読書案内「労働法はフリーランスを守れるか」

橋本陽子著/ちくま新書2024/1012円(税込み)

投 稿  西島 志朗

闘いの理論的根拠を与えている

 昨年の4月に成立し、5月に公布された「フリーランス新法」(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)が、今年の秋までに(公布日から1年6ヶ月以内)施行される。本書は、EU等の事例を紹介しながら、「労働者性」の判断基準に関する著者の考え方を示して、「フリーランス新法」の問題点を明らかにしている。労働法の誠実な研究者によるタイムリーな出版である。

「EUプラットフォーム労働指令」が成立へ

 今年3月、ウーバー始めとするプラットフォーム企業が猛烈なロビー活動を展開したにもかかわらず、欧州委員会と閣僚理事会、欧州議会が合意して、「EUプラットフォーム労働指令」が成立することになった。加盟国は2年以内に関連する国内法の施行を求められる。このEU指令の核心は、「プラットフォーム労働者の労働者性の推定規定」を明確にしたことである。下記5つの項目の内、2つ以上が満たされれば「労働者である」と法的に推定される。
①報酬水準の上限を実質的に決定していること
②サービスの受領者に対する、身だしなみ、行動または仕事の遂行に関する拘束的なルールを順守するよう、プラットフォーム就労者に要求していること
③電子形式による場合も含め、仕事の遂行を監督しているか、また仕事の結果の質を確認していること
④制裁を含め、仕事を組織する方法、特に就労時間または就労しない時間の選択、仕事の諾否また補助者の使用に対する自由を実質的に制限していること
⑤自己の顧客の構築、または第三者のために仕事を遂行する可能性を実質的に制限していること
 重要なことは、労働者性をめぐる訴訟では、訴え出た労働者側に立証責任が課されてきたが、5項目の内2つ以上を満たせば、「労働者ではない」と反証する責任は、プラットフォームの側が負うことになる、ということである。「雇用関係がある」と見なされれば、最低賃金や労働時間規制が適用され、失業手当や出産育児休暇、有給休暇などの権利が保障される。「プラットフォーム就労者は雇用労働者ではなく、自営業者(フリーランス)である」と主張してきたウーバーなどのビジネスモデルは大きな制約を受けるだろう。
 この背景には、1980年代以降の新自由主義による「規制緩和」の攻撃に対する、労働者の連綿たる長期にわたる闘いと訴訟がある。闘いの圧力を受けて、ヨーロッパ各国が「労働者性」の法的判断基準を拡大してきた経緯は、本書に詳述されている。

フリーランス新法の問題点

 橋本は、フリーランス新法(以下「新法」)について、「経済法と労働法の規制が組み合わされた独特の性格を持つ法律であり、他国でも例がない立法である」という。新法は、「フリーランスの保護」を目的としているが、経済法である下請法(小規模企業を保護する法律)を適用し、そこに労働法が求める安全配慮義務や労災補償を拡大適用して付け足したような建付けになっている。つまり、新法は「フリーランスは自営業者である」ことを前提にしているのである。
 橋本は、「新法における労働法上の規制は、労働者に認められる保護の内容と比べるとかなり限定的なものであると評価せざるを得ない。解雇権濫用法理(労契法16条)が適用されない以上、育児・介護との両立の配慮義務を課しても、委託者は、妊娠・出産したフリーランスとの契約を解約すれば足りることになる」と厳しく批判する。
 橋本の立場は明確である。「実際には労働者性が認められるものを適用対象者に含んだフリーランス新法によって、フリーランスという働き方が促進されることには根本的な疑念を抱いている。偽装自営業は、労働法そのものの潜脱であるからである」。日本は、EUとは全く逆方向へ向かおうとしている。
 フリーランスは増え続けている。クラウドソーシングサービスの大手、ランサーズ株式会社によれば、2019年から2021年にかけて「フリーランス」の割合は16・7%から22・8%に増えた。ランサーズは「フリーランス」を、「副業系すきまワーカー/複業系パラレルワーカー/自由業系フリーワーカー/自営業系独立オーナー」と定義して、総数は1671万人としている。「副業系すきまワーカー」や「複業系パラレルワーカー」とは、「日雇い」でさえない「時間雇い」、時間単位で労働力を切り売りする不安定雇用労働である。
 「フリーランス」の就労者数には、調査機関によって大きな差がある。
 内閣官房は「自分で事業を営む/従業員を雇用していない/実店舗を持たない/農林漁業従事者ではない」と定義して、2020年のフリーランス人口を約462万人としている。ランサーズの定義の方が、実態を反映していると言えるだろう。ランサーズは、「自営業系独立オーナー」以外の3分類をすべて「ワーカー」と呼んでいる。
 新法は、フリーランスを自営業者と定義して、雇用条件の切り下げを正当化し固定化する。「フリーランス」、「副業」、「複業」などの働き方を選ばざるを得ない労働者を、労働基準法を基盤として形成された労働関係法規や社会保険制度の適用対象から外してしまうこと、ここに新法の狙いがある。

