アジア連帯講座 11月米大統領選 分裂するアメリカ ②

BLM運動と社会運動 左派は今

喜多幡佳秀さん(ATTAC関西グループ)

2)トランプの四年間

 トランプ政権の下での政策上の変化を見ておこう。
そのポイントは、①金融、軍事産業、エネルギー産業の影響力が圧倒的優位にあることは変わらない ②米国経済の衰退、国際的地位の後退は加速 ③中東政策はオスロ合意の事実上の廃棄。イスラエルによる併合とアラブ諸国との関係の「正常化」(パレスチナ問題を否認する「最終解決」への動き)、イランとの核合意の破棄・封じ込め ④「新冷戦」……中国との対決路線:双方に相手の出方を見ながら「レッドゾーン」の見極め/確定へ(ギリギリまで挑発)。 ⑤対ロシア宥和政策と対北朝鮮政策は、民主党および共和党内での抵抗によって挫折 ⑥NATOなどの同盟関係の変調などが上げることができる。
 トランプ政権の下での社会の変化については、次のことが特徴である。「フェイク」が広範に受け入れられ、トランプの強力な支持基盤となっている。トランプは社会を分断し、自らの支持基盤にだけ訴えかけるという政治手法を使いながら、大衆の中に「強いリーダーシップ」への期待を引き出していった。
 トランプ政権の政策に対抗して気候危機、移民問題、コロナ感染等では州政府が独自の政策を打ち出してきた。
 注意しなければならないのは、これらの事態が起こっているのはトランプ政権の特異性ではなく、一過性のことでもなく、米国社会の変化に根拠があるということである。それは世界的な現象でもある(ドテルテ、モディ、ボルソナロ、ネタニヤフ、ジョンソンなど)。ファシズムが現実の問題となっている。
 しかし、このようにファシズムが台頭する条件は、民主・共和両党の新自由主義政策や移民規制、人種差別的な警察活動の容認等によってもたらされ、トランプ政権の下で加速したのであると言える。バイデンが勝っても、この条件が解消するわけではない。

 それではこの四年間、社会運動にはどのような変化があったのか。そのポイントを簡単に列挙しておく。
①二〇一七年一月の女性マーチがあった。全国で四~五〇〇万人が参加。その後は運動内部の論争(中絶の選択権をめぐって、イスラム系グループの「反ユダヤ主義」的発言をめぐってなど)があり、後退。
だが二〇二〇年一月は移民の権利、クライメートジャスティス、生殖に関わる権利をテーマに開催した。一〇月一七日には最高裁判事の任命に反対を掲げたマーチを計画している。Me Too運動は持続的に取り組まれている。
②移民の権利をめぐって、地域レベルでの運動へと発展した。 
③労働運動は、教員、物流・倉庫(アマゾンなど)、医療、清掃、小売り店など、とりわけ女性、マイノリティーが多い、組合員数は回復の兆しがみえる。
④若者の運動は、移民、奨学金、気候危機などをテーマに諸グループが登場している。

