伊藤詩織さんの性暴力訴訟:最高裁上告棄却

「性行為に同意がなかった」
 伊藤詩織さんの訴えを認める
山口の不当な名誉毀損の成立も認める

 最高裁第一小法廷(山口厚裁判長)は7月7日、伊藤詩織さん(ジャーナリスト)が山口敬之(元TBS記者)から性暴力を受けたと認定した東京高裁民事訴訟の損害賠償請求事件の判決(1月25日)、また山口の反訴(被告からも訴えを起こして一緒に審判してもらう制度)によって伊藤さんが著書などで「(山口が)デートレイプドラッグを使った」と表現したことは名誉毀損だとする損害賠償請求事件の判決を共に退ける決定を行った。この最高裁の決定によって山口に対して伊藤さんに332万円賠償、伊藤さんに山口に55万円の支払いを命じた2審判決が確定した。

伊藤さんたちの訴え


 記者会見(7月20日/ハフポスト日本版から)で伊藤さんは「今の刑法では、“不同意性交=犯罪ではない“というところに目を向け、今後の改正に注目してほしい」、(最高裁の判断について)「今の社会や、進むべき方向を示しているものではないと個人的には思います」。
 (山口に対して)「自分は違法なことや犯罪を犯していないと繰り返しおっしゃっていました。それは、日本の司法に対する問いかけだと思います。日本では、同意のない性行為は犯罪ではないかもしれない。それを大きな声で言える社会なんだと思います。この現状に対して、私たちがどう受け止めて反応するかが、今後の課題だと思っています」、「きっと残念ながら、また起こってしまうであろう同じようなケースに対して、どのような法が使われ、決断がなされるのか。今後の刑法の改正に注目していただきたいです」。
 (山口に対する名誉毀損について)「著書にも確証がないと書きましたが、警察が調べてくれないと感じたからこそ語ったことです。自分の受けたかもしれない被害を、話してはいけないと受け取られるなら、今後被害者はどのように語っていけばいいのでしょうか」と述べた。
 佃克彦弁護士は「判決は性的加害行為の存在自体を認めながらも、性的加害行為をもみ消されそうになった状況で社会に訴え出た言論行為を違法と判断しており、非常にバランスを欠いている」と批判した。
 西廣陽子弁護士は「被害の公表後、警察庁からは、薬物の使用が疑われるケースではしっかり証拠保全をするようにという事務連絡が出ています。尿検査や毛髪検査も行われるようになり、伊藤さんの事件が起きた当時と比べると警察も明らかに変わってきたと感じています。またアメリカでの#MeToo運動や、日本でのフラワーデモなど、自ら声を上げるという運動が広がっていきました。公表したことによって性犯罪を取り巻く環境を変えていけたということに意義があったのかなと思っています」と語った。
 伊藤詩織さんの民事裁判を支える会(Open the Black Box)は、声明(7月27日)で「告発の声をあげる方で次のような発信をされている方がいます。『彼らを告発すれば、たちまち私が名誉毀損の加害者とされる。社会が変容しない限り、社会から出ていくことを勧められるのは性加害者ではなく、性被害者だ。』確立された裁判例をくつがえすには、一つ一つの裁判の積み重ねが必要です。
 伊藤さんに触発され、いままさに自ら訴えを提起して闘っているという声もいただきます。
 この裁判は一区切りではありますが、私たちはこれまで勇気を振り絞って声をあげてこられた方々、そして今もなお闘い続けている方々とこれからも共にあることを覚えて、連帯していきたいと願っています」とアピールしている。

伊藤さんの性暴力訴訟の事実経過


 これまでの伊藤詩織さんの性暴力訴訟の事実経過はこうだ。
 2015年4月3日、伊藤さんは山口と東京都内で会食後、意識を失い、山口からホテルで性行為を受けた。伊藤さんは準強制性交罪で警視庁に被害届を提出した。

