『三体』TVドラマ(中国版)に見る過酷な中国現代史

中国では2023年1月にテンセントビデオからネット配信され話題となり、日本ではWOWOWが同年末より放送、配信。
原作は世界的にヒットした劉慈欣の小説『三体』。その三部作中、第一部のドラマ化。
原作の第一部が日本で発行されたのは2019年(中国は2008年)。翌年『三体II 黒暗森林』、さらに翌年『三体III 死神永生』が発行され三部作は完結している。
二部三部のドラマ化はないだろう。初出の第一部にこそこの小説の主旋律が凝縮されているから。

抑制された表現
が産む緊張感
実写版中国ドラマは全30話、たまたまほぼ一気に視聴することができた。
最初はいったいどんな作りになっているのか興味津々というよりは恐る恐るその第一話を覗いてみたのだが、あれ?映像が青いなというのが第一印象。
つまり映像の色温度設定を高くしており、昔のフランスのフィルム・ノワール映画のような雰囲気を醸し出している。
暗くミステリアスで、これから始まるドラマの陰鬱さを予告するような映像仕立てになっている。
奇をてらった演出は極力抑え、地味で普通の日常に徐々に忍び込む非日常というシリアスな雰囲気を導入部とする。
原作の、冒頭に文化大革命期のエピソードをつかみとして持ってくるような、はったりをかますような演出はしない。
地味な導入部はしかし、いきなり網膜にカウントダウンの数字が映し出されるというあり得ない非日常を語るときも逆にリアリティをもたせることに成功している。
しかしドラマはやはり文革期のエピソードが挟まれるあたりから俄然緊迫感が増してくる。

文革期に端を
発する「絶望」
キーパーソンは文革期に迫害を受けた葉文潔(イエ・ウェンジエ)という今は引退した天体科学者であり、彼女の絶望が全体のトーンを、つまりその青っぽい映像の、それが醸し出す絶望的で陰鬱なトーンを際だたせることになる。
文革期、彼女の青年期に大学教授の父は突然大衆糾弾に遭い、吊し上げられ、目の前で頭を割られる。
母は後にその父を糾弾した父の後輩教授と再婚している。
葉文潔自身は父の「罪」に連座して極寒の大興安嶺山脈地帯に下放され、森林伐採作業に従事させられる。
すでにその眼には静かな絶望が宿り、自らの運命を粛々と受け入れているが、中央から取材に来たある若い記者とのほのかな心の揺らぎと、後のその記者からの手痛い裏切りによって彼女の絶望はいよいよ沈降し自らの運命にも興味をなくしていく。
その裏切り「事件」がきっかけに彼女は配置換えとなり、極寒のさらに山上に聳える軍のレーダー基地へ送られる。
彼女が実は大学で天文学を履修しているという経歴による配置換えだが、それは決して免罪という意味ではなく、その基地は特殊な任務を帯びた秘密基地でありそこに入るということは二度と外には出られないということを意味する。
終身刑を言い渡されたようなものだ。
しかし彼女はすでに絶望しており、その運命の転換にも興味はない。
ただ、彼女がかつて学んだ天文学の下地がその新しい環境に徐々に馴染んで行かせることになる。
少しずつ手応えを手繰り寄せ、そこは牢獄ではなく日々の生活の場となりつつある、ある日。
電波望遠鏡の波形にノイズの揺らぎを見つける。
異文明からの星間電波信号。
やがて独断で、太陽エネルギーを電波増幅装置として、虚空に向けて返信を打つ。
ここに居る、と。

世界へと伝播
する「絶望」
すべてはここから始まるのだが、このハイライトシーンが語られるのはすでにドラマの終盤に差し掛かったあたりだ。
様々なミステリーの謎解きの答えは、この葉文潔の絶望から始まっているということがようやく明かされるシーンである。
やがて文革は収束し父の名誉も回復され基地は封鎖が決まり葉文潔も基地を出て大学で教職の地位を得る。
しかし、葉文潔のあの応答の結果、実はこの先400年も星間文明の攻防が続くことになる。
すでにその葉文潔の絶望はやがて世界の人々の中にもその感応者を見つけ出している。
絶望者たちのカルト教団が立ち上がってくる。
葉文潔の絶望に環境破壊やら戦乱やらの人類文明そのものへの絶望を重ね合わせ、全能の異星人による人類そのものの絶滅をもその救済として切望するようになる。
と、葉文潔の深い絶望は、そのきっかけはそもそもなんだったのか。
彼女は文革期の迫害にその社会の根底的な闇を見たと思った。
それは文革がすでに遠い過去になり首都北京でオリンピックが開催されるほど繁栄したこの国にあってもなおその絶望は癒されることはなく、逆に絶望は人々の間に伝播し、とりわけ科学者たちを先人として死に至る絶望がより広がり始める。

