気候変動 IPCC第6次第1作業部会報告

瀬戸際という冷厳な事実の提示
必要な結論は人類的大惨事食い止めへの道
ダニエル・タヌロ

 8月9日、IPCC[気候変動に関する政府間パネル]が、第6次評価報告書の第1作業部会報告書を公表した。第1作業部会は、地球温暖化と気候変動についての科学的根拠の解明を担当している。報告書の公表は8年ぶりであり、その内容の一部については、すでにメディアでも報道されているが、英文1300ページに及ぶ膨大なものである。ベルギーの農学者であり、エコ社会主義の主導的な提唱者の一人でもあるダニエル・タヌロは、報告書の『意思決定者向け要約』について、それが「最良」かつ「最悪」のものでもあるとして、論評を執筆した。この論評は、第四インターナショナル・ベルギー支部のサイトにアップされたものである。

 IPCC第1作業部会は、2022年初頭に予定されている気候評価に関する第6次評価報告書への貢献として、自然科学的根拠に関する報告書を発表した。この報告書とその要約は、「客観的」な記述をおこなう科学出版物の正確なスタイルと語彙で書かれている。しかし、地球温暖化の専門家による報告書が、避けられない物理法則に照らして事実を分析したことによる苦悩をこれほどまでに印象づけたことは今までになかったことである。

今や隠せない恐るべき展望

 この苦悩は、次のような状況に起因している。つまり、地球の隅々にまで荒廃・死・恐怖をもたらしている恐るべき洪水や火災は、まさにIPCCが30年以上も前から警告してきたことであり、それについて各国政府が全く何も、あるいはほとんど何もしてこなかった。その苦悩はまた、たとえCOP26(11月にグラスゴーで開催)が、気候科学者によって検討された安定化シナリオの中でもっともラディカルなもの、すなわちCO2排出量をもっとも急速に削減し、遅くとも2060年までに世界の実質排出量をゼロにする(と同時に他の温室効果ガスの排出量も削減する)シナリオの実行を決定したとしても、人類は依然として恐るべき展望に直面しなければならないという事実の深刻さにも起因している。その展望とは以下のようなものだ。

*パリ協定[で定められた気温上昇の]上限が突破される。世界の平均表面温度は、[工業化以前と比較して]2041年から2060年の間に1・6℃(±0・4℃)上昇し、その後2081年から2100年の間に1・4℃(±0・4℃)低下するだろう。
*これはあくまで平均値にすぎないことに留意すべきである。陸地の温度が海面温度よりも速く上昇する(おそらく1・4~1・7倍)ことはほぼ確実である。また、北極圏が今後も世界平均を上回る速度で気温上昇し続ける(2倍以上の速度になる可能性もある)こともまたほぼ確実なことである。
*一部の中緯度・半乾燥地域と南米のモンスーン地域では、もっとも暑い日の気温上昇がもっとも大きくなり(世界平均の1・5~2倍)、北極圏ではもっとも寒い日の気温上昇がもっとも大きくなるだろう(世界平均の3倍)。
*陸上では、10年に1回発生していた熱波が10年に4回、50年に1回しか発生しなかった熱波が50年に9回近く発生するだろう。
*(現在の1・1℃の気温上昇と比べて)さらなる温暖化は、豪雨を激化させ、その頻度を増加させる可能性が非常に高い(世界的には1℃の気温上昇で降水量は7%増加する)。また、激烈な熱帯低気圧(カテゴリー4〜5)の頻度と強さも増加するだろう。アフリカ・アジア・北米・ヨーロッパのほとんどの地域で、豪雨やそれにともなう洪水が強まり、その頻度が高くなることが予想される。また、農業や生態系における干ばつが、アジアを除くすべての大陸で、1850年から1900年に比べて一部の地域でより深刻かつ頻繁に起こるだろう。
*言うまでもなく、このさらなる温暖化(現在と比較して0・5℃±0・4℃)は、永久凍土の融解をますます進行させ、メタンの放出を増やし続けるだろう。この温暖化の正のフィードバックは、モデルには十分に組み込まれていない(モデルはますます精密になっているにもかかわらず、現実を過小評価し続けている)。
*海洋の温暖化は、21世紀末までに、1971年から2018年までの間に比べて2〜4倍になる可能性がある。海洋の成層化[表層の海水と中深層の海水の密度に差ができて混じりにくくなること]・酸性化・脱酸素化は今後も進行するだろう。この3つの現象はいずれも海洋生物に悪影響を及ぼす。それが元に戻るには何千年もかかるだろう。
*山岳地帯やグリーンランドの氷河が何十年にもわたって融解し続けることはほぼ確実であり、南極でも融解が続く可能性が高い。
*また、21世紀には、海面が1995年から2014年に比べて0・28~0・55メートル上昇することがほぼ確実とされている。今後二千年以上にわたって上昇(2~3メートル)を続け、その後もその動きは止まらないだろう。その結果、潮位計が設置されている場所の半分では、これまで100年に1度しか観測されていなかった例外的な高潮が、少なくとも年に1度は観測されるようになり、低地での洪水の頻度が高まることになるだろう。
*温暖化がラディカルなシナリオで想定される範囲内(1・6℃±0・4℃)にとどまったとしても、可能性は低いものの非常に大きな影響を与える事象が地球規模および地域レベルで発生する可能性がある。この1・5℃のシナリオでも、突然の反応や限界点­――たとえば南極における融解の進行や森林の枯死――が発生する可能性を除外することはできない。
*可能性は低いが、起こりうる事象の一つは、大西洋南北熱塩循環(AMOC)[大西洋の海水を南北で循環させ、表層水と深層水を混ぜる働きをしている海流システム]の崩壊である。21世紀にはその循環が弱まる可能性が非常に高いが、その現象の程度には疑問符がついている。もし崩壊が起こると、熱帯雨林帯が南へ移動したり、アフリカやアジアのモンスーンが弱体化する一方で南半球のモンスーンが強力になったり、ヨーロッパが乾燥化したりなど、地域的な気候や水循環に急激な変化が起こる可能性が高い。

