書評『性暴力被害の実際』
編著 齋藤梓 大竹裕子/金剛出版 /2800円+税
人の意思を尊重せず踏みにじる性暴力
被害はどのように起き、どう回復するのか
(遠山裕樹)
(「かけはし」 2021年3月29日第2659号)
本書は、一般社団法人Spring(性暴力被害の当事者と支援者が運営)から著者に対して「わたしたちが経験してきた性暴力被害の現実を伝えるための調査研究をしてほしい」という依頼があり、心理学・看護学・医学分野の研究者によるプロジェクトを立ち上げ『性暴力被害経験に関する質的研究』プロジェクト(2017年12月)をまとめたものだ。
齋藤 梓(博士/心理学)は言う。「本書は、『望まない性交』を経験した当事者にその経験を語っていただき、その『語り』を、同意のない性交が起こるプロセス、同意のない性交が被害当事者の人生に及ぼす影響、そして回復への道のりといった観点から分析した」。
インタビューには31人、体験談を寄せたのが20人の成人女性(性自認)だった。
ただし、「今回のプロジェクトではまず女性を対象に調査を行い、シスジェンダー女性(生まれた時に診断された身体的性別と、自分自身の性自認が一致して生きる人のこと)の被害を中心とした本となりました。本書の中でも、ジェンダー規範が性暴力被害を発生しやすくさせていることが書かれています。しかし、性暴力被害は、すべてのセクシュアリティが遭遇する問題です。男性の性暴力被害は、女性以上に、暗数の割合が多いのではないかと考えられます。そしてセクシュアルマイノリティは被害に遭遇する可能性が非常に高いことが知られています。今後は、対象を広げてプロジェクトを継続していく必要性を感じています」と述べ、プロジェクトの取り組みが道途上であり、今後の方向性を提起している。
不同意性交等罪
を創設すること
現在、法務省で「性犯罪に関する刑事法検討会」が行われている。すでに2017年の性犯罪刑法改正議論では、「不同意性交は当事者の主観であるため、立証することが難しい」「暴行脅迫がなければ、それが犯罪であったという証拠になるものがない」という意見が出ていた。このような意見に対して被害当事者や被害支援者から「暴力や脅迫が使われた性暴力だけを性犯罪とするのでは、範囲が狭すぎる」「同意のない性交を性犯罪だと認定すべきだ」と反論してきた。
刑法改正市民プロジェクト(Springを含む12団体)は、検討会の「不同意性交等罪」の創設否定、「不同意」を犯罪が成立するための要件に盛り込まないという流れを許さず、「【緊急署名】不同意性交等罪をつくってください!」(「暴行・脅迫要件、抗拒不能要件を見直して不同意性交等罪を創設すること。具体的には威迫、不意打ち、偽計、欺罔、監禁、無意識、薬物、洗脳、恐怖、障害、疾患などに加えて、『その他意思に反した』性的行為を要件に入れること。」を取り組み、6万8665人の賛同者が集まっている。
齋藤と大竹裕子(博士/心理学)は、同意のない性交であつても、「同意がない」というだけでは性犯罪とみなされない日本社会のあり方を解き明かすために、「同意のある性交」「同意のない性交」がどのように発生しているのかが明らかになっていないからではないかというアプローチから被害当事者へのインタビューを通して分析を試みている。その視点は、①「同意のない性交」がどのようなプロセスで発生しているのか②上下関係がある場合の「同意のない性交」のプロセス③対等な関係でのプロセス④子ども時代に発生した出来事のプロセスなどを通して掘り下げている。
同意のない性交
のプロセス
著者は、同意のない性交に至るプロセスとして「奇襲型」、「飲酒・薬物使用を伴う型」、「性虐待型」、「エントラップメント型」(精神的・物理的に徐々に逃げ道をふさがれていき、明確な暴力がなくとも逃げられない状態に追い込まれて被害にあうというプロセス)の4つのプロセス型に整理した。とりわけ「エントラップメント型」のプロセスが多いことが被害当事者へのインタビューを通して浮き彫りとなり、次のようにまとめている。
「『エントラップメント型』は特殊な状況で起こるのではなく、加害者が見知った人であっても見知らぬ人であっても、日常生活における普通の会話から被害が始まっていました。その日常会話の中で、ある加害者たちは、当事者に対して自分の価値を高めて権威づけようとしています」。
「別の加害者たちは、当事者を脅し貶める言葉を使って弱らせ、力関係の上下を作り出していました」。