中村格(現在の警察庁長官)の山口逮捕中止命令

 警視庁高輪署は、山口に対する逮捕状を取り、執行しようとしたが、当時、警視庁の刑事部長だった中村格(現在の警察庁長官)が逮捕の中止を命じた(2015年6月8日)。その後、週刊誌などは、山口が同年6月に安倍晋三首相の著書『総理』(幻冬舎/16年6月)を出版するなど安倍と親しく、内閣調査室の北村滋内閣情報官とも相談し、中村がもみ消しのために強力に介入したと報じている。
 なおこの中村(警察庁長官)は、安倍晋三殺害事件警備の失態によって責任を問われる立場にあり、国葬後、辞職かなどと報道されている。中村は、警察庁長官就任時の記者会見(21年9月22日)で山口逮捕執行を中止させたことの質問が飛んだが、「法と証拠に基づき組織として捜査を尽くした。捜査指揮では常に法と証拠に基づいて適切に判断してきたと考えている。法と証拠以外の他事を考慮し、何らかの捜査上の判断をしたことは一度もない」と居直っている。
 東京地検は16年7月22日、準強制性交罪容疑で書類送検された山口を嫌疑不十分で不起訴処分とした。
 この決定に抗議して伊藤さんは記者会見して被害を公表し、性交に同意がないだけでは処罰されないことに抗議する。さらに伊藤さんは検察審に審査を申し立てたが(5月29日)、東京第6検察審査会は9月22日、「不起訴相当」の議決を公表した。この決定によって山口の不起訴は確定した。

民事訴訟の闘い

 その後、伊藤さんは、山口の性暴力によって肉体的・精神的苦痛を被ったとして、山口に慰謝料1100万円の損害賠償を求めて東京地裁に民事訴訟を起こした(2017年9月28日)。
 山口は、性行為は伊藤さんとの同意の下で行われたなどと反論し、また自身の名誉が毀損されたとして慰謝料など1億3000万円の損害賠償や謝罪広告の掲載を求めて反訴した。
 東京地裁は2019年12月18日、山口による伊藤さんへの性暴力を認定し、山口に330万円の支払いを命じた。山口の損害賠償請求は棄却た。
 地裁は、(伊藤さんが)「就職先の紹介を山口に求めて都内のすし店などで飲食した後、ホテルの部屋で、酒に酔って意識がない状態で性行為をされた」「意識を回復して性行為を拒絶した後も原告の体を押さえつけて性行為を継続しようとした事実が認められる」と認定した。さらに伊藤さんが、直後に知人や警察、病院に被害を伝えていたことなどから「供述は整合性があり、信用性が高い」と結論づけた。
 地裁は、山口の反訴請求について「伊藤さんが被害を公表したことは性犯罪被害を取り巻く法的、社会的状況の改善を目指したものであり、公益をはかる目的だと認められる」と述べ、山口の名誉を毀損する行為ではないと断定した。
 ところが東京高裁は、山口による伊藤さんへの性暴力を認め、賠償額を332万円に増額したが、伊藤さんの著書が山口への名誉毀損にあたるとして、伊藤さんに対しても55万円を支払うよう命じる判決だった。
 高裁は、一審判決を支持しつつ、山口の主張に対して(伊藤さんが)「山口氏が伊藤氏にデートレイプドラッグを飲ませた」との公表内容は真実だとは認められないと判断し、山口の名誉や信用を傷つけたほか、計画的に性的加害行為を行ったと受け取れる内容でプライバシーを違法に侵害したと認定するものだった。
 この二審の判決を不服として、伊藤さん、山口は上告し、7月7日に最高裁は両訴えを棄却し二審判決が確定することになった。

