COP26のバランスシート
民衆の闘いこそクライメート・ジャスティスを実現する道だ!
エコ社会主義の未来を切り開こう
大森 敏三
10月31日に開幕したCOP26は、会期を予定より一日延長して11月13日に閉幕した。その結果は、タヌーロ同志がCOP26を前にして「『現在の経済・政治システムの枠組みの中』にとどまっている以上、予測は明らかだ。つまり、グラスゴー会議は、これまでの会議と同様に、大惨事を食い止めることはできないということである」と指摘したとおりになった(『かけはし』11月4日号「COP26 うわべの多言はもうたくさんだ」参照)。多くの環境NGOや社会運動団体も「失敗」という評価を下している。一方で、新型コロナウイルスのパンデミックが収束を見せず、多くのグローバル・サウスからの参加予定者がグラスゴーに来られない状況があったにもかかわらず、クライメート・ジャスティス(気候正義)運動は大きな動員を果たし、草の根からの動員だけが気候正義を実現する道であることを改めて示した。
COP26の課題とは何だったのか
COP26は「国連気候変動枠組条約第26回締約国会議」の略だが、同時に京都議定書第16回締約国会合(CMP16)パリ協定第3回締約国会合(CMA3)も開かれ、それぞれに合意文書がつくられた。今回のCOP26の課題として事前に挙げられていたものは、主に次の三つだった。
(1)2030年までの温室効果ガス削減目標(NDC)[国が決定する貢献]の引き上げ
(2)環境対策のためのグローバルサウスへの資金支援
(3)パリ協定第6条に定められた「国際排出枠取引制度」の詳細なルール決定
最初の二つは、環境NGOやクライメート・ジャスティス運動、グローバル・サウスの代表団などが強く求めていたものであり、最後の一つは「北」の政府、金融大資本、多国籍企業などが早期制定を熱望していたものである。COPにおいては、すでに何回も前から化石燃料資本を含む多くの多国籍企業がスポンサーとして、交渉会場内にブースを出し、セミナーを開催するなどしていた。今回も化石燃料資本をはじめ、IT業界、製造業、金融資本などが大量にロビイストを動員して、COP会場に送り込んでいた。化石燃料資本の代表団は、どの国の代表団よりも多い500人以上だったとさえ言われる。彼らは、最初の二つの課題をできるだけあいまいにして、決定的な約束をさせないために、そして排出枠取引を自らの利益創出システムとして確立するために、会場内で「奮闘」していた。
その一方で、われわれが注目しなければならないのは、COP会場内外におけるクライメート・ジャスティス運動がどのように組織され、どのように闘ったのか、という点である。これもわれわれの視点からするCOP26の課題だった。
「失敗」したNDCの引き上げ
グテーレス国連事務総長は閉幕声明で、「採択された文書は妥協の産物であり、今日の世界の利害や状況、矛盾、政治的意思の状態を反映している。重要な進歩があったとはいえ、残念ながら、深刻ないくつかの矛盾を克服するための団結した政治的意思が不十分だった」「現在のNDCの設定では、たとえそれが完全に実施されたとしても、今後10年間に排出量が引き続き増加し、気温上昇が今世紀末までに産業革命以前の水準と比べて2℃を優に超えることは明らかだ」とCOP26が必要な成果を得られなかったことを認めた。
COP26とCMA3の合意文書の中で、「決議する」で始まる合意点はごくわずかしかなく、 ほとんどが「認識する」「表現する」「留意する」「強調する」「促す」「呼びかける」など、あいまいな表現に終始していた。その数少ない「決議する」の一つが、「気候変動影響は2℃より1・5℃のほうがはるかに小さくなることを認識し、1・5℃への努力の追求を決意する」というものだった。このささやかな成果それ自体が、グローバルサウスの代表団や先住諸民族、女性、若者を中心とする市民社会の代表が会場内で奮闘し、さらに会場外や全世界で運動が圧力をかけ続けた結果、ようやく明記されたものだった。