最良のシナリオであっても…

 われわれは、この報告書によって現実を直視せざるをえなくなる。つまり、われわれは文字通り瀬戸際に立たされているのだ。そうであるからこそ、われわれは次のことを繰り返し主張するのである。
 (1)海面上昇の予測には、非線形であるためモデル化できない氷冠[陸地を覆う5万平方キロ以下の氷河]の崩壊という現象が含まれておらず、大惨事をあっという間に大災害に変えてしまう可能性があること。
 (2)上記のすべては、科学者が研究した排出削減シナリオの中でもっともラディカルな、1・5℃を超えないことを目的としたシナリオの実施を世界各国の政府が決定した場合に起こるとIPCCが考えているものであること。(原注:他のシナリオの影響を詳しく説明すると、この文章が不必要に長くなってしまう。海面レベルについて例を挙げてみよう。通常通りのシナリオでは、2100年に2メートル、2150年に5メートル上昇することが「排除されない」とされている。そして、長期的には、二千年以上にわたって、5℃の温暖化のために、海は必然的かつ(人間のタイムスケールでは)不可逆的に19~22メートル上昇することになる!)。
 もう一度最初から始めると、政府に提案されたシナリオのうちもっともラディカルな提案を実行することは、政府がおこなっていることではない。各国政府の気候計画(「各国別確定削減目標」)は、現在のところ、3・5℃の気温上昇へと導くものである。COP26の開催まであと100日となったが、「目標値を引き上げた」国は数カ国にとどまっていて、必要なレベルの排出削減を達成するには到底十分なものではない。(原注:たとえば、「気候チャンピオン」であるEUは、2030年には65%削減が必要なのに、55%削減という目標を掲げている)

