投書「オッペンハイマー」を私も観た

核エネルギーの拡散 ―地球への負の遺産の原点

 私は公開日の3月29日に鑑賞した。史実をもとにしているが、脚色された場面も多くある作品だ。SMさんの投書(本紙4月15日号)にあったセックスシーンのこと、鑑賞する前に予習しておけばよかったと思ったことを整理してみた。また、この作品では学べないマンハッタン計画と原子力発電との関連なども整理してみた。(KJ/4月21日)

映倫ではR15+に指定

 まず、セックスシーンについて。日本の映画倫理機構(映倫)は「刺激の強い性愛描写がみられ…」という理由で15歳未満は鑑賞禁止の「R15+」区分に指定にしている。映倫には4区分あり、他に、年齢にかかわらず鑑賞できる「G」、保護者などの助言・指導が必要な「PG12」、「R18+」がある。森達也監督の「福田村事件」はPG12だった。
 セックスシーンのなかでロバート・オッペンハイマーがヒンドゥー教の聖典を手に取り、「われは死なり、世界の破壊者なり」という一節を読み上げる。インド国内では、ヒンドゥー教右派は反発し、ボイコットを呼びかけたり、場面のカットを求めたりする声も上がったという。インドは核兵器保有国として、オッペンハイマーの評価が高かったはずだが、この件でどうなっただろうか。
 米国などの英語圏では、オッペンハイマーの恋人、フローレンス・ビューの自殺シーンもR指定の理由としているそうだ。米国では俳優らが所属する労働組合が、セックスシーンなどガイドラインがあり、撮影前に合意書にサインする必要があるという。本作は、このガイドラインに沿ったもの、と考えてもいいだろう。
 日本では映画監督の諏訪敦彦さんと是枝裕和が共同代表を務める「action4cinema/日本版CNC設立を求める会(通称a4c)」が「制作現場のハラスメント防止ハンドブック」の製作と普及、文化庁や業界団体への要望書提出などを行い、労働環境の改善やハラスメント防止策を求めている。

モノクロとカラーの使い分け

 公式パンフレットに次の注釈がある。
――本作の冒頭では、「1.FISSION(核分裂)」と示されてオッペンハイマーの聴聞会のシーンが始まり、そして「2.FUSION(核融合)」でストローズの公聴会シーンが始まった。
 聴聞会とは、恋人や妻、実弟などが共産党員であったオッペンハイマーが国家反逆の嫌疑をかけられ、1954年に始まった。ストローズとは、アカデミー賞で助演男優賞を受賞したロバート・ダウニー・Jr.が演じた。FISSION は「原爆の父」と呼ばれたオッペンハイマーを表しているのだろう。カラー映像はオッペンハイマーの回想を描いている。
 ストローズは1947年に設立した米原子力委員会(AEC)の創設委員で、同年にプリンストン研究所の評議員となりオッペンハイマーと出会った。ストローズは47年、共産党関与の嫌疑がありながらオッペンハイマーをAEC顧問とプリンストン研究所所長に任命する。53年から58年にAEC委員長に就任、水爆開発に反対するオッペンハイマーと対立する。ストローズによってオッペンハイマーは原子力委員会に出入り禁止となった。
59年に商務長官に指名。上院公聴会が開かれ、ストローズは商務長官指名を拒否された。FUSION は核融合を利用した水爆を推進したストローズを表しているのだろう。モノクロ映像はストローズの回想を描いている。
 ストローズは科学者ではなく、元銀行家、投資家でありマンハッタン計画に直接にはかかわっていなかった。鑑賞後、ストローズのことを予習しておけばよかったとつくづく思った。
 ふたりの回想で描かれた場面がある。プリンストン研究所でふたりとアインシュタインが登場する場面だ。この小文のために情報収集をしていたら、アインシュタインに対してFBIが膨大な調査をしていたことを知った(思い出したのかもしれない)。アインシュタインは1948年、「マンスリー・レヴュー(Monthly Review)」誌に「Why Socialism?」という文章を寄稿しているではないか。
https://monthlyreview.org/2009/05/01/why-socialism/

マンハッタン計画と原発

 マンハッタン計画の主要施設のうち映画で描かれたのは、ロスアラモスと1945年7月16日に人類史上初の核実験「トリニティ」が行われたアラモゴードの2か所だ(大学など既設の施設を除く)。大量のウラン精製と濃縮を行ったオークリッジ、プルトニウム製造用の原子炉と分離のための再処理工場のために建設されたハンフォードの施設は描かれていない。
 広島に対する「ジェノサイド(大量虐殺)」に加えて「ドミサイド(大規模住宅破壊)」はオークリッジでつくられた高濃縮ウランが使われた。臨界の危険性のない少量の高濃縮ウランは放射線が弱いため扱いやすく、リトルボーイはテニアン島で組み立てられた。いっぽう、プルトニウムには性質の違う同位体が混ざり、実験を行わないと実戦には使用できず、核実験が必要であった。核実験「トリニティ」の場面は長尺であったが、「ジェノサイド(大量虐殺)」に加えて「ドミサイド(大規模住宅破壊)」であったことを連想させる場面はなかったと断言してもよいだろう。
 1953年12月、のちにストローズを商務長官に指名するアイゼンハワーは国連総会の演説で「Atoms fo_Peace(原子力の平和利用)」を提唱、日本の原子力利用の出発(再開)のきっかけをつくった。この小文を書くために数えきれない数の報道や映評をみたが、原子力の商業利用について触れたものはない。
 絶版になっていたオッペンハイマーの著書『原子力は誰のものか』(中公文庫)が1100円で復刊される。本書に、豆腐屋をやめ作家になった松下竜一さんが解説を寄せている。松下さんはこの解説を執筆してから2年半後の2004年6月17日に亡くなった。解説は「もとより、これは『解説』ではない」ではじまり、次の文章で終わっている。
――オッペンハイマーらが開いた〈パンドラの箱〉から飛び出した〈核〉という鬼子はかくも地球上に拡散し、その膨大な放射能は子々孫々末代までの「負の遺産」として押し付けられていくのだ。
 

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