想起させる
中国社会の現状
それはメタファーではないのか。
人々が絶望しているのは人類の文明の行き詰まりや全能の異星人による来るべき絶滅戦争に対してではなく、実はこの目前の全能の体制に対してではないのか。
中国で作られたドラマであり当然検閲を通過した作品である。
にもかかわらず立ち上がってくる狂おしいほどの人々の絶望は、現中国社会に対するそれと重ね合わせられるのだ。
全能の異星人は中国共産党そのものではないのか?
三つの太陽を持つ三体文明のあり方も示唆的である。
その異星人の文明は予測不能な三体運動によって幾度も不意に文明の絶滅を経験する過酷な世界として設定されている。
予測不能な突然の過酷な災厄、それはこの国(現代中国)でも繰り返されたそれと似ていないか。
原作ではそのようなことを感じさせないよう荒唐無稽のエンターテイメント仕立ての物語に包んで慎重に巧妙に体制批判的表現を覆い隠しているように見えるが、この実写化によるドラマでは、それが写実的であるが故にいやでもそのメタファーがリアルに匂い立ってくるのだ。
それが面白く、また意外でもある。
もちろんそんな現体制を批判するような作品など検閲を通るわけはないのだろうが、この作品は撮影終了から公開まで約7年以上もかかっている。
その間、検閲当局とどのような攻防があったのかなかったのか。
原作の発表時は胡錦濤時代、直後にテンセントは映画化権を取得し、その製作に着手している。
撮影は習近平(2012~)時代の2015年に終了。
2021年には具体的な公開日は未定のまま予告編が公開され、かなりの反響を得たという。
想像でしかないが、毒気は完全に抜かれたわけではないが、さりとて予告編まで出てしまい世界的に公開の期待も高いこの作品をこのまま潰すわけにもいかず、ある程度検閲当局の妥協もあったのではないか。
つまりドラマ制作陣側の意図は、もしかしたら報われたのかもしれない。

過酷な運命に
翻弄されても
最後に、象徴的なエピソードがある。
ドラマ最終話、地方の農村。蝗害(飛蝗)の嵐の真っ只中、ドラマの主人公の一人が喚く。
「見てみろよ。これが虫けらだ。こいつらとおれたちの技術力の差は、おれたちと三体文明の技術力の差よりずっと大きいよな。そして、おれたち地球人は、この虫けらをなんとか滅ぼそうと、全力を傾けてきた。殺虫剤をヘリから散布したり、天敵を育ててけしかけたり、卵を探し出して処分したり、遺伝子操作で繁殖を防いだり、火で焼きつくしたり、水で溺れさせたり。どの家庭にも殺虫剤のスプレー缶があるし、どのデスクの下にも蠅たたきがある。この果てしない戦争は、人類文明の開闢以来ずっとつづいてきた。しかし、まだ結果は出ていない。虫けらどもはまだ絶滅してないどころか、我が物顔でのさばっている。人類が出現する前と比べても、虫の数はまるで減ってない。 地球人を虫けら扱いする三体人は、どうやら、ひとつの事実を忘れちまってるらしい。すなわち、虫けらはいままで一度も敗北したことがないって事実をな」。

虫けらとは、過酷な運命に翻弄され続けてきた中国の人民そのもののようである。
何とも皮肉なメタファーとなる。
「三体星人」という異世界からの侵略に対してというよりは、それは現代中国のその権力による理不尽な暴虐に対してこそ、人民が敗北することは決してないだろうという希望を吐露するシーンとして感動的である。     (多田野 太)
*資料
wowow SF超大作「三体」 (全30話)
https://www.wowow.co.jp/detail/193550

THE YOUTH FRONT(青年戦線)

・発行編集 日本共産青年同盟「青年戦線」編集委員会
・購読料 1部400円+郵送料 
・申込先 新時代社 東京都渋谷区初台1-50-4-103 
  TEL 03-3372-9401/FAX 03-3372-9402 
 振替口座 00290─6─64430 青年戦線代と明記してください。