不同意性交等罪の導入を 認めなかった法制審議会試案
性暴力の実態とかけ離れている
法改正試案
を批判する
10月24日、法務省の法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会(法相の諮問機関)は、法改正の試案を示した。
試案は、現在13歳の「性交同意年齢」を年齢差(5歳)要件を設けた上で16歳に引き上げ、強制性交罪の構成要件として①暴行又は脅迫を用いること②心身に障害を生じさせること③アルコール又は薬物を摂取させること④睡眠その他の 意識が明瞭でない状態にすること⑤拒絶するいとまを与えないこと⑥予想と異なる事態に直面させ恐怖させ、又は驚愕させること⑦虐待に起因する心理的反応を生じさせること⑧経済的又は社会関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること─を例示した。
これまで刑法改正市民プロジェクトは、法務省に対して①不同意性交等罪の導入②性交同意年齢の引き上げ③地位関係性利用罪の導入が必要であると求めてきた。だが、審議会の議論は「被害者の意思に反することのみを要件にすると被害者の内心を立証する必要があり、行為時は心の中で同意していたのに後に『不同意だった』と覆す可能性も否定できない。法制審の部会では、意思に反するという文言は広く解釈されやすく、適用範囲が際限なく広がり、法的安定性を欠くとの反対意見が大勢を占め、試案への採用に至らなかった」(毎日新聞22・10・25)。
このような審議に対してプロジェクトは「被害者の拒絶困難を問い、性交同意年齢に年齢差要件以外の要件を加え、地位関係性利用罪を個別に創設しない試案。現在のままでは非常に不十分であいまいだ」、「相手の意思に反した性行為はやってはいけないというメッセージが社会に伝わる条文であってほしい」と批判している。(緊急声明・別掲)
さらに中山純子弁護士(国際人権NGО「ヒューマンライツ・ナウ」)は「個別要件に絞りをかけるための包括要件として、拒絶困難という要件が加わっている。困難であったかどうかの立証を被害者側に課すことになってしまうのではないか。並列関係にして、縛りをかける関係ではないことを明確にしてほしい」と指摘した。
法制審議会
の論議経過
性犯罪をめぐる刑法の規定の見直しを検討してきた法制審議会の論議経過はこうだ。
法務省法制審議会は、2021年、「相手方の意思に反する性交等及びわいせつな行為に係る被害の実態に応じた適切な処罰を確保するための刑事実体法の整備」として以下のように諮問した。
①刑法第176条前段及び第177条前段に規定する暴行及び脅迫の要件並びに同法第178条に規定する心神喪失及び抗拒不能の要件を改正すること。
②刑法第176条後段及び第177条後段に規定する年齢を引き上げること。
③相手方の脆弱性や地位・関係性を利用して行われる性交等及びわいせつな行為に係る罪を新設すること。
④刑法第176条の罪に係るわいせつな挿入行為の同法における取扱いを見直すこと。
⑤配偶者間において刑法第177条の罪等が成立することを明確化すること。
そのうえで2案のたたき台を提案した。
A案は「意思に反して性交をした者は、強制性交の罪」として不同意性交等罪(不同意+性交で性犯罪が成立)を明記した。
B案として、「拒絶する意思を形成・表明・実現することが困難であることに乗じて性交等をした者」という要件を加えた。
しかしB案は、被害者が「乗じて性交」したことを立証しなければならない欠陥を持っていた。
「取りまとめ報告書案」(21年4月12日)は、①現行の強制性交等罪の「暴行・脅迫」要件を見直し、「意思に反して行う性交(不同意性交)」を適切に処罰する規定への改正の検討。②「性交同意年齢」の13歳からの引き上げ ③警察に被害を告訴できる期間の公訴時効(強制性交等罪で10年)の一時停止などについて複数意見が併記された。
結局、試案は、相手の意に反した性的行為を一律に処罰する「不同意性交等罪」などを採用しなかった。法務省はプロジェクトが求める①不同意性交を明確に処罰してください ②例示事由と包括要件は、並列関係にしてください ③性交同意年齢に年齢差要件以外の要件を加えないでください ④被害者の年齢を問わず、地位関係性利用に関する性犯罪規定を個別に創設してください─を受け入れ、被害者に寄り添う法改正を行うべきである。
(遠山裕樹)
転載
声明 2022年10月24日
法制審議会刑事法(性犯罪)関係部会御中
刑法改正市民プロジェクト
私たちは、①不同意性交等罪の導入、②性交同意年齢の引き上げ、③地位関係性利用罪 の導入を求め、この要求は13万筆以上の市民の賛同を得ました。上記三項目は2021 年9月、法務大臣から法制審議会に諮問されました。しかし、法制審議会・刑事法部が、10月24日に公表した刑法性犯罪改正のたたき台は、私たちの求める性犯罪規定の改正とはかけ離れており、法務大臣の諮問に応える内容となっていません。
1 不同意性交を明確に処罰してください
私たちは、意に反する性交の処罰を求めてきました。しかし、試案の「拒絶の意思を 形成・表明・実現するのが困難」(拒絶困難)との要件は、2019年のいわゆる「4件の無罪判決」の際に問題となった「抗拒不能」要件と同様、「拒絶困難」であるかどうかに ついて、裁判官の裁量によって著しく狭く解釈される危険性があります。加えて、「拒絶困難」であるとは認識していなかったと、行為者に「故意」がないとの主張を誘引し、多くの故意阻却が生まれかねません。