 
ブラックライブズマター運動の歴史的意味
ブラックライブズマター運動の背景としては、警察官による暴力、日常的な監視と不審尋問や冤罪、閉塞感などがある。「黒人の命だって大事なんだ!」という叫び……広く共有されている。
ここでブラックライブズマターの訳語について、私の意見を述べておきたい。このスローガンを黒人が叫ぶ場合は「黒人の命も大事」と訳しても特に問題はない。非黒人が叫ぶ場合、「も」には抵抗があるが「黒人の命は大事」では意味不明。被差別の当事者の叫びであることにメッセージの強さがあり、当事者性を弱めて一般論的な議論に回収してしまうような訳語は避けるべきだろう。そういう観点から、私はとりあえずは「ブラックライブズマター(黒人の命を守る運動)」と表記しているが、脈絡によって、使われている脈絡に想像を馳せることが大事だと思う。
現在のブラックライブズマターの叫びは、公民権運動以降も変わらない人種差別に対する怒りの爆発であり、新たな歴史の開始である。警官の暴力によって命を奪われた青年への同情、映像を目にした時の衝撃、警察官への怒りから、事件を隠蔽しようとする警察そのものへの怒りへ発展している。「警察の解体、警察予算の削減」の要求は、改良ではなく革命!を意味している。
BLMは非暴力を掲げている。一部には商店の襲撃・略奪などの暴力的行動があったことが報じられている。その一部は挑発分子によるものだが、多くは自然発生的なものだ。活動家たちが必死で防ごうとしても防げないほど、人々の怒りが蓄積されてきているのだ。襲撃されたのは警察署や警察車両以外では多くの場合、警察と連携して黒人を差別し、監視してきたスーパーなどであり、コミュニティを侵略し、破壊してきたことへの正当な怒りである。
BLMを支持している人たちは、警察で取り締まるよりも、学校や住宅に予算を出せば犯罪や麻薬は減ると主張してきた。治安や財産よりも命と尊厳が大事なのである。
当初は、「警察の解体」はともかく、警察官の行動への規制や予算削減は多くの民主党市長も受け入れる事態へとなっている。さらにミネアポリスやシアトルでは一時的に警察官がデモ隊との衝突を避けるために州庁舎前から退去するほどだ。
このようなプロセスを経て、白人優位主義者への反発抗議運動が一連の白人優位主義のモニュメントの破壊に向かったとき、「反革命」が始まった。トランプは「アンチファ」との「テロとの戦争」を呼びかけ、連邦の治安部隊(国境警備隊など)を動員し、民主党市長によって事態の収拾へと至った。その後は武装した白人優位主義者たちが街頭を跋扈する局面に入っている。これはアメリカの建国以来の歴史を問い直し、根本からの変革を迫る新しい局面の始まりである。
「民衆のアメリカ史」の著者で政治学者のハワード・ジンは、白人優位主義の観点から語られてきた米国の歴史、特に建国や奴隷制廃止に関連して称揚されてきた「自由と平等」や民主主義が、黒人への差別と支配を組み込んだ階級支配を覆い隠すものであることを容赦なく暴き出した。
彼は「……上流階級としては、中産階級に忠誠を誓わせなければならない。そのためには、中産階級を引きつけるようなものを差し出す必要があるのだが、自分たちの富や権力をそこなうことなく、そうする方法はあるだろうか」。   
「一七六〇年代から七〇年代にかけて、支配者たちはまさにぴったりな道具を見つけ出した。それは〈自由と平等〉という合言葉だった。この言葉が、イギリスに反旗をひるがえすのに充分なだけの、上流階級と中産階級の白人を団結させていくことになる――しかも奴隷制も社会的不平等も終わらせることなく」と述べている(ハワード・ジン「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史」(あすなろ書房、2009年)。
トランプは九月中旬に、「ホワイトハウス・アメリカの歴史会議」で、「左翼はアメリカの歴史を嘘とデタラメで歪め、否定してきた」として、ハワード・ジン(「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史」(あすなろ書房、2009年)と「ニューヨーク・タイムズ」の「1619プロジェクト」を名指しで攻撃した。学校での「愛国教育」の必要を強調した。(「アトランティック」紙、九月二四日付)
米国の建国(独立革命)の歴史と「建国の父」たちの物語は「神話」となったが、BLM運動は白人優位主義との闘いの中で、この神話の解体に手を付けた。しかも白人優位主義者たちが疎外感や将来への不安を強め、ナショナリズムを拠り所にしようとしている時にである。
ハワード・ジンが語っているように、黒人への差別は建国以来の階級支配の柱に据えられていた、したがってBLM運動はそのような階級支配を暴き出し、打倒する闘いを目指しているという点で、公民権運動の限界を超え、未完のアメリカ革命(民主主義革命)の完遂に向けての歴史的な一歩を踏み出した。支配階級には「黒人奴隷と貧困白人とが結束して、第二のベーコンの反乱を起こす」(同書)という恐怖が蘇ったに違いない。
もし二〇二〇年大統領選挙におけるトランプが勝利するならば、そのような闘いに対する手痛い反革命となるだろう。