単純な算数問題への政治的結論

 グレタ・トゥーンベリはかつて「気候危機・エコロジー危機は、現在の政治・経済システムのもとでは解決できない」と言ったことがある。これは意見ではない。単なる数学の問題なのである。彼女は完全に正しい。それは以下のような数字を見れば一目瞭然である。
 (1)世界は年間約40ギガトンのCO2を排出している。
 (2)「カーボン・バジェット」(1・5℃を超えないようにするために全世界でまだ排出できるCO2の量)は、(50%の確率の場合で)わずか500ギガトンしか残されていない(83%の確率の場合は300ギガトン)。[1ギガトン=10億トン]
 (3)IPCCの1・5℃特別報告書によると、2050年にCO2の実質排出量をゼロにするには、2030年までに世界の排出量を59%(先進資本主義国はその歴史的責任を考慮して65%)削減する必要がある。
 (4)これらの排出量の80%は化石燃料の燃焼によるもので、再生可能エネルギーの躍進を政治やメディアが喧伝しても、2019年にはまだカバーされておらず、実に人類のエネルギー需要の84%(!)が化石燃料によるものである。
 (5)化石燃料インフラ(鉱山、パイプライン、製油所、天然ガス基地、発電所、自動車工場など)――その建設は全く、あるいはほとんどスローダウンしていない――は重厚長大であり、それらへの資本の投資は約40年間にわたる。そうした超集中的なネットワークは再生可能エネルギーに適応できない(再生可能エネルギーは別の分散型エネルギーシステムを必要とするからである)。資本家が償却する前に、それは破壊されなければならず、埋蔵されている石炭・石油・天然ガスは地下にとどめたままにしておかなければならない。
 したがって、30億人が生活必需品に事欠く一方で、人口の10%の最富裕層が世界のCO2排出量の50%以上を占めていることがわかれば、次のような結論に達せざるをえないのだ。つまり、1・5℃以下に抑えるためにエネルギーシステムを変える一方で、貧困層の正当な権利を満たすためにより多くのエネルギーを費やすことは、生態系の破壊と社会的不平等の拡大をもたらす資本主義的蓄積の継続とは相容れないということである。
 この大惨事を人類にふさわしい形で食い止めるのは、世界的な生産量の削減および民主的に決定された、大多数の人間の真のニーズに応えるための根本的な方向転換からなる二重の変化によってのみ可能である。この二重の変化には、無駄な生産や有害な生産の抑制および資本主義独占企業―何よりもまずエネルギー・金融・アグリビジネス―の収用が必然的に含まれる。また、富裕層の過度な消費を大幅に減らすことも必要である。言い換えれば、選択肢はきわめて単純なものである。つまり、人類が資本主義を一掃するか、資本主義が、傷を負っておそらくは生存不能な地球上で破滅的な道を歩み続けるために、何百万人もの罪のない人々を一掃するのか、のどちらかなのである。

泥棒たちが団結している「技術」


 言うまでもなく、世界の支配者たちは資本主義を一掃しようなどとは思っていない。では彼らは何をしようとしているのだろうか? トランプのような気候変動否定論者で、化石燃料ネオファシズムを確信し、貧困層を搾取して地球的野蛮へと陥らせているマルサスの信奉者たちのことはさておくとしよう。マスク[テスラの創業者]やベゾス[アマゾンの創業者]のような連中で、貪欲な資本主義者のネズミどもによって住めなくなった地球という船を離れることを夢見る醜悪な億万長者たちもさておくとしよう[マスクやペゾスが宇宙旅行をおこなったことを指している]。他の、より狡猾な者たち、つまりマクロン、バイデン、フォン・デア・ライエン[EU委員長]、ジョンソン、習近平のような連中に焦点を当てよう。彼らは山賊のように、競争相手よりも優位に立とうとしてグラスゴー合意のために闘うつもりだ。しかし、彼らは、メディアの前では一緒になって「すべてはコントロールされている」とわれわれを説得しようとするだろう。
 こうした紳士どもは、上述の選択から逃れるために何を提案するのか? もちろん第一には、消費者に罪悪感を抱かせること、違反すれば厳罰に処するという条件で「行動を変える」ように要請することである。一連の計略の中には、全く粗雑なもの(たとえば、国際航空輸送や国際海上輸送からの排出量を考慮していない)がある一方で、巧妙だが効果のないもの(たとえば、「南」で植林すれば、「北」での化石燃料によるCO2排出を持続的に相殺するだけの炭素吸収が可能となるという主張)もある。しかし、こうした計略を超えて、すべての政治的資本管理者はいまや、奇跡のような解決策を信じている(あるいは信じているふりをしている)。それは、「低炭素技術」(原子力発電、とりわけ「マイクロ発電所」を指すことば)の割合を増やすこと、そして何よりも、大量のCO2を大気中から除去して地下に貯蔵することで気候を冷やすとされる、いわゆる「ネガティブ・エミッション技術」(TENs、またはCDR[二酸化炭素除去技術])を導入することである。これが、1・5℃という「危険限界値を一時的に超える」という仮説である。
 福島原発事故の後では原子力にこだわる必要はない。「ネガティブ・エミッション技術」については、そのほとんどが試作・実証段階でしかないが、その社会的・エコロジー的影響は甚大なものとなることは間違いない。それにもかかわらず、われわれは、それらが生産力主義・消費主義のシステムを救い、自由市場がそれらを配備する面倒を見てくれると信じさせられている。実際には、この空想科学小説的シナリオは、地球を救うためにあるのではなく、資本主義の成長という神聖にして侵すべからざるものを守り、混乱の最大の責任者である石油・石炭・ガス・アグリビジネスの多国籍企業の利益を守るためのものなのである。