「拒絶の意思を形成・表明・実現するのが困難」という構成要件の最大の問題は、Nоという意思を言動で示した人に対し性的行為を実行・継続する行為が、「拒絶の意思を」「実現するのが困難」に含まれるのかどうか、法律の専門家ではない一般国民には、条文を一読しただけではわからないことです。「拒絶の意思を」「実現するのが困 難」との要件では、No Means Noを最低限実現するよう求めてきた私たちの提案に反するだけでなく、法制審議会が繰り返し確認している処罰根拠の本質である、「被害者が 同意していないにもかかわらず性的行為を行うこと」が広く国民に理解されません。
NOと表明している相手に対して性的行為を実行・継続する行為は、相手が「困難」であったかどうかという曖昧な要件を加えることなく、確実に処罰されるよう、明確に規定してください。
2 例示事由と包括要件は、並列関係にしてください
私たちは、「拒絶」という言葉が、被害者に拒絶義務を課すかのような誤解を与えるため修正するよう再三にわたり求めてきました。しかし、試案には「拒絶」の文言が用いられており、私たち市民の要望が無視され続けていることに強く抗議します。
個別の列挙事由として、暴行又は脅迫を用いること、心身に障害を生じさせることなどが提案されていますが、試案ではこの個別の列挙事由にあたる事実が認められるだけでは足りず、さらに、個別要件に絞りをかけるための包括要件として「拒絶困難」要件が加わっています。「拒絶困難」が加わることで、性行為をしたくないとの意思を言動で示したことだけでなく、拒絶がどれほど「困難」であったのかの立証を被害者に課す結果となることを懸念します。例えば、不意打ちや酩酊に乗じて性加害をした行為者が、そうした状況を認めても、「被害者側が『拒絶困難』だったとは気づかなかった」 という弁解をすれば多くの場合が不起訴・無罪になる危険性を、法制審議会は、どう考 えているのでしょうか? こうした危険を考えれば、例示事由と包括要件は並列関係に立つことを明確にしてください。
3 性交同意年齢に年齢差要件以外の要件を加えないでください
13歳以上16歳未満の者に対する性的行為について、5年齢差要件だけでなく、 「対処能力が不十分であることに乗じた」という要件も加えています。13歳から15歳の 子どもの視点に立てば、5年齢差以上の者からの性的行為に対処する能力が不十分であることは明らかであるのに、さらに「対処能力が不十分であることに乗じた」という極めて曖昧な要件まで要求し、犯罪成立を妨げるような要件を課すことは、子どもの保護 の観点から到底容認できません。
4 被害者の年齢を問わず、地位関係性利用に関する性犯罪規定を個別に創設してください
地位関係性については、177条・178条の改正試案において、「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮していること」と個別事由 の1つとして提案されているにすぎません。これでは法務大臣の諮問の趣旨に反するも ので、到底容認できません。
また、「憂慮」しているかどうかは、行為者側の事情ではなく相手側の主観であり、 相手が「不利益を憂慮」しており、かつ、それにより「拒絶困難」であることの両方を行為者側が認識していないと、故意が阻却され、結局、不起訴・無罪となります。これでは、被害事例の中でも多く報告されている、教師・コーチと生徒、上司と部下など、 地位関係性を利用している性暴力が処罰されない現状が変わりません。少なくとも、客観的な地位関係性を列挙した構成要件にしてください。
以上のとおり、試案は、長年にわたり私たちが求めてきた性犯罪規定の改正の願いに反するものです。「性犯罪の本質は被害者が同意していないにもかかわらず性的行為を行うこと」であると法制審議会が繰り返し確認してきたにも関わらず、被害者の「拒絶困難」 を問い、性交同意年齢に年齢差要件以外の要件を加え、地位関係性利用等罪を個別に創設しない試案について、私たちは強く反対します。法改正の原点に立ち返り、被害者に寄り添う抜本的な法改正を求めます。
そして、法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会は、中間的に私たち市民の意見を聴取する機会を設けるとともに、この段階でパブリックコメントを募集し、市民の意見を適切に反映するよう強く求めます。
以上
【刑法改正市民プロジェクト】 刑法性犯罪関連の情報共有・実態把握を踏まえて活動する市民団体の集まりです。 [プロジェクト所属団体] 一般社団法人 Colabo/NPО 法人しあわせなみだ/NPО 法人スクー ル・セクシュアル・ハラスメント 防止関東ネットワーク/一般社団法人 Spring/NPО 法人性暴力 救援センター・大阪 SACHICO/NPО 法人性暴力救援センター・東京 SARC 東京/性暴力禁 止法をつくろうネットワーク/ NPО法人全国女性シェルターネット/NPО法人千葉性暴力被害支援センターちさと/NPО法人 PAPS/認定 NPО法人ヒューマンライツ・ナウ/ NPО法人 BОNDプロジェクト(五十音順)
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