この文言では、「1・5℃への努力の追求」という「決意」は示されたものの、そこに至る具体的道筋を決めることはできなかった。その結果、CMA3合意文書のパラグラフ25に記されたように、「 提出されたすべてのNDCの実施を考慮した場合、2030年の温室効果ガスの総排出量が2010年の水準よりも13・7%増加すると推定されるという、パリ協定の下でのNDCに関する統合報告書の調査結果に深刻な懸念を持って留意する」と目標達成が困難なことをCOP26自ら認めたのである。
気候資金の提供を拒む「北」の政府
グローバルサウスの国々は、温室効果ガスの排出量を減らし、地球温暖化に起因する気候危機に対応し、それから受ける損害の補償のために膨大な資金を必要とする。その際の原則が「共通だが差異のある責任」である。この原則は、産業革命以降、温室効果ガスを大気中に放出することに歴史的に最も責任を負ってきた「北」の富裕国が、結果として生じた気候変動に対処するための主要な責任を負うべきだというものであり、1992年のリオ地球サミットで確認され、「気候変動枠組み条約」にも採用されていた。つまり、「北」の富裕国には、これまでほとんど排出してこなかった国々に気候資金を提供する責任があるということだ。これを排出量削減に適用すれば、温暖化を1・5℃に抑えるために排出が許容される排出量を指すカーボン・バジェット(炭素予算)は、すでにCO2換算で600ギガトンが残されるだけであり、この分はグローバルサウスの国々が貧困と戦いながら、公正な移行を実現するために可能な限り確保されるべきということになる。
気候資金について、2009年のCOP15(コペンハーゲン)は公正な移行を支援するために、年間1000億ドルを提供すると約束した。これですら十分ではないが、その約束は守られていない。しかも、「北」の国々が2018年に提供したとする790億ドルのうち、4分の3近くが新たな債務を作り出すことになる借金の形で提供されていた。その一方で、クライメート・ジャスティス運動の側からは、2030年までに、富裕国が無償の気候資金を年間4000億ドル以上、グローバル・サウスに提供することが要求されている。
しかし、合意文書では、この気候資金について「2024年まで集中的に議論するプロセスを立ち上げる」「 2025年までに先進国からの支援を2019年の水準の2倍にするよう要請する」と記されただけで、具体的な時期・金額・提供方法について何の確約もないままだった。しかも、そのほとんどは、いわゆる「適応」(温室効果ガスの排出量削減)にかかわるもので、実際に気候危機によってこうむっている「損害と損失」に対する補償は拒否された。
排出枠取引のルールブックは「前進」
「課題」の3点目である国際排出枠取引制度の詳細なルール決定については、COP26において「前進」した。カッコつきであるのは、もちろんこのルール決定が気候危機を自らの利益創出のために使う大資本による枠組みづくりだからである。まさに、環境NGOが言うように「合意しないほうがまし」という代物なのだ。
この国際排出枠取引制度はパリ協定第6条に定められたものだが、結局は高排出国がグローバルサウスの国々に、排出を抑制するプロジェクト(再生可能エネルギー施設の建設など)や排出を吸収するプロジェクト(植林など)の費用を支払えば、それと同量分の排出をしたとカウントされ、その分の実際の排出削減を免れるようにするというメカニズムになっている。COP26で合意に達したルールブックについての詳細は省略せざるをえないが、それが意味する危険性については指摘しておかなければならない。つまり、グローバルサウスの広大な「自然」を、「北」の政府や企業が自らの排出量削減の失敗を相殺するために、先住民族のコミュニティなどから購入する、あるいは奪いとるという新たな収奪の可能性に道を開いたことである。
COP26のバランスシート
それでは、以上のような合意事項を見るとき、COP26のバランスシートはどのようなものになるだろうか? クライメート・ジャスティスを求める立場からは、明らかに「失敗」であったと言える。1・5℃が新たな目標として設定されたことや「石炭火力の段階的削減」に言及されたことなどは、今後の運動の具体的ターゲットが明確になったという意味では6年前のパリ協定当時から「前進」したと言えるかもしれないが、その範囲はきわめて限定的である。その一方で、「北」の政府や多国籍企業などは、炭素市場拡大の道筋が示され、NDCや気候資金について具体的決定を阻止したことで「勝利」と総括していることだろう。「グラスゴー合意」が「グラスゴー・ゲットアウト」(「ゲットアウト」とは、責任や義務などから逃げる手段のこと)と運動の一部で呼ばれているのは、「北」の政府が気候危機の責任からいかに逃れるかに腐心して、ほぼそれに成功したことを反映したからである。
