フランス「黄色いベスト」運動を学ぶ 1

アジア連帯講座:公開講座
地方と公共サービス切り捨てへの怒りがマクロン政権と激突
「普通の人々」が反乱を始めた

 七月一二日、アジア連帯講座は、文京区民センターで公開講座「フランスはいま 『黄色いベスト』運動を学ぶ」というテーマで湯川順夫さん(翻訳家)が問題提起(報告要旨別掲)した。
 フランスの「黄色いベスト」運動は、マクロン政権による生活破壊に抗議して二〇一八年一一月から始まり五月一八日で半年を迎えた。警察権力の弾圧に抗して持続的な民衆パワーを示し続け、フランス全土で四万一〇〇〇人(主催者発表/最盛時の参加者は三〇万人以上)が参加した。『黄色いベスト』運動は、燃料増税の中止など生活、雇用、年金、緊縮政策の中止などさまざまを要求し、資本家のためのマクロン政権を許さず、デモ抗議を繰り広げている。
 フランスの社会運動に詳しい湯川さんは、「黄色いベスト」運動について①参加した人々 ②マクロン政権の暴力的弾圧実態 ③労働組合、左翼政党の枠外で生まれたことの分析 ④評価の対立と論争 ⑤われわれに問われていること―などについて問題提起した。日本の民衆運動とも比較しながら、今後の運動の方向性について継続して論議していくことを確認した。

湯川順夫さん報告要旨 ①

フランス 『黄色いベスト』の運動とは何か

1、その始まり

 二〇一八年一一月一七日(土)、マクロン政府の燃料税の値上げに反対して全国でいっせいに円形ロータリ、高速道路の料金徴収所を封鎖し、フランスの交通を麻痺に追い込んだ。
すでにインターネットで抗議署名が集められ、SNSなどで道路封鎖が呼びかけられたことを契機にこの運動は始まった。この運動の始まりの特徴は、従来の労働組合や政党のルートを経由しない運動だということだ。これまでデモや政治活動に参加したことのない地方都市の「普通の貧しい人々」の運動であり、指導者も代表も誰もいなかった。さらに運動を「代表する」と称して、政府との「交渉」を試みて運動を利用しようとした人々の多くは、運動から拒否された。

2、発端は「普通の貧しい人々」の運動

 参加した人々は、主に地方都市に住む中高年の人々、元労働者で年金生活を送る人々、非正規の不安定な仕事をする人々(女性が多い)、トラックなどの運転手、零細輸送業者、自営職人、自営商人などであった。経済的にも大都市郊外の最底辺・最貧困層の移民系の人々ほどではないが、地方で貧しくつつましい生活を送る普通の人々だった。大都市の中心部は、家賃が高く富裕層しか住めないからである。
つまり、組合がそれほど組織されていない職場で働き、既存の労働組合運動や左翼政党との関わりがなかった「普通の貧しい人々」が起ち上がった。
初期の闘い方は、円形ロータリーや高速道路の料金集積所を毎週土曜日封鎖し、一晩中交代で当直し封鎖を解除されないように見張りをした。そこに人々が集まり、今まで顔見知りでもなかった地域の人々がはじめて政治などの問題を討論が拡がった。必然的に人々の意識が運動の中で発展していった。世論調査では、国民の七〇%がこの運動を支持した。
どうして黄色いベストか? フランスでは、交通事故などの緊急事態に備えて、黄色の蛍光塗料のベストを搭載している。マクロン政府による燃料税の値上げが人々の生活を直撃した。抗議の意思表示として「黄色いベスト」を着用した。
そもそもマクロン政府は、国鉄をはじめとする民営化政策、ローカル赤字線の廃止、公共交通(バス、地下鉄など)の縮小、郵便局や公立病院や学校の閉鎖を強行していた。人々にとって車以外に移動手段がない、しかも近場の施設が閉鎖されて必要な用をたすのに車で長距離の移動する以外にない。地方には雇用がない、長い距離をかけて大都市まで通勤しなければならない。大都市集中で取り残された地方の現実は日本と基本的に同じだ。こうした人々が立ち上がった。