自営業者でない者は労働者

 橋本は、ドイツの法学者ロルフ・ヴァンクの見解を支持して、労働者でも自営業者でもない「第三のカテゴリー」や「労働者類似の者」といった概念を排除して、「労働者性」を広く解釈すべきだと主張する。ヴァンクによれば、「法律学における概念にはすべてその反対概念がある。法規範の適用とは、「あれかこれか」の二者択一的な判断であるからである。労働者の反対概念は、自営業者(事業者)であり、自営業者とは言えないものは労働者である」。
 それでは「自営業者」とは、どう定義されるのか? ヴァンクは、「市場で自ら取引を行い、事業者としてのリスクとチャンスを有する者」と定義している。フランス破棄院(最高裁)は、「自営業者はクライアントを自分で管理する、価格を設定する、タスクをどのように実行するかを決める、この3つができなければならない」としている。この条件を完全に満たさない者は労働者であるということになる。
 つまり、「自営業者とは、市場で自ら取引し、顧客を管理し、価格を設定し、仕事の仕方を自分で決める者」ということになる。この定義は極めて明白で分かりやすい。この定義をすべて満たさなければ、労働者である
(自営業者ではない)というしかない。
 近代的労働者階級は、生産手段から疎外され、労働の生産物から疎外されることで、生み出された。生産物から疎外された労働者は、自らの労働の生産物の販売価格や販売の時期、販売する相手を決定する権利を持たない。仕事をする場所や時間、仕事の段取りを自由に選び設定できるとしても、生産物の価格を決められないのであれば、自営業者とは言えない。ウーバーやアマゾンの配達員、自己所有のトラックを持ち込んで働く運送従事者が、労働者であることは明白だ。
派遣労働者やフリーランスなど、「働き方の多様化」を生み出したのは、資本による「外注」、「アウトソーシング」の拡大である。「ギグワーカー」などのプラットフォーム労働は、「自由な働き方」を口実に、資本が新たな技術革新(ネット、AI)を取り込んで作り上げてきた「新たな働き方」であるにすぎない。
 「自由な働き方」を求める就業者の増大は、「雇用関係」の下で働く労働者の労働条件の著しい劣化が生み出したものである。非正規の拡大、過労死水準の長時間労働、労働過程の裁量権を奪うマニュアル労働、サービス残業、まん延するパワハラ・セクハラ、「派遣切り」、「早期退職制度」、そして「副業」「複業」で稼がざるを得ない低賃金。労働者の15%が年収180万円以下で働いている。
 このような「雇用の劣化」こそが、「自由な働き方」を求めるフリーランスへの「労働移動」の原因であり、新法は、「フリーランス保護」を隠れ蓑にして、この流れを正当化して促進し「偽装フリーランス」を合法化しようとするものである。

資本が狙う労働法制改革

 日本の製造業の労働生産性(就業者1人当たりの付加価値)は、アメリカの6割弱である(「円安」の原因のひとつがここにある)。2000年にはOECD 諸国でトップだったが、2000年代に入ると順位が低落するようになり、2015年以降は 16~19 位で推移している。国内製造業の生産性の引き上げのためには、生産性の低い企業の「淘汰」と労働市場の更なる緩和、労働法制の改革が必須である。
 「雇用の流動化」を促進するためとして、「雇用調整助成金」の見直し、「解雇の金銭解決」の制度化、「解雇保険」の制度化などが、引き続き検討されると同時に、「副業」の労働時間通算について内閣府の規制改革推進会議の最終答申(5月31日)
は、「……労働時間の通算管理については、制度が複雑で企業側に重い負担となるために雇用型の副業・兼業の認可や受入れが難しいとの指摘がある……割増賃金の支払に係る労働時間の通算管理の在り方について、労働基準法等の関係法令における行政解釈の変更も含めて検討し、結論を得る」としている。
 「副業」の労働時間通算における時間外割増賃金を不要にすることは、副業・複業を行う労働者の労働時間規制を、実質的に撤廃することにつながるだろう。
経団連が1月26日に発表した「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」は、「労使自治の原則の尊重」を口実にして、「労使」で合意すれば労基法の「デロゲーション」(適用除外)を認めるよう求めている。
 労働基準法の「有名無実化」が資本の目標である。「偽装フリーランスの合法化」は、その一環である。「自営業者でない者は労働者である」。この大原則を明確にすることは、破壊された雇用を取り戻し、「雇用の劣化」を巻き返す闘い、労働基準法の諸規制を資本の攻撃から守る闘いの出発点である。本書は、「偽装フリーランス」の問題を告発するアマゾンやウーバーの労働者の闘いに、その正当性のゆるぎない理論的根拠を提供している。
(6月4日)

The KAKEHASHI

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