エンゲルスと原始共産主義

かけはし 第2651号 2021年2月1日

エンゲルス(1820―1895)生誕200周年

ミシェル・レヴィ

 解説

 著者のミシェル・レヴィは、ブラジル出身の活動家であると同時に、フランス国立科学研究所と社会科学高等研究校の研究主任を務める研究者である。日本では、以下の著作が邦訳、出版されている。
?『若きマルクスの革命理論』(福村出版、1974年)
?『世界変革の政治哲学 カール・マルクス……ヴァルター・ベンヤミン』(柘植書房新社、1998年)
?『100語でわかるマルクス主義』(共著)(クセジュ文庫、2015年)


今日、彼がもっとも関心を寄せているのは、温暖化による異常気象の常態化とそれにともなう自然災害の巨大化と深刻化(台風の超大型化、大洪水、干ばつによる巨大規模の山火事の発生回数の増加)に見られる地球環境の重大な危機をめぐる問題である。そのために、彼は、いちはやく自分と立場を同じくする研究者や活動家たちとともに「国際エコロジー社会主義者宣言」を出して精力的に活動している。


地球環境の悪化に対する彼の立場は、今日の生態系の危機の根本的原因は、市場競争の中であくなく私的利益を追求し続けている現在の資本主義のあり方そのものに由来するのであって、それは、当然にも、「グリーン資本主義」などに見られる資本主義の枠内でそれを解決しようとする試みは、けっしてこの問題の解決にはなりえず、私的利益のあくなき追求のための不断の高成長の追求というそのあり方の壁を超えることができない、というものである。だから「エコロジー社会主義」なのだ。
レヴィは、今日、ベンヤミンの言葉を借りて、今日の地球環境の危機とは、「暴走する資本主義という列車」そのものであり、この列車に乗っている人類は、今やそれに対して緊急ブレーキを踏むことが求められているのであって、人間がその任務にこたえてブレーキをかけて資本主義をとめなければならない、というのである。史的唯物論者のベンヤミンによれば、この人間というのはプロレタリアートのことであり、ここにプロレタリアートの今日の歴史的な課題がある、というわけだ。スウェーデンの少女、グレタさんが必死で訴えている。


「家が、〝火事”に遭ったかのように行動してほしい。今まさにそれがおきているのだから」。このように、事態は待ったなしで一刻の猶予ももはや許されないところにまで来ている。彼のこの立場を明らかにしたのが、最近の著作『エコロジー社会主義 気候変動へのラディカルな挑戦』(柘植書房新社、2020年)である。
(「かけはし」編集部)

 2020年11月、全世界の社会主義者は、フリードリッヒ・エンゲルス生誕200周年を祝った。エンゲルスをマルクスの思想を単に俗流化した人物であるとみなすというのは、しばしばなされている間違いでしかない。彼は、1844~1848年においてマルクスとともに新しい世界観――実践の哲学と史的唯物論――の形成に寄与しただけでなく、マルクスが望んでいなかった、あるいは研究できなかったテーマについてその分析と主張を発展させたのだ。


こうした著作のうちのひとつに、出版されずにマルクスの家に『古代社会ノート』としてそのまま置かれていた原始共産主義に関する問題があったのだが、これは、『家族・私有財産・国家の起源』(1884年)(以下、『家族の起源』と表記する)と題する著作の中でエンゲルスによって大きく発展させられることとなった。


先史時代の人々(氏族社会)ついてのアメリカの人類学者であるルイス・ヘンリー・モーガンの研究を出発点にして(1)、エンゲルスは、階級も私有財産も国家も存在しない社会のこの原始的形態について、大きな関心と大いなる熱意をもって研究した。『家族の起源』の一節は、氏族社会へのこの共感を物語っている。「何と驚くべき制度であろう、この氏族制度は、兵隊も憲兵も警察官もなく、貴族も国王も総督も知事も裁判官もなく、監獄もなく……、万人が平等であり、自由である――女もまたそうである。……しかし、それを打破したものは、はじめからわれわれには一つの堕落、古い氏族社会の素朴な道徳的高みからの堕罪と思われる勢力であった。新しい文明的な社会である階級社会を導き入れるものは、もっとも低級な利害――いやしい所有欲、獣的な享楽、さもしい貪欲、共有財産の利己的な略奪――である」(2)。


原始共産主義――言い換えれば、人類学者が〈氏族社会〉と呼んできた社会(部族、部族的・氏族的・家族的共同体)――に関するエンゲルスによるこの分析は、史的唯物論の概念にとっていつかの重要な方法論上の意義を有している。

 1、エンゲルスの分析は、社会的不平等、および私有財産、ならびにすべての人間社会の本質的な特徴を示すものとしての国家を〈自然で必然的なものとみなそうとする〉ブルジョア・イデオロギーの企ての正当性を否定する。原始共産主義は、上記の社会的諸体制が歴史的産物であることを明らかにしている。こうした社会的諸体制は、長期にわたる先史時代には存在していなかったのであって、将来にも存在しなくなる可能性があるということになる。