3、マクロン政権の全面的な暴力的弾圧


一九六八年五月に獲得した民衆の既得権を全面的に取り崩すのが、フランス資本主義の最大の課題だった。サルコジの右翼政権や社会党連立政権という歴代の政権は、左右を問わずこの課題に取り組んできた。フランスにおける新自由主義の攻撃だ。
しかし、歴代政権は、労働者人民の抵抗によってあとひとつ既得権の全面解体に成功してこなかった。社会運動と左翼の行き詰まりと同時に、既存の右翼の陣営も「行き詰まり」に陥っていた。そこに、マクロンの登場した。既存の伝統的右翼陣営=旧勢力に代わって、この行き詰まりを根本的に打開する「まったく新しい勢力」として売り出した。マクロンのポピュリズム的ボナパルティスト的性格によって旧右翼陣営に代わる新しい勢力を形成していった。「右翼でも左翼でもない」ということを売り物にして票を獲得した。
歴代政府によって続けられてきた社会保障、公共サービスの解体をマクロン政権も受け継ぎ、全面的に推進する。とくに大企業、富裕層に対する露骨な減税・免税措置を推進した。だからマクロン政権が富裕層とEUエリート層の利害を代表するという本質が大衆的に明らかになり、当初の「人気」は急降下してしまった。
マクロン政権の警察によるデモ弾圧がすさまじく、デモ隊を襲っているのが真相である。
これがベナラ事件(マクロンのボディガードが昨年のメーデーデモで参加者に暴行)に見られるマクロン政権の本質だ。抗議に対する弾圧は、三月下旬段階で逮捕者九〇〇〇人、有罪判決二〇〇〇人以上、一〇〇〇人が裁判待ちだ。
負傷者は、二二〇〇人以上、二〇〇人以上が東部にゴム弾、催涙ガス弾の水平撃ち、二〇人以上失明者、手足を失う者もいた。さらに新たな「破壊活動防止法」を制定し、デモの自由を制限する。
この弾圧は、マクロン政権が基本的に民衆の要求に譲歩する気がないことを示している。それどころか、デモ参加者を「社会の屑」呼ばわりしたほどだ。とりわけマクロンの対決路線は、極右派の当初の目論見を不可能にした。運動に介入し、運動と政府との仲介をして妥協を引き出して、選挙での票を稼ぐというマヌーバー。この極右派のマヌーバーは、政府からも運動の側からも拒否され、破綻した。
マクロンの危機の現れとして国民「大討論会」を提唱した。だがその実態は、弾圧を続行し、富裕層への税制上の優遇措置は変えずにいた。人々は納得せず、闘いを続行した。
ところでフランスは「市民革命」が成し遂げられた国であり、民主主義国だと思われているのに、なぜこんなすごい弾圧を行うのか?
それは、フランス資本主義とその国家の歴史的な性格がそれには関係している。フランスは、産業革命を最初に実現して世界の工場となったイギリスに対して、資本主義的近代化で遅れをとる。帝国主義の時代になって、それに追いつこうとしたら、今度はドイツとアメリカに追い抜かれてしまう。こうして、世界最先端の誇るべき産業をもたないが、絶対王政の時代から世界に進出して海外の植民地だけは多くもっていたので、そこからの搾取でそれなりに金融的には豊かであった。
そのためにフランス資本主義は寄生的性格をもつようになる。ロシアのロマノフ王朝の近代化のための巨額の貸付をしたが、一九一七年の十月革命によってその債権の回収が不可能になった。こうしてフランス資本主義はこのように脆弱性を抱えていたし、その国家も一八七一年の普仏戦争以来、第一次大戦、第二次大戦、インドシナ戦争、アルジェリア戦争と、戦いに勝ったことはない。
この弱さの裏返しとしてフランスの支配層は、労働者に対してはゴーンにみられるように抑圧的であり、強欲であり、警察・軍隊という国家機構の内部には、グリーンピースの「虹の戦士号」の爆破に見られるようい、きわめて強権的体質を抱えているのである。(つづく)

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