さんではないから」と付け足した。この会話を、後で年配の男が若い方にたしなめたのが印象的だった。「生まれ育ちが分かってしまうような真似すな。わしらにお茶やかし出す家はないいうたら、西日本じゃ一発で部落の出やいうてわかってしまうが」。何気ない会話だが、日常の差別をよく調べていると感心した。
 映画は、村出身で上級学校に進学し朝鮮で教師になっていた男性とその妻が、郷里に向かう汽車の中の場面から始まり、事件後、元教師と日傘を差した妻が利根川に浮かぶ渡し船に乗っている場面で終わる。
 元教師は、在郷軍人分会長や村長と同級生である。朝鮮に赴任してからハングルを独学で勉強した。韓国併合後、憲兵に呼ばれて集められた29人の朝鮮人に通訳をした、「独立万歳事件ではむごいことをしたので謝罪しに来た。だから教会の中に入ってほしい」と。29人が入り終わると、憲兵が戸や窓に板を打ち付け、一斉射撃をし火をかけた。彼はこのときのトラウマで教員を止めたのだろう。妻にも話していなかった。
 この夫婦の物語は、朝鮮の植民地支配を取り上げるためのものであろう。最後の渡し船の上で、妻が「どこにいくの?」ときいたとき、夫は「教えてくれないか」と聞き返す。この会話は象徴的だった。朝鮮で虐殺に手を貸したことで傷ついた教師が、安心して生活できると期待した郷里でまた虐殺が起きた。どこに行けばいいのか?という非当事者的な気持ちが現れている。
 また、初めの場面、汽車の中で遺骨を抱いている女性と一緒だった。たまたまこの人は、同郷の福田村の人で、夫はシベリアでの戦死だった。この話も、シベリア出兵という時代背景を描くためのものではないかと思った。

日本政府は謝罪
と賠償をせよ
 とにかく、関東大震災の混乱に乗じて虐殺された朝鮮人や中国人たちの調査は、現在まで日本政府として行われていないし、謝罪もされていない。「神奈川県内で『朝鮮人145人殺害』の記録文書」が見つかった(今年9月6日毎日新聞)。これまで、公文書で確認できる神奈川県内の朝鮮人虐殺は司法省報告書の2名だけという。
 この文書は、神奈川県知事が内務省警保局長に宛てた調査報告書と見られている。あまりにも遅すぎるとは言え、事件全体についての国としての調査と記録を残し、謝罪すべきである。それが、二度とこのような事件を起こさせないことにつながる。すべてをなかったことにしてしまうのは許されないだろう。
(津山時生)

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