しかし、COP26がいかに「失敗」であっても、われわれはCOPの場から撤退することなく、COPでの議論やそこに至る各国政府の政策に大衆的な圧力をかけ続け、排出量削減を迫り続け、具体的成果をかちとらなければならない。荒廃した地球上でのエコロジー社会主義などありえない以上、現にある気候危機と闘い、少しでも破滅的事態を防ぐことはエコロジー社会主義をめざす闘いの一部でもある。
ネットゼロではなく、リアルゼロへ向かうグローバル・ジャスティス運動の拡大を
パンデミックによるさまざまな制限と困難を突破して、グラスゴーでは対抗アクションへのきわめて大規模な動員がかちとられた。「未来のための金曜日」による11月5日の若者を中心としたデモに2万5千人、「COP26連合」が呼びかけた11月6日のデモには10万人とも15万人ともいわれる人々が参加した。2年前から活動を準備してきた「COP26連合」は、7日から4日間の「クライメート・ジャスティスのための民衆サミット」を開催し、連日Youtubeを通じてグラスゴーでの闘いを報じ続けた。そして、こうしたとりくみの最も感動的だったのは、11月12日、交渉会場内での市民社会代表が千人規模の集会と会場内の行進をおこない、会場外にそのまま出て抗議行動参加者と合流した瞬間だった。
その一方で、「COP26連合」はイギリスの労働組合運動の中に、クライメート・ジャスティスの動きを拡大させようと意識的にとりくんできたが、その象徴とも言えるのが、グラスゴーの清掃労働者のストライキと対抗アクション参加者の合流だった。ストライキのピケットラインに、「未来のための金曜日」や「地球の友」などの気候活動家が加わり、組合員の歓声で迎えられたのである。
そうした行動を主導したのは、グローバル・サウスの先住諸民族、女性、若者らだった。それは会場内外で見られた。ある意味では、グテーレス国連事務総長が「最後に、若者、先住民コミュニティー、女性リーダーたち、そして気候変動対策支持者を先導するすべての人々に向けた希望と決意のメッセージで締めくくりたい。私は、皆さんの多くが失望していることを知っている。・・・諦めないでほしい。後退しないでほしい。前進し続けよう」と呼びかけたのは、この先住諸民族、女性、若者の主導的役割に敬意を表したものと言えよう。
そして、こうした大規模な動員は、開催地スコットランドにおける重要な勝利をもたらした。カンボ海底油田採掘の中止を求める行動が、暫定的だが大きな成果を獲得したのだ。11月16日には、スコットランドのスタージョン首相がはじめて公然と反対を表明し、シェルがこのプロジェクトの30%の出資を取りやめ、その後石油採掘会社が開発プロジェクトを「一時停止」すると発表したのである。
今盛んに喧伝されている「ネットゼロ」(排出量実質ゼロ)は、排出枠取引によるカーボンオフセット(排出量相殺)とCCS(CO2回収・貯留技術)に依存している。CCSはまだ未完成の技術であり、大きな危険をともなう。水素やアンモニアの利用も現段階では排出量の絶対的削減にはつながらない。われわれが目標とすべきなのは、ネットゼロではなく、排出の絶対量を削減する「リアルゼロ」である。そのことを実現する唯一の力の源泉は、クライメート・ジャスティス運動のさらなる拡大と労働組合運動や反原発運動をはじめとするさまざまな運動との結合である。来年のCOP27(エジプト)に向けて、日本においても、新たな気候運動の広がりを作っていこう。
The KAKEHASHI
《開封》1部:3ヶ月5,064円、6ヶ月 10,128円 ※3部以上は送料当社負担
《密封》1部:3ヶ月6,088円
《手渡》1部:1ヶ月 1,520円、3ヶ月 4,560円
《購読料・新時代社直送》
振替口座 00860-4-156009 新時代社