「もともと顔見知りで、加害者が当事者よりも地位が高い場合、すでに力関係の上下があります。加害者は当事者の雇用や評価などの弱みを握っているので、当事者を追い込んでいくエントラップメントのプロセスが、見知らぬ加害者の場合よりも容易に完成します」。
このような「エントラップメント型」の同意のない性交について被害者インタビューを紹介しながら、「加害者が見知った人であっても見知らぬ人であっても、力関係の上下を使って追い込まれていくというプロセスが共通しています。被害当事者は、徐々に追い込まれていくために明確に拒否がしにくく、性暴力であるという認識を持ちにくい場合があります。しかし、断るすべを絶たれて強要された『望まない性交』であり、深刻な精神的後遺症が見られる、重大な出来事です」と厳しく言う。
さらに刑法改正論議の「第三者から見てその出来事が『同意のない性交』かどうか分らない」という意見に対して「日本の性暴力被害では、当事者が抵抗をしていなかったり、不同意であることを明言していないことは多くあります。これまで、それは、生命の危機にさらされたときに身体が凍り付いて動かなくなる『フリーズ反応』などで説明されてきました。しかし、本調査の結果からは、それに加えて、性交に至る以前の『関係性の持ち方』を基準に、真の同意が可能だったか否か、拒否を伝えられる関係であったか否かを判断することで、同意のない性交かどうかがより明確になると考えられます」と強調している。
「社会的抗拒不能」
について
第4章では「地位・関係性を利用した性暴力」について分析している。そのキーワードが「社会的抗拒不能」だ。
「社会的抗拒不能」について金田智之(Spring研究員)は、「地位・関係性を利用した性暴力において、上司や先輩による性暴力加害が発生する背景には、単純な『地位・関係性』だけが存在しているのではありません。周囲からの高い評価や部下からの信頼・尊敬などを総動員して、加害者は性暴力に及ぶのです。このとき被害者は、それらの複合的要因により抗拒不能な状況(暴力行為から逃れるために抵抗を行うことができない状況)に置かれることになります。地位・関係性を利用した性暴力において被害者が置かれる抵抗不能な状況のことを、私たちは『社会的抗拒不能』と名付けました」と述べている。
そのうえで金田は、①性暴力被害が発生する前段における加害者の動き―「性暴力加害は突発的に生じるわけではないのです。加害者は被害者に対し予兆的行動をとるのであり、その延長線上に性暴力が発生すると考えることができます」。 ②性暴力被害の発生、③性暴力被害が発生したあとにおける加害者の動き―「加害者は自らの性暴力を正当化する行動に及びます」などのプロセスを分析し、「地位・関係性を利用した性暴力を理解するにあたっては、加害者の組織内部での地位だけに着目しても有効ではありません。地位も大切ですが、それとともに性暴力被害がどのようなプロセスを経て発生したのかということを、性暴力発生前の予兆的行動や、発生後の加害者による正当化などを捉えつつ分析していくことが必要なのです」と問題提起する。そして、「職場や教育機関などにおける地位・関係性を利用した性暴力を予防するうえでも重要です」と述べている。
「性暴力」として
の不同意性交
最後に著者は、本書の集約として、「性暴力」としての不同意性交を以下のようにまとめている。
①事前に上下関係が形成されており、場合によってはハラスメント行為がある。
②被害者側は心理的または社会的抗拒不能となっている。
③性交前に同意の意思確認が全くされていないか、不同意の意志表示が無視されている。
④性交に至るプロセスや性交そのものが被害者をモノ化する(意思や感情をないがしろにする)過程となっている。
そして、「人格をもったひとりの人間であるその人の意思や感情を尊重せず踏みにじる性交」であることが、「性の暴力」としての不同意性交の本質であると結論づけ、「必要な支援」(①性暴力のイメージを変える社会啓発・教育②何を啓発するか③誰に啓発するか④警察・支援機関の充実と研修後⑤法改正・司法運用)を提起する。
駆け足で重要なポイントを紹介した。これらの提起は、刑法改正市民プロジェクトの取り組みと連動しながらより深めていく必要がある。同時に主体的にはJRCL「組織内女性差別問題」克服の闘いの継続であり、結果・現象的な後追いではなく、現在進行形の問題として深化させ、そのための回路として受け止めていきたい。
(遠山裕樹)
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