科学とイデオロギーの狭間で


 そして、この愚の骨頂と言えるものをIPCCはどう考えているのか? 適応・緩和戦略は第1作業部会の任務にはなっていない。しかし、それは他の作業部会が考慮すべき科学的な考察をおこなっている。TENsについては、第1作業部会は注意深く、崖っぷちに突進しないようにしている。『意思決定者のための要約』は「人為的に発生したCO2を大気中から除去すること(二酸化炭素除去、CDR)は、CO2を大気中から除去し、貯留層に持続的(原文のまま)に蓄えることができる可能性がある(信頼度が高い)」と述べている。さらに『要約』には「CDRは、CO2の実質排出量をゼロにするために残存する排出量を相殺すること、あるいは、人為的な除去量が人為的な排出量を上回るような規模で実施されれば、地表温度を下げることを目的とする」と書かれている。
 第1作業部会の要約では、技術的に脱炭素化が困難な分野(航空分野など)の「残留排出物」を回収するためにネガティブ・エミッション技術を導入することができるだけでなく、「技術的」理由からではなく「利益第一」という理由から、グローバル資本主義が化石燃料を手放そうとしないことを補うために、大規模に導入することも可能であるという考えが支持されているのは明らかである。さらに、今世紀後半に排出量の実質減を達成するための手段として、この大規模な導入のメリットを強調している。「世界的な排出量の実質減につながるCDRは、大気中のCO2濃度を低下させ、海洋表面の酸性化を逆転させるだろう(信頼度が高い)」。
 『要約』は一つ警告しているが、それは不可解なものである。「CDR技術は生物・地球化学的循環や気候に広範な影響を及ぼす可能性がある。そのことによって、こうした方法によるCO2除去や温暖化抑制の可能性を弱めたり、強めたりする可能性があり、水の利用可能性や水質、食料生産や生物多様性にも影響を及ぼす可能性がある(信頼度が高い)」。
 明らかに、いくつかの「影響」が「CO2除去の可能性を弱める」可能性があるため、TENsがそれほど効果的であるかは明確ではないのだ。この文章の最後の部分は、その社会的・エコロジー的影響を表している。炭素回収・隔離をともなうバイオエネルギー(現在最も成熟したTENs)は、現在の永久耕作地の4分の1以上に相当する面積をバイオマス・エネルギーの生産に使用した場合にのみ、大気中のCO2濃度を大幅に削減することができるだけであり、それも水の供給や生物多様性、世界中の人々への食料供給を犠牲にしての話である。
 このように、IPCC第1作業部会は、一方では、気候システムの物理法則にもとづいて、われわれが奈落の底にいること、想像を絶する大災害に不可逆的に転落する寸前であることを伝えているが、もう一方では、資本主義が、無制限の利潤蓄積という論理と地球の有限性との間の不倶戴天の対立を再び先送りしようとして、政治的・技術的に猪突猛進することを客観化・矮小化している。われわれがこの記事の最初に書いたように「IPCC報告書が、避けられない物理法則に照らして事実を分析したことによる苦悩をこれほどまでに印象づけたことは今までになかったことである」。自然を一つのメカニズムと考え、利潤法則を物理的法則として考える科学的分析は、本当の意味で科学的ではなく、科学主義的であること、つまり少なくとも部分的にはイデオロギー的なものであることをこれほど明確に示した報告書はかつてなかった。
 したがって、IPCC第1作業部会報告書は、最良のものでもあり、最悪のものでもあることを理解した上で読まれるべきである。最良のものであるのは、それが権力者とその政治的代表者を告発するための優れた論拠を導き出す厳密な診断を提供しているからである。最悪のものであるというのは、それが恐怖と無力感の両方を植え付けるからである。持てる者は診断で非難されているにもかかわらず、そこから利益を得ているのだ! その科学主義的イデオロギーは、「データ」の洪水の中で批判精神を溺れさせる。したがって、それはシステムによる原因から注意をそらすことになり、次のような二つの結果をもたらす。
 (1)「行動の変化」やその他の個人の行動に関心を集中すること。それは善意に満ちてはいるが、哀れなほど不十分なものである。
 (2)科学主義は、エコロジー意識と社会意識の間のギャップを埋める手助けをするのではなく、そのギャップを維持すること。
 社会をエコロジー化し、エコロジーを社会化することが、大惨事を食い止め、より良い生活への希望を復活させる唯一の戦略である。現在も長期的にも、人々と生態系に配慮した生活。落ち着いた、楽しく、意味のある生活。それはIPCCのシナリオでは決してモデル化されない生活であり、そこでは自然を尊重した上で、民主的に決定された真のニーズを満たすための使用価値の生産が、少数者の利益のための商品生産に置き代わるのである。

 2021年8月9日

The KAKEHASHI

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