刑事裁判と民事訴訟の違い

 このように刑事裁判では山口の性暴力は無罪となり、民事裁判では山口の性暴力を認定し損害賠償を命じる判決を行ったが、刑法の性犯罪としての認定ではなかった。つまり、民事と刑事で判断が分かれてしまったのだ。これが性犯罪をめぐる刑法の欠陥が現れている。
 伊藤さんは、準強制性交罪で警視庁に被害届を提出したが、現刑法においては罪として成立させるためには①心神喪失(精神的な障害によって正常な判断力を失った状態)か、抗拒不能(心理的または物理的に抵抗できない状態)となった人 ②性交などをしたと認められる─の構成要件が必要となる。しかもこのことを証明するのは被害者本人だ。伊藤さんのケースは、山口と東京都内で会食後、意識を失っているわけだから準強制性交罪を成立させる構成要件を証明することがかなり困難な状態だった。
 安倍首相を頂点とする首相官邸の圧力も含めて、被害者による立証困難を反映して山口の性暴力は、東京地検の不起訴処分、東京第6検察審査会の不起訴相当の議決に至ってしまった。

「不同意性交等罪」の制定を

 伊藤さんは裁判闘争の過程で「民事裁判で『同意がなかった』と認められたことはとても大きいのではないかと考える。性暴力被害者の権利回復の道を切り開いてくれました」と繰り返し訴えてきた。
 この訴えをどのように具体化するか。注目、警戒する対象として、法務省法制審議会において性犯罪に関する刑法改正の論議が行われていた。
 諮問(2021年)として、「相手方の意思に反する性交等及びわいせつな行為に係る被害の実態に応じた適切な処罰を確保するための刑事実体法の整備」として、以下のように列挙した。
 ①刑法第176条前段及び第177条前段に規定する暴行及び脅迫の要件並びに同法第178条に規定する心神喪失及び抗拒不能の要件を改正すること。
 ②刑法第176条後段及び第177条後段に規定する年齢を引き上げること。
 ③相手方の脆弱性や地位・関係性を利用して行われる性交等及びわいせつな行為に係る罪を新設すること。
 ④刑法第176条の罪に係るわいせつな挿入行為の同法における取扱いを見直すこと。
 ⑤配偶者間において刑法第177条の罪等が成立することを明確化すること。
 さらに審議会ではたたき台が提案され、A案は「意思に反して性交をした者は、強制性交の罪」として不同意性交等罪(不同意+性交で性犯罪が成立)に近い内容になっている。
 B案は、「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて性交等をした者」という要件を加えた。これでは被害者が「乗じて性交」したことを立証しなければならないものとなってしまう。
 伊藤和子弁護士(国際人権NGОヒューマンライツ・ナウ事務局長)は、(強制性交の罪を成立させるためには)「『拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて性交等をした』ことが認定されなければならないことになり、そのように絞り込まれた場合にだけ有罪になるとされます。その絞り込みにあたって、裁判官の主観的判断、裁量の余地を残してしまうことになるでしょう。このままでは、不同意性交罪という多くの人々の期待に反して、このような条文の刑法改正にまとまってしまうかもしれません」と警鐘乱打した。
 その後法務省は、「取りまとめ報告書案」(21年4月12日)を発表し、①現行の強制性交等罪の「暴行・脅迫」要件を見直し、「意思に反して行う性交(不同意性交)」を適切に処罰する規定への改正の検討。②「性交同意年齢」の13歳からの引き上げ ③警察に被害を告訴できる期間の公訴時効(強制性交等罪で10年)の一時停止などについて複数意見が併記された。
 すでに本紙で筆者が提起してきたように支援団体「Spring」が「積み残された課題」として(性暴力について)「①時効の撤廃または一定期間の停止②暴行・脅迫の要件の見直し③地位や関係性を利用した行為を処罰する法律の創設④性行為への同意を判断できるとみなす年齢を16歳以上に引き上げることを求めている。
 とりわけ、強制性交などの構成要件の見直しでは、暴行などがなくても被害者の同意がない性行為を処罰の対象とすべきだと求めている。相手の意に反した性的行為を一律に処罰する「不同意性交等罪」の制定が必要だ。性暴力の被害者を、これ以上増やさないための教育的措置、支援機関設置も含めて性暴力禁止法・性暴力被害者支援法の制定が急務だ」。
(遠山裕樹)

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