家父長制についても同じことが言える。エンゲルスは、モーガンやその当時の他の人類学者(バホーフェンなど)たちに従って、原始共産主義を定義するために「母権」の概念を用いた。これは、論議を呼ぶ用語であって、今日に至るまで歴史家、人類学者、フェミニズムの理論家の間で数多くの論争を引き起こしてきた。もっとも重要な点は、すでに引用した箇所でエンゲルスが述べた一節であると私は考える。すなわち、この原始社会において、男女の間で高度な平等が存在していた、ということである。この点でも、すべての社会組織に共通する時代を超えた構造としての家父長制という概念それ自体の正当性を否定する必要がある。

 2、この分析は、歴史を、「啓蒙」、文化、自由、生産力の単線的な進歩、持続的な前進であるとみなす、ブルジョアジーの見方であると同時に左翼の大部分によっても共有されていた見方、とは断絶するものである。エンゲルスは、この順応主義的な教義に代わって、歴史の過程に関する弁証法的見方を提唱する。多くの点で、文明は進歩を表現しているけれども、他方では、原始共産主義との関係で社会的、モラル的な退歩となっている、というのである。

 3.エンゲルスの分析は、人類史の過程における過去と未来との間に弁証法が存在することを指摘している。現代の共産主義が、原始時代の過去への回帰でないことは明白である。現代の共産主義は、無階級であり、私有財産や国家の支配や家父長的権力のない太古の時代の形態を新しい形のもとに体現するものなのである。
『家族の起源』で、エンゲルスが単に先史時代の過去にだけ依拠しようとしているわけではないという点に留意することは重要だ。モーガンと同じく、エンゲルスは、彼の時代においてさえ、この種の平等な社会的編成をなお保持してきた先住民の共同体が存在していた点を指摘している。エンゲルスは例えば、北米の先住民の諸民族の同盟である、イロククオイ族の同盟、を大歓迎した。


エンゲルスのこの考えは、20世紀の最良のマルクス主義思想家たちによって再び取り上げられることとなった。
たとえば、ローザ・ルクセンブルクは、(その死後に出版された)『経済学入門』の中でその半分近くを原始共産主義の研究に当てている。彼女は、資本主義的な私有財産の野蛮な強制に反対してこれらの共同体の社会的形態を防衛するための闘争を周辺に位置する諸民族の植民地主義に対する抵抗の大義のひとつであるとみなした。ルクセンブルクによれば、原始共産主義はすべての大陸において存在している、という。ラテン・アメリカの場合には、ローザはそれが19世紀まで存続していたことを認めており、彼女はそれを「インカ共産主義」と呼んだ。


ラテン・アメリカのマルクス主義の創始者であるホセ・カルロス・マリアテギは、ローザ・ルクセンブルクのこの著作を知らなかったが――マリアテギはドイツ語が読めなかった――、スペインの植民地化以前に存在していたインカ社会の基礎となっていた先住民の共同体(「アイリュ」)について記述するために、まさしくこの同じ用語「インカ共産主義」という言葉を使っている。


マリアテギにとって、これらの先住民の共同体の伝統は、20世紀まで維持されたのであって、アンデス諸国における現代の共産主義運動を発展させるための主要な社会的基礎を形成し得るものであった。
地球上の人類の生活を脅かしているエコロジーの危機に直面する21世紀の今日において、エンゲルスによって言及されているがほとんど研究されていないもうひとつの側面が考慮されなければならない。それは、「原始共産主義」が自然と真に調和できる生活様式だったという点である。今日、先住民の共同体は、「母なる大地」を深く尊重するという特徴を有している。


したがって、多国籍石油企業や石油・天然ガスのパイプライン業者や農産物加工品輸出業者による森林の破壊、さらには、河川と大地の汚染に対する抵抗の先頭に立っているのが南北アメリカ大陸であるというのは偶然ではない。ホンジュラスの先住民の中心的活動家で暗殺されたベルタ・カセレスは、頑強な闘いを象徴する女性であった。この闘いは、ブラジルでは、牧畜と大豆の大農園ボスどもによるこの破壊がネオ・ファシストで環境破壊のジャイール・ボルソナロ政権から恥知らずな手段によって後押しされているが、これに対してアマゾン地域を救うためにブラジルで先住民を結集している。

 原注
(1)、L・H・モルガン『古代社会』上、下(岩波文庫、1958年)。
(2)、F・エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』(岩波文庫、1965年、127頁~130頁)。
ルイス・ヘンリー・モーガン(1818―1881)。親権制度の研究に着手した最初の人類学者で、これは現代の社会・文化人類学の基本分野となっている。彼は、「インディアン」のイロクオイ族の中で生活し、自身のこの独自の経験を自らの考察の素材とした。
『共産党宣言』の1888年の英語版への序文の中で、エンゲルスは、「これまでの*(知られている)あらゆる社会の歴史は階級闘争の歴史である」というこの箇所に注記を付け加えた。エンゲルスの注記はこう書いている。
「それは、書かれている歴史についてのみ真実である。なぜなら、最後に、氏族の真の性格および氏族におけるその位置を明らかにしたモーガンの決定的発見があったからである。これによって、この原始共産主義社会の内部構造がその典型的な形態で明らかにされた。この原始共同体が解体するとともに、それは、異なった諸階級へと分裂しはじめ、最終的には敵対的な諸階級へと分かれる」(マルクス・エンゲルス『共産党宣言』、光文社古典新訳文庫、2020年、145頁~146頁)。
『インプレコール』(679/680号、2020年11月/12月号)

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