3)一一月大統領選挙をめぐる左派と大衆運動の状況


大統領選挙をめぐる左派と大衆運動の立場について、主な特徴を簡潔に列挙しておく。
①民主党内の左派とサンダースの支持者たちは、バイデン支持だ。バイデンを通じて国民皆保険制度、グリーンニューディールなどの要求の実現を目指している。
②DSA(アメリカ民主社会主義者党)は、基本的には(多数は)バイデン支持だ。戦術的に「まずトランプを阻止し、それからバイデンと対決する」と設定し、民主党内左派にとどまる。
③緑の党は、H・ホーキンスが立候補した。H・ホーキンスは、「トランプを追い出さなければならないが、バイデンに任せておいては気候変動も人種差別も期待する進歩は実現しない。つまり、バイデンは気候変動否定論者と同じような行動をしてきたし、国民皆保険制度に関する政策を受け入れなかった。われわれがバイデンの政策を受け入れれば、バイデンが当選した場合にも彼に政策を受け入れさせるのは難しい。
前回、緑の党が立候補をやめていたらクリントンが勝っていたという根拠はない。緑の党がメディアから無視されているのは不当。緑の党への票は反トランプの票であって、トランプを利するものではない。有権者にとって環境問題はもっとも重要な問題のはずだ。」と語っている。(「ニューズウィーク」とのインタビュー、2020年9月11日)

 左派の間での議論は、常に二つの議論が繰り返されてきた。
一つは「より少ない悪」(民主党への投票を呼びかける)という考え方への批判であり、「第三の候補」の挑戦という主張もあった。この点ではSWP(社会主義労働者党)の独自の闘いや、二〇〇〇年の消費者運動家ラルフ・ネーダー氏(288万2955票、2・74%)の取り組みがあった。緑の党は二〇〇四年以降、一貫して独自候補を立てて健闘している。
共和党と民主党はどちらもブルジョワ政党であって、政策も変わらないし、どっちが政権を取っても何も変わらないというのは確かに現実である。しかし、この間の大統領選挙、特に二〇〇四年以降の選挙では、政策上の違いよりも、アイデンティティ・価値観・「雰囲気」の違いなどに着目すべきだと思う。「トランプに勝たせてはならない」という意識は重要である。
同時に実施される両院の選挙、とくに下院選挙での左派議員(民主党)の勝利との連動や、独立的政党(ワーキングファミリー党など)、ローカル政党との連動は一定の成果を上げている。
もう一つの議論は「労働者の党」あるいは「社会主義を掲げる党」の建設をどう展望するのかである。この点ではこれまで多くの挑戦と失敗があった。労働者階級や労働組合の受動性(保守性)があり、一方で黒人運動やフェミニズム運動からの急進的な要求に応えられていないという問題があった。
そのような状況の中でサンダース・ブームとDSAの登場は、新たな可能性と評価していいのではないか。
連動して若者の間での社会主義への関心が高まっていることも、その現われだ。ただし、その内容は「グリーン・ニューディール」(資本主義の改良)であって、資本主義の廃絶がイメージされているわけではない。社会運動との結びつきが重要であり、DSA内の「分岐」も試行錯誤の一つの段階として考えるべきだろう。古い議論を繰り返すのではなく、ここから始まるということが重要であり、「何が始まっているのか」を理解することから始めるべきだろう。

 最後に若者のグループについて紹介したい。ウエイブ配信されている主なグループをピックアップした。各グループの主張等の詳細は省略するが、直接、ブログをチェックしていただきたい。
①Dream Defenders(警察官の暴力と人種差別に抗議、二〇一二年) 
②March for our lives (銃規制、二〇一八年) 
③Sunrise Movement (気候変動対策・再生エネルギー、二〇一七) 
④United We Dream Political Action Committee((移民の青年のグループ、二八州に一〇〇のグループ、四〇万人)など一〇〇以上のグループがProtect the Result Coalitionを結成(九月二五日)。投票の権利を守るための行動を呼びかけ、投票日の動員などをブログ#COUNT ON USで発信している。
参考までに「#COUNT ON USのよびかけ文」〈https://wecountonus.org/〉を紹介しておく。
「今秋、私たちの世代はトランプを打ち負かし、この国の変革を始める力を持っている。私たちには私たちの力が頼りだ。私たちは移住者の保護を勝ち取ったドリーマー(夢見る者)だ。私たちはNRA(ライフル協会)に挑戦した子どもたちだ。私たちの世代はブラックライブズマターを全米の鬨の声にしたし、グリーンニューディールを優先的な政治課題にしてきた。ドナルド・トランプと彼の大金持ちの仲間たちは自分たちが負けることを知っている。だから彼らはわざと私たちを引き裂き、私たちの声なんか関係ないと思いこませ、選挙結果を盗もうとする企みから私たちの目をそらせようとしているのだ。私たちは彼らを止めるために結集しようとしている」。

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