「フクシマ50」―驚くべき宣伝映画
かけはし 第2652号 2021年2月8日
「原発所員が日本を救った!」のか
ウソとゴマカシのストーリー
でたらめに満ち
た「感動物語」
わたしは映画が大好きで、いつも感動しすぎて、顔が涙でぐちゃぐちゃになってしまうことが多い。しかし、「フクシマ50」では、あきれて涙どころか、上映時間を劇場にいるのが大変だった。
福島第一原発事故の顛末は、国会事故調、政府事故調の資料で明らかになっている。原作者の門田氏については、有名な安倍応援団だからあきらめているが、「沈まぬ太陽」の若松節郎監督にはチョット期待したのだが……。せめて、国会事故調、政府事故調の資料ぐらいは読んでほしかった。
この映画では、被害者救済や過酷事故責任追及が争われている現実に反して、福島原発事故の真相からほど遠く、福島原発事故がただの「原発所員が日本を救った感動物語」となっている。
地震による
設備の破損
映画は2011年3月11日東日本大震災の場面ではじまる。地震とそれに続く津波のシーンは、多くの観客に当時の記憶をよみがえらせる迫力のあるものだった。ところが、地震直後のシーンで、地震が電源設備に影響ないことというふうに映像やセリフで強調される。地震だけでも老朽化した配管などの設備に甚大な影響があったと報告されているはずなのに、おかしい、それが、最初の違和感である。
ベントと注入
そして官邸
原発の爆発の危険が迫ったために、放射能を含む蒸気を放出する「ベント」を行うことになったが、ここでも、官邸(民主党菅政権)が邪魔をするというのだ。少なくとも、当時、東電が情報をおさえたために、住民の避難が遅れたことによりベントが遅れたというのが事実である。そして、加えるならば、東電のベント作業はなかなかうまくいかずに遅れたが、そのことほとんど触れられない。
海水注入を
官邸が「邪魔」
特に、これはひどい。海水注入に反対したのは東電の武黒副社長(当時)で、理由はマスコミでも報道されたように「海水を注入すると原発は使えなくなる」ために、海水注入に反対したのである。東電が設備温存のために未練がましく抵抗したことを、映画では、またもや官邸が邪魔したということになっている。
作業継続をめ
ぐる「美談」
映画の中で、協力会社の社員に吉田所長が帰ってもらうシーンがある。実態は協力会社とは事故時の業務契約がないために、全員が柏崎刈羽に引き上げてしまっただけである。
また、吉田所長が多くの作業員に帰宅を促すシーンがある。しかし吉田調書では700人全員に、第一原発近くで待機するように業務命令を出すものの、650人が10㎞はなれた第二原発に避難してしまい、50人しか残らなかったのである。
実はこのことが、映画の最も大きな問題なのである。震災後3日目から東電側は、原発事故処理から撤退したい意向を示していた。4日目、15日の午前4時17分、菅首相は東電清水社長に「撤退はありえない」と指示したのである。
この時から、官邸は原発事故処理の前面に立ち東電に対し強い姿勢で臨んだ。
安倍政権になってから、「東電は一部撤退を言ったのであって、全面撤退ではない」などといっているが、今原発が爆発するかどうかの時に「一部撤退」などという議論をするだろうか。ところが、映画では、「一部撤退」どころか「東電が頑張って、官邸が邪魔をした」と描いている。
しかし、ちょっとだけ事実に近い点もある。菅総理が、東電に乗り込んで、東電が事故処理から撤退しようとするTV会議を見て、「撤退したら日本がなくなる。60歳以上は原発対策へ行け、俺も行く」と演説したシーンである。ひどく
矮小に描いているが、これは東電として2年間も隠していたほど、事故対策を左右した重要な、しかし触れたくない事実なのだ
安倍総理のように訳も分からず、無責任な発言に終始するのではなく、菅直人は理工系の東工大出身だけあって、危機感があって乗り込んだのだろう。
「想定外」の
津波を強調
映画では津波が想定外であることをかなり強調している。津波対策が取られなかったのはなぜかという真実にまったく触れていない。15・7m津波の危険は、国会などで幾度も指摘されてきていたにもかかわらず、津波の危険を握りつぶしたのは主人公の「吉田所長」であることだ。当たり前のことだが、これだけの大災害を描くのだから、すくなくとも事実に触れないで美化してはならないだろう。
極端なまで
の米軍美化
最後に触れておかねばならないのは、米軍の極端な美化である。
米軍は当初から、原発事故が深刻であることを知っており、米国は自国民の避難を先行して行っていた。そして、米国に被害が及ばないように、第7艦隊の主力空母ロナルド・レーガンを派遣したのである。もちろん、トモダチと言いつつ米国が自分のための行動であることは明白で、後日日本政府に巨額の請求をしている。
あくまでも自国主義である米軍を、これだけ美化して描くのをみて、ここまで徹底するのかという印象だった。
「朝日」たたき
から原発促進
この映画は、安倍政権になってからの原発再稼働促進、それに連動する「朝日新聞の原発報道たたき」の流れのなかで意図的につくられたものである。
東電の事故処理からの撤退に抗して取り組んだ当時の官邸の行動を歪曲しておとしめ、東電の所員を美化することにより東電の加害責任を回避させている。
まさに、原発再稼働を進める安倍政権の意図通りの映画である。
実は、この映画の原作者門田隆将は朝日新聞の原発報道たたきのきっかけとなった人物である。朝日新聞の記者たちは、「原発事故が起きた場合、事故処理は命がけになってしまう。一民間企業の従業員が業務命令だけで遂行できないケースがある」ことを警告した。そして、今後の原発の運営は事故処理に対する体制を国レベルで考えるべきであることを提案したのである。
この原発の災害対策の難しさへの警告は、再稼働への問題指摘でもあった。
「朝日たたき」は原発事故責任をあいまいにし再稼働の問題点を隠蔽するための圧力だった。そして朝日新聞経営陣は屈服するのである。この顛末については別の機会に報告したい。
莫大な宣伝費を使った映画だが、映画館の入りは思ったほど混雑していなかった。やはり、この映画は政治色が強く、われわれ震災経験時の情報とかなり違っていることもあり、どうもきな臭さが感じて楽しめなかったのが実感である。
全く別な話だが、ほとんど宣伝されずに、テレビでも取り上げられなかった「新聞記者」が満員だったこと、そして日本アカデミー賞を受賞するほど評判になったこととは対照的である。
(フクシマS)
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