「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」ポーランド映画

かけはし 第2651号 2021年2月1日

映評 スターリン主義が引き起こした歴史的な闇「人工的飢饉」の事実を暴いた衝撃的作品

 「ヨーロッパのパンかご」と、呼ばれるウクライナ。ロシアからウクライナにかけて広がる草原(ステップ)は、世界的にも肥沃な穀倉地帯として知られ、豊かな自然の恵みがもたらす小麦は飢餓とはまったく無縁な平和の象徴だったはずである。しかし、独裁者スターリンの人工的飢饉(ホロドモール)によってそのウクライナでは、多数の餓死者を生んだ。諸説あるが餓死者は、250万人から1450万人とも言われ、いまだその正確な人数はわかっていない。


 ポーランド映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」(監督 アグニェシュカ・ホランド)では、そんな衝撃的な事実を、若き英国人ジャーナリストで元英国首相ロイド・ジョージの外交顧問を務めたガレス・ジョーンズが厳しい監視と取材制限を乗り越え、命懸けで現地の実情をその目で確かめ、世界に向けて発信した実話である。その内容は、まったく映画のタイトルそのもの。チラシに記されている「皆、狂うほどに飢えている」というキャッチコピーそのものの人工的飢饉が描かれていた。
 また、映画には登場しないが、スターリンによってソビエトを追放され、最後にはメキシコで暗殺されたロシア革命の指導者のひとりであるウクライナ生まれのトロツキーが、祖国であり故郷の凍てつく大地で起こったこの悲劇を知っていたらどう思ったのか興味深い。


 スターリンは、レーニンが死去しトロツキーを追放するとソビエト共産党書記長として絶対的な権力を掌握。そして、永続革命路線から豹変し一国社会主義革命を標榜、「5カ年計画」という経済計画を掲げ、中央集権化と民族自決権の抑圧強化を推し進めた。
 世界大恐慌をものともせず急激な近代化と経済的な繁栄、工業化をたどる様に疑問を抱いた主人公ガレスがモスクワからウクライナに潜入してその謎を解き明かしたのが、その原動力であり莫大な資金源となった人工的飢饉だった。飢饉状況を知った国際連盟が国際赤十字を通してソビエト政府に援助を申し入れても、「飢饉は存在しない」と頑なにその事実を認めなかったという。


 この映画をソビエトの現代史と観るのか、勇気あるジャーナリストのサスペンスと観るのかは人それぞれで違うと思うが、その歴史的な背景を知れば知るほど、スターリン主義への嫌悪感が増すばかりである。ウクライナから収穫された小麦はソビエトにとって重要な輸出品であり外貨を獲得する手段として存在し、農民たちの食料になることはなかったのだ。この飢餓輸出ともいうべき事実と繁栄は、まさに農民の生命と交換した国家的な犯罪であると言い切れる。
 また、当時、軍備拡張を推し進めるナチス・ドイツに対抗するためイギリスはソビエトと協調路線を取り、工業技術の輸出協力も行っていたことも忘れてはならない。


 この映画のあらすじはこうだ。前述したとおりガレスは、ソビエトの繁栄ぶりに疑問を抱き、1933年3月、単身モスクワを訪れる。彼は、ヒトラーを取材した経験を持ち、スターリンへの取材も試みていた。
 初めから決められていた滞在先は、数多くの記者たちが滞在するホテル。しかし、一週間という予定でチェックインすると返ってきたフロントからの返事は、2泊3日でそれ以上部屋は空いてないというものだった。また、ガレスが頼ったニューヨーク・タイムスモスクワ支局長でピュリッツア賞も受賞したウォルター・デュランティーもスターリンの経済的発展を美化したニュースばかりを発信し、ウクライナで大飢饉は発生していないと断言する。そして、アヘン窟に通い享楽的な日々を送っていたのだ。
 しかし、彼のもとで働くエイダ・ブルックスはこう教えてくれた。ガレスと同じようにソビエトの繁栄に疑問を持ち、取材を進めていた友人の記者ポール・クレブが背中に四発の銃弾を受け殺されたこと、「ウクライナ」という言葉を残していたことだった。
 ウクライナ行きの一等車から列車が停車した際、監視の目を盗んで貨物列車に乗り移ると、そこには薄暗い中、疲弊し腹を空かした老若男女の姿があった。そして凍てつく雪のスターリンに降り立ったガレスが目にしたのは、モスクワに送られる大量の小麦を運ぶ人々の群れ、スターリンの肖像が描かれた倉庫。道ばたに転がる餓死者の姿だった。写真を撮っていたことからスパイと疑われ、銃弾を受けながら雪原を逃げ、たどりついた村では餓死者を運ぶ馬車に出会い、1軒の農家で振る舞われた一切れの肉は、なんと餓死者の人肉だった。


 この時、ガレスは28歳。当局に逮捕され、強制送還されたのちベルリンから自分で見聞きした人工的飢饉の真実を発表。その記事を否定するウォルターの「腹を空かせているが、飢え死にしているわけではない」というフェイクニュースに対し、ガレスはニューヨーク・タイムスに反論記事を掲載し、ウクライナで起こっている人工的飢饉の真実を全世界に知らしめることになる。
 1935年、30歳の誕生日を迎える前日、満州を取材中、何者かによって殺害された。ソビエトの秘密警察によるものと推測されている。ソビエトの偽りの繁栄を報道した報復と考えられる。ガレスが劇中で語った「記者は崇高な仕事だ。誰の肩を持つことなく、真実のみを追いかける」という言葉をかみしめたい。(雨)

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